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ユーリー戦記~運命の子~  作者: 橘宗太郎
第一章「飛躍」
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第二話「王宮を離れて」

 貴族ではなく、騎士となったユーリーは夏の初めまでその生活を変わらないまま続けていたが、イライアスが過労により倒れてしまったので、憧れのユーリアの下へ行ける事になった。夏になって政治上の情勢は一層悪く、国王派と国家派の対立は論争から激論へと変貌していたし、その調停をする国王の直臣達の要領の悪さもあってイライアスが各地を回って調停役を務めたのだが、夏も近くなった頃から疲労がとれず、ついにはダウンしてしまったのだ。


 彼にとって国家論側にオーギュスト公爵以外の論があったのは意外であった。その論は国王を飾りもの、もしくは一大領主程度の扱いにした各大領主による議会政治、それと同時に国王の直轄以外の各領地の自治権拡大を主張しているオーギュスト公爵とは一線を引いたもので、


「オーギュスト公爵の仰る事に近いが、武官、文官という様に軍事と政治に関わる者を分け、政治の主権は各領主やそれが得意なものに、軍事の主権は各騎士団や同じくそれが得意なものに、といった様なものにすればどうだろうか。国王陛下の権限は彼等を自由にするために縮小する事になるが、国家としては一極化せず、今まで大領主達が独自に準備していた兵力を国家全体の規模で操れる。それに、反独裁を謳っているが、彼の論は当の公爵以下複数による数のある独裁を招きかねないのではないか」


 これを言ったのは、在野の士であるコンラッドという老人で、先の王の時代にこれと似た事を主張したので数年獄中に繋がれていた事のある男だ。それからは大人しくしていたのだが、どうやら近頃交わされる激論に感化されたらしい。先々王の直臣の一人であった彼は直臣達や貴族に顔が広く、獄中に入ってから一時は疎遠にされたが、この頃はそうでもないらしい。


 自己の権限拡大を目論む大領主にあたる公爵もしくは侯爵、上級の伯爵の間では、オーギュスト論は根強いが、それ未満の各領主達にも政治を維持する以外の権限を与えようというコンラッド論は伯爵以下の支持も取り付けられる。全体としてみれば、反独裁勢は方向の違いこそあれ、ひとまずは手を取り合えるレベルなのである。


 ここまで国家の名前さえ出さず、各領主の家名も出してこなかったが、この国家の名前はシュライフ王国という。大陸にある国家の一つであり、やや幅の広い東に突き出た半島に位置している。大陸の中でも人口が多く、特に発展していると言って良いだろう。しかし、国家としての始まりは外の勢力に対抗しようという土豪の集まりであり、創設から対外的野心は低く、西側領土の堅牢な城や砦を築いているのみに留まっている。各領土は中央の国王直轄地はそのまま直轄地と呼ばれ、その他の領土は地方名が入っている。


 東西南北に四つの地方があり、唯一隣国と領土を接する西側はベネル地方と呼ばれ、戦の危険は高い土地だが、他の土地より肥沃で作物が育てやすく、何より三公爵のうちの二人がほぼ半分ずつ領土にしている。そこには、オーギュスト公爵が当主であるルベネル家も含まれ、北側半分の領土を持つ。後は、東がメイコン地方、南がアウスト地方、北がサークリット地方と呼ばれ、領土の広さは西、中央、東、南、北の順に広い。特に東のメイコン地方は小さい領土を持った大領主が多く、九人の侯爵の半分を超える六人がいる。北は雪が多く、住みにくい地方だけあって人口も少ないため、下部の東西にそれぞれに侯爵がいるだけである。南はそう環境の問題はないが、小数部族達の土地もあり、実質的な土地の広さはそこまでなく、一公爵、一侯爵を置くに止まっている。


 更に細かく、十三に別れた領土の主達の軽い紹介を説明しようと思う。


・シュライフ王家イシュハルム王(中央全土を領土とする最大権力者。人材の発掘に努め、世を良くしようとしているが、先王や過去の時代に作られた汚点を消し去る事は出来ず、大領主筆頭であるオーギュスト公爵と対立関係になってきている。王族。42歳。国王派。兵約一万二千)


