第十一話 玲奈のソロボス討伐
ダンジョンに入ってから、殆どのゴブリンを玲奈が殺して行っている。
俺が初めてダンジョンに着た時よりも速いスピードでの攻略は、はたから見ていて目を見張るものがある。
例えばだが2階層の複数戦闘の時には、柔軟な身体を利用してゴブリンの合間を蝶の様に縫ったかと思えば、ゴブリンたちの頭がズレ落ちたりと、まさに初めてダンジョンに来た人間が出来るとは思えないような手際でゴブリンたちを狩って行った。
さらには、ゴブリンの死体を解体し始めた時だ。
正直、あの光景は映画に出てくる猟奇犯そのものだった。後で理由を聞いてみると、玲奈は悪びれもせずにこう言った。
「だって、身体の構造を知っていた方が効率的に倒せるじゃないですか?」
……その言葉を聞いたときの俺の顔を自分で見たくはないが、恐らく魔物でも見るような目をしていただろう。
そんな玲奈の天性の戦闘センスも手伝い、あっという間に俺たちは3階層のボス部屋の前まで辿り着いていた。
ここまでノンストップで進んできたにも関わらず、玲奈は一切の疲労感を見せていない。それどころか、むしろ元気いっぱいだ。
まるで、殺人衝動を抑えていた分を存分に解放できたことが嬉しいと言わんばかりだった。
この調子ならボスは余裕…とは言えないんだよな。
今まで戦っていたゴブリンとホブゴブリンとでは隔絶するほどに強さが違う。
それはスピードもパワーも段違いで違うし、何よりも違うのが知能だ。もちろん人間ほど知能が高いわけでは無い。
しかしながら今まで戦っていたゴブリンの様に、ただただ突っ込むだけなのでは無く、しっかりと警戒をし、どれが一番危険なのかを判別できるぐらいには知能が高いのだ。
「玲奈、ここからはボス戦だ。俺は一切手を出さないから1人で倒してみてくれ」
「分かりました」
玲奈は一つ頷くと岩の門に手をかける。
自動的に開いた門の先には、ここ1週間毎日の様に見たホブゴブリンが待ち構えていた。
玲奈は1人でボス部屋に入り、俺は外から観戦することにした。
玲奈の気配に気付いたホブゴブリンは、棍棒を構え、戦闘態勢に入る。
だが、それに対して玲奈は自然体そのもの。優雅に歩み寄るその姿は、もしここがダンジョンでなければ、社交界の花と称されてもおかしくないほど美しかった。
しかし、ホブゴブリンは一切警戒心を緩めることなく玲奈の事だけを見る。
1歩、1歩と近づいてくる玲奈に緊張感が高まる。
そして、ついにホブゴブリンの射程に入った瞬間、玲奈に向かって容赦なく大きな棍棒が降りぬかれた。
玲奈の胴体ほどの大きさを誇る棍棒を目の前にしながらも、玲奈は顔に笑みを浮かべていた。
狂気的に開いた瞳孔と、口裂け女のような笑顔は、はたから見ている俺にすら恐怖を与える。
狂気的な笑顔とは裏腹に、棍棒は玲奈の眼前まで迫っている。
誰しもが『当たる!』と思った瞬間、服一枚掠れる程度の距離で、玲奈は身を捻った。
あまりにもギリギリで、見ているこっちが恐怖を覚える。
しかし、そんな恐怖を眼前にしても、玲奈の顔には笑顔が張り付いたままだ。
そして、玲奈の横を通り抜けていく棍棒が光った。
いや、違う。光ったように見えたのだ。
ホブゴブリンは躱された事に遅れて気が付き、棍棒を持ち上げて次の攻撃に移ろうとした。
……が、そうは出来なかった。
異様なまでに軽い棍棒を掴む感覚に疑問を持ったホブゴブリンは、本来棍棒を持っているハズの右手を見る。
数舜前までは、強く棍棒を握りしめていた指が、親指を残してすべてが切り落とされていた。
そして、ホブゴブリンは遅れて気づくのだ。あの一瞬光った『何か』は、玲奈の神速とも言えるスピードで振りぬかれた刃である事に。
驚愕のあまり固まるホブゴブリン。だが、玲奈はその隙を見逃さない。
彼女は一歩踏み込み、柔らかな動作で〈鉄のナイフ〉をホブゴブリンの右胸に優しく突き立てた。
殺意を感じさせないその動作に、ホブゴブリンは自分の心臓を貫かれたことにすら気が付けない。
玲奈が静かにナイフを引き抜くと、ホブゴブリンはその場に崩れ落ちた。あまりにもあっけない結末に、俺は言葉を失う。
ただただ、弱肉強食の自然法則に従うように、玲奈の手によってホブゴブリンは命を終えた。
