第三話「ガルテロ防衛戦」
少なくともイライアスが意外だと思う反乱もしくは隣国の奇襲は、そのほとんどを徴収という民衆の被害と領主達の処刑だけで止め、民を無差別に殺す様な事はなかったが、同時に多くの難民を南下させていた。そして、その後を追う様に三隊に分かれたイシュターヌ軍のうち、二隊約一万四千は行軍も速く、難民を追い越す様な形になったので、難民達は中央へと向かっていたのを左右に分かれる事となった。
ユーリーはイライアスの用意した駿馬を駆り、兵士達を連れたイライアスを始め、シュライフ王国の各軍よりは随分と速く中央へと到達したが、彼が目指すフェージャ城からはすでに兵士達が出立している事は知らなかった。
イライアスにとって苦々しい事に、各領主達の中で最大兵力を持って、そして持ちうる最大の兵力をもって救援に向かっているのは反乱の主と想定されていたオーギュスト公爵で、その数は単独で六千人を超えていた。彼も持ちうるほとんどの兵力を連れていたが、千人程度でその貢献には大きな違いが出来てしまっている事になる。
また、本来五万人程度の兵力があるシュライフ王国が、隣国の奇襲に対して約三万の動員というのは国家としての成り立ちに疑問を持たねばならない動員数であり、少なくともイライアスとオーギュスト、シュタッツパルトの三名を除いた各大領主達は全力で隣国と対峙する、とまではいかなかった。
今だ大規模な戦闘を始まっていなかったが、フェージャ城から出立した騎士団の団長オーバ率いる五千の兵達と、南下を続けるイシュターヌの二将軍の兵士一万四千がその戦端を開くことは明白になりつつあった。
さて、今だわからないのはジーン侯爵の思惑であったが、病の身であり、狂人になっても可笑しくはない身の上なので、特に大領主達は気にもしていなかった。それよりも、敵味方が定かではないエゴート侯爵の方が気にかかるところである。この頃になると、ジーン侯爵とエゴート侯爵は同程度の軍を持つので、お互い争い、両者とも王都へ向かえずにいるとの見方が強くなったが、それにしても情報が伝わって来なかった。
国王及び各大領主達はエゴート侯爵に対して使者、または密使を放っているのだが、その誰もが戻って来ず、また、それを気にしている余裕もあるわけではなかった。今は、ただ総力戦にすべく兵を集めるのみである。十分な兵力で対抗する事が出来れば、そこにあるのは勝利という輝かしい栄光だけだろうが、何よりイシュターヌ軍が中央付近まで侵入するのを気づかなかったために、シュライフ軍は行軍の関係で当分は中央のみの兵力約一万で戦わねばならない。しかも、それは二つに分けられており、中央南側の救援があるまではフェージャ城騎士団長オーバは少なくとも、順調に行軍している約三倍の兵力と戦わねばならない。
長い歴史の中で、西部にあたるベネル地方の防衛に主眼を置いてきたシュライフ王国にとって、海からの侵入、更には中央付近まで近づかれたことは、多くの人にとって想定外の事であり、防衛の必要のなかった都市や町村はいとも簡単に破られていった。
いとも簡単に、敵国の奥に大軍に進入させたイシュターヌ軍の作戦の立案、実行までの過程は素晴らしかったとしか良い様がない。大きな誤算もなく、壮大な作戦は進んでいた。
その立案者は、イシュターヌらしく、軍を率いている将軍そのものではなく、軍師と呼ばれる存在であった。実はこの人、イシュターヌの民ではなく、北方の亡国から来たのだという。大陸北方の特に中央に近い地域は戦が多く、彼もそこで活躍していたのだが、ついには大軍の前に屈し、少なくとも北方への野心がない、もしくは領土が接していないイシュターヌへと亡命したのだ。彼はこの戦にも参戦しているはずなのだが、所在は掴めなかった。
