第二十八話 ダンジョン開放前夜2
さて、玲奈の転職のお時間だ。
彼女は迷うことなくポイントを〈殺戮聖女〉に振り、転職先を確認し始めた。
「玲奈、どんな転職先が出てきたんだ?」
「……メシア、と出ました」
メシア……つまり救世主か。
三大一神教に由来する言葉だが、玲奈が“メシア”とはなかなか笑えない話だ。
もっとも、これまでの玲奈の行動を振り返ってみれば、その呼び名はしっくりくる気もする。俺のプロデュースの賜物だとしても、外から見れば彼女はまさに『救世主』なのだろう。
「まあ、正直言って納得のいく職業だな」
「そうでしょうか? 私自身は、メシアなんて似合わないと思うんですが……」
「俺から見れば確かに『メシア』には程遠いかもな。でも、お前を知らない奴からしたら、この上なくぴったりだ」
「……確かに、そうかもしれません。でも、なんだかムズムズします」
「大丈夫だ。少なくとも聖女の時よりは似合ってるぞ」
そう、『聖女』より『メシア』の方が玲奈には合っている。自信を持てと言いたいくらいだ。
「それで、他に転職先はないのか?」
「はい、メシアだけでした」
「なら、悩むことはないな。さっさと転職しちゃえよ」
「そうですね。では、転職……っと」
玲奈は俺には見えないウィンドウを操作して転職を完了させた。作業はあっけなく終わり、彼女は自分のステータスを見せてくる。
ーーー
種族:獣人(狼)
名前:一ノ瀬 玲奈
職業:メシア(0/300)
レベル:287
スキル〈再生(0/10)〉〈浄化(1/10)〉〈啓示(1/10)〉〈身体強化(10/10)〉〈気配探知(1/10)〉〈神術魔法(0/10)〉〈神の加護(0/10)〉〈殺戮の病(0/10)〉〈死者蘇生(0/100)〉〈救世主(0/100)〉〈異端審問〉〈慈愛の抱擁〉〈神懸かり〉〈輪廻転生〉〈奇跡〉
ポイント:74
パーティー(2/6):玲奈と忠実なワンちゃん
フレンド:〈水橋正吾〉
種族特性:〈獣化(狼)〉〈肉体強化〉〈発情期〉
称号:〈ダンジョン教会幹部〉
ーーー
「なるほどな……増えたのは〈死者蘇生〉〈救世主〉〈奇跡〉か。名前からして、いかにも『メシア』っぽいスキルだな」
俺は新たに増えたスキルの詳細を確認しながら、玲奈に感想を述べた。
ーーー
〈死者蘇生〉
・死亡した対象の最大レベル×1分までの経過時間内で蘇生可能。
・蘇生された物は、死亡時と同じ状態で復活され、体の損傷が治る事は無い。
・死者蘇生のレベルに応じて、使用する魔素減少。
〈救世主〉
・肉体、精神、魔素を神域の次元へと引き上げる。
・人間の感情が色として見える。
・全スキルの効果をn%上昇させる。(nはレベル依存)
〈奇跡〉
・奇跡を起こす。
・奇跡を願う物の数によって起こせる奇跡の度合いと効果が決まる。
ーーー
「ほう、かなり優秀なスキルだな。特に〈死者蘇生〉は抜きん出てる。俺のレベルが288だから、288分。4時間48分は蘇生可能って事か。これ、どう考えてもぶっ壊れだろ」
スキル詳細を確認しながら俺は感想を述べた。
〈救世主〉は俺の〈半神〉のスキルと同じだ。〈奇跡〉だけは『何ができるか』かをイメージしずらい。水をワインに変えるとか、そっちの類だろうか?
