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第十四話 レベル上げ




 あれから一日狩り続けた俺たちは、我が家代わりとなっているラブホテルに帰ってきていた。


  今日のダンジョン探索は、終始ギリギリの連戦ばかりで、精神的にも肉体的にも相当疲れていた。


 俺は適当にバックパックを放り投げると、真っ先に浴室へ向かう。


  流石はラブホテルだけあって、風呂場は普通のビジネスホテルよりも広い。手足を伸ばせる大きな浴槽にお湯を溜めながら、シャワーで全身の汚れを流す。

 汗を流し終え、すっかり泡立てた身体をすすいでから、貯まった湯船に足を沈めた。


「はぁーぁ、気持ちいい……」


  おっさんみたいな声を漏らしつつも、そんなことを気にしていられないほど快適だった。

 全身にお湯が染み渡り、じんわりと疲れが取れていく感覚がたまらない。


  手元に置いてあったスマホを手に取ると、いつもの習慣でダンジョンに関する最新情報を確認する。

 だが、特に目新しい進捗はない。


 それを確認すると、最近ハマっているゲーム実況者の動画を再生し始めた。俺にとっての癒し枠だ。

 ……ちなみに、玲奈は癒し枠には絶対に入らない。あれはどちらかというと猛獣の部類だ。


 そんなことを考えていたからか、不意に風呂のドアがガチャリと音を立てて開いた。


「は?」


  思わず声が漏れたのも束の間、そこに立っていたのは……玲奈。バスタオル1枚の姿だった。

 全裸ではないものの、アウト寄りのセーフ、と言うべきだろうか。いや、むしろほぼアウトだ。


 …… あと、18禁に配慮してくれてありがとう。


「玲奈!なんで入ってきてるんだよ!?」

「え?お風呂に入りたかったので入ってきましたけど」


 満面の笑顔で言い放つ玲奈。いやいや、それで許されるわけがないだろう。


「ダメだ、日本語が通じない。いや、通じてはいるのだが、あえてずらして答えている」

「ふふ、別にいいじゃないですか。正吾さんが損するような事は一切ないじゃないですか。それどころか私の裸を見れるかもしれませんよ」


 そう言いながら玲奈はタオルを摘み、少し持ち上げた。若干見えそうになるが、見えない様に調整しているのか、見えそうで見えないと言う無駄な神業を披露している。


 確かに俺には損は無い?…いや、めっちゃあるじゃん。玲奈って今17歳だからアウトでしょ。

 こんなので俺が逮捕されたらマヌケすぎて死にたくなるわ。


「……俺が出る」


 俺は運よく持っていたタオルを腰に巻くと、浴室から出ようとした。

 だが、玲奈にタオルを引っ張られた事で、俺の動きが止まる。


「……玲奈、タオルから手を離してくれ」

「正吾さん、別にいいじゃないですか?お風呂を一緒に入ったって。別に不純異性交遊をしている訳では無いのですし」


 そこで『まあ、確かに』とは言えない。


 もしもこれが玲奈では無く、普通の女子高生からそう誘われたら、喜んで乗っていただろう。

 しかし、玲奈の場合だと、何の弱みを握られるか分かったもんじゃない。


 しかしながら、今現在も必死にタオルを引っ張っている俺だが、一向に玲奈が離してくれる気配が無い。

 どうやら玲奈はガチの様だ。


「……今日だけだぞ」


 俺は何となく逃げれない事を察したので、諦めて浴槽に戻った。

 ……と見せかけて、幻影を作り出して身代わりにした……のだが。


「正吾さん。明日はあなたが朝のスープになりますか?」


 ……一瞬で見破られた。

 やはり、〈気配感知〉には幻影は映らないが、俺の姿を消した本体はしっかり映る。それを完全に見抜かれていた。


  俺は無言で浴室に戻り、スマホの画面に集中して動画を再生し始めた。玲奈を意識しないように音量を少し上げ、画面に顔を近づける。


 なんか体を洗っている音がなまめかしく聞こえるが、意識を集中して修行僧の様に性欲を薄くしていく。

 お風呂の暖かさも相まって、眠気と共に性欲が無くなっていった。


 しかし、それを玲奈が阻止してきた。


 かなり広めの浴槽のはずなのに、何故かくっつくような形で入ってきた玲奈に動揺する。幸いとして18禁対策タオルはしてくれている様で、何とか事案にはなっていない……と思いたい。