・ルベネル家オーギュスト公爵(中央から西にあたるベネル地方の北側を領土にしている。才も人望もあり、国王に次ぐ力の持ち主。近頃、国家として完成された形は別にあると考え、積極的に王権の縮小を望んでいる。名門貴族。37歳。国家派。兵約八千)


・サンベネル家ハーベン公爵(同じくベネル地方の南側を領土にしている。領土の広さはルベネル家と大差ないが、突出した人材ではなく、軍事と政治の両面で遅れをとっている。オーギュストと同じく王権の縮小は望んでいるものの、彼に主権を取られる事を恐れている。名門貴族。国家派。40歳。兵約六千)


・チャンペル家クリズド公爵(中央から南にあたるアウスト地方の中央に近く、北側半分ほどを領土にしている。思慮深い人物で、今は中立の立場を維持しているが、オーギュスト公爵とも交流は深い。名門貴族。中立。50歳。兵約五千)


・テノン家ケルテバッハ侯爵(同じくアウスト地方の南側を領土とすることになっているが、実際には少数部族の独立勢力が多くあり、勢力圏は小さい。少数部族との交易によってそれなりの富を得ているが、そう大きいものでもない。チャンペル家の影響が大きく、普段ならばつき従うところだが現当主ケルテバッハはあまりそれを好んでいるわけでもない。中立。29歳。兵約千)


・ミュライアス家イライアス侯爵(中央から東にあたるメイコン地方の最も東側を領土にする。未発展の田舎、最小の領土を持つ大領主だが、当主となってからすぐに国王に近づき、そのお気に入りとなっている。国王の直臣達の中でも、特に意見を申し出る事を許された者を近臣というが、領主ながら彼等を差し置いて今国王から最も信頼されている人物。権謀術数の人と呼ばれる。弟のラティニー伯爵が彼が王宮にいる間の政務を取り仕切っている。国王派。56歳。兵約千)


・ルメイコン家ミュライアー侯爵(同じくメイコン地方北側を領土とする。近頃領土内で疫病が流行り、今は収束しているが、油断は出来ない毎日を送っている。つまりは、その対策に忙しく、国王派か国家派か、という考えを持つに至っていない。ユーリーの出身地も彼の領土に含まれる。中立。68歳。兵約二千)


・サーピニ家ティンバルト侯爵(同じくメイコン地方のほぼ中央を領土にする。武芸に秀でた者を歓迎する一族として有名、剣術大会などもよく行っている。現当主のティンバルトは元は一介の剣士で、子のいなかった前当主が気に入り婿養子にした上、跡継ぎにしてしまった。幾らか問題があったようだが、今は解決し、先代と変わらない統治を続けている。名門貴族。国王派。36歳。兵約二千)


・ピサン家アーフラット侯爵(同じくメイコン地方の東側、中央と最東の間の小さい領土を持つ。特記する様な能力はないが、オーギュスト公爵の影響を強く受け、強烈な国家派となりつつある。国家派。41歳。兵約千)


・カルテノ家キュースノー侯爵(同じくメイコン地方南側を領土にする。統治能力は優れているが、芸術などの方に強い関心があり、世情に疎い。この頃、話題に上るコンラッド老人の支援者だが、自身は中立。名門貴族。中立。60歳。兵約二千)


・ハーデン家シュタッツパルト侯爵(同じくメイコン地方西側を領土にする。国王を尊敬する事この上なく、例え家族を人質にとられても裏切る事のない人だとされる。現在、オーギュスト公爵に対抗して兵力を集めている。国王派。49歳。兵約三千)


・シラスコ家エゴート侯爵(中央から北側にあたるサークリット地方の東側を領土にする。病によって盲目になってはいるものの、切れ者と言われる人物。先の国王の娘を娶っている事もあって、表裏なく国王支持。しかし、歳も歳なので今後どう変わるかわからない。国王派。78歳。兵約三千。)


・チャフラス家ジーン侯爵(同じくサークリット地方西側を領土にする。若くして当主となったが、体が弱く、先が長くないだろうと言われている。どういった思考を持っているかはよく知られていないが、オーギュスト公爵との仲は悪くはないらしい。国家派。27歳。兵約三千。)