透き通る様な白い肌を持ったこの男の名前はピーシャスと呼ばれ、主に隣国であるシャフラーンとの戦で活躍した。どちらかといえば、奇策に通じる男で、今回の作戦も二万という大軍を抱えた大船団をそのままジーン侯爵の領内へ移せば、聡いオーギュスト公爵に進入を気づかれてしまう事は明確だったので、前々から準備し、霧がでた日に出航した。
イシュターヌ軍には霧の中での海路はわからなかったが、そこで彼の頭脳は発揮された。海の専門家に道案内を頼んだのである。
それは、北方の海賊達で、多額の資金を送って、先に協力を取り付けておいた。彼等は雇われている間はその風貌の割に礼儀正しく、多くの松明を用意し、船の両側に並べさせ、霧の中での衝突をさせさせるなど、海の知恵者らしいところを見せた。
海賊達は幾つかの小島を目印に、順調に大船団を誘導し、長い日数をかけて進み、ついにはジーン侯爵領内へと導いた。その後は仕事は終わったとばかりに、粗暴に振舞ったが、ピーシャスから言付かっていた船団の指揮官ユーンパッハから
「帰り道もお願い致す」
と、更に多額の資金を送られて今もジーン侯爵領内の港に趣味の悪い船を浮かべている。今も大人しくしており、いきなり領内に現れた二万の大軍に驚き、更にはその情報を閉鎖するために戒厳令をひかれていた領民達も昼間に海賊達を見かけると、
「南の海賊は残酷極まると聞いていたが、北の海賊は意外に悪い人ではないのかもしれない」
と、妙な評価するほどであった。
北の海賊の仕事は、主に物資の略奪であって、確かに人を殺すまでの事は滅多にない。それに、彼等の隠れ家となる島々は幾らでもあり、大船団を送られても巧みに逃げ去ってしまうのだった。
南の海賊達との違いは、恨みを買った者を生かしておいても、大した問題ではないと考えている点である。
開戦から二週を過ぎた頃、兵五千を与えられたオーバは街道を突き進んでいた。
騎士団長オーバは甲冑に身を包み、騎士団員に囲まれながら、その周辺を更に兵士達に囲まれ、心中
(俺にも、功をたてる機会が回って来たか)
と、ふてぶてしい考えを持っていた。貴族とはいっても、爵位もなく、政務の雑用に近い事をして暮らしている彼の一族の中で、彼ほど出世した者はいない。おそらく下位の貴族としては異例であっただろう。ユーリーも異例であるが、比べてみれば彼ほどではないのかもしれない。彼は城内で催される剣術大会で連戦連勝を重ね、その勇名もあって二十台後半の若さで騎士団長に大抜擢を受けた。今年四十を越えたが、その肉体は衰えを知らず、彼に適う剣士など少なくとも城内にはいなかった。ユーリーも当時の彼ほどの剣の才はないと思われる。
キリッとした美丈夫であるが、浮いた話はなかった。貴族の娘達から声をかけられる事は幾度もあったが、女性にそこまで執着はなく、娼館に住むお気に入りの女性以外との関係は絶っているそうだ。
彼は、彼一代で他者の助けを借りず出世の道を探していた。そして、ついに巡ってきた。
この不利な戦況を打開する事によって、彼は長年の不満を解消出来る様に感じた。荘厳さを強調したばかりで、すぐにでも宮廷に侵入出来る大きいだけの城で、ただ訓練を重ねる日々。鬱憤を溜めた騎士団長は、戦をしたがっていたのだ。
(何のために、鍛えてきたのか)
肉体を誇示したかった。その技も。それは剣術の稽古だけでは実感しえないもので、実戦というものがなければ経験出来ないものだった。
「俺達ほど鍛えてきたやつはいない」
そう呟くと、側に馬をつけている副団長チェイクも老体を揺らして笑った。立派な髭を蓄えた老人で、将軍職などないこの国で
「老将軍」
などと呼ばれている。その名に相応しいと言ってよいのか、戦慣れはしていた。
彼は幾度かの戦を経験している。先王の気まぐれな戦にも参戦し、散々の惨敗の中を生き抜いてきた。彼の見立てでは、おそらく騎士団だけでいえば敵兵に引けはとらない。全体の兵士達の質は負けているだろう。以前ならばともかく、平和に過ごした数十年間で鈍った闘争心が一番の問題であった。
