第十話 ダンジョンデート?
最悪の1日から一晩が明けた。
もちろんのことながら、玲奈とは別々の部屋で、別々に寝たことは言うまでも無いことだろう。
朝の6時半に勝手に目が覚めた俺は、クリスチャンの如く、無事を点に祈りそうになる。
しかし、流石に無神論者を代表する身からしてみれば、神に祈るなど冒涜も良い所だろう。
組みそうになった手を解くと、いつも通り朝のシャワーを浴びた。
朝シャワーを終えて戻ってきた俺は、買いだめしていた缶コーヒーを開けて一息つく。
本日は、ダンジョンへと行く予定となっている。と言うか、ダンジョン以外にやる事が無いというべきだろうか?
俺はベッドの上に荷物を広げ、持っていくものを整理しながら準備を進める。
テレビを流し見しながら作業を続けていると、時刻は7時を回っていた。そのタイミングで、扉が軽くノックされる。どうやら玲奈が起きたらしい。
一応のぞき穴から外を確認すると、玲奈の姿をガラス越しに捉えた。
昨日見た笑顔と同じ笑顔で立っている玲奈に寒気がしなくも無いが、ここで拒否してもなにも得が無い。
開けたくない気持ちを理性で押さえつけると、俺は扉を開けた。
「正吾さん。おはようございます」
「ああ、おはよう」
玲奈は昨日と同じセーラー服を着ている。
マジで、ラブホテルにセーラー服はマズいだろうと思うが、そういう気遣いができる相手でもないのは分かりきっている。
諦めた俺は、玲奈の格好をスルーして軽い朝食を済ませる。
最近は完全栄養食に、おにぎりを2つ加えた簡単な食事で済ませることにしている。
もちろん、玲奈の分は用意していない。
羨ましそうに俺の食事を見てくるが、自分で近くのコンビニに行くよう促すと、玲奈は素直に部屋を出ていった。
流石、お嬢様だ。乞食はしないらしい。
10分ほどして玲奈が戻ってきた。なぜか自分の部屋ではなく、俺の部屋に来たが……まあ、玲奈のことだから深く考えても無駄だろう。
コンビニで買ってきたおにぎりを上品に頬張る玲奈に、俺は服を投げつけた。
「ほれ、玲奈。これに着替えてこい」
「これは……なんですか?」
俺が玲奈に渡したのは、ダンジョンでホブゴブリン周回中に出たアイテムだ。
ちなみに鑑定結果はこうだ。
ーーー
〈幽鬼のドレス(中級)〉
・スキル〈疾走(1/10)〉の効果を得る。
ーーー
この服は宝箱から出た中でもレアな部類に入る装備品だ。
スピード強化という優秀な効果を持つが、男である俺が着るわけにもいかないので、完全にお蔵入りしていた代物である。
「なんですか、このドレス?」
「ダンジョンのアイテムだ。スピードを強化してくれる」
「そんなものがダンジョンにはあるんですね」
玲奈は興味津々といった様子でドレスを広げ、じっくり観察している。そして、納得したのか、一つ頷くと……その場でセーラー服を脱ぎ始めた。
「……おい!」
男がいる部屋で、服を脱ぎ始めるなんて異常事態だ。
俺は慌てて部屋から飛び出した。
もし玲奈の裸なんて見てしまった日には、どんな要求をされるか分かったものじゃない。危なかった……。
5分ほど待つと、部屋の中から玲奈の声がかかる。
「着替え終わりましたよー」
……トラップ臭が半端ない。俺の本能が囁くのだ。
危機感を感じた俺は、慎重に〈気配感知〉を発動させる。
〈気配感知〉は、スキルレベル1の頃は、大雑把にしか反応を察知できなかったが、レベル3にもなれば部屋の中の人間がどんな体勢でいるのかも分かるようになった。
玲奈の気配は……ベッドに寝そべっている。
俺が部屋に入ってくるのを待っているのがありありと分かる。
「……早く準備しろ。一人でダンジョンに行くぞ」
「え? なんで分かったんですか」
やっぱりだ。さすがは俺。天才的な危機察知能力だな。
急かしたおかげで、玲奈はしぶしぶ準備を済ませ、5分後にはしっかりと着替え終わって出てきた。
文句を言いたい気持ちもあったが、それはまた今度にしておくことにする。なぜならば、これからダンジョンに行くのだから。