 何故か玲奈は無駄に体、特に胸部を押し付けてくる。いつもは無いなと思っている胸だが、こういう状況で意識が集中していると、ささやかながらある胸の感触を感じてしまう。


 息子が元気になりかけるが、必死に修行僧の心になり、ギリギリの所で耐えた。


「……玲奈、離れてくれないか?」


 俺はそう言ったのだが、玲奈は意図的に無視してさらに体を密着させてくる。

 流石に色々な意味で限界だった俺は、勢いよく立ち上がると、止める玲奈を無視して風呂場から撤退した。


 俺は速攻で体を拭くと髪も乾かさずに部屋を出た。


 外気温的には丁度いい温度で寒いとかは感じないが、髪がびしゃびしゃの男が外を歩いていると言うだけで周囲の目が少し冷たい。


 しかしながら、そんなことを気にするほど繊細な心を持ち合わせていない俺は、気にせずに近くの公園のベンチに座った。


「あーぁ、ヤバかった」


 色々な意味でヤバかった。


 俺はお風呂で火照ったのか、恥ずかしいのかは分からないが、赤くなった顔を両手で隠す。


 もしもあと一歩遅ければ、俺は我慢が出来なかっただろう。

 そして、あの玲奈の雰囲気、あれは俺を喰いに来ていた雰囲気だった。あと一歩出るのが遅ければ、俺は玲奈に食われていたに違いない。


 別にあっちから誘ってきたんだからいいんじゃね?とも思うが、玲奈に手を出したらどんなことになるのか分かったもんじゃない。


 俺はそよ風に当たる事で、徐々に興奮した体を冷ましていく。


「ふぅ、落ち着いた」


 今日は平日と言う事もあって、あまり人のいない公園だが、16時になった事で徐々に小学生の子供たちが多くなり始めていく。


 俺は子供たちの駆け回る姿をぼんやりと見る事で、さっきの玲奈に関する情報をごまかすことが出来た。


 それから1時間ほどはぼんやりとベンチに座っていたが、そろそろ心も落ち着いたことだし帰る事にした。


 もう、17時で空は徐々に赤みを帯び始めている。町中を歩けば、夕方特有の今日が終わるような雰囲気に何とも言えない気分になる。


 せっかくなので、近くの店で俺と玲奈の夕食を買って帰る事にした。


 2つの弁当を片手に我が家であるラブホテルに入ると、自分の部屋に戻った。が、そう言えば鍵が部屋の中に置いてあることを思い出す。

 俺は玲奈が中に居るかと思いノックしてみるが、反応は無い。俺は反応が無い事を確認すると、隣の部屋の扉を同じようにノックした。


 すると、中から完全装備の玲奈が出て来た。


「れ、玲奈さん?なんで完全装備なのですか?」


 異様な雰囲気についつい敬語で話しかけてしまう。


 玲奈は白いフードを少し上げ、俺に顔を見せて来た。フードの下には漫勉の笑みをたたえている玲奈の顔がそこにはあった。

 そんな笑みに、一瞬にして危機を悟ったが、警戒している俺に玲奈は……攻撃してこなかった。


 いつもならば優しくてパンチ、強くてハイキックが飛んできていた玲奈に攻撃されない事を不思議に思う。

 