ユーリーが続けていた昼夜に及ぶ過酷な訓練が日常な彼等は、確かに誰もが認める最高の訓練を受けた集団だと思われる。実戦に出て、それを証明せねばならず、更にそれは今回の様な現状、不利な戦で証明出来ればこの上無い。
「オーバよ、お前の好きな様にやればよい。伯爵の代理達も無能者ばかりではない、今回は彼等も無能な我が子を死地にやろうなどとは考えていないからな」
今回は、といっても、最後の戦らしい戦はオーバが幼い頃に起こっていたから直接知るわけではないのだが、前々からこの老人から
「領主達というのは、気合だけ見せれば良いと思っておる。あれでは、柔軟な作戦など立てられず、負けが続いたのも仕方ない」
と、過去の戦についてよく言われていた。
伯爵が指揮権を持つのは、中央や三公爵の領土ぐらいのものである。他の伯爵もしくはそれ以下の爵位を持った者は、兵力を持っているとしても大した兵力ではないので侯爵に兵士を差し出すだけで終わっている。特に大きい都市の領主である彼等は権限こそ少ないものの、兵力として、それなりの数を維持する事を許されていた。ただ、彼等の中には他の土地の伯爵等の様にそのまま兵士を主力部隊に渡す者もいるので一概には言えない。
今回は苦戦が必至であったのでマーチャス伯爵の他に多くの者が代理を立てるか、兵を差し出した。オーバも国王の代理という立場である。
「シャンピアーか、ご老体の友人だというが、そこまで使える者かな」
シャンピアーはマーチャス伯爵に仕える歴戦の軍人で、古くはチェイク等と同じフェージャ城騎士団に在籍していた。刃傷沙汰を起こしたが、既知であったマーチャス伯爵に救われ、以後彼に忠節を尽くしている。
過去に、一部隊を指揮したことがあり、その手腕は見事なもので、テンポよく攻守を繰り返し、ついには敵に横穴を開けるなど、その指揮能力は高い評価されていた。その後、結局は他の箇所で敗走がはじまり、負け戦になったのを
「度胸なしどもめ!」
と口汚く罵ったものだから、領主達の代理であった者はともかく、勇敢にも自ら兵を率いていた領主もしくは代理として選ばれた領主の子弟達との口論になり、その一人と決闘を行う事になった。
もちろん簡単に相手を打ち負かしたのだが、後に政治的後ろ盾の少ない彼の立場は悪くなり、騎士団から追い出される事になった。そのほとぼりが冷めた頃に、彼の家の者と親しかったマーチャス伯爵が自らの領地に招き、治安維持のために働かせる事にしたのだ。
「やつは短気は起こさぬよ、戦っている限りはな」
チェイクもオーバ同様この事態を楽しんでいる様子であった。彼等の周囲は皆緊張した面持ちであったのに対して、対照的である。
その日の夜、芸術性や見た目ばかり追求した中央北側に近い城の中で、唯一篭城が出来そうなガルテロ城に入場し、自分の指揮下にある兵にそこの兵士三百余名を加えて、敵に備える事にした。総勢五千後百人ほどである。
それを囲む古い都市の名もガルテロという。
彼等が入場したのを見ると、多くの民が戦場となるであろうガルテロ城付近から逃げようと移動をはじめた。
その様子を城の窓から覗いたオーバは
「酒ぐらい置いていってもらいたいものだ」
と嫌味を言ったが、
「若く目が良いというのは、良い事ばかりではないな」
とチェイク老人に笑われた。思えば、青年の頃からオーバはこの人には適わない。老人となってからのチェイクはますます貫禄を増し、
(この老人の方が騎士団長らしいのかもしれない)
などとオーバに思わせるほどであった。
その夜、例のシャンピアーが彼等の元を訪れ、
「民に金を与える代わりに、防衛のための柵づくりを手伝ってもらいましょう。彼等の中には、金に困って逃げる事が出来ない者もいます」
