表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/46

第三話 出口を探して




 あれからどれほど歩いただろうか。


 時間を測る手段はスマホしかなかったが、電池が切れてしまい、今はただの文鎮と化している。

 助けを呼ぶこともできず、俺はひとり、洞窟の中を歩き続けていた。


 前の方から何度も聞いた足音が響いてくるが、慣れた手つきで石を投げつけてゴブリンを殺す。

 進めば進むほどにゴブリンとの接敵率が上がっている気がするが、焦燥感と不安に駆られる現状では、それが正しいのかは分からない。


 いつの間にかレベルも10に上がっていた。

 一体何体のゴブリンを倒したのだろうか。


 そんな訳も分からない中でも、一つ分かった事がある。それはレベルが上がるにつれて、身体能力が上昇している事だ。最初の頃は誤差程度にしか変わっていなかったが、レベルが10も上がれば流石に違いに気づく。


 投げる石のスピードと威力が、格段に変わっていたのだ。

 最初の頃は顔面を潰す程度の威力だったが、今では頭蓋を突き破り脳にまで達すほどの石を投げることが出来る。


 それに身体が軽くなった気がしてジャンプしてみると、軽く飛んだはずなのに1メートルは地から離れた。

 しかし、いくら身体能力が高まったとはいえ、俺の心は憔悴し始めていた。


 どれだけ時間が立ったのかは分からないが、ただ、洞窟の空気は肌にじっとりとまとわりつき、湿度の高さが喉をひりつかせる。

 青白く発光する壁の光が淡く道を照らしているが、薄暗さが心をじわじわと犯してくるようだった。


 足音が無数に反響し、自分がどれ程進んだのか、ある岩同じ場所をぐるぐると歩いているのかさえ、疑わせる。

 『出口が見えない』ただそれだけで、胸の中にじわじわと重苦しい焦燥感が広がっていく。


 しかし、そんな絶望感の中で、1つだけ目を引く変化を見つけた。


「これは……階段か……」


 下へと続く階段。階段は真っ暗で地の底へと誘うかのような雰囲気をしている。


 しかし、やっと現れた異変だ。ここで引き返す事は考えられない。それならばこの階段を降りるべきだ。


 もう、かなりの距離進んだことで引き返すと言う判断が完全に断たれてしまっている俺は、数歩先が見えないような下る階段の一段目を踏みしめた。


 何段かは分からないが、確実に3階以上の距離を降りた俺は変わらずの洞窟に絶望する。


 ほとんど変わらない洞窟は薄暗く淡い青色に発光している。心なしか道幅が広がっている気がするが、今の俺にはそんな事よりも、まだ続く道に絶望していた。


 しかし、こんなところで立ち止まっていても何も解決はしない。

 そう心にカツを入れて2階層に踏み入れた。



~~~



 2階層を進んでから直ぐに異変に気が付いた。これまで何度も聞いてきた足音が複数重なって聞こえるのだ。


 まさかと思い戦闘態勢を取った俺は、前から聞こえてくるゴブリンの足音に身構えていると、薄暗い洞窟の奥から3体のゴブリンが現れた。


 1階層では1対1の戦いで余裕だったとはいえ、複数相手ともなると話は変わってくる。いくら弱いとは言え、数の力は驚異的だ。


 ゴブリンたちも近くに着た事で俺に気が付いたのだろう。『グギャ!』と醜い声で何かを言い合った後に3体それぞれが俺の方に向かってきた。

 何となく複数相手になる事を察していた俺は、直ぐに一番近いゴブリンに向かって持っていた石を投げつける。


 1階層で手慣れている投石は、しっかりとゴブリンの1体を仕留めた。が、まだ2体は元気に突っ込んでくる。

 俺は右のゴブリンにこちらからも近づくと、リーチを生かしてゴブリンに右ストレートパンチをお見舞いしてやった。


 グチャ!ゴキ!と言う肉と骨を潰した感触が拳を通して伝わってくるが、それに気持ち悪さを覚えるよりも先に俺は最後の一帯に蹴りを放った。


 殴った後で体制が崩れている蹴りは大して威力は無く、軽く後退させる程度だった。

 しかし、俺が今一番欲しかったゴブリンとの距離を稼げたことで、こちらの体制を立て直すだけの時間が出来る。


 ゴブリンはすかさず距離を縮めようとするが、俺の方が先に動く。

 素早い動きで腰を捻ると、180センチの長身から放たれるミドルキックがゴブリンの頭を正確にとらえた。


 ゴブリンの首が嫌な方向に曲がってしまってグロ光景になっている。

 真反対を向いているゴブリンの死体をなるべく視界から外し、精神衛生上の観念から、なるべくゴブリンの死体を見ない様に歩き出した。

 

≪確認しました。一定量の魔素の吸収を確認しました。レベルアップを実行します。……確認しました。レベルアップしました≫


 どうやらさっきの戦闘でレベルが上がったらしい。

 もう聞きなれたレベルアップの通知を軽く無視をしながら、ステータスを開く。


ーーー

種族:人

名前:水橋 正吾

職業:宗教詐欺師(5/20)

レベル:11

スキル:〈話術(0/10)〉〈鑑定(2/10)〉〈偽装(2/10)〉〈神託(偽)〉〈ラッキースター〉

ポイント:2

ーーー


 まあ、予想通りのステータスだ。何の異常も無い。


 でも、失敗したな。〈偽装〉はともかく〈鑑定〉に貴重な一ポイントを振ってしまったのは失敗だった。

 もう一ポイント振れば何かが変わるかと思っていたが、〈鑑定〉は一切変わらなかった。

 〈偽装〉はアイテムの外見のクオリティーが少しだけ上がったが、それも見れば分かる程度なのは変わらない。


 はぁ、次からはもうちょい気負付けてポイントを振ろう。

 いつもならば、こんなにもうかつな行動はしないんだけども、はぁ……俺は今かなり疲れているな。


 でも、反省はするが、今はそれどころでは無い。

 体力が少しでも余っている間に前へ進んでおきたい。

 