「まあ、〈死者蘇生〉と〈救世主〉は間違いなく使えるスキルだな。〈奇跡〉は……正直、未知数だな」
「そうですね。でもまずは、〈死者蘇生〉と〈救世主〉のレベルを上げてみますね……いいですよね?」
「ああ、良いと思うぞ」
自分のステータスなのに、なぜか俺に許可を求めてくる玲奈に、少し疑問を抱きつつも、適当に承諾する。
玲奈はすぐさま〈死者蘇生〉のレベルをマックスにした。そして、どういうわけか、周囲を探るように一周見渡すと、俺の顔に視線を留めた。
「「……」」
二人の間に一瞬の沈黙が訪れる。
だが、俺は既に悟っていた。きっとこいつは試したいのだろう、〈死者蘇生〉の効果を……。そして、実験台を探して俺を見たということは……。
「正吾さん、実験台になってくれませんか?」
「嫌だよ!誰が好き好んで死にたいと思うんだ!」
予想通りの展開に、俺は玲奈から素早く距離を取った。
「冗談ですよ」
「お前がそう言うと冗談に聞こえんわ!」
そんなやり取りがあったものの、玲奈の手元からナイフが飛んでくるようなことも無く、俺は再び隣に腰を下ろした。
「でも、この〈救世主〉のスキル面白いですね。正吾さんが恐怖を感じた瞬間、黒色に変わりました」
「…ああ、感情を見れるとか言う効果か」
「はい、でも、大して使えそうにありませんね」
確かに、感情など分かって得する機会などそうそう無いだろう。
「ところでなんだけどさ……〈半人半神〉と〈メシア〉のレベルが300って、これ普通にエグくないか?」
改めてステータスを見ながら呟く。
色々なスキルを見た後だからスルーしそうになったが、改めて考えるとこれは異常だ。俺の現在のレベルは288。300にすら到達していないのだ。
しかも、レベルが上がるごとに経験値の必要量も増え、ペースは確実に落ちている。今後、どれだけの時間を要するのか考えるだけで気が遠くなる。
「そうですね。もしも〈流転回帰〉が無かったら……何十年も掛かっていたでしょうね」
「そうだな。……そう考えると、1年や2年で済むのって、むしろ短いのかもしれないな」
年齢によって『短い』『長い』の感覚は変わるだろうが、それでも必要なレベルが下がるわけではない。俺たちに出来るのは、いったん気にせず棚に上げることくらいだ。
「まあ、幸い〈流転回帰〉があるし、こればかりは確実に時間が解決してくれる問題だ。気長に待とうぜ」
「そうですね」
ノイローゼになりそうな話題をひとまず放置することに決まった。
ともかく、今日はオフの日だ。最初から何もしない予定だったのだから、このまま休むのが一番だろう。
「……はぁ、ちょっと風呂でも入るか」
気分を切り替えるため、ベッドから立ち上がろうとしたその時――玲奈が俺の服の裾を掴んだ。
「なんだよ」
「私も入ります」
「俺が入った後なら好きにしてくれ」
「いえ、私も一緒に入ります」
……今日は無理にでも予定を詰め込んでおくべきだったな。
そんな後悔をしたところで時すでに遅し。初めての風呂乱入事件から、何度も玲奈に襲撃されている俺にとっては、もはや大した驚きではない。
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風呂から上がり、玲奈の頼みで髪を乾かしてやっている俺は、今、お風呂に入ったばかりだというのに、どっと疲れが増している。
正直、辛いのは『自分の性欲を抑えること』だ。
玲奈には直接言わないが、彼女の容姿は文句のつけようが無い。
すらっとした体に、圧倒的な美貌。裸で目の前に立たれた日には、どんな男だって理性を試されることだろう。
だが俺は、男としての一線を超えないよう全力で努力している。
別に玲奈が誘ってきているのだから、手を出しても良いハズだ。なのに俺は玲奈に欲情すれど、手を出したいとは思えなかった。
「はい、終わったぞ」
意識せず動かしていた手を止め、髪を結び終えた俺は、一息つきながら作業の完了を告げた。
玲奈は鏡で自分の髪を確認した後、ジト目で俺を見上げる。
「正吾さん。毎回思うんですが……何でそんなに髪を結うのが上手いんですか?」
「それはな……」
俺がなぜ髪を結うのがうまいのかと言うと、刑務所にいたからだ。
は?と思う人もいるだろうが、それにはちゃんと理由がある。
刑務所生活の中で、俺が受けた刑罰は『禁固刑』だった。現代の刑罰には『自由を奪う』という意味の禁固刑と、『刑務作業を課す』懲役刑の2つがある。この2つの大きな違いは、刑務作業があるかどうかだ。禁固刑の場合、ただ身柄を拘束されるだけで、何もすることがない。
