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第九十九話 神聖魔道国家『アルカディア』

これは、かなり前の『アルカディア構想』の話がメインになるので、かなり話自体が難しくなります。専門用語も出てくるので、難しい方は流し読みでもOKです。


ちなみに、用語説明はあとがきに載せておきます。




「私が守ってあげます」


 俺は、口元しか見えない玲奈の笑顔を見た瞬間、全身が泡立つように鳥肌が立った。


 あまりに美しく。あまりにも魅惑的。


 その果実を手に入れられるのであれば、一国を差し出す人間もいるであろうという、渓谷的な笑みだった。


「……さて、ルールやマナーと漠然と言っても分からない人がほとんどでしょう。ダンジョン教会のホームページにもありますが、9割の人間が知らないと思います。そこで、私のお付であるスイキョウから説明をさせていただきますね」


 え?まって?そんな話してなかったんだけど……。

 まあ、有用性は分かるが、準備をしていない状況で直ぐに出ていけない…………ハズなのに、それをどうにかできるのがスキルの凄い所なんだよな。


 俺は、すぐさま〈黒幕〉で姿をスイキョウへと変える。

 そして、玲奈に横に並び立つと、レンズに向けてお辞儀をした。


「初めましての方もいらっしゃるでしょう。セイント様からご紹介いただきました通り、私の名前はスイキョウと申します。以後、お見知りおきくださいませ」


 もうすっかり慣れてしまった女言葉が、自然と口からこぼれていく。


「さて、私の自己紹介もほどほどに……本日は、アルカディア構想の概要と、ギルドシステムについてご説明させていただきますね」


 資料など必要ない。なぜなら、これらの構想は自分自身が中心となって考案したものだからだ。内容はすべて、頭の中に入っている。


「では、アルカディア構想の結論から述べさせていただきます。アルカディア構想とは、従来の民主主義や社会主義、あるいは資本主義国家とも異なる、新しい分権型の国家モデルです」


 民主主義でも社会主義でもない第3の国家モデル。


 これが本当に機能するかどうかは分からない。

 だが、国家AI『オーディン』のシミュレーションによって、成立可能であるという試算は得られている。


 もっとも、それも計算上の話。現実がどう動くかは、試してみるまでは分からないのだが……。


「この国家には、象徴的な存在としてセイント様がいますが、政治権限は持っていません。基本的に『小さな政府』でありながら、基盤となる『統治機構』でもあります。……分かりやすく言えば『政府の役割を最小限にしつつも、国家の底は支える』と言う訳です。これは、我々が『個人の権利の最大化』と『民間の自由な選択と競争』に委ねるという理念に基づいています」


 俺は指を3本立てて、次の説明に入る。


「アルカディアの統治構造は、大きく分けて三層構造で成り立っています。それが『政府』『ギルド』『個人』。この三つです」


 分かりやすいようかみ砕きながら、説明を続けた。


「まず『政府』は、『インフラ』『金融』『軍事』『外交』『司法』『行政』と言う国家の骨格を直接管理します。また、『教育』『医療』『福祉』についても、国立としてのサービスを提供し、誰もがアクセス可能な状態を維持・保障します」


 ここまでは、今までの日本と同じに聞こえるだろう。

 しかし、ここからがアルカディア構想の肝となる部分だ。


「……そして、これ以外にも政府は『アーキコード』『ギルドシステム』『JGP』と言った従来にはなかった施策を取り入れ、民主主義とも社会主義とも資本主義とも違う新たな国家体制を築きます」


 と、言っても分からない者がほとんどだろう。

 なので、一つ一つ説明していこう。


「まず最初に『ギルドシステム』とは、ギルドと言う名の『準国家』的な自治団体の事を指します。ギルドは、『アーキコード』に基づいて法律を変える事が可能であり、ギルドそれぞれの税率や社会制度を持っています。これにより、自らの価値観やライフスタイルと合ったギルドを選び、より良い暮らしを送る事が可能となるのです」


 一人ひとりの価値観によって『自分らしい社会』を自らの意志で選べる。

 それによって、ギルドの『選択』と『競争』が起こることで、ギルドは自らを律し、より良い運営を行う。


 個人の自由の『最大化』と準国家の『競争化』によって健全な国を作るのが、ギルドシステムの真骨頂だ。


「次に『アーキコード』とは、すべてのギルド・市民が従わねばならない基準法の体系を指します。これは、基本的人権・国家統一性・外資制限・テロ防止・治安保持などに関わる『改変不能法』と、一定の裁量によって変更が可能な『改変可能法』に分かれています。ギルドはこのアーキコードに準拠した範囲でのみ、自らの法律や制度を定めることができます」


