第二話 宗教詐欺師
≪確認しました。一定量の魔素の吸収を確認しました。レベルアップを実行します。……確認しました。レベルアップしました≫
≪確認しました。レベル1に到達したことでステータスシステムと職業が解放されました≫
≪……世界初の魔物の討伐を確認しました。スキル〈ラッキースター〉を取得します。………エラー………職業を選択していません。ステータスから職業を選択してください≫
「は?」
どこから聞こえるんだこの声は?
首を回しても、手で耳を塞いでも音が一切変わらずに聞こえてくる。
それはまるで脳内に直接話しかけられている様で、気持ちが悪い。
それに、何だこれは?レベルアップ?ステータス?職業?ラッキースター?何を言っているのか全く分からない。
まるでゲームの様だなんて思うが、紛れもなくこれは現実だ。
でも、どうすれば良いんだ?全く分からないんだけど……。誰か説明をプリーズ。
「まあ、物は試しだ。とりあえず言ってみるか。ステータス」
そう言うと目の前に半透明のウィンドウが出現した。
ーーー
種族:人
名前:水橋 正吾
職業:未設定
レベル:1
スキル:エラー
ーーー
「なんだこれは?!」
あまりの非現実的な事に驚きの声を上げる。
大きな声を出し過ぎて、洞窟に反響した自分の声が聞こえるが、それすら耳に入る事は無い。
見間違いではない。俺の名前が表示されているし、まるでゲームみたいな『レベル』や『スキル』なんて項目まである。
目をこすっても消えない。手で触れてみると、感触こそないが、ちゃんとカーソルのように選択ができるようだ。
さきほどのゴブリンとの戦いで『現実である』事は分かっている。分かってはいるが、改めてこれを見てしまうと、過去の判断がぐらつく。
まさか……本当に夢なんじゃないか?そんな思いが胸中を駆け抜けるが、確かにこの感じる五感は現実であると訴えかけてきている。
「ま、まあ、夢だったら面白い話で片付けられる。……今は現実と仮定して動こう」
どれだけ非現実的な事でも、俺は理性が判断するままに動く。それが人間と獣との違いだ。
「まずは、職業を決めれば良いのか?……これどうやればいいんだ?」
説明書が無い以上、トライ&エラーで試すしかない。
言葉で『職業』と言ってみたり、様々な事を試した結果、ウィンドウ部分をタップすれば良いようだ。
そして、職業欄をタップするとこんなものが表示された。
ーーー
職業:〈盗賊〉〈罪人〉〈詐欺師〉〈☆宗教詐欺師〉
ーーー
「おい、何だこの職業一覧は!」
ふざけるな!俺は罪人ではない!立派にお勤めを果たした俺は『元』罪人だ!ここ重要!
しかし、それにしても酷い職業欄だ。まともな職業が一つもないじゃないか……。
「はぁ……」
俺はため息一つで鬱憤を吐き出す。さすがに、こんなウィンドウに当たってもしょうがない。
しかし、よくよく見てみると、星付きの職業がある。
気になって〈☆宗教詐欺師〉をタップしてみれば、新たなウィンドウが出現した。
ーーー
〈宗教詐欺師〉
・こんな職業に就くヤツはろくでもないクズだ。即刻地獄に落ちた方が良い。
スキル〈話術〉〈鑑定〉〈偽装〉〈神託(偽)〉
ーーー
「おい、なんか罵倒されたんだが……」
『クズ』までは良いにせよ『即刻地獄に落ちた方が良い』は言い過ぎだろ!
画面に向かって文句を言いたくなる。だが、悲しい事に否定できないのが辛いところだ。
しかし、様々なスキルがあるな。〈話術〉や〈鑑定〉、〈偽装〉までは、なんとなく分かる。だが、〈神託(偽)〉ってなんだ……?