 以上十三名がこの国の領土を持つ人々だ。今は、国王優位であるが、数年前と比べればオーギュスト公爵の味方も随分と多い、民の間では


「近々、内乱という事になるかもしれない」


 とは、少し前から言われている事だったが、更に現実味を帯びてきた。そういった情勢もあって、なんとかしようとイライアスは駆け回っていたのだ。上の意見が決まらない領土の方が荒れていた。オーギュスト公爵が自分達の側に引き込もうと、工作をしているのだ。


 イライアスは疲労を王都フェージャで癒し、すぐにでも政務に復帰するつもりだったが、医者から


「当分は安静が必要です。心の問題なので、気をつかわない方がよろしいでしょう」


 と言われてしまった上に、どこからかそれを聞きつけた国王が


「たまには、領民の顔を見るのもよかろう」


 と強く申し付けたのでイライアスは遠い領土へ戻される事となった。


(近臣の誰かが私の事を嫌って王へ伝えたに違いない。もしくはオーギュスト公爵の手の者か)


 考えても仕方ない問題であったので、イライアスはユーリーに支度を急がせている。


「イライアス様が帰られるとなれば、ユーリア様も喜びますよ」


 嬉しそうに語る自慢の従者に励まされ、なんとか気を紛らわしながら自己の領土へと戻ったイライアスであった。彼がいない間に政情が荒れるだろうという事はわかったが、それは彼と親しい直臣のテルバートに頼んでおいた。大して能力のある男ではないが、国王に対する忠誠心は人一倍強く、論よりも情に訴えかけるタイプなのでこの際、自分よりも良いかもしれないと思い、代役にしたのだが、後でそれは失敗だとわかった。彼があまりにも国王の悪所まで褒めるため、それが盲信者の様に思われていったのだ。


「テルバートを見ればわかるが」


 その後の流行言葉である。




「お帰り」


 その一言だけ素っ気なく挨拶すると、ユーリアはベーラを連れて家の中に入ってしまった。


 帰ってきた二人にユーリアは冷たかった。


「なぜ、ユーリア様は私にはともかく、お父上であるイライアス様までにも冷たくするのでしょうか」


 素直に聞いてみたユーリーであった。イライアスは苦笑いをする以外になく、


「半年も、会っていなかったから怒っているのだ。私は忙しかったから」


(そういえば、もう半年か。随分と短い気がする)


 朝から晩まで剣を振るっていたユーリーにはとても短い時間に思えた。何かに夢中になっていると、時間とはそういった流れになるのかもしれない。何時の間にか彼の肌も焼け、体は逞しくなっていた。


 その日は日が沈む前に家についたのだが、夕食も無言もまま食べ終わり、ユーリーとイライアスは彼女が席をたった後に互いを見て苦笑いした。


「明日になれば、機嫌もよくなるだろう」


 イライアスはそう楽観していたが、その後一週間、彼は無視された。ユーリーはというと、内緒で謝ったのでその前の日に許された。その様子はというと、


「お父上、寂しがっていましたよ」


 相変わらず剣の修行をしていると、何時の間にやらユーリアが見ていた。ベーラも伴っていなかったので、駆け寄って、そう話しかけたのだ。その事には、何も言わなかったけれども、ユーリアは愚痴を言い出した。


「父上もユーリーも、きっと私の事など忘れていたのだわ。どうでもよかったのよ」


 ひどく寂しそうな様子で、そう言われたので何とか弁明しようと、


「そんな!私もお父上もユーリア様の事は一時だって軽んじた事は」


 と気恥ずかしい事を言ってしまったのだが、手痛く返された。


「じゃあ、私の事をレーネ様に姉などと言ったのはなぜかしら。レーネ様に嫌われたくないのはわかるけれど、あんたの姉などにされる覚えはないわ」


 ユーリーはこれには焦った。どうやら、例の自分を好んでいた様子の美人とユーリアは接点があるらしい。


(そうか。考えてみれば、ステパン老がイライアス様を招いたのは古くからのご親交があるからだ。まいったな、姉といったのはそういう意味ではないのだけど)