 この法的な土台があるからこそ、ギルドは準国家として機能する。

 逆に言えば、この『基準』がなければ、国家はバラバラに分裂し、無法地帯と化すだろう。


 多様性と言えば聞こえはいいが、行き過ぎた多様性は無秩序と何も変わらない。


 故に、ある一定の制限を賭ける事で、多様性と秩序の両立を実現するための物が『アーキコード』なのだ。


「そして『JGP(Job Guarantee Program)』は、いかなるギルドにも所属できない、あるいは所属しない個人に対して、最低限の雇用と生活を保障する制度です。自動化が進む現代においても、人間の社会的役割と尊厳を守るために、AIでは代替できない公共的・対人的な仕事が用意されます。……たとえば教育支援、福祉巡回、環境保全、地域文化の継承といった分野が想定されています」


 この『JGP』を一言で説明するならば、それは『働く意図がある人をみんな政府が雇う』だ。


 この政策は、日本における『生活保護』に近いだろう。

 だが、このJGPが生活保護と何が違うのかと言うと、対象とされる『人』だ。


 従来の生活保護の対象者は『働くことが難しい』人が対象となる。

 しかし、JGPは『働く意図はあるが、働けない』人が対象となるのだ。 


 そして、『一定賃金雇用の無制限供給』であることから、『完全雇用状態』が常にキープされ、『インフレ率』と『失業率』のトレードオフは過去の遺物となる。


 さらに、JGPと共にギルドと提携することで、JGPからギルドへと加入する道へと繋がっていくのだ。


「さて、ここまで話してきましたが……次は、ギルドが背負うべき『責任』について触れさせていただきます」


 もちろんだが、権力には責任が付きまとう。


「アルカディアにおけるギルドは、準国家的な自治体です。そのため、当然ながら義務と責任を負います。具体的には、以下の三点が最低限の要件です」


 俺は指を一本ずつ立てながら語る。


「第一に、政府への『税の納付』。第二に、『住民への福祉・治安』の最低提供。第三に、アーキコード遵守の義務。この三つが守れないギルドは、政府によって是正命令を受け、それでも改善しない場合は『ギルド財産没収』の後『強制解散』されます」


 少し過激にも思えるが、それだけの権力を持っているのがギルドだ。


 そして、ギルドだけではなく、国民の権利も大きくなった。

 それは、同じように個人が負う責任が大きくなる事を意味する。


「アルカディアにおいては、犯罪制度も大きく変わります。我々は『刑務所』も『死刑』も原則として廃止しました。代わりに導入されたのが、『罰金制度』と『ポイント制度』です」


 なぜ刑務所を撤廃したのかと言うと、それは『ダンジョン』にある。


 皆は忘れているかと思うが、この世界には約8カ月前にダンジョンが突如として出現した。


 ダンジョン内では、モンスターを倒すと『レベルアップ』し、特殊な力を『個人』が手に入れる事ができてしまう。


 そのせいで、これまでは十全に機能していた『警察』や『軍隊』と言う概念が根底からひっくり返されてしまったのだ。

 それこそ極論を言えば、どんな施設に閉じ込められ用途も、レベル100程度の冒険者ならば脱走できてしまう。


 それが故に『刑務所』と言うモノは機能しなくなり、冒険者を閉じ込めておく術が無い。

 だからこそ俺は、苦渋の決断として中国みたいな『ポイント』制度を導入せざる負えなかったのだ。

 

「犯罪者がギルド間を越えて罪を犯した場合、所属ギルドの法律、被害者のギルド法律の両方のペナルティを受けることになります」


 複雑なようでいて、これは極めて合理的なシステムだ。

 加害者の文化圏だけでなく、被害者の価値観も法に織り込まれる。文化の多様性と公平性を両立させるには、これが最も効果的だった。


「そしてもう一つ。アルカディアの市民には、常に『数値化された信用』が伴います。それが『ポイント制度』です。国民は、善行によってポイントを得られ、犯罪や背信行為によってポイントは減少していきます。そして、ポイントが0以下になった時点で『国民権』のすべてが剥奪されます」