との進言を行った。その進言は取り上げられ、特に貧民街に暮らし、他に逃げる場所のなかった人々は喜んで手伝った。城を囲む都市の要塞化が進められ、この旧式の都市は入り組み、敵兵の侵入を阻害する事もあって堅牢になっていった。
二日の後、敵の先発隊の接近を斥候から知ったオーバはチェイクに兵千を与え、その出鼻を挫く事を命じる。それには、初戦を勝利で飾る意味も含まれていたし、同時に時間稼ぎでもあった。
今だにこの都市に残っている民には、
「勝とうが、負けようが、すぐには突破されまい」
と、南下を勧めた。
出陣したチェイクの手腕は見事なもので、相手も斥候によって自分達の接近を知るのを見破り、伏兵を構えていた敵先発隊を逆に誘いだし、陣形を縦に長くしたところで馬に乗った騎士団員五十名の奇襲をもって横腹を突き、混乱せしめた。
その後、蹄型の陣形の中に、敵の前衛を囲み、それをある程度打ち破ると、敵兵に前後を挟まれながらも奮戦を続けていた騎士団員達が離脱の動きを見せたため、敵後衛はムキになって騎士団員達を追いかけた。
しかし、それはチェイクの陽動で、騎士団は反転して敵後衛の更に背後に回り、イシュターヌ軍は挟撃を受ける形となった。敵前衛を押し込む状態で退路を絶つことに成功したシュライフ軍は、イシュターヌ軍の兵士達を更に葬り去っていった。無残に散りながら敗走し始めた敵軍を見ると、チェイクは老人とは思えない大声をあげ、初めての勝利を手にした彼の部下達もそれに答えた。
騎士団員の実力は相当なもので、皆囲まれても平気で剣を振るい、負傷者はいたが、それは足や腕を軽く斬られた程度のもので、命を落とすまではいかなかった。敵兵の数が自分達の半分ほどだという事もあったが、それは彼等の初戦にしては十分なものだった。
もちろん死者はいたが、彼等が神の下へ旅立てる事を祈る時間と余裕はあった。
チェイクが戻ると、すでにガルテロ城を囲むこの都市の各所には兵士達が配置され、物資の補給路も決められていた。兵士達や城に残っていた騎士団員達はチェイク等の勝利を喜び、称えたが、すぐに平静さを取り戻し、各々の準備をした。
オーバは、チェイクに自分の指揮権が届く四千の兵のうちの半分を与え、自らは騎士団員と残りの兵を率いる事にした。シャンピアーは伯爵達の代表者的立場であるバーフーズ伯爵の長子ミュハーゼの副官になった。ミュハーゼはまだ若く、素直で権力の使い方も知らない様な好青年なのでシャンピアーが実質的な権限を持つのだと思われる。その事に対して、過去の事もあり不平を言う者もいたが、ミュハーゼ青年が
「国家の一大事に何たる事か!」
と、太い眉を吊り上げて一喝すると誰もが黙った。オーバも予想しなかった事だが、考えてみればバーフーズ伯爵が自らの子をこの様な戦場に出したという事はそれなりの才があると見込んでの事かもしれない。
(やりおるわ)
横で彼の怒声を聞いたシャンピアーは先王の時代との違いを喜ばずにはいられなかった。
一致団結はしていないが、そういう状態の方が本気の者に熱気を与えるのかもしれない。
さて、各大領主率いる軍と比べればよほど速かったが、騎士団の出陣にはだいぶ遅れて、ユーリーはフェージャ城へと着いた。騎士団員の中で残っているのは見習いと少数の若い騎士だったが、ルファンも居残っていたので、苦笑いをしながら二人は再会を喜んだ。彼は若い者の中で人望があったので、一時の指揮官として、彼等の不平を聞きながら退屈に過ごしていたらしい。
続々と南からの兵士達は揃おうとしていたが、まだ少し時間はかかるだろう。
「イライアス様から、騎士団に加わる様に言われたのだが」
気まずい顔をして話すユーリーを笑って、ルファンは答えた。
「では、団長達が帰ってくる事を祈って、準備をしておこう。ただでこの城を落とされたんじゃ、裏切り者と言われて民衆に殺されかねない」
