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第十二話 世間の動き




 とある会議室の一室。ここにはさまざまな年齢層の人々が集まっていた。


 スーツをきっちりと着込んだ年配の男性もいれば、会議には似つかわしくない私服姿の者もいる。

 しかし、誰もその私服姿を咎めることはない。

 ここに集められた人々には、それぞれの役割があると知っているからだ。


 会議室の中で、特に目を引くのは、鋭い眼光を持つ60代後半と思われる男性だった。

 彼は周囲を睥睨するように見渡し、ゆっくりと立ち上がると声を張り上げた。


「では、第3回ダンジョン攻略会議を始める。まず現状報告だ。SATは現在どこまで進んでいる?」


 質問を受けたのはSATの隊長である屈強な男だった。隊長は立ち上がり、手元の資料を持ちながら答える。


「……現時点での到達階層は3階層までです」

「それは前回の会議でも聞いた。なぜまだ3階層で止まっている?」


 60代の男は不機嫌そうに声を荒げる。進捗がなければ、自分の評価にも響く。その苛立ちが態度に表れていた。

 一方、SAT隊長は一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、すぐに淡々と説明を始めた。


「3階層にはボスモンスターが存在します。このボスモンスターは、1階層や2階層のモンスターよりも銃が効きにくいのが現状です。我々SATの標準装備であるMP5の9×19mmパラベラム弾では、2階層のモンスターですら倒すのに苦戦します。

 そして、3階層のボスモンスターには痣程度の傷しか効果がありません。さらに、64式小銃を使用しても、ボスを討伐するには至らず、現在も攻略には苦戦しています」

「……ならば、どうすれば倒せるのか?」


 60代の男は苛立ちを隠そうともせず問いかける。

 それとは対照的に、SAT隊長は冷静な口調で答えた。


「前回にも提案しましたが、対物ライフルほどの火力が必要です。例えば、バレットM82A1やヘカートⅡといった12.7mm口径のものが適していると考えられます」


 その言葉を聞いた瞬間、60代の男は激怒し、机を力強く叩いた。

 ドンッ!という音が会議室全体に響き渡り、その場の空気が張り詰める。


「だから!そんなものを警察組織であるSATに配備するわけにはいかないと言っているだろう!もっと現実的な代案を探せと言ったはずだ!」


 警察組織に12.7mm対物ライフルを配備することが現実的ではないという主張は正しい。

 だが、未開のダンジョンという未知の領域で、それ以外の対策を見つけるのは簡単なことではなかった。


「……おっしゃる通りですが、現時点で私たちが考える最善策はこれです。アメリカの情報によれば、バレットM82A1を用いてボスモンスターを撃破した事例が確認されています。この火力であれば、我々も確実に討伐可能です」

「そんなことは私も知っている!だが、日本ではそれが現実的でないから、他の案を出せと言っている!」


 SAT隊長と60代の男の言い争いは激しさを増していく。両者ともに正論を述べているが、それは水と油のように交わらない主張だった。




 会議が始まって1時間後、ようやく2人の言い争いは終わりを迎えた。

 疲労の色を浮かべた60代の男に対し、SAT隊長は体力があるのか、ほとんど疲れている様子はない。

 しかし、この言い争いが会議室の空気を最悪なものにしてしまったのは確かだった。


 誰も口を開こうとせず、場は重苦しい沈黙に包まれる。


 そんな中、一人の男性が意を決したように手を挙げた。太った体を持て余すように身じろぎしながらも、どこか覚悟を感じさせる動作だった。


「……ひとつ、よろしいでしょうか?」

「君は……ゲームクリエイターの橋本君だね。それで、何か意見があるのか?」

「はい。私は今回のダンジョンについて、海外の掲示板やSNSを徹底的に調べてきました。その中で、非常に興味深い情報を見つけたのです」

「興味深い情報……?」


 橋本は頷きながら話を続ける。


「海外では、個人がダンジョンに挑戦したという報告がいくつかありました。もちろん危険な行為ですが、実際にその挑戦者が記録した記事の中に、金属バットでゴブリンを倒したという内容が書かれていました」


 この発言に会議室がざわつき始めた。特にSAT隊長は驚きを隠せない。

 それはそうだろう。なぜならば1階層のゴブリンですらMP5をなん十発と撃たないと倒せないのだ。

 64式小銃の7.62ミリの弾丸ならば数発でも倒せるが、到底金属バット程度で倒せるようなモノでは無い。


 その事が分かっているから、ついつい口からその感情が出てきてしまった。


「金属バットでか!それは……信じられない!」

「……ですが、その内容は事実のようです。しっかりと映像が残されており、それを確認しました」

「その映像は、今も残っているのか?」

「いえ、残念ながら保存しようとした矢先に削除されてしまいました」


 一同が残念そうな表情を浮かべる中、SAT隊長だけは考え込むような顔をしていた。

 これまで銃火器に依存してきた自分たちの戦術を改め、別の可能性を考えるきっかけを得たのだ。


 もちろん命の事を考えなければならない隊長の立場からしたら、部下に近接戦闘をやらせるのは気乗りはしない。

 だが、これまでとは違う案に一考の余地は十分にある。


「なるほど……確かに我々は、これまで銃火器に頼ることしか考えていなかった。近接武器の可能性を検討する価値はあるな。この件は一度部隊に持ち帰り、試してみることにする」