~~~



 それから複数現れる様になったゴブリンを狩りながら、洞窟を進んでいった。


 幸いとして、水は酔い覚ましの為に2本買っていたおかげで何とかなっている。


 カバンには役所で貰った書類が入っている為に、捨てずに持ち歩いている。

 命には代えられないが、まだ余裕がある今ならば、持ち歩くこと自体は大した労力にはなっていない。


 しかし、後どれ程これが続くのかが分からない俺は、ペース配分に困っていた。

 2階層もかなり進んだとは思う。それは自分のレベルが20になっている所を見れば分かるだろう。


 さらに体感10分ほど進んだ頃、水が尽きたタイミングで、ようやく下へ続く階段を見つけた。


「階段……か。また洞窟とかでない事を願るよ」


 俺はそう言うと、何のためらいもなく下へと続く階段を降りていった。




 2階層のときと同じくらいの距離を下ると、目の前に現れたのは洞窟……ではなかった。


 その光景を一言で表すならば、『無骨な岩で作られた門』だ。

 大きさは3メートルはあるだろう両開きの門に装飾などは一切なく、ただただ岩を削りだしたかのような見た目をした巨大な門だ。


「神でも何でもいいから、ここが出口であってくれよ……いやマジで」


 今になって思えば、神に縋りたくなる人の気持ちが分かると言う物だ。

 宗教詐欺をした俺が神に願うなんて滑稽だが、それでも願わずにはいられない。


 俺は希望と願いを胸に門に手を掛けた。


 少し押しただけで勝手に門が開く。

 岩の門と言う事もあってかなりの力で押し込んでいたのに、勝手に空いたせいで体勢を崩してしまい、前かがみに倒れてしまう。


 そして、倒れ込んだ姿勢のまま、顔を上げれば……。


「なんだ……あれは……」


 岸壁に囲まれた広い部屋。

 いくつものかがり火が燃え、室内を明るく照らしている。

 その中央に、ひときわ目を引く存在が立っていた。


 今まで見てきたゴブリンとは違い、俺と同じほどの体長に、棍棒らしき丸太を持っている。

 下顎から伸びる牙は、イノシシの様に鋭く威圧感があった。


 一瞬にて分かった。こいつは俺よりも格上であると言う事が。


「これは…………ヤバいわ」


 弱音が無意識の内に口から洩れる。

 恐怖からか、あのゴブリンを見た瞬間から、全身に冷たい冷や汗が噴き出した。

 何もせず、ただ四つん這いになっているだけなのに、心臓があり得ないほど高速に脈打っている。


 今にも逃げ出したい恐怖感が全身を襲う。だが、本能とは別にかすかに残った理性がこう訴えるのだ。


『ここを逃げても退路は無い』


 と。


 今更逃げ戻ったとしても、1階層までたどり着く事は不可能だ。

 それは、戦闘と言う超絶ド級の有酸素運動をしながら、水も無しに戻る事が無理なのは、3階層の階段を下った時から分かっていた。


 それならば、万が一、億が一の可能性に賭けて、この化け物のようなゴブリンを倒した方が良い。

 そう理性が訴えてくる。


「……ッ」


 震えそうになる身体を押さえつけ、恐怖を腹の奥へと押し込める。唾を飲み、恐怖の一滴すら残さず腹の中へ納めた。

 