 これを聞くと中国の『ゴマ信用』のようで非人道的な政策と言える。


 しかし、考えても見てほしい。


 一個人が国すら破壊できるようになった現在において、殺人はより容易なものとなった。

 その上で、刑務所のような収監が難しくなっている。


 個人の力が増し、犯罪の容易度が増した現在においては、『非人道的』でも『犯罪抑止』をしなければならないのだ。


「そして『国民権』ですが、これは『D.pay』を始めとするブロックチェーンで繋がれた国民IDの事をさします。国民権が剥奪された場合、『D.payの一部』『財産保有権』『ギルド所属権』『公共サービス利用権』『裁判権の一部』が全て停止されます」


 国民権とは、その名の通り、アルカディアの『国民』でいられる権利だ。

 それはつまり、国民権のないものはアルカディアの社会からいらない人間と言う事に他ならない。


 しかし、もちろんのことながら、救済の余地は用意している。


「ですが、もしも国民権が剥奪されても『再起の可能性』は残されています」


 確かに犯罪を犯す人間はロクでもない。それは元犯罪者の俺だから断言できる。


 しかし、だからと言って、犯罪者の更生を閉ざしてはならない。

 人とは、未来が完全に閉ざされたとき、『無敵の人』と化し、あらゆる秩序を破壊する危険な存在になる。


「そこで導入されたのが、『社会復権プログラム(SRP)』です」


 このプログラムは、一定の条件下で国民権の回復を目指す者に対し、段階的な更生の機会を与える制度だ。


「具体的には、犯罪者は等級によって分類されます」


 俺は指を二本立てる。


「『2等級』までの犯罪者は、SRPへの参加が許可されます。環境保全活動、公共サービス補助、孤立地域支援、または文化継承業務など、社会的価値の高い労働を累積でこなすことで、ポイントを回復することができます」


 ここで言う2等級犯罪とは、現代の懲役で言えば20年以下の罪に該当するものだ。

 重大だが、更生の余地が残されていると判断されるギリギリのラインでもある。


「ただし、回復に必要な奉仕活動は、マイナスされた信用ポイントと等価の貢献を必要とします。これは形式ではなく、実質的な社会貢献が問われる厳正な制度です。そして『1等級』犯罪者なのですが、これは『殺人』や『国家転覆』『テロ』など、重大かつ悪質な犯罪者に対する扱いです」


 1等級犯罪者は、現代国家でも重大な犯罪者とされる。

 それこそ、日本の法律でもっとも重い罪は『外患誘致材』。二番目は『内乱罪』だ。殺人罪は上位5位にも入っていない。


 そして、殺人でいえば2人以上の殺人が該当する。


 それほどの犯罪を犯さなければ、そうそう1等級犯罪者にはならないのだ。


「1等級犯罪者に関しては、SRPへの参加資格は原則として認められていません。なぜなら、彼らは社会にとって取り返しのつかない損害を与えたからです。さらには、そこから『賞金首』に指定される場合もあります」


 禁固刑や死刑はアルカディアには存在しない。それは、前に語った通りだ。


 では、どうやって『凶悪犯罪者』に対処するのか?

 その問いに様々考えた結果、ダンジョンが存在する世の中においては『殺処理』しかない。


「『賞金首制度』とは、国家が公に討伐を許可します。国家公安的組織が討伐に動き、ギルドもしくは個人が協力した場合には謝礼金が支払われます。ですが、注意点として『ギルド単独』での賞金首討伐は許可されず、もしも単独で討伐した場合には、殺人罪に問われる可能性があるのでご注意ください。また、犯罪者をかくまったギルドには、資産没収や強制解散といった厳しい制裁が下されます」


 非人道的にも思える『賞金首制度』だが、ドミネーターに犯罪係数を読まれて処理されるよりかは、幾分か人道的ではあるだろう。


「このアルカディアの制度には、従来では対応できない弱点が存在します。それが『裁判の遅さ』です。個人が軍並みの力を持てるようになった今、犯罪を犯した強力な人物を捉えておくことができません」


 今の裁判は、捕まってから半年後に裁判なんてことは当たり前だ。

 それには逮捕、拘留、起訴、裁判準備、裁判と順序があるのだが、そんな長い手順を踏んでいる間に、凶悪犯罪者ほど逃げてしまう。


 だからこそ、起訴されてから一刻でも早い裁判を行えるシステムが必要なのだ。


「そのため、これまでの人が主とする裁判を一新し、『AI裁判システム』を導入しました。これは、偏見の影響を排除し、迅速かつ公平に判断を下すための仕組みです。異議申し立ては二回まで可能ですが、裁判を執り行った日から1週間以内の申し立てが必要です。また、1等級犯罪の判定が出た場合、異議申し立てを行う事は出来ません」


