第十三話 4階層への挑戦
ダンジョンが現れて1か月が経とうとしていた。
気温も徐々に上がり、過ごしやすい陽気が続いている。
そんな穏やかな日に、俺はいつものラブホテルで〈蟲毒の短刀〉を布で丁寧に拭いていた。
最初は直ぐに引っ越すと思っていたが、ダンジョンのアクセスや、不動産などの手続きが面倒くさくて、結局ラブホテルに住み込んでしまっている。
もはやホテルと言うか『家』と形容するにふさわしい状況になっているのは、目をつぶっていただきたい。
私物は散乱し、部屋の一角が荷物で埋まりつつあるのは、仕方がないと言えるだろう。……言えるよね?
とはいえ、必要に迫られて最近コンテナ倉庫を借りることにした。
ダンジョン産のアイテムがどんどん増え、保管スペースが足りなくなっていたからだ。
無級や下級のアイテムは有用でなければ捨てるようにしているが、それでも整理しきれない程にアイテムがあるのだ。
故に、倉庫にぶち込むことで、なんとかやりくりしている。
もちろんの事、『売れば解決』と言い出すバカが居るだろうが、それは現実的に不可能だ。
現状ダンジョンアイテムはどこにも売れない。
それもそのはずで、メ〇カリや、ヤ〇ーオークションなどに出品しようものならば、警察に目を付けられるのは必然と言えるだろう。
それでも、どうにかして売る手段を探しているが、まだ解決策は見つかっていない。
そんなことを考えていると、閉めていたはずのドアが開き、何の遠慮もなく玲奈が入ってきた。
「玲奈、勝手に入るのはよせ」
「えー、別にいいじゃないですか」
玲奈は、手の中で鍵型のダンジョンアイテムをくるくると回しながら、軽い調子で答える。
その鍵は上級アイテム〈無錠の鍵〉だ。物理的な鍵ならば、どんな鍵のかかった扉でも開けられる便利なアイテムだ。もちろんだが、使いようによっては完全に犯罪ツールになる。
玲奈ならば、マヌケな事をして捕まりはしないだろうが、ちょっとだけ不安になる。
それはさておき、玲奈の準備は既に整っているようだ。
彼女の装備は白いローブの〈認識阻害のローブ〉に身を包み、腰には〈断罪の細剣〉を携えている。さらに腕には〈姿隠しの指輪〉をつけている。
玲奈は完全装備で準備万端といった様子だが、俺はまだ支度が終わっていない。
俺はバックパックにアイテムを詰め込み、最後に〈蟲毒の短刀〉を腰に装備してようやく準備完了だ。
「玲奈、準備できたぞ」
「正吾さんって、女子ですか?」
ストレートすぎる一言が突き刺さる。まあ、俺の方が荷物が多いし仕方がない。
うん、仕方がないのだと自分に言い聞かせながら、俺たちはダンジョンに向かった。
~~~
いつもの様に慣れている俺たちは、警備する警官たちをすり抜けてダンジョンに来ていた。洞窟の正面からゴブリンがお出迎えとばかりにやってくるが、玲奈が〈断罪の細剣〉を抜いた瞬間にバラバラに切り刻まれた。
どうやら今日はいつも以上にやる気満々のようだ。普段なら『ホブゴブリンまでは任せました』とか言っているのに、今日は率先して先頭に立っている。
まあ確かにゴブリン相手は殆ど経験値も入らないし、めんどくさいだけの相手だけども。
ゴブリンを倒しながら進む玲奈を追い、俺も走り出した。
3階層に到着すると、玲奈はボス部屋の扉を開け、一瞬でホブゴブリンをバラバラにしてみせた。
俺はそのグロテスクな光景を見ても、さほど動じない自分に驚く。ここ1か月で完全に慣れてしまったようだ。
「……レベルが上がりました」
どうやら玲奈のレベルが上がったらしい。幸先の良いスタートだ。
ホブゴブリンを何十体倒さなければレベルが上がらない昨今、これは素直に喜ぶべきだろう。