「玲奈?どうしたの?」


 いつもとは本当に雰囲気が違う玲奈にビクビクしながら、俺はそう問うた。

 玲奈はするりとサブ武器の短剣を鞘から抜くと、なまめかしくチラリと舐めた。


「正吾さん。私は分かったのです」

「……分かったとは?」

「本当に欲しい物があるならば、力づくで奪うべきだと」

「………なんだか不穏なんだけど?」

「正吾さん、これからダンジョンに行きませんか?」


 俺は急な打診に困惑する。今日は午前中に行ったばかりなのに、何故ダンジョンへ行こうと誘ったのか分からなかった。


 しかし、一休憩もできた事だし、これから予定もない。ダンジョンに行くこと自体は別に構わない。


「……ダンジョンに行くのは良いんだけど、夕食を買ってきたから食べてから行こうよ」

「確かにそうですね。言われてみれば私たち昼食は食べていませんでしたね」


 俺は急な玲奈の言動に困惑しながらも、まあそう言う事もあるかと軽く流した。

 


~~~



 夕食を終えると、再びダンジョンに向かうことになった。


 本日2度目のダンジョン探索。疲れが心配だったが、長めの休憩のおかげで体力も回復している。


 いつも通り、警備員たちの目をすり抜けてダンジョンの入り口に到着すると、玲奈が先陣を切り、ゴブリンを次々と切り捨てていく。3階層のボスも、すでに『作業』感覚で倒せるようになっていた。


「ふぅ……」


 俺たちは4階層に向かう階段の手前で、一息つくために足を止めた。


「ところでさ、なんで急にダンジョンに行きたいなんて言い出したんだ?」


 俺は玲奈に疑問をぶつけるが、彼女はニコリと笑みを浮かべるだけで、何も答えない。笑顔の奥に隠された意図を探るべきか迷ったが、追及しても無駄だと判断した俺は、深く考えるのをやめた。


「まあいいか。それじゃ、行くぞ」


 俺たちは立ち上がり、長い階段を降りて4階層へと向かった。




 4階層に降り立つと、いつもながらの異次元の景色が目に飛び込んでくる。


 青い空と太陽そっくりの光球が照らす中、地面一面に広がる草原。外にいるような開放感すらあるが、現実には地下深くにいるはずだ。


 そんな不思議な空間を感じる間もなく、ホブゴブリンたちがこちらに気づき、3体がこちらに向かって走ってきた。


「じゃあ、右の1体は俺がやる」

「わかりました」


 玲奈と俺は短く言葉を交わすと、慣れた連携でホブゴブリンたちに突っ込んだ。


 俺は、俺の幻影を作り出すのと同時に姿を消す。幻影は真っすぐと突撃した。

 ホブゴブリンは幻影に引っ掛かり、粗末な剣を横凪に振るう。もちろんだが、幻影なので、剣は空を切り通り過ぎていった。


 手ごたえが無かった事に動揺するゴブリンの背後を取り、耳から優しく〈蟲毒の短剣〉を入れた。


 ドスン、と倒れ伏して動かないホブゴブリンを確認した俺は、玲奈の戦闘に目を向けた。


 玲奈は剣捌きでホブゴブリンの剣をいなすと、流れる様に動き、ホブゴブリンの頸動脈を浅く切り裂く。

 浅くはあるが、大きな欠陥である頸動脈からは勢い良く血が噴き出し、辺りに血をばらまいた。

 玲奈は服が汚れる事を嫌って、素早く身を引いて血を避けた。


 そんな玲奈の背後に、後ろから迫り来ていたもう1体のホブゴブリンが、剣を降り下ろした。


 後ろからの攻撃にもかかわらず、玲奈は回る様に避けると、ホブゴブリンの左足のアキレス健を切り裂く。

 軸足のアキレス健が切られた事で、力が入らなくなり膝まづくホブゴブリンが最後に見た光景は、戦場に似合わない笑みだった。


 ゴトリ、とホブゴブリンの頭が地面に落ちた音と共に戦闘が終了した。


「これで終わりだな。最初は苦戦してたけど、今じゃ一人で3体ぐらい余裕だな」

「そうですね。でも、油断は禁物ですよ」

「分かってる。まだまだ未知の部分が多い階層だ。安全運転で行こう」




 それから2時間、休みなくホブゴブリンを狩り続けた俺たちは、さすがに疲労が溜まり、3階層まで戻ってきて休憩を取ることにした。

 あれだけ戦ったせいで、せっかく風呂に入ったばかりだったのに、すっかり汗だくで下着までびしょ濡れだ。