何とも胡散臭いスキルに興味をひかれた俺は、〈神託(偽)〉をタップしてみたが、反応は無かった。
これ以上は見れないようなので、他の職業を見る事にした。
ーーー
〈盗賊〉
スキル〈窃盗〉〈隠伏〉
ーーー
ーーー
〈罪人〉
スキル〈殺人術〉〈急所看破〉
ーーー
ーーー
〈詐欺師〉
スキル〈話術〉〈偽装〉
ーーー
となっている。
もちろんのごとく罵倒される文章がついてきたのだが、精神的に削られるので、それは飛ばさせてもらった。
さて、それにしても碌なものが無い。
しかし、今見るべきは〈宗教詐欺師〉は〈詐欺師〉の上位互換である事だ。
つまり、『☆』は何かの上級を意味している者なのだろう。
まあ、サンプル数が少なすぎて何とも言えないんだけどもね。
でも、これを見た感じ一番いいのは〈宗教詐欺師〉だろうな。
スキルも4つあるし、認めたくは無いが俺にぴったりな職業でもある。
「だが、宗教詐欺師か……。運命のいたずらか、それとも必然的な結果か……」
そのどちらかは分からないが、有用である以上は選ばざる負えない。
俺は〈宗教詐欺師〉をタップして職業を選択した。
≪職業選択を確認しました。職業〈宗教詐欺師〉へと転職します。……転職を完了しました。続けて保留中の〈ラッキースター〉を授与します。……完了しました≫
どこからともなく聞こえる声では転職は終わったようだ。
「……あれ?何にも変わらない?」
体の各所を見てみるが、何の変化もない。
試しに自分のステータスを見てみると、しっかり職業が変化しており、〈宗教詐欺師〉になっていた。
ーーー
種族:人
名前:水橋 正吾
職業:宗教詐欺師(0/20)
レベル:1
スキル:〈話術(0/10)〉〈鑑定(0/10)〉〈偽装(0/10)〉〈神託(偽)〉〈ラッキースター〉
ポイント:1
ーーー
先ほどまではエラーになっていたスキル欄もしっかりと表示されている。
あれ?なんかポイントなんてものが追加されているな。
気になった俺はタップして確認してみると、こう書かれていた。
ーーー
〈ポイント〉
・ポイントはレベルが1アップするごとに1ポイント貰える。
・ポイントを消費することで職業、またはスキルのレベルを上げる事が出来る。
ーーー
なるほど?つまりはこの()で囲われている(0/10)と言うのがレベルなのだろうな。
さて、さっきは見れなかったスキルは見れる様になっているのだろうか?
俺はさっき見れなかった〈神託(偽)〉をタップしてみると…。
ーーー
〈神託(偽)〉
・自身の信徒に神の声として一方的な念話が出来る。
ーーー
何とも簡素的だが、これは元詐欺師としては使い勝手のいいスキルだ。まあ、流石に同じようなヘマをして牢屋にはぶち込まれたくないので詐欺はしないが……。
今後は使う場面も限られてくるスキルだが、一応頭の隅に入れておこう。何かの場面で役に立つかもしれない。
〈神託(偽)〉はさておいて他のスキルも確認していく。いちいち説明するのも面倒なので一覧がこれだ。
ーーー
〈話術〉
・自身の話を相手に納得させやすくなる。
〈鑑定〉
・自身よりもレベルが下の人、またはアイテムの鑑定が出来る。
・スキルレベルにより鑑定できる内容が変わる。
〈偽装〉
・自身のステータスやアイテムを偽装する事ができる。
・自身もしくは所持しているアイテムの外見的偽装ができる。
・スキルレベル未満の鑑定看破スキルには看破されない。
・スキルレベルに応じて偽装の精度が上がる。
〈ラッキースター〉
・運が良くなる。
ーーー
これが俺のスキルの内容だ。
まずは〈話術〉は俺にとってあまり必要としないスキルだと言える。
もともと口は回る方だったし、大規模な詐欺が出来るぐらいだから、俺にとって話術は得意分野だ。
次に〈鑑定〉だが、これは質屋とかが行う鑑定と似たような物だろうか?