 『AI裁判システム』は、AI『オーディン』が開発した14体+1体のAIで成り立っている。


 このAIは、それぞれ『七つの大罪』と『七つの美徳』に対応した性格アルゴリズムを持ち、様々な視点から審理を行うことで、より適切かつ多様的な判決を下せるように設計されている。


 また、7対7で割れた時は、それらすべてを束ねる『中央審判AI』が結論を下す形になる。


「さて、ここまでアルカディアの大まかな説明をしてきましたが、次に話すのは『経済』についてです」


 ここから話す経済は、アルカディアにおいて中核を占めている。

 この新たな経済システムが在ったからこそ、準国家の『ギルド』を作る事を国として許容できたのだ。 


「アルカディアの経済基盤は、物理的な紙幣から『仮想通貨』の『D.pay』へと移行されています。国家通貨はブロックチェーン上で管理されており、徴税や補助金支給は、『スマートコントラクト』によって自動化されます」


 色々難しい事を言っているが、分かりやすく翻訳すれば『完全にデジタルによって管理され、人の手どころか物理的なやり取り無く、税や給付が処理される』と言う事だ。


「この仕組みにより、贈収賄・予算の私的流用・行政の遅延といった従来の問題は根本から排除されます。あらゆる経済活動は透明化され、改ざん不能の記録として残り続けるのです」


 これがブロックチェーンと仮想通貨の圧倒的な強みだ。


 ありとあらゆる決済が記録され、誰しもがそれを閲覧できる。

 それにより『地下経済』や『賄賂・癒着』が表面化し、よりクリアで綺麗な経済を作り出すことが出来るのだ。


「また、仮想通貨とスマートコントラクトによって、個人が中央銀行とやり取りが出来るようになりました。従来の銀行を介さない事によって低金利での融資や、メンテナンスを除き24時間365日の対応が可能になります」


 従来あった銀行は、『信用創造』の中核になっていた。

 それこそ、極論ではあるが『信用創造こそ銀行の役割』と言える。


 それ程のモノを失ってしまうが、それ以上にメリットが勝つと判断した。


 銀行が無くなる事で、誰しもが口座を所有することが出来る。

 それによって経済的抑圧を受けなくて済み、地方や貧構層にも国家レベルの金融サービスを供給することが出来るのだ。


 また、余計な手続きが一気に減る事により大幅なコストカットも、迅速なインフレ対策も出来る。


 唯一の致命的すぎるデメリットと言えば、中央銀行にリスク的ブレーキが存在しない事だが、それも制度で回避は可能だ。


「そして政府は、各ギルドに対して、所属ギルド員と納税額。底にインフレ率を考慮して無担保無金利で資金を配ります。これは無条件的に配られるものであり、拒否することはできません。そして、この配られた資金は来年度に持ち越すことが出来ず、余った場合には国へ返還されます」


 これは『配られた金を懐に入れるのではなく、ちゃんと投資に回しなさいね』と言っている。


「また、無担保低金利で資金の貸し出しを行っております。これは、従来の銀行と同じように、債務者の負担率と回収率に応じて多少金利が変動しますので、ご留意ください」


 とは言ったが、そこまで大きな金利を設定するつもりはない。目的は民間の投資を加速させることであり、お金を稼ぐためではないからだ。

 そもそも、政府はお金を刷れるので、お金を稼ぐという概念は適用されない。なぜならば、欲しい分だけ刷ればいい話なのだから。


 しかし、だからと言ってむやみやたらに刷って配っても良い物でもない。

 それこそ、モラルハザードでも起きたら通貨の価値が暴落しかねない。


「次は税に関してです。アルカディアが取る税金は、主に2つしかありません。それが『ギルドに課す累進課税』と『個人に課す累進課税』だけです。この2つの累進課税はインフレ率や様々な経済活動によって変動します」


 皆が嫌う税金だが、皆が思っている以上に税金の役割は重要だ。


 多くの人間は『政策の財源のための税でしょ?』という疑問を持ち、少し知っている人は『市場の購買力をコントロールするツール』と答えるだろう。


 確かにこの2つは間違ってはいない。税は財源になるし、税そのものが購買力バイアスにもなる。


 ただし間違ってはいないものの、これはあくまで副次的だ。

 今の現代国家においては税の役割は3つしかない。


 一つ目が『通貨に価値を持たせる』こと。

 二つ目が『インフレ率を操作する』こと

 三つ目が『貧富の格差を抑制する』ことだ。


 一つ目は『租税貨幣論』と調べればすぐにわかるだろう。二つ目も過度な市場加熱への抑制と言えばほとんどの人が分かってくれるだろう。


 だが、それらを差し置いて、税で一番大切なのが『貧富の格差の抑制』だ。


「そして、累進課税に関してですが、アルカディアでは『累進課税の上限が撤廃』されています。これにより、超所得者・超所得ギルドには最大100%に達する課税がなされます」