玲奈は死体を見下ろし、何やら呆然とした表情を浮かべている。その顔は、まるで買ってもらったおもちゃがすぐ壊れてしまった子供のようだった。
「……お疲れ様……でいいのかな?」
「…正吾さん。聞いていたよりも弱かったんですけど……」
初めて聞く不機嫌な声に自分の身がこわばるのを感じた。
玲奈は期待していたのだろう。いつも以上に楽しい、心躍る戦いができると思っていたのだろう。しかし、それがあっけなく終わってしまったから消化不良になってしまったのだ。
そしてその消化不良の感情は何処へ向かうのだろうか。そう、それは…。
「ッ!」
瞬間的に飛んできた〈鉄のナイフ〉をキャッチする。
何となくこうなる事が分かっていた俺は、すぐにその場から飛びのき距離を取った。
「おい、玲奈。何をする!」
「……正吾さん。私はこれまで周囲と自分の違いに、戸惑い生きてきました」
急に始まった独白に、俺は冷や汗をかかずにはいられない。
「周りの言っている事が理解できず、ただただ困惑するだけの幼少期。それは苦痛以外の何物でもない毎日でした」
この言葉は玲奈の人生の苦悩が詰まった言葉なのだろう。
しかし、その苦悩を俺にぶつけられても困ると言うモノだ。
「私の方が異常と気が付いた時から、私は私を抑えて生きてきたのです」
自分を抑える事が、どれだけ玲奈の苦悩になっていたのかは知らないが、やはり俺に感情をぶつけられては困る。
これでは、異世界転生物の定番であるトラック衝突と同じではないか?
……もしかして、玲奈に殺されて俺の物語が始まる?異世界転生……しちゃうの?!
「ですが、最近になって諦めがつき始めていたんです。慣れ始めていたんです。このまま過ぎる日々も良いのかな?って」
その気持ちはすごく共感できる。
俺も『欠けている』人間として、苦悩をしてきた人生だったからだ。
「相変わらずつまらない日々でしたが、それでも諦めは付きかけていたんです。ですが!こんなにも楽しい事をこの体に教え込まれてしまったら、我慢なんて出来るわけが無いじゃないですか!壊しても怒られない!殺しても構わない!バラバラに解体しても良い存在が居て!我慢なんて出来るわけないじゃないですか!」
玲奈も、一応人間社会で生きて行こうとしていたのだろう。
その感情が、言葉の端々から感じ取れる。
その気持ちに、その環境に同情する。だが、その気持ちを俺に押し付けないでいただきたい。
「……でも、何ですかこれは。……私はもっと命を賭けた戦い。地肉躍る戦いがしたいのに、何なんですかこれは?」
そんなに戦いたいならば、ウクライナにでも行って戦ってくればいい。
そう言いたい気持ちをグッと抑えて、いつ襲い掛かってこられても大丈夫なように、俺は玲奈の動きを観察する。
「だから……正吾さん。正吾さんが悪いんですよ。私にこんなにも楽しい事を教えたから!……だから責任取ってください!」
何とも他責思考なこと甚だしいが、そんな事を考えている余裕は無いようだ。
次の瞬間、途轍もないスピードで迫ってきた玲奈の蹴りを間一髪で避ける。
予想以上のスピードに〈鉄のナイフ〉を手放してしまう。
その〈鉄のナイフ〉を空中でキャッチすると、玲奈は蹴りの勢いに従って体を捻り、喉元に剣戦を走らせてきた。
これも、何とかギリギリで避ける事が出来たが、俺の中では一つの疑問があった。
玲奈は今日ダンジョンに来ていたハズだ。
なのにも関わらず、俺と張り合えるだけの身体能力があるのは変だ。
俺のレベルは55で、〈身体強化〉はレベルマックスだ。なのにも関わらず俺のスピードに迫っているのは、おかしい。
俺は疑問に思い玲奈を〈鑑定〉してみた。
ーーー
種族:人
名前:一ノ瀬 玲奈
職業:聖人(0/20)
レベル:25
スキル:鑑定不可
ーーー
っち!やはり〈鑑定〉のレベルを上げなければスキルは見れないか。まあ、今回は必要経費として仕方がないだろう。
俺は〈鑑定〉をレベル5まで上げて、再度玲奈を〈鑑定〉してみた。だが、スキル内容は見えるがスキルレベルまでは見えなかった。
はぁ、仕方がない。ポイントの無駄だが、〈鑑定〉のレベルを10まで上げるか。
嫌々ながらも5ポイントを追加で振れば、やっとスキルのレベルまで見れる様になった。