玲奈の現在のステータスを改めて確認してみる。
ーーー
種族:人
名前:一ノ瀬 玲奈
職業:聖女(0/50)
レベル:73
スキル〈治癒(10/10)〉〈浄化(1/10)〉〈啓示(1/10)〉〈異端審問〉〈身体強化(10/10)〉〈気配探知(1/10)〉〈慈愛の抱擁〉〈神懸かり〉〈神聖魔法(10/10)〉〈神の息吹(10/10)〉
ポイント:10
ーーー
レベル73。さらに職業が〈聖女〉に進化している。
これを初めて見たとき、爆笑してしまった俺は、当然ながら玲奈に殺されかけたのはご愛敬。
そして、かなり多くのスキルを手に入れている。一覧がこれだ。
ーーー
〈慈愛の抱擁〉
・自身に受ける状態異常を完全無効化する。
・触れた相手の状態異常を解除する。
〈神懸かり〉
・3分間、神のごとき力を得る。
〈神聖魔法〉
・神聖魔法が使えるようになる。
・レベルに応じて魔素使用量が減る。
〈神の息吹〉
・〈腕力Ⅰ〉〈俊足Ⅰ〉〈知性Ⅰ〉のバフをパーティーメンバー全員に振りまく。
ーーー
スキル構成を見ても、戦闘向きのものばかりで、隙がない。ヒーラー、バッファー、アタッカー、状態異常無効まで備えた万能職だ。これに玲奈の戦闘センスが加われば、俺でも正面からは勝てる気がしない。
「ほんと、強くなったな」
なんて呟いてしまうほどにぶっ壊れている。
そのつぶやきが聞こえたのか、玲奈は俺の顔をジト目で見てきた。
「…正吾さんだって十分強いじゃないですか」
「そんな事ねーよ。俺の職業は〈教祖〉だ。戦闘向きじゃない」
そう言いながら俺は自分のステータスを開く。
ーーー
種族:人
名前:水橋 正吾
職業:教祖(0/50)
レベル:82
スキル〈話術(0/10)〉〈鑑定(10/10)〉〈偽装(10/10)〉〈身体強化(10/10)〉〈気配感知(3/10)〉〈洗脳(0/10)〉〈支配(0/10)〉〈状態異常耐性(0/10)〉〈神託(偽)〉〈ラッキースター〉〈夢幻泡影〉〈一騎当千〉〈開祖〉〈流転回帰〉
ポイント:29
パーティー(0/6):No Party
フレンド:〈一ノ瀬玲奈〉
ーーー
とほとんど変わっていない。レベルは玲奈よりも9上だが、戦闘スキルを沢山持っている玲奈に勝てる気がしなかった。
俺がそんな事を考えている横で、玲奈は俺の傍らにそっと近づいてきていた。
俺は〈気配感知〉で気づいていたのだが、どうせつまらない事だろうと思い無視をする。
が、玲奈は俺に腕を絡みついてきて、無い胸を押し当ててきた。
「ねえ、正吾さん。私と正吾さんレベル差って9ですよね?」
「ああ、そうだな」
「これから4階層に行くことですしパーティー組んでみませんか?」
「…パーティーか…」
パーティーね。それは考えてはいた。
今までパーティーを組まなかった大きな理由は、経験値の分配システムがあるからだ。
このシステムがある以上、玲奈の強化が阻害される恐れがあった。故に組まなかったのだ。
しかし、レベル差が10未満になり、何より玲奈の〈神の息吹〉がある。
このスキルはパーティーメンバーに付与される物なので、確かにパーティーを組むメリットは大きい。
別に断る理由もないので俺は許諾することにした。
「いいぞ、でもパーティーってどうやって組むんだ?」
「私が操作しますよ」
≪フレンド:一ノ瀬玲奈からパーティー申請を確認しました。パーティー加入Yes/No≫
俺はそのメッセージにYesと返答する。
すぐさまステータスを開くと確かにパーティーの欄が『玲奈と忠実なワンちゃん(2/6)』となっていた。
「ってなんだよ子の名前は!」
「えー良いじゃないですか?かわいいでしょ?」