 確かにこいつは格上げではあるが、そこまで大きな差は無い。それは気配だけでは無く、鑑定結果からもそう言える。


ーーー

種族:ホブゴブリン(ボス)

名前:未設定

職業:戦士

レベル:25

スキル:鑑定不可

ーーー

ーーー

〈ホブゴブリン〉

・ゴブリンの進化種。身体能力に優れ、握力は100キロにも達する。

ーーー


 これがコイツの鑑定結果だ。

 ちなみにだが俺のステータスはこれだ。


ーーー

種族:人

名前:水橋 正吾

職業:宗教詐欺師(13/20)

レベル:20

スキル:〈話術(0/10)〉〈鑑定(2/10)〉〈偽装(4/10)〉〈神託(偽)〉〈ラッキースター〉

ポイント:1

ーーー


 かなりレベルを上げたのだが、レベル10を超えたあたりから、レベルアップに必要なゴブリンの討伐数が明らかに増えてきていた。


 今から戻って、このホブゴブリンと同じレベルに上げることを考えたとき、あと何体ゴブリンを狩らなければならないのだろうか?そして、25レベルに上がるまで俺の体力は持つのだろうか?


 そう思えばこそ、ここで引き返すと言う判断は取れない。

 それに、鑑定してみた結果は5レベルの差だ。決して無謀と言うには差があまり無い。勝てる可能性は十分にある相手なのだ。


「…ふぅー。……よし、やろう!」


 俺は自分のほっぺを叩いて気合を入れる。

 パチンと言う音と痛みが、カチンコのように自身を切り替えた。


 しかし、どれだけ気持ちを切り替えようとも、生命からの危機から来る恐怖で、心臓が高速で脈打つ。

 アドレナリンが過剰分泌され、酩酊する視界は、いつも以上に色彩が鮮やかだった。


 そんな自身を落ち着けるように、深く深呼吸をすると、近くに落ちていた石を拾い上げた。


 冷たくひんやりとした石が、自分の熱くなった手と頭を冷やす。


「……ふぅ」


 冷やされた頭で周りを観察する。


 この部屋はかなり広く、半径20メートルはあるだろう部屋だ。

 故に自然的に両者の相対位置は遠い所から始まる。


 ゆっくりと歩き出した俺は、突然として走り出すと、手に持っていた岩を投げつける。

 投石に一瞬遅れて反応したホブゴブリンは、最小限の動きで投石を避けると、大きな棍棒を構えながら突撃してきた。


 どうやら棍棒を盾代わりにして突っ込むらしい。握力が100キロもあるコイツに突進されれば、タダでは済まないだろう。

 しかし、そんな見え見えの動きなんて、対策してくださいと言っている様なものだ。


 俺は体を低くしてホブゴブリンに近づいていく。途中で落ちている石を拾い上げると、軽くゴブリンの顔に向かって投げた。


 手のスナップだけで投げた石は大した威力は無い。もしも当たったとしても、ダメージにはなっていないだろう。

 しかし、顔に向かって投げられたホブゴブリンは本能的に避けてしまう。


 反射的に避けたせいで、ホブゴブリンの重心が上に逸れている。

 その隙に俺は、ホブゴブリンの足をスライディングの要領で蹴った。


 重心が上がった状態で足を蹴られては、流石の身体能力に優れているホブゴブリンでも転ぶ。

 盛大に倒れたホブゴブリンの衝撃は、地面を通して伝わってくる。


 その振動だけで、ホブゴブリンが倒れた事を察した俺は、振り返りざまにホブゴブリンへと飛び掛かると、バックチョークの要領で首を締めあげた。


「しねぇー!」


 気合の咆哮と共に力いっぱい首を締めあげる。

 拙いとは言え、成人男性が本気で首を締めあげれば、大抵の人間ならば死ぬ。……そう人間ならば。