ーーー
種族:人
名前:一ノ瀬 玲奈
職業:聖人(0/20)
レベル:25
スキル〈治癒(10/10)〉〈浄化(0/10)〉〈啓示(0/10)〉〈異端審問〉〈身体強化(10/10)〉〈気配探知(0/10)〉
ポイント:5
ーーー
と、なっていた。
やはり予想したとおりに〈身体強化〉のレベルが10になっている。
そしてそれと同様に〈治癒〉のスキルもレベルが10になっている。
それでもレベル30もの身体能力差を埋めてきているのは、玲奈がもつ潜在的で天才的なセンスから来る物だろう。
それでも俺には〈偽装〉も〈夢幻泡影〉もある。若造に負けるほど、まだ老け込んでいるわけじゃない。
って、冗談を言っている場合じゃない。玲奈の攻勢がどんどん激しさを増してきている。
さすがにレベル30分の差がある以上、すぐに押し負けることはないが、一手でも間違えれば、そこから一気に押し切られてしまうのは目に見えている。
「はぁ……しょうがないか」
ずっと避けてばかりだったけれど、こちらから反撃しないと、いつか負ける。
その未来は……間違いなく、俺が玲奈の腹の中に収まっていることだろう。いや、冗談抜きで。
「……ふっ!」
玲奈の振り下ろす〈鉄のナイフ〉の刃筋を見切り、剣筋の途中でナイフを摘まみ止める。
「っ!」
まさか自分のナイフが止められるとは思わなかったのか、玲奈の動きが一瞬固まる。
しかし、すぐに体勢を立て直し、間髪入れずに回し蹴りを繰り出してきた。
俺は軽く身をかがめてその蹴りを避けると、逆に玲奈の一本足になっている足を引っ掛けてやる。
バランスを崩した玲奈はそのまま倒れかける……が、驚異的な反射神経でバク転のように体を捻り、一回転させ、すぐさま距離を取った。
「……なかなかやりますね」
「はは、玲奈。俺は逆にレベル30もの差を埋められている身からしてみれば、お前が怖いよ」
「そうですか?私からしてみたら正吾さんも戦いなれている様に思うのですが?」
「まあ、な。この1週間ずっとダンジョンに籠っていたからな。それなりの戦闘技術は身に着くさ」
そんな会話を交わしつつ、俺は〈夢幻泡影〉を発動する。
寸分の狂い無く自身に幻影を重ねて出現させる。玲奈は幻影の存在に一切気付いていない様子だ。
玲奈は構えを解かずにこちらの隙を狙っているのだが、俺が誘うような隙を見せても乗っては来ない。
このままでは千日手になりかねない、そう判断したのだろう。玲奈は不意打ちのようなタイミングで一気に踏み込んできた。
「っ!」
誘われた隙ではなく、むしろ整った防御態勢を崩しにくる。こういった判断力はさすがと言うほかない。だが、俺の方が一歩上手だった。
俺は幻影を動かさずに本体だけ後ろへと飛び退き、同時に姿を消す。玲奈は幻影に気づかず、そのまま突っ込んでいく。
幻影に釣られた玲奈が追い詰めてきたタイミングを見計らい、幻影を操作。玲奈は幻影の動きに完璧に反応し、喉元に〈鉄のナイフ〉を深々と突き刺した。
幻影とは言え、自分の喉を刺されているのは、気分が悪い。ここはしっかりとお仕置きしなければ。
玲奈は手ごたえの無さに異変を察知したようで、すぐに飛び退こうとする。しかし、俺の方が一歩早かった。
俺は後ろから玲奈を押さえつけると右手を〈蟲毒の短刀〉で突き刺し地面に縫い留めた。
どうせ玲奈には〈治癒〉があるので、この程度の傷ならば大丈夫だ。
「はぁ……はぁ……観念したか、玲奈」
「……まさか……レベルとスキルの差があるとはいえ、無傷で負けるとは思っていませんでした」
玲奈は悔しそうな表情を浮かべている。だけども、どこか満足げにも見える。
「まあな。俺、大人だからな」
「ふふっ。大人と言っても、まだ21歳じゃないですか。私と4歳しか違いませんよ」
「4歳って、かなり違うと思うぞ。それに21は立派な大人だ」
「4歳差なんて、大人になれば気にならなくなる程度の差ですよ。それに、21歳なんて大学3年生ですよね?大学3年生って、馬鹿をする生き物じゃないですか」
「……まあ、確かにそうだな」
大学の友人たちを思い出して、つい苦笑が漏れる。
クラブ通いや麻雀三昧の生活を送っていると聞いた時には呆れたものだが、そういう意味では、大学生は確かに『馬鹿をする生き物』かもしれない。
