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閑話 とある大学生のダンジョン攻略




 俺の名前は天光光輝。


 どこにでもいる普通の大学生だった俺の世界に、突如として現れた『ダンジョン』。それは現実の中のファンタジーともいえる存在だった。


 ダンジョンが現れて以来、世間は『ダンジョン旋風』と呼ばれる熱狂に包まれ、未だその勢いは衰えることなく拡大を続けている。

 そしてついに、約4か月の準備期間を経てダンジョンが一般に解放される事となった。


 ダンジョン攻略には『ダンジョン武装探索許可書』という免許が必要だ。俺たちもその免許を取得するために試験を受けたのは3日前のこと。


 夏休み中とはいえ、大学3年生ともなるとそれなりに忙しく、仲間内で予定を合わせるのが難しかったが、今日の午後、やっと全員の都合が一致し、ダンジョン攻略に行けることになったのだ。


 とはいえ、集合時間は午後1時。まだ2時間もある。

 何故こんなにも早く来たのかと言えば、どうしてもダンジョン周辺の雰囲気を先に見ておきたくて、俺は1人で少し早めに家を出たのだ。


 電車に揺られながら、いつものように周囲の視線を感じつつも新宿駅に到着。改札を抜けた瞬間、人混みの多さに圧倒された。


 平日だというのに、どうしてこんなに人が多いんだ?これがダンジョン解放初日の影響なのか?


 目的地へ向かって人混みをかき分けながら進む。やっと辿り着いたのは、新宿に新しくオープンしたばかりのダンジョン関連グッズを扱う店だった。

 さっそく入ろうと思ったが、店の前には既に行列ができており、入り口付近には若者が群がっている。


 列に並ぶこと数分、ようやく店内へ。


 店内はエアコンが効いているはずなのに、人の熱気で外よりも暑く感じる。まるで夏のコミケ会場のようだ と思った。

 まあ、これも咲子から聞いた話なんだけど。実際に行った事は無い。


「……これが売られている武器か」


 壁に並んでいる日本刀を見る。

 本物の日本刀は見た事も持ったこともあるが、やはり男の子として興奮を抑えられない。

 値札に目をやると、12万円の文字が目に入る。


 ……高い。大学生の2か月分のバイト代が一瞬で消えるじゃないか。

 しかし、それで驚いていた俺は甘かった。隣にあった別の日本刀の値段を見て、言葉を失う。


「な、ナニコレ……60万?」


 同じように見える日本刀なのに、値段は5倍。到底、学生が手を出せるような代物ではない。


 店内をぐるりと見て回ったが、どうやら最初に見た12万円の刀が最安値らしい。

 金欠大学生には縁のない世界だと悟り、静かに店を後にした。



~~~



 それから1時間後。


 集合時間に合わせてトー横ダンジョンの前に到着した俺は、みんなが到着するのを待っていた。


 周囲をぼんやり眺めていると、少し離れたところにいる2人組の女の子がこちらをチラチラ見ているのに気づいた。そして、案の定そのうちの一人が話しかけてくる。


「あのぉ、すみません。えっと、今何をされているんですか?」


 少し恥ずかしそうに話しかけてくる彼女の態度に、正直うんざりした気分になる。

 いや、別に嫌ではないのだが、こうした逆ナンパのような場面に遭遇するのはこれで何度目だろうか?

 とはいえ、無下にするわけにもいかないので、なるべく傷つけないように断る。


「ごめんね。今、友達と待ち合わせ中なんだ。またどこかで会ったら、その時にでもね」

「っあ、いえ……その、大丈夫です! あのぉ、連絡先、交換してもらえませんか?」

「うん、いいよ」


 結局、LINEの連絡先を交換することになった。

 本当にこれで何人目だろうか?自分でも把握しきれなくなってきたが、基本的に来た連絡には返事をするようにしている。なるべく人を傷つけたくないからだ。


「それじゃあ、またね」


 手を振って別れを告げたその時、後ろから肩をポンと叩かれた。


「よお光輝。相変わらずモテモテだな」


 驚いて振り返ると、そこにいたのは俊介だった。


「……俊介か。あんまり驚かせないでよ」


 俊介と軽口を叩き合っていると、他のメンバーであるレミ、咲子、雫の3人も到着した。


「お待たせー。待った?」

「光輝はともかく、俊介なら多少待たせても問題ないでしょう」


 元気いっぱいのレミと、冷静な咲子がいつも通りのやり取りをする中、雫の様子が少しおかしいことに気づいた俺は声をかける。


「雫、どうしたんだ?なんか元気ないけど」

「いえ……いや、話しておこうかしら」


 雫は少しためらいながらも話し始めた。


「……私の家が柳生新陰流って事は知っているわよね。昨日、祖父に刀を借りたいって相談したの。そしたら、何故か泣かれてしまってね……」

「ああ、あのおじいちゃんか。孫に甘いもんな」

「それだけじゃないのよ。『儂も行く!』とか言い始めて困ったわ」


 雫はため息をつくが、その理由はよく分かる。

 雫の祖父は人柄のいい優しいおじいさんだが、雫に対しては異常なほど過保護だ。

 悪いおじいさんじゃないのだが、何故か俺が雫に近づくと、睨まれるのだ。


「……まあ、私の祖母の事は置いておいて、……光輝、これがあなたの刀よ」


 雫は背よっていた細長いカバンから日本刀を取り出した。

 鞘に入っている日本刀だが、一目して売っていた武器よりも高い事が分かる。


 ……俺も何度か本物の刀を持ったことはあるが、今からこれで戦うんだよな。


 刀の雰囲気に呑まれたのか、それともこれからの戦いに呑まれたのかは分からないが、俺は唾を一つ飲み込んだ。


「あ、ああ。ありがとう」


 日本刀を腰に帯びると、しっかりと落ちない様に締め付けた。


「……他のみんなも、それぞれ自分の武器は持ってきたわよね?」

「ああ、俺は持ってきたぜ!どうだこのシールドと斧は!」


 俊介は、防護盾とハンドアックスを持ってきた様だ。


「…私はあまり分からないから、ナイフだけ持ってきたわ」

「私も―」


 どうやら咲子とレミはナイフを持ってきた様だ。


「まあいいわ。1階層のゴブリンは強くないそうだし、大丈夫でしょう。では、行きましょうか」


 そして、俺たちはダンジョンの前に居る警備員に『ダンジョン武装探索許可書』を見せて、初めてのダンジョンに入った。