「それも、そうだな。団長は補給や準備こそ大事だと何時も言っていた様な気がするよ」
「そういう事だ。もっとも、ここいる城の衛兵達は俺の言う事なんて聞きやしないから、そっちを頼むよ」
「こんな綺麗なだけの城でも、工夫ぐらいしてみよう」
「良案だ」
二人はそうと決めると、周辺にいる人々をかきあつめて、案を練った。少なくとも二人には貴族と平民という差別はないようで、余り者の騎士団員には不評だったが、兵士ばかりか商人、大工の様な人まで城の内外から集められたので、彼等は大変喜んだ。
特に門を破られてしまったら王宮まですぐに到達されてしまう城の構造を即席で変える点で大工達は張り切り、
「お任せください!」
と口揃えて胸を叩いた。普段兵隊をからかうために彼等の間で使われる表現であったが、この時は本気であった。大工といっても、この都市は木造だけでなく、石造りの家も多かったから専門家に近い。
さて、勝手に色々と始めてしまったユーリーとルファンとであったが、ルファンはともかくとして、ユーリーが国王のお気に入りだったためにその行動を許された。
「わし程度では、民は動くまいから」
この頃のオーギュスト公爵の影響を知っている国王はひどく落ち込んでいた。もしかしたら、敵の奇襲よりもその事が気がかりなのかもしれない。イライアスがいない間に、随分と気が滅入ってしまったらしく、この頃はため息の数が多いのだという。
(わしのために働くのではなく、彼のために働く者も多いのかも知れぬ)
実際は国王のために働こうとする者はまだまだ多く、城内を騒がしくしている二人もその威を借りているにすぎないのだが、少なくとも現在の王にはプラス思考に出来る要素が少ない様に思えていた。
断言が多く、心配事も明確に説明してくれるイライアスがいてくれれば、とは思っていたのだが、彼の健康を気遣って全快するまでは呼べなかった。王が優しい人であるのは間違いなく、それが彼を苦しめているのかもしれなかった。
城内には王宮の入口のだいぶ前に太く、高い壁が設置され、木製の不恰好な階段がその後ろにつけられた。城の中央の門を開けて長い廊下を直進すれば見えていた王宮への入口は少しだけ堅牢になっていた。周りの装飾の美しさと比べればとても芸術的とは思えなくなったが、これによって、少なくとも真っ直ぐに進むだけは王宮にたどり着く事が出来ず、幾らかの時間稼ぎになるだろう。
その上は人が渡れる様になっていて、座れば敵の矢を避けられるように小さい壁もついていたので、ためしに弓を持った兵士が配置された。彼等は不安定でゴツゴツな足元に少し不満であったが、
「国家の一大事ですから」
と、ユーリーから言われると断るわけにもいかず、何より国王のお気に入りの男に嫌われるのも嫌だった。
もし城内に敵の侵入を許したとしても、この備えがあれば少しぐらい役に立つだろうということで、ユーリーは満足げにした。
彼は王宮の衛兵達から
「地下に秘密の抜け道があるらしい」
との噂を聞いていたから、それを信じていて、どうしても駄目ならば国王が逃げる時間を稼げばいいとも考えていた。最悪、王族だけ生き残っていれば、例え王都を陥落されても問題はないということである。
ユーリ―の考えは当てずっぽうではあったが、道路整備が進み、通りやすい大きな道がいくつもある都市フェージャは極端に守りに適さず、要である城も荘厳なだけで実用性は薄く、色々と不利な要素が見られるので、不安の解消に多少は役立った。
(フェージャ城が無事ならなどとイライアス様は仰っておられたが)
とてもそうには思えず、苦笑いをしてしまったが、よく考えてみれば
(イライアス様は、抜け道が実際にある事を知ったのかもしれない。そうだとすれば、フェージャ城を守れというのはわかる話だ)
とりあえずは、恋人気分にはなってくれた思い人の父を悪く思うわけにはいかなかった。