「グォ――!」


 ホブゴブリンの咆哮と共に、バカ力で俺の腕は引き剥がされてしまった。

 勝ったと思った矢先、異常な力で締め技を外されてしまったのだ。


 慌てて飛びのいて距離を取ると、両者ともに少しばかりの静かな静寂が訪れる。


「「……」」


 マジかよ……。さっきの締め技は完璧に決まっていた。それなのに、ただの力だけで外されるとは。

 これは寝技とか絶対に無理だ。仕掛けたら逆にこっちが殺される。


 でも、絞め技が無理だと困ったことになる。


 俺のスキルは戦闘には向いていないスキルたちで、スキルには頼れないだろう。

 それに今武器と言う武器が無い。せいぜいがそこらに落ちている石ぐらいだ。一応ナイフは在るには在るが、使いたくはない。このナイフは幼馴染の大祐からもらったプレゼントで、大事にしてきた一品だ。


 でも、それを使わないと勝てないと冷静な理性がそう囁く。


「はぁー、仕方ない。流石に命には代えられないな」


 どんなに大事な物であっても、自分の命との天秤にはかけられない。


 俺は懐から刃渡り6センチのナイフを取り出すと、軽く構えた。


 このナイフは封筒を開けるためのもので、サバイバルナイフのような頑丈性はない。

 下手に扱えば、ナイフのほうが先に壊れるだろう。


 それでも素手よりかは100倍マシだ。


 ホブゴブリンは俺がナイフを取り出したことで、完全にナイフに目線が行っている。


 先ほどの絞め技で俺自体に脅威を感じなかったのだろう。

 それはそれでムカつくが、今はそれを利用させてもらおうか。


 俺は、手元でナイフを弄びながら、少しずつホブゴブリンとの距離を縮めていく。


 そして、お互い僅かに距離を取り、静止する。


 ホブゴブリンはナイフをジリジリと睨みつけ、明らかに警戒していた。


 今の状況で無理に突っ込めば、逆にこっちが押しつぶされる。

 だが、にらみ合ったままでも状況は変わらない。向こうも、早く片をつけたいはずだ。だから、俺から仕掛ける。


 走り出すのと同時に、ナイフをおもむろに振り上げ、ゴブリンの視線をナイフだけに集中させる。


 そして、完全にゴブリンの視線がナイフに行き切った瞬間を見計らい、俺は…………軽くナイフを上に投げた。


 手元から数センチ上に投げた程度だが、意識が完全にナイフに行っているホブゴブリンは俺を見失った。

 慌てて俺の姿を探して左右に視線を回すが、見つけることは出来ない。なぜならば、俺はすでに高く飛び上がっているのだから。


 ホブゴブリンは、周囲360度に俺が居ない事を察し、上を向いた。

 それがいけなかったのだろう。無駄に知能が高く、上に俺が居ると気づける知能があったからこそ、容易に決着が着いてしまった。


 上を見上げたホブゴブリンと目線が合う。

 その驚きによって大きく開いた黒い目は、皮肉な事に良い目印になった。


 重力に引かれ落ち行く中で、ゆっくりとした時間が流れる。

 生死の間際。それが、時間をゆっくりに感じさせていた。


 しかし、そんな中でも、俺が見ていたのはホブゴブリンの大きく見開かれた目。その一点だけだった。


 徐々に加速していく視界の中で、俺は手元に持っている『ナイフ』をホブゴブリンの目に突き刺した。


 グシャっと目に突き刺さったナイフを素早く手放す。


 痛みからか、暴れ狂うホブゴブリン。

 目を片手で押さえながらも、もう一方の片手を無造作に振り回している。


 あの手に当たれば、ただでは済まないだろう。


 しかし、決めるならば今だ!今しかない!