「いや、そういうわけではなくて」


「嘘はいいわよ。レーネ様はあんたが照れてそういう事を言ったんだって喜んでいたから」


「それはともかくとして、謝ります。謝りますから、責めないでくださいよ」


 軽く頭を下げたところを


「軽い」


と注意され、三度繰り返した後にやっと笑ってもらえた。


 後になって聞いてみると、ユーリアがレーネにそうであると教えたのではなくて、レーネはすでにユーリーがどういった環境にある人だか調べていたようである。イライアスから、ユーリアが宮廷マナーなどを教えていたのを聞いていたのかもしれない。


 ステパン老は貴族ではあるが、近臣という国王に擁護される立場にあるため、無理に他の貴族達との結びつきを重視する必要はなく、自然とレーネも思い人と添い遂げても良い様な雰囲気を感じていたのだろう。つまりは、遊びではなく、本気らしい。


(なかなか怖い女だなあ)


 さすがに言葉には出さないが、正直そう思えてきた。彼は容姿が優れているぶん、他人の容姿に拘りがないのかもしれない。身分の差がある貴族だからそこまで魅力がなかったのだ、と思っていたが、考えてみると容姿を気にしない性質なのかもしれなかった。


 イライアスはベットからしばらく離れなかった。心労がたまっていたのは事実だったようで、彼は故郷に帰ってからというもの、休む事に集中している。


 イライアスがベットから動かない間、ユーリーとユーリアの関係は進展していた。


 二人だけで買い物に行く事もあったし、特にユーリーから話す様になった。


「私が毎日剣を振っているだけで、皆が見に来てくれたんです。その時は気づかなかったけれど、よほど下手な動きをしていたのでしょうね」


 冗談まじりにそういった事を話していると、


「あんた、頑張ってたんだね」


 とユーリアから微笑まれ、なんだかユーリーは嬉しくなった。


 何を話しても褒めてくれるので、当初つまらなく思ったものだが、彼女の顔を見ていると、本気で褒めてくれているらしい。


 酒場に連れていかれ、二人とも酔ってしまうという事もあったのだが、ユーリーは生まれながら酒に強く、理性的であった。もっとも、妙な事をしようものなら力では勝っていても勢いに負けて何も出来ずに終わっただろうが。


「私はさ、あんたが戻ってきてくれて嬉しいよ」


 など顔を近づけながら言われるのだが、酒入ってる事と回りの野次があるので単純に喜ぶわけにもいかず、何より冗談だとも思えた。


 あんまりにも見つめられるのでプイッと横を向くと、


「つまらない」


 と言って、たたかれた。


 さて、そうなると暇になったのはベーラだろうが、どうしていたかというと、増えた分の食事の手伝いの仕事以外は、彼女は彼女の恋人と過ごしていたようだ。ベーラは廊下で出会ったユーリーに笑いながら


「頑張ってくださいね」


 と言った。どうやら、応援はしてくれているらしい。




(はたして、これは好かれているのだろうか)


 ユーリアは素直ではない人なので、その点分かりかねていたが、何やら好かれている様な気もしてきた。身分の差を気にしていたはずなのに、人間何かの自慢出来るものが出来ると強く出れるものなのかもしれない。貴族ではないが、騎士と呼ばれ、彼は彼なりに自分の地位というものが、悪くはないものと思えてきていた。


 そうして、そう考えると朝、二人きりで出会えた時にユーリーは自然と口に出していた。


「ユーリア様は私の事をどう思いますか?」


 真面目顔にはならなかった。そういった心境ではなく、頭が冷めている様な何かの決心があった。


 ユーリアの答えは明快で、


「好きだよ」


 と、あっさり答えた。


 答えられた後の事を考えていなかったユーリーの冷めた頭は段々と熱くなり、ついには赤面してしまった。


「あんた、はじめて会った時からそうだね」


 ユーリアは少し自分より背が高くなった少年の横の髪をなでると、彼の唇と自らの唇を重ねた。


(私は、本気だろうか)


 自分と少しばかり世代の違う男とキスをしながらそう思いつつも、悪い事をしている時の嫌な感覚がなかった。


(男といるとどこか寂しいのだけれど、この子は違う)