それからも城の改造は進み、芸術性を失くす一方、それなりの堅牢さを備えていった。
幾人かの近臣達はその酷さに驚いてやめさせようとした。ユーリーは王の前に連れて行かれ、彼等から罵られたが、逆に国王に一喝され、
「お前達は城の美点を守るために私を殺すのか」
と言われて、汗を噴出した。ユーリーが解き放たれた後に、彼等はまた呼ばれ、
「私の威光を傷つけまいとした心に、感謝する」
と思いがけない事を言われ、今度はその目を潤ませた。
先発隊の敗北を知り、周辺にそれなりの敵戦力がいる事を悟ったイシュターヌ軍のうち、中央を進んでいたチェンバレン将軍は敗残兵からその報告を直接聞かされた。先発隊の損害はあったが、それでもほぼ七千の兵を率いる彼は
(馬鹿めが)
と思って、部下達と共にそれを嘲笑した。少数を打ち破る事に捉われ、敵に自分の居場所を知らすとは愚かしい事だと思ったのだろうが、それを実行させたオーバにしてみれば初陣に緊張している者達の士気を上げるために実行したのであって、何もその事がわからないわけではない。
チェンバレンは自軍を纏め上げ、隊列を整えさせると同時にほぼ同じ行軍速度を保っていたやや西側を行軍するミュージャーク将軍に協力を求め、合流するのに一日を要した。その夜に、都市の周囲で火を焚いて敵に備えている様に見せかけたオーバ率いるシュライフ軍第一軍は城内にいる兵達も総動員して数々の罠と柵を作り上げた。四日の間に簡素な要塞化を施されただけだが、この都市の複雑な構造はそれを十分に活かしてくれると思われた。
そして、その成果が発揮されたのは次の日の昼だった。イシュターヌ軍はこの複雑な都市の攻略に確実に手間取った。
特にこの都市は丘の上に盛り上がった様な地形をしていたので、急斜面は彼等を不利にし、シュライフ軍はワインの代わりに砂を詰めた樽を転がすという荒技を持って敵の侵攻速度を大きく遅らせていた。その攻撃はその見かけとは裏腹に簡単に敵兵を吹き飛ばし、何百人もが下敷きになって絶命した。
老将軍ことチェイクはその異名らしく老練な士気を見せ、派手さはないが流動的に兵士を動かし、敵の突然の突出にもすぐ対応した。予備兵力として温存されたミュハーゼとシャンピアーにも出番が回ってきた。それは、チェイクが直接必要としたものではなく、南側の守備の薄さを突かれたもので、シャンピアーはミュハーゼに進言して、命令を待たずに出陣した。かなり奥深くまで侵入され、彼等は敵の勢いに押されたが、オーバがすぐに多くの兵を連れて救援に向かい、またすぐ要所の多くを取り返した。
南側からの攻撃作戦を立案したのはイシュターヌの軍師ピーシャスで、彼はその結果報告を聞くと、上司であるミュージャーク将軍に対して舌打ちした。ミュージャークはそのこけた頬の片方を歪ませ、不快だという態度を取ったが、何も言えなかった。彼はピーシャスの案に対して兵の出し惜しみをしたのである。進入がうまくいったところを見ると悪い手ではなかったが、同じ手はもう通じない。
一万を大きく超えるシュターン軍は城への中継点となる要所のほとんどを落とせず、落としたとしてもその次の要所に手間取り、騎士団長オーバが操る約二千の兵に押し戻されていった。
オーバは特に情報網を重視し、百人近い兵を各所に伝達役権見回り役として走らせていた。要所がある程度の数落とされれば敵兵が増える一方であり、要所を維持すればするほど敵の進入口が少なくなり、大軍であっても少数の兵で進入を防ぐ事が出来た。敵兵の動きを掴めなければ、大攻勢の機会を与える事になる。
シュライフ軍の最強の兵器は樽でもなかったし、敵の精鋭軍にまったく引けを取らない騎士団員でもなく、まさに情報であった。
「敵将の采配ぶりは、見事なものだな」