準備が整った玲奈に、俺はもう一つアイテムを渡した。
「玲奈、この指輪も付けておけ」
「これは……プロポーズですか? 仕方ないですね。末永くよろしくお願いします」
こいつ、本気で置いていくぞ。
俺がそんなマインドを発していたのが伝わったのだろう。玲奈は少し慌てた様子で指輪を受け取った。
「じょ、冗談ですよ?」
「……もう行くぞ」
俺は飽きれながらも、玲奈を連れてダンジョンへ向かった。
~~~
ダンジョンに到着すると、玲奈は緊張した面持ちで〈亡霊のローブ〉を脱いだ。
「本当に警察にバレずに入れるなんて……」
驚いている玲奈を横目に、俺は状況を確認する。
今回、俺たちが警察にバレずダンジョンに入れたのは、俺が持っているアイテムのおかげだ。
まず、玲奈には〈亡霊のローブ〉を着せ、さらに〈姿隠しの指輪〉を装備させた。
この指輪は、1分間だけ完全に姿を消せるという効果を持つ。ただし、クールタイムが1時間と少し長めだ。
さらに、俺は〈夢幻泡影〉で幻影を作り出し、警官の注意をそらす小芝居を演じた。こうして、何とか玲奈をダンジョン内に連れ込むことができたのだ。
「正吾さん……確かにこれならダンジョンは金になりますね」
おお、初めての感想が『金』か。玲奈もなかなかの猛者だな。
そんなことを思っていると、〈気配感知〉に反応があった。ゴブリンが近づいてきている。
「玲奈、このナイフを渡しておく」
俺は〈鉄のナイフ(無)〉を放り投げて渡す。
なぜ俺が〈蟲毒の短刀〉を渡さないのかと言うと、玲奈の実力を見たいからだ。
1階層のゴブリンは、それこそ素手でも倒せるほどに弱い。
そんな弱いゴブリンに〈蟲毒の短刀〉なんて使えば、小学生でも楽勝に勝ててしまう。
そんなのでは玲奈の強さを測れない。
それに、玲奈ならば〈鉄のナイフ〉が無くても余裕で勝てるだろう。
「ほら、玲奈。初めてのゴブリンが来たぞ」
ぴちゃぴちゃとゴブリンの足音が洞窟内に反響し始めた。
その音に気付いた玲奈は、警戒する様子もなく、ただただ自然体でナイフをくるくると回して手遊びをしながら歩いている。
淡い青色の光に照らされた洞窟内では、視界はせいぜい10メートルほど。
やがてゴブリンの姿が見える。その存在を視認した玲奈は、にこやかな表情を浮かべながら歩いていく。
まるで散歩でもしているかのような気軽さは、ここを危険漂うダンジョンだと忘れさせるようだった。
そしてそのまま近づいた玲奈は、ためらうことなくナイフを一閃。ゴブリンの腕を関節部分から切り飛ばす。
さらに間髪を入れず、玲奈は回り込むように体を動かし、ナイフを振り抜いてゴブリンの喉元を浅く切り裂いた。
頸動脈を正確に捉えたその一撃により、勢いよく血が噴き出したが、玲奈は冷静に一歩引いて、その血しぶきを華麗に避けた。
ゴブリンは小さな体から次第に血液を失い、青ざめた顔のまま、地面に倒れ込んだ。
そのまま完全に動かなくなり、まるで霊魂が抜けていくかのように命が抜けていくのを、ただただ見守っていた。
玲奈が立ち止まり、微かにため息をつくのを横目で見ながら、俺の頭に浮かんだのはただひとつだった。
「……さすがはサイコパスだな」
思わずそう呟いた俺は、玲奈の隠れた才能に戦慄するのだった……。
「でも、よくもまあ〈鉄のナイフ〉で腕を切断できたものだ」
あの〈鉄のナイフ〉はナイフと言っているものの、切れ味はせいぜい台所にあるそこそこ切れる包丁程度だ。
もちろん、その程度の切れ味では、力任せに切りつけたとしても腕を切断することは、まず不可能である。
だが、玲奈は違った。ゴブリンの体を人間のものと同じだと見立て、その構造を瞬時に理解し、肩の関節部分を正確に狙ったのだ。
本来であれば骨でナイフの動きが止まるはずだが、玲奈の狙いは的確すぎた。
結果として、ナイフは見事にゴブリンの右腕を切り飛ばしたのだった。