つまり、俺は一日のほとんどを無為に過ごすしかなかった。そんな中で、暇つぶしの一環として編み物を始めたんだ。
最初はどうせ大したこともできないだろうと軽い気持ちだったが、これが意外と面白くてハマってしまった。そして気がついたら、手先が器用になっていた。
髪を結うのがうまくなったのも、その延長線上ってわけだ。
「それで、髪を結うのが得意になったってことだよ」
俺はそう説明すると、玲奈は微妙に呆れたような表情で口を開く。
「……編み物って……正吾さん、女子なんですか?今どき女子でも編み物をしている人なんて少ないのに」
「しょうがないだろ。2年間も暇だったんだから」
「でも、良かったです。もし『前の彼女のために練習していた』とか言われたら……多分、殺していましたよ」
「いや、怖えよ……」
玲奈の物騒なセリフに俺はツッコミを入れつつ、少しだけ思い出に浸る。
そういえば、彼女か……俺、彼女できたことないんだよな。いいところまで行ったことはあるんだけど、そのタイミングで捕まっちゃったんだよね……。
ちなみに、童貞か童貞じゃないかは……ノーコメントで。
「ちなみにですが、正吾さんって童貞ですか?」
玲奈が唐突に爆弾発言を投げ込んできた。
「……ノーコメントで」
俺は冷静を装いながらも、内心は動揺を隠せない。
こういう時、彼女は妙にストレートに踏み込んでくるから困る。
「ちなみに私は処女ですよ」
「いや! 聞いてないわ!」
突然のカミングアウトに、俺は思わず声を荒げてしまった。それでも玲奈は涼しい顔をして俺を見つめている。
だがまあ、玲奈が処女なのはなんとなくわかる。玲奈は根っからの箱入り娘だし、世間知らず感が半端じゃない。
あのボンボンが通う有名私立高校だって、ほぼ休学状態でまともに登校していないしな。家柄も裕福そうだし、玲奈に言わせれば周りの男どもなんて視界にも入らなかったんだろう。
「そういえばさ、玲奈は高校はどうしてるんだ? あれから1回も登校していないけど、大丈夫なのか?」
「え? ……まあ、大丈夫ですよ?」
玲奈が微妙に目をそらして疑問形で答える。明らかに怪しい。
「いや、なんで疑問形なんだよ」
玲奈の顔をじっと見つめると、彼女は露骨に視線を逸らす。
それでも目を逸らし続ける玲奈に追い詰めるようにして問い詰めると、観念したのか、ため息をついて話し始めた。
「……はぁ、本当はあまり言いたくありませんでしたが、正吾さんがそんなに聞きたいのであればお話ししましょう」
玲奈が語り始めた内容は、俺にとってある意味ショッキングだった。
玲奈は、俺と出会ってからこれまでの間に学校や友人から何千件も連絡が来ていたようだ。親からの連絡が1、2件ほど、友人たちからの連絡が300件以上。さらには学校からの連絡が数千件と膨大な数に上っているらしい。
だが、驚くべきことに、玲奈はそのすべてを無視していた。既読すら付けていないとのこと。
「いや、さすがにそれはヤバいだろ……なんで無視してんだよ?」
「めんどくさかったからです」
あっさりと答える玲奈に俺は言葉を失う。
「………友達から300件以上連絡来るって、それだけ気にされてるんだろ? 返してやれよ」
「友達と言っても、知り合い以上友達未満のような人たちばかりです。大した仲ではないですし、そもそも私はそこまで興味がないので」
バッサリと言い切る玲奈に、俺はその友人たちが少し不憫に思えてきた。
「じゃあ、学校や親は? それこそ警察沙汰になるレベルじゃないか?」
「実際、警察からも連絡が来ています。10件くらいでしょうか」
その言葉に俺は驚愕し、地面に崩れ落ちた。
「お、お前……警察が動いてんのかよ……」
「ええ、でも私としては特に気にしていません。どうせ、聖女としての活動が広まれば、いずれ私が無事だとわかりますし」
「いや、わかるとかじゃなくて! お前、誘拐されたとか思われてるんじゃないのか? 下手したら俺まで犯罪者扱いされるぞ!」
俺の必死の訴えもどこ吹く風、玲奈は何事もないように澄ました顔をしている。
「まあまあ、大丈夫ですよ。それに正吾さんならきっと何とかしてくれますよね?」
「頼むから他人事みたいに言うな……」
深いため息をつく俺に、玲奈はちょっと申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「これ以上は何もないんだろうな……?」
「ええ、大丈夫です」
ようやく玲奈の口から『これ以上の不祥事はない』との言葉を聞いて、俺は安堵のあまり膝から崩れ落ちた。
しかし、警察が動いている事実に変わりはない。今後、ますます周囲には注意を払わなければならないだろう……。