「お役に立てたなら光栄です」


 その後、会議室の雰囲気はやや和らぎ、会議は再び順調に進み始めた。

 やがて、それぞれの役割を持ち帰る形で終了となる。



~~~



 会議が終了して5日後、ダンジョン発生から2週間が経過した。

 その日、日本の総理大臣である犬塚茂が音頭を取り、政府主導で『第2回ダンジョン諮問委員会会議』が開催された。

 各省庁の要人や専門家たちが集い、今後の方針を話し合う場だ。


「では、第2回ダンジョン諮問委員会会議を始める」


 犬塚総理の開会宣言と共に、議題が順番に提示されていく。

 最初に手を挙げたのは警察庁長官だった。


「よろしいでしょうか、総理」

「どうぞ」

「我々のSATによるダンジョン攻略に関する進捗報告がございます」

「ふむ、聞こう」


 長官は資料を手に取り、落ち着いた口調で報告を始めた。


「先日、第3回ダンジョン攻略会議で話し合われた内容を基に、近接武器を使用したモンスター討伐を試みました。その結果、予想以上の成果を上げることができました」

「成果とは具体的に?」


 犬塚総理が促すと、警察庁長官は頷いて続けた。


「ダンジョン内では、どうやら銃火器が非常に効きにくいという特性があるようです。しかし、近接武器を使用した場合、モンスターに対して有効な攻撃を行うことが可能であると分かりました。

 2階層のモンスターに対して、銃を使用するよりも効率的に討伐することができたのです」

「なるほど……確かに興味深い話だ。だが、それは3階層以降でも通用するのか?」

「現時点ではまだ3階層のボスモンスターに対しては試しておりませんが、これまでの結果を踏まえるに、近接戦闘が有効な手段である可能性は高いと考えています」


 その発言を聞いて、会議の参加者たちはざわついた。

 銃火器が通用しないという状況自体が異常であり、近接武器というアナログな手段が効くという事実は、予想外だったからだ。


「……興味深い。しかし、詳細な検証が必要だな。引き続き調査を進めるように」


 総理がそう指示を出すと、次に発言を求めたのは文部科学省の技術担当官だった。


「私からもご報告があります」

「どうぞ」

「ダンジョンから出土した通称『魔石』についての報告です。この魔石に関して、国内外の研究機関と連携し、いくつかの成果が得られました」


 そう言いながら、担当官は参加者全員に資料を配布する。その中には、アメリカの研究結果を基にした実験データが記されていた。


「お手元の資料をご覧ください。アメリカで発表された論文と同じ実験を行い、我々もその再現性を確認しました。この魔石は、水と反応することで発熱する特性を持っており、非常に高い発熱効率を有しています」


 アメリカの論文では、魔石を粉末状にした状態で水に接触させると、熱を発することが報告されていた。

 

「国内の実験では、有害物質や放射線が一切検出されていないことも確認されました」

「それは素晴らしいニュースだな」


 犬塚総理を始めとする各大臣は感心した様子で、資料に目を通している。


 現在日本はエネルギー需要に頭を悩ませていた。


 東日本大震災のメルトダウンにより、日本国内の原発はすべて停止されてしまい、それが原因で国内のエネルギーが不足してしまっていた。


 それに対応するように、火力発電を24時間フル稼働してもなお足りず、古い火力発電所をメンテナンスして動かしている有様だ。


 こんな状況を良くは思っていなくても、仕方なく火力発電に頼っていた。しかし、それが解決される可能性の種子が降ってわいたように出てきたのだ。


「加えて、この魔石を用いた発電能力についてですが、概算では東京都全体の電力を賄うのに必要な魔石の数は、1日あたり約1万個前後と試算されています」


 この数字に参加者たちは息を呑む。1万個で東京都の電力をカバーできるということは、全国的なエネルギー問題を解決できる可能性を秘めている。


「1万個か……警察庁長官、その数は現実的なのか?」

「はい。現在、SATでは1日に50~70個程度の魔石を回収しています。そして、都内で発見されているダンジョンの数は約30か所。単純計算では、1日あたり約1500個が最低限回収可能です」

「それでは足りないではないか」

「その通りです。しかし、SATは現在、安全上の理由から1日3時間しか活動しておりません。これをローテーション制に変更し、活動時間を拡大すれば、1つのダンジョンで1日あたり400個の魔石を確保することが可能です。都内30か所のダンジョンで運用すれば、1日あたり1万2千個――十分に東京都の電力を賄う量が確保できるでしょう」


 この報告に、総理をはじめとする参加者たちは驚きの表情を浮かべた。


「……なるほど。それならば全国規模で展開した場合、どれほどの量が確保できる?」

「現在、発見されているダンジョンをフル活用すれば、1日あたり20万個程度の魔石が回収できると考えられます」

「20万個……!」


 これだけの魔石があれば、日本全国の電力の半分ほどを自国で賄う事が出来る可能性がある。

 もしも、これが実現すれば、年間8兆円ほどの金額をコスト削減効果が見込まれる、と言う算出まで出ている。


「年間8兆円……。それほどの市場規模になるということか」


 犬塚総理は、その金額の大きさに感嘆の声を漏らした。だが、すぐに険しい顔をして言葉を続けた。


「だが、問題も山積みだな」

「その通りです」


 警察庁長官が頷きながら応じた。


「まず、ダンジョンに潜ることで身体能力が向上するという報告があります。モンスターを倒せば『ステータス』や『職業』といった謎のシステムが発現し、それに伴い未知のスキルが使用可能になる。この現象は治安維持の観点から非常に危険です」

「確かにな……。だが、この魔石の可能性を無視することもできない」


 犬塚総理はしばし考え込むと、外務大臣に話を振った。


「アメリカのダンジョン開放の動きはどうなっている?」

「現在、最高裁への提訴が進められています。国民からの突き上げも強く、遅くとも2か月以内には開放の判決が下る見込みです」

「そうか……。では、日本はアメリカの開放を見届けてから判断を下す」


 こうして、第2回ダンジョン諮問委員会会議は終了した。


 