イシュターヌのチェンバレン将軍は己の侮りを恥じねばならなかった。ここまで守戦のうまい者は見た事がなく、彼の三十年にも及ぶ戦場経験の中で最も彼を驚かせていた。彼に言わせれば砂漠の街や城はシュライフのものとは比べ物にならないほど実用性に優れ、彼も幾度も兵を退く事になったのだが、それに比べれば幾ら多少の要塞化されているとはいえ、この程度の都市は軽く落とせそうなものだった。
彼はオーバの事を直接見知っているわけではないが、その情報はジーン侯爵からもたらされていたので、逆に相手を侮ってしまったのだ。
ジーン侯爵から送られてきた資料では、剣の腕は王国一と呼ばれるが、戦の経験もないという事だったのだが、これはどうだろうか。一万四千という大軍がおそらく半分を大きく切るであろう兵力に善戦されるどころか、こちらが苦戦している。
オーバは人知れず、勉強家であった。誰もが知らない事であり、彼との付き合いの長いチェイク老人であってもその事は知らなかった。彼は毎日の厳しい訓練が終わると、熱心に兵法書や歴史書を読み漁り、兵法を独自に磨いていた。その努力が今、生きているのである。何より、彼はそれによって準備と情報の大切さを知っていた。
戦いは膠着状態になり、敵が疲労困憊して退きはじめると、オーバは敵の後方をついて挑発した。我慢出来ず、それに釣られて攻勢をかけてきた部隊があり、都市付近まで誘い込むと何時の間にか集められていたシュライフ側の兵士達が突出し、たちまちに包み込んで打ち破った。すぐに援軍は到着したが、彼等はすぐに市街へと逃げ去った。すでに、合わせて三千名近い兵士を失ったイシュターヌ軍はその半分ほどの被害を相手に与えていたが、士気はシュライフ側の方が相当に高く、特に騎士団員達は率先して前線へと行き、小部隊の指揮をとった。
しかし、イシュターヌ軍は都市攻防戦開始から五日の後に東側を担当していたファーバス将軍が追いつき、攻撃は更に多くの方向から行われた。予備兵力として待機していたミュハーゼ及びシャンピアーは再度南側の守備にあたり、オーバは兵力の大部分を各要所の支援に回す事となり、外に出て敵をかきまわせる兵力を失った。要所の落とされはじめ、兵の数は更に減ってきている。
更に四日後、特に重要な要所が落とされはじめると、相手の敵兵の侵入が増えはじめ、損失も無視出来なくなって来たため、オーバはガルテロ城へ全軍を集め、篭城戦に移行した。その際、最後まで前線で指揮をとっていたチェイクが負傷したが、こうなってしまえば動く動けないの問題ではないらしく、騎士団員の看病を受けながら城内の細かい指揮もこなしていた。一般兵は二千ほどになり、騎士団員にも死傷者は当然出た。
しかし、シュライフ軍が篭城した途端にイシュターヌ軍は方針を転換し、特に被害の多かったチェンバレンが包囲戦を開始し、他の二将軍は南下を開始した。チェンバレンは三千の兵を自軍に置くと、ピーシャスに千五百ばかりの兵を貸し与えた。ミュージャークが不満に思いそうだが、兵を分けるとすると、彼等三将軍に次ぐ地位にあるので文句も言えなかった。
損害は受けたが、それでも、一万二千ほどの兵力を持ったまま彼等は南に進んでいた。困難な敵に表面上勝利した事により、士気は上がり、彼等はまた元気を取り戻していた。次は野戦であろう。
思わぬ時間を浪費したが、まだ彼等が負けたと決まったわけでもない、特に実戦を経験した者の少ないシュライフの兵士はイシュターヌからしてみれば、
「弱兵」
なのだから。
オーバは全体から見れば、約三千の兵を失い、敵軍に四千あまりの損害を出させ、敵の進軍を十日遅らせた。もっとも、その内五日は例のサンドルの貢献かもしれないが。不利な状況で、よくぞここまでやった、というところだろう。
(しばらくは休ませてもらうさ)
オーバはふてぶてしい態度で、寝た。それは生き残ってる歴戦の二人も同様であったが、ミュハーゼ青年は心配で眠れない様子だった。
