1.Wish(by.アオイトリ)
「サンタクロースっていつまで信じていました?」
カフェの外を見ていた彼女が、不意にそんな可愛らしいことを言った。
視線の先には、何かの宣伝なのか色とりどりの風船を持ったサンタクロースの格好をした人物が居て、子どもたちに群がられている。
あれから連想したらしい。
ちなみに私は小学二年くらいまでかしら、とミルクティーの湯気に眼鏡を曇らせながら彼女は仄かに笑う。柔らかな笑みに気を奪われつつ、肩をすくめた。
「いつまで、というか……、サンタクロースというものを知らなかったんですよね、長いこと。十二月になると祖父が変な格好をして現れるなあ、と思ってはいましたが」
そう言うと、きょとんとした眼差しが返ってきて。
今は流石に人数が膨れすぎて無理だが、以前うちの社員とその家族を招待してクリスマスパーティを行っていた時期があった。
食事や挨拶の後、大人たちとは別の部屋で遊ぶ子どもたちのところへ、白い縁取りのついた赤い服と赤い帽子を着た祖父が袋を担いでやってくる。
似合わない髭などつけて、集まる皆に袋の中からプレゼントを出して渡す。
物心ついたときにはもう、それが当たり前の光景すぎて、何故祖父があんな格好をしてプレゼントを配っているのか不思議にも思わなかった。一種のパフォーマンスなんだろうと。
「――周りの者も、まさか私が知らないなんて思っていなかったんでしょうね。弟や妹が、“サンタクロース”にお願いという名目で、祖父におねだりしているのに気付いてから、『何だ?』と疑問を覚えたわけで」
そこで初めてそれを調べて、ナルホド祖父はこれに扮していたのかと理解したのだった。高学年にはなっていただろうか。
説明し終えると、彼女は何ともいえないような微妙な顔をして。
反応に迷った挙句、結局吹き出すことにしたらしい。
「前から思ってましたけど。けっこう偏った育ち方してますよね」
「……自覚しています」
ムッツリ答えたのが可笑しかったのか、彼女のクスクス笑いは止まらない。
拗ねたふりで、カップに残る珈琲を飲み干した。
おねだりをする弟妹から瞳を移して。
『お前は欲しいものは無いのかい?』と尋ねた祖父に、与えられるものに興味も無かった私は首を振ったけれど。
今ならその問いに答えられる気がする。
―――目の前で、自然に笑う、この女が欲しい。
子どもでも、良い子でもなくなった自分には、サンタクロースはやって来ないかもしれないけれど―――。
END.
やっぱり本編以外だと、そこはかとなくらぶい2人。