 今だに子と思われているユーリーはその唇が相手から離されるまで、心臓が高鳴り続け、


「もう少し立派になってから言いなさいよ」


 と頭を軽くこづかれた。その後、ユーリアはレーネ嬢との事を思い出した様で、問い詰めたが、ユーリーがユーリアに対して気を使ったのだと気づくと、照れ隠しかまた軽くこづいた。


 彼の紅潮した顔はなかなか直らず、食事の席で料理を作ってくれる恰幅の良い中年の女性に


「お体の調子でも?」


 と言われてしまい、その原因を作っている当人が目の前にいるので更に恥ずかしくなってしまった。


 残念ながら、イライアスが起き上がれるほどに回復してしまい、二人の秘密の恋にはそれ以上の発展がなかった。二人は何時通り二人でいながら余所余所しく装ったが、イライアスは鋭い人なので、どう思われているかは謎であった。イライアスは宮廷の政務への復帰を望んだが、本人にとってみれば必要のない国王の配慮もあって当分は留まれという事になった。


 しかし、彼はそのお達しとは関係なく、すぐにも中央へと戻る事になる。


 その次の日、少なくとも、王国にとってみればそれを必要とする以上の事態が起こった。


 内容はチャフラス家のジーン侯爵が反乱を起こし、その軍勢が南下を始めているというものだった。


 その報告を早馬で知ったのは一週間の後であったが、イライアスは当初


(病を悲観して気狂いでもしたか)


 と思ったが、更に深く知って納得した。何も勝利に遠すぎる戦いでもない。


 その軍勢はチャフラス家のものだけではなく、隣国イシュターヌのものが大勢を占めるという。いや、イシュターヌ軍といっていい。イシュターヌ軍は二万という大軍であったが、どうやら、ジーン侯爵が海路を使って招きいれたらしい。戦が長引けば最終的には少なくとも数の上では勝るだろうが、イシュターヌ軍は精鋭揃いの上に行軍速度も速く、各地の要所を攻め落としている。三公爵達の軍は人数が多いのもあって集結させるのが遅いため、中央に近い領主達が自ら軍を率いるか、代理を立てて各々に防衛にあたらせているが各個撃破されている状態だという。


 イシュターヌという国家はこのシュライフ王国よりも国土は小さいが、纏まりという点では優れている。シュライフの代表者権最大権力者としての王という制度よりも、もっと明確な代表者制度を持っている。政治に関わる者と軍事に関わる者との両方に最も支持された者が王なのだ。もっとも、王という呼称はなく長という言葉に変えられてはいるが。


 つまり、兵士も官も将もその多くは長を支持していて、各個の思惑により動きが鈍くなりにくいという事だ。ただ、時期によっては強力なライバルが現れ、二極化した派閥が出来たり、軍事と政治のどちらか一方に支持され、両立が難しかったりといった事があったようだ。今のイシュターヌの長ヘイラッドは、そういった歴史を知ってか早期に将軍達と結びついていた地方領主で、現在やや軍事よりなものの高い人気を誇っている。もちろん、政治に関わっていた者だけにそういった者の人気もなかなかである。

 

 そのイシュターヌの北に、チャフラーンという砂漠を領土にする国家があり、攻防を繰り返していたはずなのだが、つい数年前に、公式ではないが不戦協定が結ばれたようである。オーギュスト公爵もそれを知って、もしくは理由にして訓練された兵士を増やしていたので、間違いではなかったと思われる。

 

 同じく北に領土を持つエゴート侯爵もなぜか動きがなく、情報がなかなか伝わらない。エゴート侯爵の一族の中で裏切りが起こったという噂もあるが、その真偽もわからない。ただ、少なくとも攻め側には加わってないらしい。


 海路を渡ったという事はオーギュスト公爵領内の港町付近で目撃されそうなものだが、そういった報告がなかったためにオーギュスト公爵も一口絡んでいるのではという見方もあったが、証拠もなく、また、始めての海路を使った奇襲だったので強く疑うわけにもいかなかった。何より、彼も軍隊を集結させはじめ、


「王都を守るのだ」


 と息巻いているというのだから、表面上疑い様がない。もっとも、彼らしく、守るのは国王ではなく、王都なのだが。


 イライアスは自己の兵隊を率いて中央の救援に行かねばならず、ユーリーもそれに加わるか、フェージャ城の騎士団と行動を共にしなければならない。滞在期間は二週間程度で、イライアスには何時もより少し長かったが、ユーリ―にはとても短かく感じた。