「いや、そうじゃ無いだろ、そうじゃ!」
「…文句ばっかですね。このぐらいいいじゃないですか。別に誰かが見る訳でもないじゃないですか」
「まあ、たしかに?」
確かに誰かに見せるものでも無いな。まあ、この1カ月は玲奈も頑張っていたし、このぐらいは良いか。
なんだか納得は出来ないが、許容した俺は許すことにした。
「それよりも玲奈、そろそろ4階層に行くぞ。4階層のモンスターは此処のボスモンスターよりも2倍以上は強い上に、複数体出てくる。レベルを上げたとは言え、油断したら死ぬ事になるぞ」
「正吾さん。誰に言ってるんですか?私がそんなミスするわけないじゃないですか」
「まあ、それもそうか」
玲奈はこれまでダンジョンで油断するようなことは無かった。外見上油断している様に見えても、警戒を周囲に向けている。
逆に気を引き締めなければいけないのは俺の方か。長い探索だとついつい気を抜いてしまう場面がある。
俺は両頬をパシンと叩いて気合を入れると、集中した。
これから先はレベル50のホブゴブリンが数体固まって出てくる様な場所になる。たった一瞬の油断でも命を落としかねない場所になるのだ。絶対に気は緩めない。
「それじゃ、行くか」
俺は玲奈を連れて一際長い階段を下っていった。
~~~
4階層に向かう長い階段を降り切った先には、これまでとは全く違う光景が広がっている。
天井には太陽と見紛うほどに発光する球体があり、地下とは思えないほど明るい。見渡せば、まるでアルプスの草原のような広大な風景が広がり、一面を短い草が覆っている。
見上げれば雲一つない青空が広がっており、まるで地上の天国と言えるほどの光景だ。
さらに風まで吹いているらしく、草の青々とした香りが漂ってくる。
「……まじで、本当に地下なのかよ、ここ」
俺は呆然としながら呟く。2度目とは言え、この光景には驚きを隠せない。
しかし、目を凝らすとそんな美しい風景の中にも異質な存在が混ざっている。
遠くに見える5体1組で行動するホブゴブリンたちだ。
彼らはボロボロの剣を手にし、隊列を組んで移動している。
これまでの階層で見たモンスターとは明らかに雰囲気が違う。
まるで、ただの野生生物ではなく、統率された兵士のようだった。
俺はそのホブゴブリンたちを視界に収めた瞬間に〈鑑定〉を使用する。
ーーー
種族:ホブゴブリン
名前:未設定
職業:重戦士
レベル:50
スキル:〈痛覚耐性〉〈鉄壁の盾〉〈重量軽減〉〈防御力上昇〉
ーーー
「玲奈、教えたと思うけど、ホブゴブリンのレベルは50だ。スキルも〈痛覚耐性〉なんて面倒なものを持ってる。それに、防御スキルらしき物を2つ持っているから、注意だ」
俺は警戒すべきポイントを素早く伝える。
「わかりました!」
玲奈は返事と同時に、ためらいなくホブゴブリンの集団に突撃していく。その瞬間、俺の体がふわっと軽くなった。どうやら玲奈が〈神の息吹〉を発動してくれたらしい。
「頼もしいかぎりだな」
そう呟きながら、俺も玲奈を追いかける。
玲奈はホブゴブリンの集団に迫ると、素早く〈断罪の細剣〉を抜いて切りつけた。だが、ホブゴブリンの硬い皮膚と筋肉をかすかに傷つける程度で、ほとんどダメージが通っていない。
「正吾さん!思っていた以上に堅いです!」
玲奈は後ろから迫ってくる剣を華麗にかわしながら、隙をついて何度も攻撃を仕掛けるが、どれも決定打にはならない。
「これは……防御スキルの〈鉄壁の盾〉と〈防御力上昇〉の合わせ技か。普通の攻撃じゃどうにもならないな」
俺は現状を冷静に分析し、決断する。
「玲奈!幻影を使うから惑わされるなよ!」
「了解です!」