 貧富の格差。それは人間の社会である以上どうしようもない物である事は、コミ―どもが大量の血と共に証明している。


 それに、貧富の格差自体が問題なわけでは無い。

 真に問題なのは、『貧富の格差が広がる』事にある。


 例えばだがアメリカを例に出してみよう。

 資本主義の本場とも言えるアメリカでは、とてつもない貧富の格差がある。


 それこそ、トップは『GAFAM』を始めとする企業が存在し、世界を支配していると言っても過言ではない。


 だが、下を見ればホームレスが街中にいるのは当たり前。

 夜には、大麻、モルヒネ、フェンタニルをはじめとする薬物中毒者が街中を徘徊していることも珍しくはない。


 しかもタチの悪いことに、州によってはホームレスを犯罪として取り締まっている。

 一見よくも聞こえるだろうが、その州には3回刑務所に収監されたものは、無期懲役になってしまう法律が存在しているのだ。


 貧困者は家を失い、ただ生きていくことすら否定される。

 金持ちは刑務所を民営として運営し、貧困者を機械のように働かせて、莫大な富を築き続けていく。


 結果として富裕層と貧困層の2つに二分化され、一握りの金持ちが儲ける為に、大多数の貧困者を生み出している。


 自由の国と謳っておきながらも、真の実態は『全てを自己責任で片付けてしまう』国家なのだ。


「この累進課税の上限撤廃により、これまで問題であった1億円の壁問題を取り払うことが出来ます。さらには、税負担能力のある人から徴税することで、低所得者には過度な負担を強いる事がありません。……また、高額納税者に関してですが、これまでの資本主義のような『利益だけ』を追求する人間は、アルカディアには……必要ありません」


 強い言葉を使ったが、俺が言った言葉は真実だ。


 別に利益を求める事が悪い事だとは思わない。

 しかし、利益の為にブラック企業を作ったり、政治を利用して儲けたりする人間は、国家にとって癌ですらある。


 行き過ぎた資本家の排除は共産主義で、その結果失敗したのは言うまでもない。

 しかし、行き過ぎた資本主義の末路は、今現在アメリカが辿っている最中なのは、先ほど述べたとおりだ。


 その結果としてどうなるのかは神のみぞ知るが、きっといい結末では無い事だけは、神である俺が断言できる。


 結論として、極端に振り切れた思想や政策は上手くはいかない。

 より多様的で包括的な社会でなければ、よりよい社会は生まれない。


 それは、ホモ・サピエンスが誕生してから30万年。

 その長い血で血を洗う歴史が証明している。


「我々が求める人材とは『近くの人に手を差し伸べられる』そんな人間です。『金は命より重い』と言う言葉がありますが、アルカディアでは『命は金とは等価交換できないモノである』と言う当然の価値観を持つ人を歓迎します」


 アルカディアとは、『個人の権利の最大化』と『多様性と競争』によって成り立っている。

 すべては自由意思に基づく判断と選択。それがアルカディアが目指す社会なのだ。


 故に……。


 強制ではなく選択を。

 支配ではなく信頼を。

 暴力ではなく抑制を。

 神ではなく構造を。


 全員が緩やかに死ぬよりも、少しの犠牲の上に大多数を生かす。

 それが、変化し続ける世界の中で生き抜く唯一の術なのだ。


「以上が、アルカディア構想の骨子となります。新しい時代に戸惑う方もいるかもしれません。しかし、私たちは変化を恐れずに進む覚悟を持っています。どうか皆さまも、共に未来を創っていただければ幸いです」