~~~



 ダンジョンに入ると、最初に感じたのは熱気だった。


 ダンジョン内は整備されていて、壁には明るいライトが設置されており、タイル張りの床が広がっている。  そのおかげで、薄暗さや足場の悪さといった心配はない。


 だが、それ以上に目に入ったのは人、人、人……。まるで朝の通勤ラッシュの電車のような光景が広がっていた。


「……これ、本当にダンジョンか?」


 思わずそう呟いたのは俊介だ。俺も同じ感想を抱いている。

 先を行く人々の波に押されながら進むが、どう見ても武器を振り回せるようなスペースはない。


「これじゃ、戦うどころか前に進むだけで一苦労だな。」


 そんなことを話しながら、少しずつ奥へと進む。

 時間が経つにつれ、ダンジョンの奥へ進む人の数は徐々に減っていった。


 気づけば、1階層の終わりにある2階層への階段が目の前に現れていた。

 周囲を見渡すと、そこには立ち止まっている人たちの姿が目立つ。どうやら、多くの人がここで引き返すことを選んでいるようだった。


「……どうする?進むか?」


 俺がみんなに問いかけると、しばらくの沈黙が続いた。


 1階層のゴブリンさえ見ていない状態で、いきなり2階層に進むのは無謀かもしれない。周りの様子を見る限り、そう考える人が多いのだろう。


「……私は行くべきだと思うわ」


 沈黙を破ったのは雫だった。


「理由を聞いてもいいか?」


 俺がそう尋ねると、雫は自分の刀を軽く撫でながら答える。


「……これは過信だと囚われても仕方がないと思うのだけれど、私はそこそこ強いと思うわ」


 雫はそこそこと自分を評価しているが、光輝からしてみれば、それは過少評価過ぎる。


 ちまたでは『生まれる時代を間違えた』とか『戦乱の世だったら、歴史に名を刻んでいた』と言われるほどまでに、雫は強い。

 ゴブリンがどの程度強いのかは分からないが、ネットの反応を見る限り、雫が負ける事は無いだろう。


 その言葉に、一瞬迷いが晴れる。雫が自分の実力を信じている以上、俺たちが信じない理由はない。


「なるほどな。雫の意見に賛成だ。俺も、ここで引き返すくらいなら進むべきだと思う」


 俺がそう言うと、真っ先に咲子が反対した。


「私は反対よ。危険すぎるわ。せめて1階層でゴブリンと戦って、どんなものか体験してからでも遅くないと思う」


 咲子の意見はもっともだ。慎重に行動すべきだという考えも理解できる。

 しかし、その次に口を開いた俊介は賛成派だった。


「俺は賛成だな。いつまでも様子を見てるだけじゃ前に進めないだろ?挑戦しなきゃ何も始まらない」


 これで賛成3、反対1。多数決では賛成に決定だが、念のためレミにも意見を求めた。


「レミはどう思う?」

「うーん……難しいことはよく分かんないけど、あんまり急ぎ過ぎるのも良くない気がするかな」


 彼女の口ぶりだと、消極的な反対派といったところだろうか。


「……咲子、どうする?賛成が多数だけど」


 俺がそう聞くと、咲子はしばらくの間黙った後、大きなため息をついた。


「はぁ……分かったわ。でも、危険だと判断したらすぐに撤退するのよ。その約束だけは守ってね」


「ああ、約束する」


 こうして俺たちは覚悟を決め、2階層へと降りていくことにした。



~~~



 2階層に降り立つと、1階層とは異なる雰囲気が漂っていた。

 ライトの数は明らかに少なくなり、全体的に薄暗い。

 足元は見えるが、遠くはぼんやりとしか分からない。人の数も減り、一転した静けさが不気味だ。


 そんな中、奥の方から突然、悲鳴が聞こえてきた。


「ぎゃああああ!」


 反響する声に俺たちは一瞬で緊張し、臨戦態勢に入る。

 修練を積んでいない咲子とレミは戸惑っているが、俺と雫、俊介の3人は武器を抜き、すぐに構えた。


「た、助けてくれ!」


 奥から2人の男が必死の形相で走ってくるのが見える。後ろには、追いかけてくる複数の足音……。


「どうする、光輝!」


 俊介が俺に判断を仰いでくる。

 引き返すのが安全策なのは分かっている。だが、ここで見捨てるわけにはいかない。


「そんなの、助けるに決まってるだろ!」