「あんたが行く必要なんてないよ。父上は兵隊に守られているだろうけど、あんたは戦わなきゃいけない。やめときなよ」


 ユーリアは彼女らしくない様子で、怒るというよりも頼み込む様な感じでユーリーを止めようとしたが、


「国王様に万が一の事があってはイライアス様のお立場が悪くなります。それに」


 ここで、自信ありげにしてしまうのは才ある若い者の特権だろうか。


「死ぬ様な事にはなりますまい」


 死ぬ気はまったくしなかった。日々鍛えてきた体が、そうはさせないだろうという気がしている。天才と呼ばれるこの少年は、確かに並の兵士程度にやられる腕でもなかった。


 そういった事を知らない、知ってはいるが、そこまでだと思っていないユーリアは彼を掴んで離さなかったが、侍女のベーラがイライアスがユーリーを呼んでいる事を告げると、ついに離してしまった。


「帰ってきますから」


 そう言って、ユーリーはベーラの視線も気にせずキスをしてしまった。ユーリアは何事か言いかけて、それをやめさせようとしていたが、好きなようにさせた。見送る者の気持ちになっていたのかもしれない。


 ユーリーは荷物を持つと、すぐに馬車に乗ろうとしたが、


「お前はフェージャ城に行って、騎士として働きなさい。彼等の強さはお前がよくわかっているだろうし、フェージャ城さえ守りきれば数で勝てる。お前が来てくれれば、皆も心強かろう」


 と言われて、一人先に馬を走らせる事になった。


 最後に


「私がもしもの事があれば、娘の事をよろしく頼むぞ」


 などと言われて、馬上の上で赤面した。どういう意味だったのかは、わからなかった。

 



 彼等が去ってからベーラはユーリアに


「良い子だね」


 と言ったが、ユーリアは頷くだけで何も言わなかった。


(あんた達、勝手だよ)


 複数になった心配事で胸が痛かった。


「戦なんて、ずっと起こってなかったのに、どうしてだろうね」


 ベーネは散らかった物を片付けながら、そう呟いた。




 戦の先端が開かれてから、十日。中央北側の各地の要所が次々と落とされる中、要塞化した町を利用して強硬に敵を通さない一団があった。


 木の柵どころではなく、矢倉と石壁で要塞化されたクーペンパーの町の領主を勤める青年貴族サンドル率いる町の衛兵隊であった。先日、ユーリーに奮起を促した男だ。


 クーペンパーの要塞化したのはサンドルではなく、彼の父である。であるが、それを最大限に利用しているのは彼であろう。クーペンパーは衛兵だけではなく、民衆もこぞって戦に参加していた。クーペンパーには猟師が多かったので、彼等は自分の弓と支給された胸当てと兜だけでイシュターヌ軍に大損害を与えないまでも、侵攻を許さなかった。動くものを射る事にかけては彼等も兵隊に引けをとらない。


「手の空いている者には矢を作らせろ、子供でも誰でもいい。この町を他国の者に渡すわけにはいかん」


 サンドルも自ら弓を構えて、矢倉の上から幾度も顔を出した。そういった大将の心意気もあり、


「領主様だけを死なせるな」


 と、民も兵士も必死になっていた。


 一旦は敵の侵入を許したが、衛兵達が盾となり、街の大人達が投石をしかけ追い返した。投石といっても普通に石を投げた者もいるが、機械仕掛けで巨石を放り投げる兵器もあり、鎧に身を包んだ兵士を簡単に肉塊にした。それもサンドルの父が用意していたものだ。先王の時代、反乱の予兆があったため、どちらに加担するにもと思って兵器を用意していたのだが、結局その時代に反乱はなかった。


 が、今は役立っている。過去の遺産を早々に捨ててしまうものではない、という事だろうか。


 敵将ファーバスは大軍で町を囲み、多方面に気が散っているところで一気に門を開けさせる作戦案を立てたが、進入した途端に猟師が仕掛けたと思われる多数の罠が負傷者を並べていった。そこで士気が衰えてしまい、二度目の進入は無駄に終わった。