 俺はカメラをまっすぐに見据え、ほんの少しだけ口角を上げる。礼儀正しく、しかし威厳をもって締めくくった。


 配信の同接は1000万人を超え、未だ伸び続けている所をみれば、確実に配信が成功した事が分かる。

 しかし、この1000万人の内、どれだけの人間が『アルカディア構想』を理解しえたのかは分からない。


 だが、その思想に共感してくれた人間が1%でもいれば十分だ。


「さて、スイキョウが説明してくれたように、私たちアルカディアは従来のどの国家モデルとは違う形を目指しています」


 玲奈が一歩、前に出る。

 俺は、玲奈の動きに合わせて主役の座を譲り、一歩後ろに下がった。


「この選択がどの様になるにせよ、私たちは変わらなければなりません。走り続けなければ、変わり続けなければ、私たちは死んでしまうのです」


 回遊魚とも赤の嬢王仮設とも取れる発言。

 しかし、現実として停滞は死と同義の意味を持つ。


「地球が誕生してから46憶年。生物が誕生してから38億年。その生物史とも言える絶滅と淘汰の歴史は、必ずして強い者が生き残る訳ではありませんでした。『自然淘汰』。それは、かの有名なダーウィンが解いた進化論の有名な言葉です」


 元々キリスト教信者だったダーウィンが、この真実に気が付いた時、どのように思ったのだろうか?

 今となっては聞くすべは無いが、きっとコロンブスやコペルニクス並みの衝撃だった事は間違いないだろう。


「最も強い者が生き残るのではない。最も賢い者が生き残るのでもない。唯一生き残るのは、変化に適応した者である。それが、ダーウィンの進化論の本質です」


 強さではなく、適応こそが生存を決める。

 逆説的に言えば、生物が子孫を残し続けるためには、常に適応し続けなければならない。


「そう、そして私たちは今『新しい世界』という環境の中に放り込まれた生物なのです。ダンジョンが世の中に出現した去年の4月から、世界は真っすぐに進んでいた世界腺から確実にズレたのです!」


 もうこの世界は、過去の辿ってきた歴史の線路を逸脱している。

 あり得ない事が、ファンタジーのみであったことが現実として存在しているのだ。


「国家も、経済も、思想も、宗教も、戦争も。そして人間ですら、新たに適応せなければならない時を迎えているのです!」


 玲奈は壇上をゆっくりと歩く。教壇に立つ教師のように、あるいは、神殿の巫女のように。


「世界は融合しつつある!2つの世界が融合し、この世界が、この地球がどうなるのかは分からない!しかし、それが途轍もない事態を起こす事だけは容易に予想がつくでしょう!」