俺は〈夢幻泡影〉を発動し、自分の分身を作り出す。訓練を重ねたおかげで、今では幻影を自由自在に動かせる。
幻影をホブゴブリンたちの目の前に送り込むと同時に、残りの幻影容量を使って濃い霧を作り出した。
霧に包まれたホブゴブリンたちは視界を奪われ、混乱して動きを鈍らせる。
俺は姿を消し、音も立てずにホブゴブリンの背後に回り込む。そして〈蟲毒の短剣〉を握りしめ、そのままホブゴブリンの目に突き刺し、脳を貫いた。
「ぐぁっ……!」
ホブゴブリンは呻き声を上げる間もなく倒れた。
俺の数少ない攻撃手段である幻影を使った攻撃がしっかりとホブゴブリンに通じた事に安堵するが、それを許してくれる相手では無かった。
1体のホブゴブリンがやられたことに気づいた他のホブゴブリンたちは、俺に意識を集中させてきた。一斉に剣を振りかざして攻撃してくるが、俺は〈気配感知〉を駆使してギリギリでかわし続ける。
だが、玲奈のように軽快には躱せない。仕方なく一度距離を取り、仕切り直すことにした。
そのタイミングで、幻影の効果時間が切れたのか、霧が異常な速さで晴れていく。
それを合図にしたように、ホブゴブリンたちの視線が完全に俺に集中した。だが、それが彼らの命取りだった。
そんな隙だらけの状態を、玲奈が見逃すわけがない。
玲奈は素早く背後に忍び寄ると、1体のホブゴブリンの耳の穴に〈断罪の細剣〉をスッと差し込んだ。
背後からの奇襲に気づけるはずもなく、ホブゴブリンは脳を損傷され、その場で崩れ落ちた。
背後から仲間が倒れる音に反応した残りの3体は、慌てて振り向く。しかし、それも致命的なミスだった。
俺への注意が逸れ、玲奈への意識も散漫になったことで、彼らの体制は完全に崩れたのだ。
お互いに示し合わせたわけでもないのに、俺たちは同時に動き出した。それぞれが目の前のホブゴブリンを的確に仕留め、残る1体を取り囲む。
最後のホブゴブリンは何が起きたのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くしている。その一瞬の隙を玲奈は逃さなかった。細剣が喉を貫き、頸椎を破壊されたホブゴブリンは息絶えた。
時間にしてわずか2分ほど。
圧倒的な勝利だったが、決して油断できるような戦いではなかった。
「ふぅ、何とか倒せたな」
「そうですね。思っていた以上に堅かったです」
「確かにな。こいつら〈防御力上昇〉と〈鉄壁の壁〉ってスキルを持っていた。〈鉄壁の壁〉のスキル効果は分からないが、間違いなく〈防御力上昇〉がその原因の一端だったことだろうよ」
俺たちがそんな感想を言い合っていると最近では聞かなくなっていた天の声が聞こえた。
≪確認しました。一定量の魔素の吸収を確認しました。レベルアップを実行します。……確認しました。レベルアップしました≫
予想はしていたがレベルアップしたようだ。最近はご無沙汰だったからなんだか漲るぜ。
と、冗談を言っている余裕は無いな。サッと確認しないと襲われる可能性がある。
俺はステータスを確認した。
ーーー
種族:人
名前:水橋 正吾
職業:教祖(0/50)
レベル:88
ーーー
おお!5体倒して6レベルも一気に上がっている。玲奈と経験値を分けてこのレベル分上がったってことは、一人で倒せるようになったらかなりの効率でレベル上げが出来るな。
俺は玲奈の方に目線を向けると、玲奈も自分のステータスを確認したようで、驚いていた。
俺は驚きを共有しようとしたが、それを邪魔する無粋なホブゴブリンたちが4体向かってきていた。
「っち!玲奈、さっさと片付けるぞ」
「はい、」
それから俺たちは、体力が続く限り、4階層に現れるホブゴブリンたちを狩り続けた。