「だよな、光輝がそう言う事は分かってたぜ!」


 俊介が防護盾を構えて前に出た。


「俺が攻撃を受け止める!光輝と雫はその隙に攻撃してくれ!」


 前方から走ってきた2人は、俺たちの後ろで倒れ込んだ。どうやら体力的に限界らしい。


「あ、ありがとう。助けてくれて」


 倒れ込んだ2人がそう言うが、それに返事している暇は無いようだ。


「来るぞ!構えろ!」


 声を張り上げて、リーダーとして鼓舞する。


 足音の反響が大きくなり、ついにゴブリンが姿を現した。


 ネット上では何度も見てきたが、リアルで見るのはすべてが違う。


 見る景色も違えば、音も違う。匂いも肌感覚も、味ですら違って感じる。


 4体のゴブリンを見て恐怖を覚えるが、後ろには守るべき人が居るのだ!ここで俺が守らなければならない!


「俊介!」

「おうよ!」


 俊介は防護盾を前に突き出して、突撃してきたゴブリン2体の攻撃を受け止めた。


「ぐぅ!」


 俊介の体が衝撃で少し後退するが、なんとか耐えている。

 でも、俊介が2体を足止めしてくれた。残りの2体は俺と雫が倒す!


 俺は刀を大きく振りかぶり、ゴブリンに向けて放った。

 長年の修練を積んでいるとは言え、緊張からか、素人以下の斬撃を放つ。しかし、運はよかったようで、その斬撃はゴブリンの心身を捉えた。


 血しぶきを飛ばして倒れていくゴブリンの返り血を浴びる。

 鉄臭い血の味が口の中に入り、全身がびしょびしょに濡れた。


 しかし、そんな事よりも、のこりの3体が先だ!


 俺は直ぐに意識を切り替えると、雫の方に振り返った。だが、雫は俺とは違い、冷静にゴブリンの首を撥ね、返り血一つ浴びていない。


 そんな雫に何とも言えない気持ちになるが、俊介はまだ2体の攻撃を耐えている。


「か、カバーをしてくれ!」


 俊介の声に我に返った俺は、すぐさまフォロ―に行き、残り2体を切り伏せた。


「はぁ、はぁ。た、倒せたか…?」


 刀でゴブリンを突いてみるが反応は無い。どうやら倒せたようだ。


「よ、よかったぁ」


 俺は安堵からか、座り込んだその瞬間。


≪確認しました。一定量の魔素の吸収を確認しました。レベルアップを実行します。……確認しました。レベルアップしました≫

≪確認しました。レベル1に到達したことでステータスシステムと職業が解放されました≫


 と、言う音声が聞こえてきた。

 

 どうやら、ゴブリンを倒した俺と雫、俊介だけにこの音声は聞こえている様だ。


「えっと、ステータスって言えばよかったんだよね?」


 事前に仕入れていた知識をもとに、ステータスと唱えると、目の前に文字が表示された。


ーーー

種族:人

名前:天光光輝

職業:未設定

レベル:1

スキル:エラー

ーーー


 これが俺のステータスか。

 ネットで調べていたお陰で、躓くことなく職業の設定ができた。


ーーー

職業:〈大学生〉〈剣士〉〈☆剣術士〉

ーーー


 …あれ?ナニコレ?職業に星が付いているんだけど。こんなのネットでは見たこと無い。


「な、なあ、職業に星がついてるのって、俊介知ってる?」

「いいや?でも俺には星がついてる職業は無いぞ」

「私も星があるわ」


 どうやら、俺と雫には星が付いているらしい。


「俺は〈剣術士〉って職業に星が付いているんだけおど、雫は何て職業?」

「私は〈☆☆剣聖候補〉って言うのと〈☆☆流派伝承者〉って言うのがあるわ」


 すげーな。

 才に溢れている事は知っていたが、まさか〈剣聖候補〉何て職業があるのか。

 でも、これでいくつか分かったな。


「これを見る感じ、星は上位の職業って事じゃないか?」

「多分そうね」


 ちょっと羨ましく思うけど、雫の実力を考えれば一切の疑問が湧かない。素直に納得できてしまう。


「…じゃあ、さっそく俺たちは職業に就くか」

「ええ、それが終わったら、レミと咲子にもゴブリン討伐ね」

「「え?」」


 2人は完全に外野だと思っていたのか、ぽかんとした表情を浮かべた。




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