「それより正吾さん、早く退いてもらえませんか?」
「ああ、すまん。でも、もう襲ってくるなよ?」
「分かっていますって。かなり楽しかったですし、発散もできましたから」
「……その言い方だと、またストレスが溜まったら襲ってきそうだな」
「さあ、どうでしょうね?」
可愛く微笑んでそう言う玲奈。可愛さに反して、あまりにも危険すぎる。
だが、今は目をつぶるしかない。未来の俺、頑張ってくれ。
俺は軽くため息をつきつつ、部屋の中央にポツンと放置されている宝箱に目を向けた。
「それよりさ、あの宝箱を開けようぜ」
「……完全に忘れていましたね」
玲奈は下級宝箱の方に向かい、何のためらいもなく開けた。
もっと慎重になれとは思ったが、今さら玲奈に言っても無駄だろう。
俺も気になって中を覗き込む。すると……そこにあったのはSMでよく見る様な首輪だった。
「「……」」
俺と玲奈は、まさかのアイテムにしばし言葉を失う。嫌な予感しかしない。俺は恐る恐るその首輪を〈鑑定〉することにした。
ーーー
〈隷従の首輪(上級)〉
・対処を〈従属〉状態にする。
・対象に首輪を装着した状態で、主人になる人が血を首輪に垂らす事で発動する。
ーーー
はい、今すぐ捨てよう。
ってか、地味に上級アイテムなんだけど。〈ラッキースター〉のある俺でも下級宝箱から上級アイテムを出したことは無い。
それなのに一回で上級を引き当てるとは、なんと言う豪運。
「あの…正吾さん、鑑定結果を教えてもらえませんか」
…どうしよう。この鑑定内容を玲奈に教えるべきだろうか?
これまで接してきた俺の勘が言うには、この鑑定内容を伝えたら『ちょっと付けてみません?』とか言いそうだ。
でも、玲奈が当てた宝箱から出たアイテムだしな。まあ、嫌だが教えてやるか。
「……これは〈隷従の首輪〉ってアイテムで、装着者を〈隷属〉状態にするアイテムみたいだ」
「……正吾さん。……ちょっと付けて私の犬になってみません」
おっと?俺の一段上の回答をしてきやがった。なんだよ『私の犬』って、ならねーよ!
「…これは俺が管理しておく。玲奈に持たせたら何が起こるか分からない」
俺は無理やり〈隷従の首輪〉を取り上げると、玲奈に上級宝箱を開ける様に促した。
玲奈は不満そうだったけれども、一応の納得はしたのか、上級宝箱を開けた。
俺は〈隷従の首輪〉をバックにしまいながら上級宝箱の中身を見てみる。するとそこには、一振りの細剣が入っていた。
どう考えてもこの宝箱には入らないだろうサイズの細剣なのに、何故か問題も無く入っているのはダンジョンマジックってことなのだろう。
違和感を覚えながらも、気にしたら負けだと思い細剣を〈鑑定〉してみた。
ーーー
〈断罪の細剣〉
・カルマ値に応じてダメージが増減する。
・スキル〈断罪〉を使用できるようになる。
ーーー
ん?なんだこれ?色々知らない言葉が出てきたぞ。
カルマ…ってことは業か。
罪みたいなニュアンスで感じでいいのかな?そして、スキル〈断罪〉ってなんだ?
でも、〈隷従の首輪〉の様に害があるようなものではなさそうだ。これは問題なく伝えても良い内容だな。
「…この細剣は〈断罪の細剣〉と言い。カルマ値?ってものに応じてダメージが増減するようだ」
「カルマ値って何ですか?業って意味で良いのでしょうか?」
「まあ、多分だが合っているんじゃないか。〈断罪の細剣〉だし。ああ、それとこの細剣にはスキル〈断罪〉って言うのが付いている」
「〈断罪〉ですか…ちょっと正吾さん、〈断罪〉されてくれません?」
玲奈は興味ありげに〈断罪の細剣〉を持つと俺の方に向けてきた。
おっと?これはヤバい流れだ。確かに俺は元犯罪者だが、罪は清算したはずだ。
裁かれるようなことは無いだろう。
でも、もしも〈断罪〉のスキルを食らったらいい結果にはならない事だけは分かる。
万が一の事も考えた俺は玲奈から速攻で逃げた。
それから10分間、命を賭けた鬼ごっこが行われたと言う。
正吾「ねえ、そう言えばさ学校どうするの?」
玲奈「ん?そんなの休むに決まってるじゃない。だってこんなにも楽しい事があるんだもの」
正吾「さいですか」




