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第九十七話 玲奈さん。マジぱねーっす




『正吾さん。こちらは終わりました』


 無線越しに玲奈からの報告が入った瞬間、俺は深く椅子に身を沈めた。


 ……ようやく……すべてが、終わったのだ。


 もし玲奈が、大臣たちの始末を失敗していたならば、まだ幾つもの抵抗勢力が残っていただろう。

 そうなれば、物流も経済も復旧どころではなく、日本はさらなる混乱に飲み込まれていたはずだ。


 だが、その不安も今となっては杞憂に終わった。

 日本政府との戦いに、ついに終止符が打たれたのだ。


 これでようやく、俺たちはフェーズ1の『破壊』からフェーズ2の『建国』へと移行できる。


「……さて、日本政府の件は蹴りが付いた。だが、本番はここからだ」


 そんな独り言にも、一仕事終わった安堵が微かに滲んでいた。


 ここまでの戦いは、あくまで序章に過ぎない。

 これから始まるのは、国家の再構築という地獄のようなで地味な作業。


 そして、これからその一歩を踏み出すために行動する。


「……涼太、玲奈の配信枠と、テレビジャックの準備をしておいてくれ」

「了解。何時頃にスタートすればいい?」

「今が……16時くらいか。じゃあ、19時からで頼む」

「OK、それまでに準備しておくよ」

「じゃあ、後は任せた。俺は舞台のセッティングに行ってくるわ」


 涼太に作業を一任し、俺は立ち上がる。


 新たな始まりにふさわしい最高の舞台を日本中に届ける為に……。



~~~



 相模湾から東京まで直線距離にしておよそ55キロメートル。


 車で片道1時間ほどの距離だが……それは1カ月前までの話だ。


 円が崩壊し、経済が停止した事で、ありとあらゆる経済活動が停止してしまった。


 それは行政の機能も同様で、自治体の仕事であったゴミ収集や、治安活動と言う重要な機能までもが崩壊。

 そのせいで、道にはゴミが溢れかえり、道が所々塞がれている事も珍しくはない。


 まさにバイオハザードの世界と言えば、そのイメージが伝わってくれるだろうか?


 そんな世紀末な東京だが、最近では物流の回復の為に、特定の道路は清掃が進んでいる。

 だが、それもごく一部だけだ。


 結局として、未だ物流に関する道路、線路、空路は壊滅的で、唯一まともに生きているのは海路のみだけなのである。


 では、そんな状況でどうやって首相官邸まで行くのか?

 その答えは『アストレリア』だ。


 アストレリアは俺専用にチューニングされた専用機である。


 エンジンである魔石純エネルギー炉を全て取り払い、パイロットの魔力で駆動するようになっている。


 そして、魔石純エネルギー炉に使用していたスペースには、特大のACS(Arcane Calculation Script)魔道演算スクリプトを設置した。


 これには、様々な魔法が刻まれているのだが、その中には空を飛ぶための魔法もある。

 現在は、それで空を飛行しながら首相官邸へと向かっているのだ。


 そして、障害物が無い事と、高出力の魔力によって支えられたアストレリアは、時速にして500キロメートルと言う猛スピードで飛んでいた。

 まさにプロペラ機並みのスピードは、たったのの6分30秒と言う時間で、首相官邸に着く。


「……なんて考えていたら、もう着いた」


 思念操作魔法によって感覚的に送られてくる視界越しに、下を見る。

 そこには、ヘリポートマークの『H』が大きく描かれていた。


 ゆっくりと高度を落として行き、アストレリアをそのまま静かに屋上へと着陸させる。

 衝撃を魔力で受け流せば、機体は地面を撫でるように停止した。


 各種部位に付けられた機械的センサーと魔法的センサーで、周囲に人影がないことを確認する。

 そして、俺はコックピットから屋上へと降り立った。


「……しかし……まじで、人が居ないわ」


 〈気配探知〉でも〈半神〉でも1人を除いて、気配と言う気配が全くしない。


 かつては権力の象徴であり、国内政治の中枢だった建物。

 それも、こんな風になってしまえば、嘆かずにはいられない。


 そんな感傷に浸りながら、俺はゆっくりと首相官邸の内部へ足を進める。

 屋上の階段から降りていき、1階の玄関口に着けば、そこには驚くほど整えられた廊下が存在していた。


 赤い絨毯には、埃一つ落ちておらず、どれほど高級な手入れが施されていたのか、想像もつかない。

 それでも、今となってはその豪奢さもただの虚飾だ。