さらに続けざま、玲奈は舞うような動きでゴブリンの喉元を正確に切り裂いた。
驚くべきことに、あの一瞬の間にリーチが少し足りないと察した玲奈は、ナイフの柄の先端をつまむように握り直していた。
もちろん、その握り方では力を込めることはできない。だが、玲奈はそんなことを必要としなかった。
振り抜いたナイフには遠心力が乗り、その一撃は喉元の頸動脈を見事に切り裂いた。
頸動脈を切り裂くには、力など必要ないのだ。
玲奈が静かにナイフを下ろした瞬間、まるで天使が唄いながら舞った後に、命を奪う死神に変わったかのような光景が目の前に広がった。
「まあ、流石だな」
「でしょう?でも……あれ?なんか変な音声が聞こえたんですけど?」
「それか?『ステータス』って言ってみろ」
「ステータス……って、何ですかこれ?」
玲奈はその場で固まったまま、何かを凝視し始めた。どうやら初めてステータスを開いて、その情報量に圧倒されているらしい。
俺はその間も近づいてくるゴブリンたちを次々に片付けていく。1階層のゴブリンは強くないが、それでも慣れない人間なら簡単に死ねる。
玲奈の職業選択が終わるまでの間、俺が盾代わりになる必要があった。
しばらくして、玲奈がようやく顔を上げた。どうやら選択が終わったらしい。
俺はゴブリンの死体を足で蹴りどかしながら、玲奈に尋ねる。
「終わったか?それで、何の職業にしたんだ?」
「え、……ええっと」
何かを躊躇う様に口をどもらせる玲奈。
珍しいこともあるものだ。と思いながらも、気になった俺は再度聞き直した。
「別に恥ずかしい事は無い。言えよ」
「わ、笑いませんよね?」
「大丈夫だ。俺の笑いのツボは深い」
俺の言葉に安心したように顔を緩ませた玲奈は、小さな声で言った。
「……聖人になりました」
と。
勿論だが、その答えに俺は盛大に吹き出した。
「ぷ、ぷはっ……!フハハハ!お前が聖人だと!?それだと、世界中の99.9%の人間が聖人認定されるわ!」
あまりの事に大声を上げて笑ってしまった。
俺は心底予想外すぎる答えに、腹を抱えて笑い転げる。
普段から玲奈の言動を見ていれば、〈殺人鬼〉〈狂戦士〉〈罪人〉といった職業がピッタリだと思っていたのだが、まさかの真逆すぎる〈聖人〉。
いやいや、さすがにそれはないだろう。
玲奈は笑い転げる俺を冷たい目で睨みつけていたが、自分でもそう思っているのか、怒りたいけど怒れない状態になっている。
その玲奈の反応がまた、状況を面白くしている。
でも、ずっと笑っていると流石に怒ったのか、〈鉄のナイフ〉が飛んできた。
「ひー、すまんすまん。だけど、久しぶりにここまで笑ったわ。まあ、玲奈が聖人…ぷ、…になったのは分かった。ステータスを見せてくれないか?」
「……まあ、今回笑った事は許しましょう。次は無いですからね?……で、ステータスですね。って?これどうやって見せるんですか?」
確かに、これどうやってステータスって人に見せれるんだろうか?
そんな事を不意に思った俺たちの元に、ご都合主義とばかりに天の声が教えてくれた。
≪フレンド申請後、フレンド同士でステータスを可視化することが出来ます。また、フレンド同士でパーティーを組む事ができます≫
おお、なんか答えが返ってきた。フレンド?とかいう事をすればステータスを見せ合うことが出来るのか。
「だってよ。じゃあ、玲奈。俺にフレンド申請を送ってみろ」
「分かりました。正吾さんにフレンド申請……どうです?」
≪一ノ瀬玲奈からフレンド申請が来ています。受諾しますか?Yes/No≫
俺の目の前に表示が浮かび上がる。本当に出てきた。
まあ、断る理由もないし、Yesを選択した。
≪確認しました。ステータスにフレンド欄とパーティー欄が追加されました≫
お?これでいいみたいだな?
「なんかできたみたいだ」
「私にも通知が着ました」
どうやら玲奈の方にも分かるらしい。もしも冗談半分でNoを押していたらどうなっていたのだろうか?