~~~



 アメリカ合衆国:ダンジョン前線基地。


 風が吹くと砂が舞い目を傷めてしまう熱い砂漠の中心。


 山岳が遠くにゆらゆらと揺らめいて見えるが、一体いくら離れているのかは目測では分からない程に遠い。


 そんな乾燥した平地に違和感のある形で洞窟があった。洞窟を取り囲む様にいくつものテントが張ってあり、そこを行き来する人間は全員軍服を着ている。


 そして、ここを指揮する大佐はある程度の仕事が一段落し、嫁から貰ったマグカップにコーヒーを入れていた。

 そんなひと時の時間を味わえる余裕が出来たのに、それを邪魔するかの様に1人の軍人が入ってきた。


「マイク大佐!」


 そう声を上げて入ってきたのは大佐直属の部下だった。かなり焦っている様子から何事かあったと即座に察した大佐は、注いだばかりのコーヒーを机に置き直した。


「はぁ、いったん落ち着きたまえ。慌てていてはちゃんと説明もできないだろう」

「そ、そうですね。って言っている場合じゃないんですよ!ダンジョン隊が壊滅しました!」


 そう言われた瞬間、大佐は何を言っているのか理解できなかった。しかし、徐々に理解し始めると事の重大さが分かってくる。


 ダンジョン隊の壊滅。これまで順調に進んできており、1週間前に3階層を突破した。今日までは4階層へ行くために休暇を与えていたのだ。

 そして今日の朝にダンジョン隊は4階層を目指してダンジョンに入っていった。


 3階層までは無傷にやってこれたのに4階層で全滅などあり得るのだろうか?まあ、実際にありえているのだろうな。


「状況はどうなっている?」

「は!死者は21名です。軽症者は1名です!」


 その報告を受けた瞬間、大佐の脳は一瞬フリーズした。


 21名が死亡?ダンジョン隊は27人もいたのに、そのうちの21人が死んだのか?あまりの事過ぎて理解できない。


 しかし、理解できない事を許してくれないのが大佐と言う階級だ。


「……何があった?詳細に説明せよ」

「は!生還者から聞き取った事をまとめるとこうなります。4階層に着くと3階層に居たボスモンスターと同種のモンスターが、10体固まって出て来たそうです。

 その後、隊長の判断で直ぐに撤退しましたが、あまりの数に押されて次々と隊員たちが殺されていったそうです。脇目も降らず逃げて来た隊員だけが生還した、と言っていました」


 あの優秀な部下たちが一瞬で死んでしまった事に信じられない自分が居る。しかし、私は、私の職務を全うしなければならない。


「……ふむ、パニックを起こしているのか、分かりずらい内容だな。だが、4階層には3階層のボスモンスターが何体も居るのか。これは問題だな。一度上に報告する必要があるか」


 最初は部下のケアや遺族に会いに行きたい。しかし、私は国を守る軍人。一個人の感情を優先しては動けない。


 軍人と言う職の業に嫌気がしながらも、パソコンに上司宛のメールを書き始める大佐だった。




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