 赤い絨毯を踏みしめながら、建物の最奥にある重厚な扉の前で足を止めた。 


 ドアの向こうから感じる気配は、1つ。


 しかし、その1つが放つ圧力は、ただそこに存在するだけで空気を震わせるほどだった。


 もしも、モンスターか、気配を感知できる冒険者であれば、すぐさま逃げ出すか、その場にひれ伏すほどの気配。


 そんな気配の中、俺は全く躊躇することなく扉に手をかける。


 そして、重厚な扉に力を込めて開けば……そこには玲奈が静かに立っていた。 


「……玲奈、お疲れ様」

「……」


 そう呼びかけても、反応がない。


 何かに思いをはせていたのだろうか?


 俺が着いたことに気が付いていない様子の玲奈の肩を叩くと、それでようやく俺がきたことに気が付いたようで、玲奈は正気に戻った。


「………正吾さん。ついていたのですね」


 振り向いた玲奈の瞳には、俺がさかさまに映る。

 しかし、その瞳の向こう側にある玲奈の心は、まったくと言っていいほど見えてこない。


「……玲奈?大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですよ。……だた、父の事を思い出していただけです」

「父?」


 なぜ今、父の話が出てくるのだろう?


 全く分からない俺は、素直に玲奈に聞いてみた。


「どうして父の事を考えていたんだ?」


 そんな何気ない問いに、玲奈はあくまで穏やかな口調で、しかし爆弾のような真実を口にした。


「……現…いえ、元日本政府の総理大臣である犬塚茂は、私の実の父親なのですよ」

「………………は?」


 一瞬、時が止まった。


 言っている意味は分かる。分かるのだが、その日本語を繋ぎ合わせて理解することを脳が拒んでいる。

 あまりに信じられなさ過ぎて珍しくアホうずらを晒してるぐらいだ。


 気が付けば、俺はオウム返しのように呟いていた。


「……犬塚総理大臣が……玲奈の父親なのか?」

「はい、そうです」


 ……しかし、確かに今考えてみれば、玲奈が大統領の娘と言われても不思議はない。

 なにせ、立ち振る舞いからしてお嬢様だし、初めて出会った時の制服姿はお嬢様学校の物だった。


 それでも、犬塚総理の実の娘と言うのは、衝撃的すぎる真実だ。


 でも、一つだけ疑問点が存在する。それは……。


「で、でも、苗字が違うじゃないか?」


 そう、苗字が違う。

 俺が知っているのは『一ノ瀬』であり、『犬塚』ではない。


 そんな俺の疑問だったのだが、玲奈はあっさりと答えを口にした。


「それは、母の姓を名乗っていたからですよ。私の戸籍上の名前は犬塚玲奈なのです」


 信じられない真実とは、この事を言うのだろう。

 日本語には、いろいろな比喩があるけれど、今まさに『言葉を失う』とはこういう瞬間を指す。


「……犬塚、玲奈……」


 俺は無意識に彼女の本名を呟いていた。

 玲奈は、かすかに微笑んだ。


「驚きましたか?」


 驚いたか驚かないかで言えば、めちゃくちゃ驚いた。


「……ああ、驚いたよ。だって、まさか、敵のトップが……お前の実の父親だったなんてな」

「ええ、私自身も皮肉だと思っていますよ。まさか、父が総理大臣になるとは思っても居ませんでしたし、私が父を殺し日本を乗っ取るとは、もっと思っていませんでした」


 玲奈の口調は軽く、それでいて内容はとてつもなく重い。


 自ら父親を殺し、自らの手で国を壊す。

 それを『皮肉だ』と言って笑ってのけるのだから、聞いているこちらの反応が追いつかない。


 だが、それでもこれまで毎日一緒に過ごしてきた俺だから分かる。


 ……本当に気にしていない事を。


「まあ、玲奈が気にしていないならそれでいいよ。それよりも、配信の準備をしようか」

「そうですね」


 話はそこまで。

 それ以上は聞かないし、聞いてはいけない気がした。


 そこからは無言のまま、配信の準備に取り掛かる事にした。


 淡々と機材を運び込み、準備を進めていく。


 舞台となるのは、元・記者会見室。

 フラッグポールに掲げられていた日の丸の国旗を取り外し、俺たちが用意した『赤と白が反転した』日の丸国旗を掲げる。


 続けて、配信用の高性能カメラを三脚に固定し、角度とフレームを調整する。

 さらには、パソコンを起動し、ネット回線を確認した後に、音質にもこだわり、高級なマイクをセットした。


 これで、準備が終わり、後は涼太の立てた枠に配信を接続するだけだ。


 俺は、一息つこうと無数にあるパイプ椅子に腰を掛けた時、不意に背後から声がかかった。