イシュターヌ軍の補給路が近くに有り、目視出来る範囲で物資が運ばれてゆくクーペンパーの中で、町の英雄となったサンドルは数枚に及ぶ手紙を手に、思案に耽っていた。内容は、
「我が一族は物資の徴収を拒んだため私以外は皆殺しにあいました。イシュターヌの横暴を見過ごすわけにはいきません。領主としての責任を果たせずに死んだ父に代わって、兵士や勇気ある民と共に反撃の機会を伺っております。立ち上がる時にはなにとぞお声をおかけください」
との事を繰り返し強調しており、十三の幼い少年貴族からの手紙であった。同じ様な手紙が棚の中に幾らかあり、中には、領主が殺されてしまったので、平民の代表者である老人が書いたものもあった。
イシュターヌの軍勢は、民にそこまでの被害を出したわけでもないだろうが、領主やその一族を殺す事によって抑止力とした様だ。それはほとんどの場合有効であったが、気質の違う地域というのがあるもので、特にクーペンパー周辺の地域はイシュターヌの支配に対する反骨精神旺盛であった。それでも動かせそうなのは百名程度のものだったので、彼等に
「時期を待つべし」
とだけ書いて送った。その夜、とにかく情勢がわからない事には手が出せないので、口が固そうな者数名を選んで、闇に紛れて各街、町村の様子を見に行かせた。夜にしか動かない様に言ってあるので、しばらく日数はかかるだろう。
(その間は、人気者になった事だし、あの女のところでもいようか)
そう思うと、忍んで夜這いに向かうサンドルであったが、田舎ならばともかく、随分と粗暴な事である。
しかし、この町で、彼に憧れる女性は多いだろうし、彼にしても断れるとは思っていない。大衆は、勝者に何らかの利益をもたらしてくれるものだ。
祖国の勝利という輝かしい結果に終われば、彼は更なる利益を手に出来るだろう。彼の実力に反して、身分を抑えていたこの周辺の伯爵やそれ以下の者の多くはこの世にいないのだから。
(意外と、俺に手紙を寄こした連中も、同じ事を考えているのかもしれないな)
久しぶりに嗅ぐ女のニオイに満足しながらも、彼の思考は冷徹であった。
一方、中央に集まった直轄領の第二軍である五千の兵はようやく進軍を開始した。オーバ達の善戦がなければ、すでに王都は戦場になっていた事だろう。この時期に入ると、シュタッツパルトを総指揮官とした東部からの援軍もかなり進んでいて、敵の右を突く形になると予想された。東の大領主達は領土が小さいため戦力を集めやすく、比較的行軍が速かった。
その報告を聞いて、ユーリーはイライアスの下に駆けつけようとしたが、国王から王宮の警護をする様に強く言われ、しぶしぶ戦に加わるのを諦めた。
第二軍が進軍を開始してから、しばらくしてハーベン公爵からイシュターヌの軍勢約一万の攻勢を受けているとの報告が入った。彼は
「自身の領土は守り切れると思われるが、守備兵の少なくなったオーギュスト公爵の土地まで守りきれないかもしれない」
と書いてあった。しかし、中央にしても余裕がなく、何とかしようと思った結果、なんとテノン家のケルテバッハ侯爵が軍を向かわせているのだという。千という大きくはない数だが、誰かを向かわせた事にはなるだろう。
「オーギュスト公爵も、困ったものだ」
などと不平を洩らすケルテバッハだったが、彼の機転が利く頭は遅まきに中央へ軍を進めるよりも、国境を守る事を選んだ。
先に早馬を飛ばし、ハーベン公爵に領土を越えて北側のオーギュスト公爵側へ一部の兵を移動させ、最南からハーベン領の中央近くまでを受け持つつもりである。
すでにイシュターヌ軍にとってフェージャ城は近くとも遠く、次は野戦になることが予想された。敵戦力を削り、時間稼ぎにも成功したシュライフ軍であったが、数十年に渡って大規模な野戦の経験が無く、どう転ぶかは未知数である。