「城や砦ならばともかく、こんな町を舞台にした戦で町民にやられて死ぬなどは御免だ」


 というわけで、兵士もやる気が出ないのである。


 クーペンパーの攻防は五日にも及んだ事もあって、ファーバスはその厳つい面を渋面にしつつ、しばらく考えて


「放っておく」


 と言った。周囲は仲間が大勢殺されている事もあり反対したが、


「彼等には守る準備があっても攻める準備はない。少なくとも、味方が来るまでは補給路を断つまい。それに、他の二将軍との行軍を合わせねばならん」


 との見解を示され、納得した。


 結果、その通りになった。敵軍が見えなくなった後にサンドルは腰を降ろし、


(五日耐えてやったのだ。後はどうにでもなるだろう)


 とだけ、思った。民に犠牲を出す事になったが、町を蹂躙されるよりはマシだったであろう。酒杯をあげて、一時の勝利を祝うと彼は貪る様に寝た。この五日、ほとんど眠ってはいない。


 サンドルは味方の人数のわりに多くの敵を殺し、その数よりも途方もなく多い敵を五日ばかり食い止めた。たった五日だが、この緊迫した状況では、出来すぎと言っても過言ではない。




 一方、フェージャ城でも軍勢が集結しつつあった。フェージャ城騎士団総勢二百余名は周辺の兵士五千を率いて、北側へと行軍を進めようとしていた。王都に迫る敵を迎え撃つつもりである。また、中央南側からも同数の増援が見込まれている。


 また、小領主の間にも変わった権限を持つ者がいてステパン老ことステパン伯爵は国から離れた独自の軍隊を持っていた。いわば、傭兵なのだが、高給の代わりに絶対の統制を求められているプロフェッショナル集団である。国王の権限が届かないのに、普段は王都の治安維持にあたっているのはステパン老が国王によほど信頼されている証拠でもある。他国の者も多く、イシュターヌ人もいるはずなのだが、彼等はそういった事を気にする人種ではなかった。彼等も南側からの増援に加わっている。


 イライアスも一週間たった頃にはメイコン地方の各軍隊と合流し始め、中央を目指した。七千ほどの集団になる予定である。元々半島の先にあって戦争を想定しなくなっていた土地だけに、兵士は少ないのだが、その割にはよく集めたといっても良い。一番多かったのはシュタッツバルト公爵の軍であり、自然と彼が総指揮をとる事になった。


 オーギュスト公爵軍も兵六千余りを率いて、中央へと向かったが、その南側のハーベン公爵はイシュターヌとの国境を守るために周辺各地の砦に兵を派遣、自身も多数の兵を待機させたまま、敵に備えた。オーギュスト公爵が独断で多くの兵力を割いてしまったため、残るしかなかったともいえる。


 クリズト公爵軍は軍の統制に手間取り、まだ兵を出すには遠かった。山脈が多く、軍隊が集めにくいというのもあるが、何よりクリズト公爵の兵を無駄にすまいという心がある様に思える。おそらく四千ぐらいの兵を率いてくるだろうと予想された。


 現在動いている事が分かる戦力は、イシュターヌ軍約二万、シュライフ軍約三万。イシュターヌ軍から見れば、シュライフ軍が全軍集結しないうちに短期決戦が望ましい。

 

 イシュターヌ軍は三隊に分かれ、それぞれの将軍が受け持っている。クーペンパーの町で五日も浪費してしまったファーバス将軍の六千の兵を除いた兵一万四千が順調に南下していた。


 イシュターヌ軍は補給物資の不足を補うために、街や町、村々で徴収を繰り返していた。もし、シュライフが彼等の土地を侵攻するとしても、同様の事をしたであろう。そういう時代であった。


 分からないのは、ジーン・エゴート両侯爵の動向で、ジーン侯爵がイシュターヌ側であるのは明確だが、エゴート侯爵はまったく情報が伝わってこなかった。二人は互いに争っているのかもしれず、もしくは共同でイシュターヌに降ったのかもしれず、彼等の持つそれぞれ三千の兵士達が今後の動向を決めるのかもしれなかった。

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