 俺は危険をいとわずに距離を詰めると、ホブゴブリンの振り回している手に足をかけ、宙高く舞い上がった。


 レベルの恩恵で高まった身体能力と、ホブゴブリンの力をフルに活用し、天井スレスレまで舞い上がる。

 必然として、重力に引かれて落ちる。その中で、片眼のホブゴブリンと目が合った。


 しかし、ホブゴブリンが動くよりも先に、体重を精一杯乗せた俺の蹴りが、ナイフを踏みつけた。


 真下にナイフを押し込む様に踏んだ事で、シーソーのようにナイフは上へと上がる。

 必然として、ナイフの刃はホブゴブリンの頭蓋骨の中を進み、脳に到達した。


 即死だっただろう。ロボトミー手術の様に前頭葉を完全に破壊されたホブゴブリンは、そのまま力を失い地面に倒れ伏した。


「……」


 倒れ込んだホブゴブリンからすかさず距離を取り、警戒する。

 遠くから石を投げて反応を確認するが、反応は無い。


「ちゃんと死んだな?」


 俺は復活しても嫌なので、ナイフを再度奥まで押し込んだ。

 押し込んでも一切反応が無い所からして、ちゃんと死んでいる。

 俺は戦いが終わった事への安心でホブゴブリンの死体の上に座った。


「……しかし、一か八かでやったが、上手くいって良かった…」


 俺は、ちゃんとスキルが発動してくれたことに安堵する。


 最後の攻防、やった事は簡単だ。


 まず俺はあの一瞬の静寂の中、ステータスの〈偽装〉のレベルを上げた。

 〈偽装〉のスキル内容は『自身のステータス、もしくはアイテムを偽装することが出来る』と言う物で、これはアイテムの外見も偽装する事が出来るスキルだ。


 もちろんの事、偽装されたアイテムはハリボテで、よくよく見れば、すぐにわかる程度の偽装だ。しかし、10メートル以上離れていたことや、ナイフを凝視させない為に、ナイフを弄んでもいた。


 しかし、それでも普通の人間ならば、ナイフの違和感に気が付けただろう。

 だけども、ホブゴブリンは気が付けなかった。


 何故か?理由は簡単。


 ゴブリンは、洞窟性生物の特徴と類似している。それが理由だ。

 例えばだが、長い耳や、大きくて黒い目。そう言った特徴は可視光の少ない場所に住む生物特融の進化だ。


 類似している生物と言えば、コウモリだろうか?


 そんな洞窟性生物は光に弱いという共通点が存在する。これまでに1階層や2階層程度の光量ならば、ゴブリンに適した環境だろう。

 しかし、松明が炊かれたこの部屋では、人間に適した光量であって、ゴブリンにとっては真逆だった。


 そう言った理由から、ホブゴブリンはライターに施した〈偽装〉を見破る事が出来なかったのだ。


 これだけでは終わらない。

 

 ホブゴブリンは、さっきの攻防で俺の攻撃力が無い事を身をもって知っている。故に、新しく出てきたナイフが一番の脅威であり、それ故にナイフに過剰なまでに意識が集中してしまった。