 玲奈が……いや、セイントが放った言葉は、多くの人には分からないであろう。それもそのはずで、2つの世界の融合は、未だ公開していない。

 しかし、勘のいい者は理解した。これがアルカディアが隠している重大な真実である事を。


「その脅威に対応するために、私たちアルカディア政府もといダンジョン教会は、今日を持って正式に宣言いたします!」


 世界の中心。

 まるで自身が世界の中心に立っている様にも見える玲奈は、叫ぶように言ったのだ。


「ここに、新世界に適応した最初の国家として、神聖魔道国家『アルカディア』の樹立を宣言いたします!」


 新しい時代の幕開けとなる宣言と共に、確かに何かが始まる。


「さあ、皆さまも楽しんでください!新しい時代を!新しい世界を!」


 そして、この言葉を最後に配信はプツリと切れた。



~~~



 完璧なタイミングで配信を切った俺たちは、その場にぐったりと腰を下ろす。

 思わずため息を吐くが、偶然にも2人のため息が重なった。


「ふぅぅ。……終わりましたね」


 玲奈がため息を吐くなど珍しい。

 しかし、この2カ月……いや、8カ月間に一区切り出来たと思えば、そのため息も納得のモノだ。


「だな。これで俺たちの計画の第一歩が歩めるという訳だ」


 〈黒幕〉を解除し、スイキョウから正吾の姿へと変えて言った。


「ですね。これで『世界融合』への対策も現実味を帯びてきます」


 『世界融合』。


 もう忘れているかもしれないが、この世界は今、別の世界と衝突しそうになっている。


 その世界の名は『アリーシア』。


 本来交わるハズの無い2つの世界腺。

 だが、その世界腺がズレてしまったのだ。


 何故ズレるはずの無い世界腺がズレてしまったのか?


 それは、アリーシア世界で起きた『戦争』が原因だった。


 各多ある種族に加え、神々すら参戦した『世界大戦』。

 その戦争は大陸どころか星を丸ごと焦土と化すほどの規模だったという。


 そして、その各多ある種族の中でも特段力を持っていた魔族の魔王と、アリーシア世界の主神オースとの戦いにまで発展した。


 主神と魔王の戦いは凄まじく、三日三晩続いたという。

 そして、世界最強の2人の力が、星を割るほどの威力で衝突し合い、神々全員の力をもってしても防ぐのが精一杯だった。


 途轍もない力と力のぶつかり合いの末、全ての力を振り絞った両者の一撃をもって幕を下ろす。

 結果としては、辛うじて主神オースが勝利したものの、最後の一撃同士の威力は途轍もなく、世界軸を微量ながらズラしてしまった。


 どんなに近くとも決して交わる事の無い世界腺。

 その軸が少し傾いたことで、極近くに存在していた俺たちの世界へと衝突しそうになってしまった。


 このままでは、2つの世界が衝突し、対消滅を起こしてしまう。


 それを知った自称世界一やさしい女神こと『クソ女神』が、世界を融合させる為にダンジョンを想像したのだ。


 あのクソ女神曰く、融合する日にちはダンジョンが出現した日からちょうど一年後らしい。

 それが本当であれば、令和12年4月9日となる。


 世界自体が融合することは言うまでも無く問題だが、真に問題なのは『融合した後の世界がどうなるのかを誰も知らない』と言う事だ。

 腹立つことに世界融合の第一責任者であろうクソ女神すら分からないという。


 それこそ最悪の場合、人類の99.99%が死滅する可能性すらある。


 本来であれば、クソ女神を締めあげて聞くのだが、残念ながら俺たちから連絡を取る方法がない。


 そのため俺たちは、最悪の場合に備えて準備しなければならなくなったのだ。


「さて……ここからが舞台の始まりだ」


 そう、ここまでは前座だ。

 あくまで本番は、融合後の世界から始まる。


「怖いようで……楽しみでもあります」


 世界がどうなっていくのかは、神ですら分からない。

 だが、どう変わろうとも生き抜いてきたのが人間なのだ。


「さて玲奈。行こうか」

「はい」


 紳士的に手を差しのべる。

 玲奈は、令嬢のようにそっと手をのせると、そのまま赤い絨毯の上を歩いていった。

 



ここまで読んでくれてありがとうございました。1万2000字にもなる長文を呼んでいただいて本当にうれしいです。


これにて4章が終わりました。本当に、本当にここまで読んでくれてありがとうございました。ここから8話は閑話を投稿します。割り込み投降となりますので、閑話が追加される場所をここに書いておきます。


第三章の終わりの第六十三話の次

第四章の途中の第七十一話の次


ブックマーク、いいねをしていただけると、これからの作者の励みとなります。




『JGP(Job Guarantee Program)』

政府がすべての失業者に対して、一定の賃金で働ける仕事を保証する制度。

景気が悪くなっても、雇用の『受け皿』として機能し、完全雇用を維持する。

MMTの理論の中でかなり重要だったりする。


ちなみに、参考資料はコチラ→立経68-2-03望月p62-77(196-211).indd


『アーキコード』

アルカディアにおける基本法・根幹法体系。

各ギルドが従わなければならない法的ガイドラインであり、『改変可能な条文』と『絶対不可侵な基本法』に分かれている。


『一定賃金雇用の無制限供給と完全雇用』

JGPを導入すると、『希望すれば誰でも雇われる』状態が保証される。

これにより、インフレと失業率が反比例するというフィリップス曲線の理論は過去のものとなり、『失業ゼロ』社会が可能になる。


参考資料は上のJGPのやつから。


『ゴマ信用』

中国の民間企業アリババが開発した個人の信用スコア制度。

買い物の履歴や交友関係、政治的姿勢までもスコアに反映され、国家による国民管理ツール。


