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4.Birth(by.猫に鰹節。)


 普通のカップルの間では、記念日を気にするのは女の子の方って言うのがセオリーだけれど。

 うちは逆だなあ、と月哉くんとの生活が長くなるほどそう感じる。


 友人に、委員長のところは男女の役割が逆転してるよと言われる通り、家事は彼の方が上手いし手際いいし、仕事の拘束時間私のほうが長くて給料もそれなりだし、一家の大黒柱がどちらかだなんて、言われなくても私だけど。そんなこと、彼も私も気にした事はない。


 月折々のお祝い事や慣習を率先してやるのはいつも彼で。

 他人に気を使いすぎる生き方をしていた彼だから、かもしれないけれど、気が付けばいつも先にこちらが喜ぶ事をしてくれてるんだよね。そういえば社長もそんなタイプだったな。

 私がイベントごとに頓着しなさすぎるのかしら。


 だけどさすがにこの日だけは、外すわけにはいかないと思う。


 ジングルベルが流れ、きらびやかな飾り付けに街が彩られる十二月。

 商業主義に侵略された聖なる日、その前日。

  二十四日。

 イヴが彼の誕生日なのだ―――。



 と、いうわけでワタクシめずらしく無理を通してお休みを取りました。

 忙しいときに悪いなぁ、とも思ったんだけど、今まで真面目にお勤めしてきた分、たまにはいいでしょと。


 なのに。



「ごめんっっ、みゃーこちゃん! クリスマス、バーの仕事入ってもうた!」


 週始め、土下座な勢いで、バイトから帰ってきた彼がそう告げた。 


 ええ~~……。


 私のガッカリ気分に合わせ、一緒にお出迎えしていたねこも「ぅな~」と気合いの入らない声をあげる。

 むー、と拗ねて唇を尖らす私に月哉くんは慌てて腕を回してきて、ぎゅう。


「せっかく休みとってくれたんに、ホンマごめん。バイトの一人が事故りよって、人足らんようになってもうたんや……ごめんな、二十五日は昼だけにしてもろたし、みゃーこちゃんの好きなもんようけ作るさかい!」


 もちろんプレゼントも奮発するで、とひたすら私の機嫌をとる彼に、ふと首をかしげた。


 クリスマスって言うより、君の誕生日の方が重要項目なんだけど。

 っていうか。

 忘れてる? 自分の誕生日。

 ええ、まっさかあー、と言いかけて、ワンコみたいな瞳で私の反応を窺っている彼に気付き、マジだ、と悟った。

 こんな忘れようにも忘れられない印象的な誕生日、忘れちゃってるの?

『ごめん』は、初めて迎える二人(と一匹)のクリスマスが潰れちゃうことにかかっているの?


 ……そのようだ。


「みゃ-こちゃん……」


 ああ、幻に見える耳が垂れてしまっている。意図して放置プレイをかましていた訳じゃないんだけど。

 それなら、と私はお誕生日プランの変更をすることに決めた。


「……そんな緊急事態なら仕方ないよね。残念だけど、二十四日はあきらめるよ。でも、なるべく早く帰ってきてね?」


 月哉くんが弱い角度で見上げながら、お許しを与える。

 私の作ったいじらしさにアッサリ騙された彼が感極まって、別のスイッチが入ってしまったのは誤算だったけど、まあそれは余談。


 そうして迎えたその日。

 しょんぼりした月哉くんを仕事に送り出して。

 私はとある人物に連絡を取った。

 密談を終えたら、計画実行。

 残念ながらお留守番となるねこの機嫌を取るために時間ギリギリまで構って、それから家を出た。




 フロアに出ている間中、魚が泳ぐような滑らかさで店内を回っていた彼がようやく仕事を終えたときは十一時半になっていた。

「ほな上がらせてもらいます」、と店長に挨拶してバックヤードに向かう様子から、すこし焦りが見えた。

 私の言った早く帰ってきてね、を意識してるのかな。

 今からじゃ到底今日中に帰るのは無理だと思うんだけど。

 やっぱり、企んでいて正解だったわ。


 合図を送ってくる青年に頷いて、席を立った。



 携帯を片手に慌しく裏口を出てくる。

 慌てるあまり、こちらに気付かない彼にこみ上げる笑いを抑えながら声をかけた。


「月哉くん、」


「は、……へ? ……みゃーこちゃん??」


 バッグの中で振動する携帯を取り出して、通話ボタンを押す。

 目の前にいる彼を見つめながら。


「お疲れさまでしたー」

「え、ええと……? 今から帰るしー……って、なんで?」


 彼からすればいきなり現れた私に、訳が分からないと顔中をハテナにしたまま瞬きを繰り返して。

 可愛いのでもうちょっと観察していたいところだったけれど、時間がないのだった。残念。

 立ち尽くす彼の腕を取って、たった今出てきた店に再び入る。

 え? ええー? と混乱するばかりの彼を、花とオードブルでセッティングされたテーブルまでエスコート。


 バッチリよ新堂くん、無理聞いてくれてありがとう。

 脇に控えている共犯者、そして彼の仕事仲間である青年に感謝の目くばせひとつして、

 ナニコレ? なんて思い切り怪訝な表情で居心地悪そうにしている彼にグラスを握らせた。


 よし、ギリギリまだ今日。


「誕生日おめでとう、月哉くん」


 カチン、とグラスを合わせる。

 ポカンとした綺麗な顔が、気が抜けたように緩むのは見ものだった。


「―――ああああ……、そうか、せやったんやなー……、みゃーこちゃんが休み取ったんて、これのためやった?」


 テーブルに寄りかかるように傾いて、申し訳なさそうに確認するのに頷いた。


「月哉くん、すっかり忘れてるんだもん。どうしようかと思ったの」


 返ってきたのは苦笑。


「……誕生日なんか、祝う気もあらへんかったから、気にもしてへんかったわ……」


 自嘲するように呟く彼の表情に引っ掛かった。


「どうして。いい日じゃないの」


「……俺がなんで生まれたんか考えたらな、祝われるようなものじゃ――」


 最後まで言わさずデコピンを食らわせた。

 みゃーこちゃん、と困った顔で額を押さえる彼の自己否定による憂いなんか鼻先で否定してやる。


「祝う理由なんて、私がそうしたいからに決まってるじゃない。生まれた理由も欲しいなら言ってあげるわ、私とねこと楽しく幸せに生きるためよ、了解?」


 有無を言わさない。


 十代の頃に負わされた傷は、まだ彼を時折こうして痛ませる。

 不義の上に生まれ、偽りの中育ち、やわらかな心を闇の淵に沈めるように傷付けられた、そのことが。


 いつまでたっても情けないなと卑下しながら言うけれど、私はその傷がある君を好きになったんだから。



 ――生まれてきてくれてありがとう。

 ――今日も生きていてくれてありがとう。

 ――明日も共に生きてねと。


 祝うための、この日なのよ。


 だから、大人しく祝われてなさい。


 強引がすぎる私の理論に、月哉くんは最後には笑った。

 まだその瞳は、痛みが過るけれど。

 共にいる内に、きっと消して見せるから。



 店内が薄暗くなって、カウントダウンの声が響く。



 「 5、 4、 3、 2、 1、 」

 

 ――ゼロ。


 クラッカーの打ち鳴らされる音やメリ-クリスマス! の声。



 そんなざわめきの中、クリスマスおめでとうとささやいて、私たちはくちづけを交わした。




 END.


 ええと。

 すみませんあんまりクリスマス関係ないー。

 そしてシリーズ未読の方意味不明ー。

 猫鰹リクエストしてくださった方々に捧げます。


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