ちょっと怖いから考えない様にしよう……。
それはともかくとしてステータスにフレンド欄が追加された様だ。確認してみるか。
ーーー
種族:人
名前:水橋 正吾
職業:教祖(0/50)
レベル:55
スキル〈話術(0/10)〉〈鑑定(2/10)〉〈偽装(10/10)〉〈身体強化(10/10)〉〈気配感知(3/10)〉〈洗脳(0/10)〉〈支配(0/10)〉〈状態異常耐性(0/10)〉〈神託(偽)〉〈ラッキースター〉〈夢幻泡影〉〈一騎当千〉〈開祖〉〈流転回帰〉
ポイント:10
パーティー(0/6):No Party
フレンド:〈一ノ瀬玲奈〉
ーーー
これが今のステータスだ。〈偽装〉と〈身体強化〉はレベルマックスにして、〈気配感知〉もレベル3にまで上げた。
余ったポイントは一応何かがあったときの為に残してある。
そして、パーティーとフレンドが追加されている。パーティーの方には何故か唯一英語の『No Party』と書いてあり、これはパーティーを組んでいない状態を指すのだろう。そして、(0/6)と書いてあるところからしてパーティーは6人までしか組めないのだろうな。
そしてフレンドなのだが、フレンド欄には個人の名前が載ってあり、これを悪用すれば本人確認が楽にできるな。
これはむやみやたらとフレンド登録をしてはいけない。覚えておこう。
俺がそんな風に自分のステータスを見ていると、横から玲奈が覗き込んできた。
「これが正吾さんのステータスですか。色々スキルとかがあって強そうです」
これが強いのか弱いのかは基準が無いので何とも言えないが、4階層に挑むならば弱い分類になるだろうな。
「俺のステータスを見るのは良いけどよ。玲奈のステータスも見せてくれ」
「分かりました。私のステータスはこれです」
ーーー
種族:人
名前:一ノ瀬 玲奈
職業:聖人(0/20)
レベル:1
スキル〈治癒(0/10)〉〈浄化(0/10)〉〈啓示(0/10)〉〈異端審問〉
ポイント:1
パーティー(0/6):No Party
フレンド:〈水橋正吾〉
ーーー
「…ふむ。これが〈聖人〉ね」
〈治癒〉に〈浄化〉は何となく分かりやすいけれども〈啓示〉と〈異端審問〉はどんなスキルなのか全く分からない。
玲奈にスキルの詳細を聞いてみるとこうだった。
ーーー
〈治癒〉
・自分の魔素を使用して、自分または対象の傷を癒す。
・スキルレベルに応じて魔素の消費量が減少する。
〈浄化〉
・自分の魔素を使用して自分または対象のバフ、デバフを解除することが出来る。また、状態異常も解除することが出来る。
・スキルレベルに応じて魔素の消費量が減少する。
〈啓示〉
・ダンジョン内に隠された通路、部屋、宝箱などを発見することが出来る。
・スキルレベルに応じて発見できる確率が変わる。
〈異端審問〉
・自身の宗教の戒律を破ったものにそれ相応の罰を与える事が出来る。
・罰を与える事が出来るのは自分よりも階級が下の信徒に限られる。
ーーー
なかなかいいスキル達だ。〈治癒〉は言うまでも無いが〈啓示〉が思っていたよりも有用なスキルそうだ。
そして地味に助かるのが〈浄化〉だ。まだ状態異常などは経験していないが、いつかはかかるのだろう。俺は〈状態異常耐性〉を持っているとは言え、それがどこまで有用なのかは分からない。
そして、最後の〈異端審問〉なのだが、これは俺の〈神託(偽)〉ぐらいに使いどころのないスキルになるだろう。もしも使いどころがあっても1年後とかになってそうだ。
まあ、総じていうならば有用なスキルが多い職業だ。俺の職業なんて〈鑑定〉と〈偽装〉ぐらいしか有用なスキルが無かったからな。
「かなりいいスキル達だ」
「そうですか?確かに〈治癒〉とかは有用ですが…」
「それ以外にも〈啓示〉がありがたい。このスキル説明を見ただけでもダンジョン内には隠された通路とかがある事が分かったからな。もしも、隠された通路が在ると知らなかったら探さなかっただろうし」
「そう言われてみればそうですね。ところでなんですけど私たちパーティー組みますか?」
んーどうしようかな。天の声さーん質問なんですけどパーティーを組むとデメリットってありますか?
……なんて心の中で冗談を言っても返事は…………。
≪パーティーを組むと取得した魔素がパーティーメンバに均等分配されます≫
おお、答えてくれた。しかし、取得した魔素ってことは経験値が均等に分配されるのか。これならばゴブリンを倒せない人でもレベルアップすることが可能になるってことか。でも……。
「…当分はパーティーは組まない方針で行く。俺と玲奈のレベル差が10以下になってから組んだ方がいいだろう」
「何故ですか?」
「…まあ、言っても良いか。このダンジョンにはソロで何かを達成すると、ボーナスで報酬がもらえるんだよ。例えば俺のスキルの〈身体強化〉と〈気配察知〉はボスを一人で倒すと手に入るスキルなんだ。そう言った意味があるから俺と同じぐらいまではソロで活動した方が良いと思う」
「なるほどですね。じゃあ、レベル差が10になるように私も頑張りますか」
玲奈はそう言いながら〈鉄のナイフ〉を素早く抜くと闇の方に向かって投げつける。真っすぐと飛んでいった〈鉄のナイフ〉は綺麗にゴブリンの額を貫いた。