『ドミネーター』

SF作品『PSYCHO-PASS』に登場する犯罪係数測定銃。

人の潜在的な犯罪傾向を数値化し、『執行対象』として判定された者を即座に処刑可能とするSF兵器。


ちなみに作者はこの作品が大好きで、もう何回見返したのかも覚えていない。


『仮想通貨』

ブロックチェーン技術により生成・管理されるデジタル通貨。

政府や中央銀行ではなく、プログラムによって流通が制御される。


『ブロックチェーン』

改ざんが極めて困難な分散型台帳技術。

記録が複数のコンピュータに共有されているが為に、透明性と信頼性が極めて高い。


『スマートコントラクト』

契約内容を自動で実行・履行するプログラム。

中間者を必要とせず、ルールに従ってトリガーを引くと即座に実行される。

D.payの徴税や補助金支給も、すべてスマートコントラクトにより人の手を介さず行われる。


『信用創造』

銀行が融資することで、実際に保有している資金以上に経済活動に資金を供給する仕組み。


銀行が融資すると言っても、実際には手形に近い。


銀行負債と言う形でお金が想像される。

だが、この時に実際に現金が動くわけでは無く、あくまで口座に融資した金額の数字だけが動く。


そして、融資者が銀行にお金を返すと、想像されたお金は相殺されゼロとなる。


これを『Monetary Circuit Theory(貨幣循環理論)』と言う。……詳細はJGPから飛べるリンクから……。


ちなみに、マネーサプライと通じる事で、信用創造によって元金の何倍にも膨れ上がる。


『中央銀行のリスク的ブレーキ』

中央銀行が民間経済に直接介入しすぎると、市中に過剰な資金供給が生じてインフレを悪化させる。

これを防ぐために、金利や信用保証の制限を設ける『リスク的ブレーキ』が必要になる。


だが、中央銀行は利益自体を求めないので、リスク的ブレーキが利きずらい状況になってしまう。


『税の購買力バイアス』

税金のかけ方によって『実質的に誰がどれだけモノを買えるかが歪められる現象』のこと。


例えば、たばこ税や酒税かが分かりやすいだろう。

何かを禁止するほどでは無いが、その商品や業態を縮小したい時、税を課すことによって『買い控え』を発生させる。


逆に、何かを促進したい時は、補助金などを使用する。


『コミ―』

コミュニスト(共産主義者)の略。

幼女戦記のターニャが使っていた結構好きなフレーズだったりする。


『貧富の格差の広がり』

貧富の格差問題には大まかに2つの問題がある。

一つ目が、治安の悪化。二つ目が貧富の連鎖だ。


例えば例の如くアメリカを見てみよう。


アメリカでは貧富の格差が途轍もないほど広がり、その結果として治安の悪化がとんでもない事になっている。

それこそ、治安の悪い地域の学校には警察が巡回しており、銃や危険物の所持が無いかを確認している。

治安の悪い地域では、子供にすら警戒心を向けなければならないのだ。


そして、大問題なのが二つ目の貧富の連鎖だ。

アメリカでは8%、人数に直すと1600万人の人間が読み書きできない。

そのほとんどが貧困層の出身でまともに教育を受ける機会が無かった者だ。


幸運にも日本に生まれて、真っ当な教育を受けてきた人たちならば、いかに教育が大事な事かは分かってただけるだろう。

それが与えられない貧困層は、教育の大事さを知ることなく生涯を生きる。それ故に、自分の子供にも教育の大事さを伝えることが出来ずに……と言った感じで、貧困が連鎖していってしまうのだ。


『アメリカの経済状況』


『GAFAM』

G:Google

A:Apple

F:Meta(Facebook)

A:Amazon

M:Microsoft


の略。


『フェンタニル』

フェンタニルは強力な合成オピオイドで、医療用に使われる鎮痛剤。

その強い鎮静作用から手術の時の麻酔薬によく使われている。


しかし、アメリカを中心としてフェンタニルが薬物として流通しており、年間数何万人もの人々が命を落としている。


今までの薬物、コカインやモルヒネ、そしてドラッグの嬢王と呼ばれるヘロインよりもフェンタニルは50倍ほど強力。

60キロの成人男性の場合、約2ミリグラムの摂取で、半分が死に至るとされている。(半数致死量LD50は0.03mg)


ふぐ毒のテトロドトキシンに匹敵するほどの致死性を持つフェンタニルだが、フェンタニル自体が化学薬品なため、大規模な製造所が必要では無く部屋の中だけで完結してしまう。

そのため、今までの捜査機関では発見が困難とされている。


また、フェンタニルを合成できることにより、カルテル側が原産国として振る舞うことが出来るようになってしまった結果、非常に安価な値段で取引されている。


これらの背景には中国の存在があり、現代のアヘン戦争ともよばれ、アメリカでのフェンタニルの隠語をチャイナガールやチャイナホワイトと言われている。


『アメリカの経済状況』

世界最高GDP、世界最強の軍を持つアメリカだが、皆が思っている以上にアメリカは終わっている。


現在のアメリカではGAFAMを始めとする大企業が存在し、小国家の予算並みに資産を持っている個人が存在している。

日本では考えられないほどの大富豪が居るアメリカだが、逆に日本ではありえない程の貧困者が居るのもアメリカと言う国だ。


自己責任で片付けられるアメリカでは、貧富の格差が尋常でない程に拡大し、それに伴って様々な問題が起こっている。


ここでは、詳しくは語らないが、知りたい人はYouTubeで調べてください。




詳細が気になる方は『デザイナーズメモ・アルカディア構想』をご覧ください。

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