 俺はバックから汗拭きシートを取り出し、玲奈にも一枚手渡す。


「ほら、これ使え」

「ありがとうございます」


 俺たちは体を拭きながら、それぞれ休憩モードに入る。本当はタオルを使いたいところだが、タオルはかさばるし、ダンジョンに持ってくるのは不便だ。


 一通り汗を拭き終えた俺は、持ってきた水を飲みながら壁に背を預ける。すると、なぜか玲奈も隣に腰を下ろしてきた。


 汗をかいているはずなのに、玲奈からはほのかにいい匂いがする。

 それが妙に気になってしまい、一瞬頭が変な方向に働きそうになるが、俺は慌ててその思考を振り払った。


 自分を落ち着かせるために、俺は玲奈に視線を向けるのを避け、自分のステータス画面を表示することにした。


ーーー

種族:人

名前:水橋 正吾

職業:教祖(0/50)

レベル:100 

ーーー


 ついに、俺のレベルが100に到達していた。

 さっきまでの戦闘中は意識的に無視していたが、先ほど重要な通知が来ていた。


≪確認しました。一定量の魔素の吸収を確認しました。レベルアップを実行します。……確認しました。レベルアップしました≫

≪確認しました。レベル100に到達したことで転生が出来るようになりました。転生はステータス欄から可能です≫

≪…世界初のレベル100に到達した事を確認しました。スキル〈一樹百穫〉を取得しました≫


 どうやら、レベル100になると『転生』というものが解放されるらしい。戦闘中は試す余裕がなかったが、今は絶好の機会だ。俺は画面を操作し、主張激しく光っている種族の欄『人』をタップしてみた。


ーーー

転生:〈ヒューマン〉〈エルフ〉

ーーー


 こんな感じで選択肢が表示されている。さらに、それぞれの詳細を確認できるらしい。


ーーー

〈ヒューマン〉

・すべてにおいて突出したものが無く、平均的な能力を持っている。

〈エルフ〉

・身体能力は劣るが魔法適性が高い。

ーーー


 これが種族の説明か。


 俺はその説明を見て、どう選ぶべきか悩み始めた。


 一見すると〈エルフ〉一択な気がするが、問題は俺が現状『魔法スキルを持っていない』と言うことだ。もちろん、今後取得する可能性はある。しかし、今は無いのだ。


 さらに〈エルフ〉の最大の弱点は、身体能力の低下。はっきり『身体能力が劣る』と書いてある以上、そのデメリットは無視できないレベルだろう。


 次に〈ヒューマン〉だが、こちらも問題がある。

 平均的な能力というのは悪くないが、要するに『器用貧乏』になりかねないということだ。


 俺がソロで活動しているなら〈ヒューマン〉もアリだが、今はパーティーメンバーとして玲奈がいる。

 玲奈という圧倒的な戦闘力を考えると、中途半端な選択肢は避けたいところだ。


「どうするべきか……」


 悩みすぎて自分一人では結論が出せそうになかった俺は、隣に座る玲奈に意見を求めることにした。


「玲奈、ちょっといいか?」

「なんですか?」

「俺さ、レベル100になったんだけど、どうやら『転生』ってのができるみたいなんだ」

「転生?面白そうですね。それで、どんな選択肢があるんです?」

「ああ、選べるのは〈ヒューマン〉と〈エルフ〉。〈ヒューマン〉は平均的な能力、〈エルフ〉は魔法適性が高いけど身体能力が劣るらしい。どっちがいいと思う?」


 俺は説明をしながら、彼女の反応を伺う。玲奈は少し考えた後、自信満々に答えた。


「それでしたら、〈エルフ〉が良いと思います」

「なんでそう思った?」

「確かに〈エルフ〉には弱点がありますが、その弱点は私がカバーできますから」


 彼女の言葉に一瞬目を見張った。


 なんて頼もしいんだろう。これで性格がもう少し普通なら、確実に惚れていただろう。

 だが、それはさておき……彼女の言葉に納得した俺は頷いた。


「分かった。〈エルフ〉にしてみるよ」


 俺は種族選択画面から〈エルフ〉をタップし、転生を実行した。




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