「正吾さん」

「なん……だ…………」


 その声に振り返った俺は、一瞬にして言葉を失った。


 玲奈が……右手で『髪の毛』を掴んでいたのだ。

 目線をゆっくりと下げて行けば、その毛の束の先には『首』だけがある。


 そして、気が付くのだ。その生首が、犬塚総理の者であると。


 口は半開きで、目は虚ろな半眼。乾いた血が顎から垂れ、肌は死後硬直を経て土気色へと変わっている。


 そんな実の父の生首を、まるで花束でも掲げるかのように、玲奈は無表情で持ち上げていたのだ。


「……おい、ちょっと待て」


 反射的に一歩、後ずさる俺に、玲奈は首を傾げる。

 そんな俺に、玲奈は『何かおかしい事がありますか?』と言いたげに、小首を傾げて問いかけてくる。


「どうかしましたか?」

「いや、どうかしましたかじゃない!なんでその状態で持ってきてるんだよ!?」

「この生首、配信の背景に使えないかなって思いまして」

「…………は?」

「ほら、インパクトがあるでしょう?『戦争終結と新時代の幕開け』を視覚的に示すには、これ以上の象徴ってないじゃないですか」


 完全に無表情、無感情な顔で言ってのけた。

 こいつ……マジか?


「……お前な……」


 俺は思わず頭を抱えた。


 いや、まあ、玲奈が言いたいことは分かる。


 これまではイメージ戦略、認知戦において、アルカディアが『悪』になる事を避けなければならなかった。

 しかし、それも日本政府が事実上壊滅され、政権を奪取しえた今においては、必ずしも続ける必要性はない。


 そして、これから先アルカディアが日本を統治するには、圧倒的な力と抑止力を示す必要がある。

 その点、敗者の『首』を掲げるのは、古典的で原始的ではあるが、効果は絶大だ。


 まさに、恐怖とカリスマ、両方を手にするには、これほど直接的な演出はない。


「……確かに、有用ではあるけどさ……お前、倫理観はどうなってんの?」

「ありませんよ。そんなものは母の子宮の中に落としてきました」


 平然と言いながら、玲奈は足元にある袋から次々に『同じようなもの』を取り出していく。

 防衛大臣、外務大臣、財務大臣……。


 並べられていく19の首。それぞれが、ニュース番組や閣議映像で何度も見たことある顔ぶれだ。


「全員、処理済みです。血抜きはしっかりとしましたので、腐敗も最小限に留まってますよ」


 違う、違う、そうじゃ無い。そういう意味じゃない。

 つい、頭の中で鈴木雅之が流れそうになったじゃないか。


「……はぁ、もう好きにしてくれ」


 諦めにも似た言葉を投げると、玲奈はさっそく首を並べ始めた。


 元大臣たちの生首を、一つ一つカメラの画角に収まるよう丁寧に置いていく。

 そして、その生首の中央には、実の父である犬塚茂の首が飾られた。


 だが、そこで玲奈の手は止まらない。


 まるで美術館の展示物でも扱うように、角度や高さを微調整しながら、さらにはライティングまでこだわり始めたのだ。


「……こっちは陰影が強すぎますね。ライトを一度落としてもらえますか?」

「あ、ああ……わかった」


 言われるがままに照明の角度を変えながら、ふと我に返る。 


 俺、何の手伝いさせられているんだろ?

 ……まさか、人生の中で生首を撮影するためにライティングする日が来るとは……思っても居なかった。


 1年前の自分に言っても笑い飛ばされていただろうな。


 そんな事を脳内で考えている間にも、玲奈に言われるがままライトを調整する。


 それから5分。

 玲奈は一通り満足したのか、軽いため息と共に作業を止めた。


「……ふぅ、これで配置は完了です」


 玲奈は、小さく手を叩いて立ち上がる。

 その背後には、まるで生贄の供物のように並べられた、元・権力者たちの生首。


 そして、フレームの中央には、返り血で染まった少女が静かに立っているという絵。


 冷たくて残酷で……それでもなお、どこか神々しくて美しい。


 あまりに異様なその光景に、俺は一瞬、息を飲んだ。

 正直、恐怖すら覚えたはずなのに、なぜか目を逸らせない。


 圧倒的な死を前にして、それでもなお静かに佇む少女。

 勝者の象徴として、その場に君臨する女神。


 それは、まるで映画のワンシーン。あるいは、神話のワンシーン。


 俺はその姿に見惚れてしまった自分に苦笑しながら、心底呆れたように言葉を吐き出した。

 

「……玲奈さん。マジぱねーっす」


 と。




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