3.Twinkle(by.Bitter*Sweet)
「そっち持って花野」
「ひっかかるよー? 玲くん」
きゃいきゃいハシャギながらクリスマスツリーに電飾を巻いている幼い弟妹を、無邪気でええのう、と中学生の実咲はババ臭く眺めていた。
もう一つの我が家と言って差し支えのない新堂家の居間は、すっかりクリスマステイストに飾り付けられ、本番を待っている。
それは幼い頃から当たり前の光景だ。――ひとり足りないことを除けば。
今、妹たちが少しでも見栄え良く派手にしようとデコレイトを重ねているツリー。
自分も去年まで一緒になって飾り付けていた。
もう一人の幼なじみと共に。
そいつは今年出来た彼女とクリスマスデートに出掛けて、一足早くお子様クリスマスからは脱却したわけで。
置いていかれたような気分になるのは仕方がないと思うのだ。
大人になるってツマラナイ。
距離などない様に笑い合う下の二人が、懐かしいような羨ましいような気分で呟く。
「みーちゃん、暇なんだったら手伝って頂戴。ジャガイモ潰すの……できるわよね?」
「祥子ママ、あたしをどんだけ出来ない子だと……」
キッチンからの呼びかけに、よいしょとソファーから腰を上げて、腕まくりした。
実咲の家事能力が壊滅的なのは周知の事実だ。
しかし、いくらなんでもマッシュくらい出来る。その言葉通り潰すだけなのだから。
疑わしげに見つめる育ての母に不満げに唸ってから、ボウルを受け取る。
そうしてほっこり茹で上がったジャガイモを無心に潰していると、「げっ」と慄くような声が背中にぶつかり。
「なにやってんの実咲……! まさか、味付けなんかしてないよな!?」
振り返ると、愕然とした面持ちの幼なじみが両手に大荷物を抱えてそこにいた。
何だなんでコイツ帰って来てんの? と内心驚きながらも口はツッコむことを忘れない。
「祥子ママといいあんたといい、人をどんなだと思ってんのよ失礼な」
「いやいや……、実咲は食べたみんなが号泣するカレーをお作りになれる天災様ですから……」
なんかとてつもなく失礼な発言をされたような気がする、と再び実咲は唸った。
「大丈夫よ伊織味付けはまだだからー」と、追い討ちをかけるように祥子が言い、あからさまにホッとした野郎に怒りの蹴りを放つ。
「うおヤメロ、上段者の蹴りはヤメロ、折れるッ」
こざかしくも軽く身をかわした伊織は、抱えた紙袋を持って弟妹のところへ逃げた。
実の弟よりよほど可愛がっている隣家の妹に「花~野、いいもん買ってきたぞ~」と甘い声を向けている。
学校で伊織の外面に騙されて騒いでいる女子たちに、あいつはロリコンだと写真つきで暴露してやろうかと実咲は考え、しかし可愛い妹を晒すのはダメだと一瞬で却下した。
「あんた彼女はどうしたのよ、今日一緒じゃなかったの?」
潰しきったイモを祥子に渡し、居間で買ってきたものを散らかし店を広げている伊織の隣に座る。
伊織のお土産である長靴お菓子に年少組が夢中になっているのを、先ほどとは違う気分で見つめながら。
「うん? デートしてきたぞ? いや女の子と買い物するのは疲れるわ~」
やれやれとジジ臭く肩を叩く幼なじみを呆れて見た。
彼女と出掛けて疲れるって発言、どうなんだ。
現在、伊織の彼女の座に納まっている学年でも目立つ美少女の顔を実咲は脳裏に浮かべ、変な男に引っ掛かっちゃってお気の毒、と同情を覚えた。
「あたしと買い物行くときはそんなこと言わないくせに」
「別にお前と出かけても疲れることなんかねーだろ」
ようするに気を使ってないっていうか女扱いじゃないってことだ。
微妙にムッとした実咲には気付かず伊織は続ける。
「実咲だし。」
……意味がわからない。
そう眉を寄せた実咲の前で、伊織がツリーの電飾のスイッチを押した。
いつの間にか薄暗くなっていた室内に、チカチカと赤や青、黄色の光が浮かび上がる。
「おお、なんかクリスマスって感じー」
言われなくてもクリスマスだよ、といつものようにツッコミを入れた実咲の髪に伊織が手を差し入れた。
きょとんとした実咲は、窓ガラスに映る自分の頭に光るものを見つけて瞬く。
「おねーちゃん、お星さまー」
キラキラした瞳で花野と玲が覗き込んでくる。
銀色と金色、ガラスビーズで作られた星をモチーフにしたヘアピン。
メリクリ~とにやにや笑う伊織からの気障なプレゼントに、実咲は口を曲げる。
もう一度窓に映る自分に目を向けて。
コロコロ懐いてくる弟妹、そして隣に当たり前にいる幼なじみの姿に、もう少しだけ、と呟く。
―――もうすこしだけ、子どものままで。
一緒にいるのがいい―――と。
END.
幼なじみ以上恋人未満。
というより、間違いなく伊織のベクトルは、
彼女<家族<弟妹<実咲 なのに自覚のない厄介な関係。