「まあ、物は試しだ」
俺は、今着ている服を〈鑑定〉してみると……。
≪エラー。スキルレベルを上げてください≫
と言うエラーメッセージが出てきた。確認のためにもう一度〈鑑定〉してみるが同様にエラーを吐く。
どうやらポイントでレベルを上げないと使えないらしい。
「まあ、どうせポイントは1あるし使ってみるか」
俺は躊躇することなくポイントを鑑定に振ってみた。
そして、ステータス上で〈鑑定〉のレベルが(1/10)になった事を確認して鑑定を使用してみると『布の服』とだけ表示された。
思っていた以上の簡素さに使い物にならなそうだ。ちょっとポイント振ったのは間違いだったかも……。
次は〈偽装〉を試そうかと思ったがポイントが足りない。こういう事があると言う事は最低限のポイントは残しておいた方が良いかもしれない。
さて、偽装は飛ばして次は〈ラッキースター〉だ。これは運が上がるらしい。
なぜ『らしい』なのかと言うと、確認する手段が全くないからだ。故に運が上がるらしい、となってしまう。
これらが俺のスキルの全てだが、総じて犯罪に使いやすいスキルが多い。
もう出所して善良な一般人に戻った俺からしたら持て余すスキルばかりだが、これらを使えば一稼ぎできそうだ。
「……まあ、しないけど。また刑務所に戻るのなんて御免だ」
俺がステータスとスキルを確認していると、洞窟の奥から、またしても『ぴちゃ、ぴちゃ』とあの湿った足音が響いてくる。
あの独特のリズム……間違いない。さっきと同じゴブリンの足音だ。
「また来やがったか……」
ゴブリンと再度戦う事になるのは嫌だが、先ほどよりも心構えは出来ている。
それに今は、レベルが上がれば何が起こるのか?スキルを使えばどうなるのか?と言う好奇心の方が勝っていた。
音が反響しているせいで、距離感が掴みにくい。しかし、音の大きさからして、近くに居る事だけは分かる。
いつでも対応できるように構えを取りながら、先ほどの石を強く握りしめた。
そして、『ぴちゃ、ぴちゃ』と不気味な足音に集中しながら、ただ暗闇の奥を見据える。
「……っ!」
瞬間、ゴブリンの姿が暗闇から現れる。
あの醜い緑色の肌。さっきの個体と大差ないサイズのゴブリン。
俺はゴブリンの姿を捉えた瞬間に、持っていた石を思いっきり投げつける。
野球をしたことは無いが、元々運動神経の良かった。そのおかげか、投げた石は見事にゴブリンの額へと命中する。
「ギャ!」
完全に不意打ちで放った一撃は、額という事もあり、ゴブリンの脆い頭蓋骨を粉砕したようだ。
運がいいことに、破片状となった骨がゴブリンの脳みそをミキサー気味にしたことで、即死に近かっただろう。
完全に動きを止めたゴブリンに、慎重に近づく。
前回のように、油断して足に噛みつかれるのはもうゴメンだ。
転がったゴブリンを警戒しながら軽く蹴っても、やはり反応はない。
ピクリとも動かないその姿を、数秒観察してからようやく息を吐いた。
「……よし。今度こそ、仕留めたな」
再びステータスを開いて確認するが、レベルには変化なし。
さすがに一体だけでは上がらないか……いや、さっきのレベルアップは初討伐ボーナスだったのかもしれない。
ちょっとがっかりしながらも、俺は前を向く。
精神的疲労はあるが、身体的にはまだまだ動ける。まだ、戦える。
「もうちょっと狩ってみるか。レベル……上げたいしな」
俺は石を拾い直し、警戒を解かぬまま洞窟の奥へと歩き出した。
~~~
あれから洞窟内を彷徨いながら、次々とゴブリンを発見しては撃退していった。
数をこなすうちに、あの不気味な足音にも戦闘にも慣れてきた。
人間は慣れてきた時が一番危ないとは誰の言葉だっただろうか?