 俺が突然ナイフを投げた事で、ホブゴブリンの意識は一瞬ナイフと共に俺から外れる。俺は手放したと同時に上に飛んだ。


 この部屋は壁にかがり火が置いてあるせいで、部屋の中央と天井部分が比較的暗くなってしまう。特に天井なんて真っ暗と言って良い程に暗い。


 身体の構造上、明るい場所から急に暗くなった場所を見る事は出来ない。その原理を利用して俺は隙だらけのホブゴブリンの目玉に本物のナイフを突き刺したのだ。


「しっかし、もうこりごりだ。こんな命を削るような戦いは…」


 俺がそう呟いたのと同時に、何回も聞いた天の声が聞こえてきた。


≪確認しました。一定量の魔素の吸収を確認しました。レベルアップを実行します。……確認しました。レベルアップしました≫

≪確認しました。初めての3階層ダンジョンボス討伐を達成しました。スキル〈身体強化〉を取得しました≫

≪確認しました。世界初の3階層ダンジョンボス討伐を確認しました。…戦闘を解析中…スキル〈夢幻泡影〉を取得しました≫

≪確認しました。初めての3階層ソロダンジョンボス討伐を達成しました。スキル〈気配感知〉を取得しました≫

≪確認しました。世界初の3階層ソロダンジョンボス討伐を確認しました。…戦闘を解析中…スキル〈一騎当千〉を取得しました≫

≪確認しました。ダンジョンボス討伐により下級宝箱を出現させます≫

≪確認しました。初めての3階層ソロダンジョンボス討伐により上級宝箱を出現させます≫

≪確認しました。ダンジョンボスクリアにより、地上への帰還門を開放します≫


 色々一気に来たが、まず一番は地上への帰還門と言うのが解放されたことだ。

 これでやっと地上に戻れる。


 そして次に部屋の中央に出現した2つの木の箱。

 片方はただの木の箱で、もう一つは綺麗に装飾されている。

 あれは通知通りならば宝箱と言う事なのだろう。


 もう帰れることが確定した俺は、落ち着いて下級宝箱に近づいていく。

 木の宝箱に手を書ければ、ささくれだったリアルな感触が伝わってきた。


「……そう言えば、最初は夢だって思ってたんだよな」


 その感触で、過去を思い返すだけの余裕ができる。

 それほどまでに、帰還の喜びは、正吾に余裕と言うモノを与えていた。


「じゃあ、開けますか」


 落ち着いた心のまま木の宝箱を開ける。

 蝶番が壊れかけているのかギシギシと鈍い音を響かせながら開いた宝箱。

 その中には、ボロボロのローブが入っていた。


 手に取って〈鑑定〉をしてみると…。


ーーー

〈亡霊のローブ(下級)〉

・自身の気配を薄くすることが出来るローブ。姿は消せない。

ーーー


 なるほど。気配を消せるローブか。


「……地味だな」


 可もなく不可も無くと言うのが、素直な感想だ。

 使い道はあるけど、ゲームで言えばティア1の装備だな。


 まあ、そもそも下級宝箱に期待などしていない。本命は上級宝箱だ。


 隣に置いてある宝箱に手を振れて見れば、明かに重厚な金属で出来ている事が分かる。

 装飾も凝っている所からして、中身に期待が持てそうだ。


 上級宝箱に力を籠めれば、軋んだ音なんて一切聞こえずに、すんなりと開いた。

 そして、その中には…………鞘にしまわれたナイフが置いてある。


 俺は、手に取りながら即座に鑑定をする。


ーーー

〈蟲毒の短剣(上級)〉

・攻撃を当てると毒を与える。時間、または回数によって重篤度が上がっていく。

・生物を殺せば殺すほど毒の効果が徐々に高まっていく。

ーーー


 俺は鞘から少し短刀を抜き、刀身を見てみた。〈蟲毒の短刀〉は魅惑的だが恐ろしい薄い紫色をしている。触れれば危険と分かっているハズなのに、触れたくなるような魅惑を放っている美しい刀身だ。

 なるほど、蟲毒の短剣か。かなり有用そうだ。

 

「でも、このナイフって銃刀法違反に引っ掛からないかな?また刑務所は嫌だぞ。あんな暇な場所にはもう行きたくない」


 まあ、バレなければ犯罪じゃないっていうし、大丈夫か。最悪偽装で何とかすればいい。


 俺は蟲毒の短剣をバックの中にしまうと、いつの間にか出現していた魔法陣みたいな模様をした光る床に目を向ける。


 あれこそが、待望に待望を重ねた『出口』なのだろう。

 何とも言えない気持ちになり後ろを振り返れば、1日だけの夢のような洞窟が広がっている。


「こんな所ともおさらばだ」


 本当にこの体験が夢だったならば、思えていて笑い話にでもしよう。

 そんな事を思いながらも、俺は光る魔法陣の上に乗った。


 瞬間、体が少し浮く感覚と同時に明るい日差しが目に入る。

 

「うぅ、もう朝か……」


 空を見上げると、すっかりと夜は明けてしまい、昇ってきている太陽が目に入る。


「……ち、地上だ……」


 決して大きな声では無い。大きな声では無いが、早朝の静かな時間帯にはよく響いた。


「……あぁ」


 ため息とも、嘆息とも取れないと息が口から零れ落ちる。

 目は滲んで、前が見えない程に涙があふれ出ていた。


 ただ、帰ってこれた。それだけが、生まれてから21年間まったく泣いてこなかった男が流した涙だった。


 細い道で、何分そこに居たのだろうか?

 文鎮とかしたスマホしか時間を確認する術は無いが、きっと10分は泣いていただろう。


 そこから俺は、赤くなった目のまま、ラブホテルまで歩いて向かったのだった。




ロボトミー手術

別名「前頭葉白質切截術」と言う物で、目から器具を差し込み、大脳の前頭葉にある「白質」を切除することで、精神障害の治療をすると言うもの。

 もちろん脳の一部を切除すると言う事もあり、副作用が存在する。それは殆どの感情や興味と言った物を失ってしまう事だ。

 こんなにも重大な副作用があるのだが、副作用よりも精神障害を抑える事が出来ると言う点が高く評価され、ノーベル賞を受賞した。

 のちにロボトミー手術は人道的に反しているとして、禁止された。しかし、それまでに4万件ほどの手術が施され、史上最悪のノーベル賞と言われるまでになった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