分からないが、先人からのアドバイスは参考にすべきと知っているので、俺は気を緩めずに進む。
その結果、5体のゴブリンを倒したところで、ついにレベルが2に上がった。
現実ではなかなか味わえない数字で見える成長。それが何とも人間の本能に訴えかけてきて、何とも言えない気持ちが心中を満たす。
だけども、間抜けにも喜びまわるほど幼稚でもない俺は、すぐさまステータスを確認した。
しっかりとレベルが2に上がっていることを確認すると、新たに得たポイントを〈偽装〉に割り振った。
「さて……試してみるか」
説明通りなら、ステータスとアイテム、そして外見的偽装ができるようだ。
試しにさっきの布の服を〈偽装〉してその後に〈鑑定〉をしてみると……。
ーーー
〈革靴〉
・布で作られた服。
ーーー
と鑑定結果が変化していた。
『布の服』が『革の服』として表示される。
しっかりと〈偽装〉スキルはちゃんと機能しているようだ。
「次は、外見の偽装をしてみるか」
俺は石ころを拾い上げると、その石に水晶石として偽装をかける。
その瞬間、灰色だった石が、透明感のある水晶石へと姿を変えた。だが……。
「うーん。微妙?」
確かに見た目は変わっている。しかし、明らかに水晶石ではないと分かってしまう。
なぜ分かってしまうか?その答えは簡単だ。
まるでステッカーを貼り付けたような見た目で、輝きが変化することはない。それどころか、画像が粗く、480pレベル解像度だ。
しかし、それでも俺はこのスキルに可能性を見出していた。
スキルの説明欄には『スキルレベルに応じて偽装の精度が上がる』と書いてある。
それが真実であれば、偽装のクオリティもレベルに応じて上がっていくだろう。
そして、完全に偽れるレベルまで上げる事ができれば、詐欺をし放題だ。
例えばだが、ただの鉄の指輪を純金の指輪と偽ることも、自身の顔を偽り強盗に入る事だってできる。
「まあ、善良な俺なんかが持っていていいスキルじゃないな。全く困ったものだ」
そう言う冗談を口に出して言ってみる。
本来ならば、そんなバカみたいな事を口に出したりなんてしない。
しかし、1時間ほども1人で洞窟内を彷徨っていれば、そんな事も言いたくなる。
さらには、そこにゴブリンとの戦闘も入るのだ。正気でやっている方が精神衛生上よろしくない。
そして、何よりもその不安感を煽ってくるものが他にもある。それは……。
「さて、これはどっちに行けばいいんだ?」
左右に分かれた分岐路。
しかも、どちらの道にも決定的な違いは見られない。
青白い苔の発光がほんのわずかに左右の壁に広がっているが、進んだ先までは照らしてくれない。
「どっちにしたもんか……」
どっちを選んでも変わらないようにも思えるが、この一つの選択で生死が変わってもおかしくはない。
なるべく慎重に選びたいが、判断基準になる物が全くない。
「……まあ、悩んでも仕方が無いな。こういう時こそフィーリングで選ぶべきだ」
ここでの一番の愚策は、選択に迷って時間を潰す事だ。
それぐらいなら、間違っていても良いので早く選ぶべきだ。
それに俺には〈ラッキースター〉と言うスキルがある。このスキルの効果がどの程度かは分からないが、気休め程度にはなってくれるだろう。
「よし、右でいこう」
俺は適当に選んだ右の通路へと、足を踏み出した。
この選択が吉と出るか凶と出るかは、神のみぞ知る。しかし、神ではない正吾にとって、これが正しい判断だったかを知るのは、もう少し後のお話。