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運命

 

 ジャミールは部屋に戻り「ロボット工学の基礎知識」を眺めた。難しい言葉や専門用語、知らない記号に数式が並んでいてどれもこれもちんぷんかんぷんだった。


 それでも楽しくて3分の1まで読んだ。途中で読むのを断念したが、わからないところはリチャードが教えてくれる。その安心感と嬉しさが心の底にあった。

 あとの2冊も軽く目を通したがやはり理解できないことばかりだった。ジャミールは読むのに疲れてリトルジャミールに語りかけた。


「すごいぞ、リトルジャミールに兄弟ができるんだ!僕と先生でつくるんだよ!たくさんたくさん友達をつくろうね!」


 そのときドアの向こうからノックの音が聞こえた。夕食ができたようだ。ジャミールはロゼッタと一緒にキッチンに行き、椅子に座った。


「いただきます」


 ジャミールは心なしか表情がゆるくなっていた。バレンもロゼッタも微妙な変化に気づいている。


「リチャード先生が来てくれるようになってよかったわね」


 ロゼッタの口からでた言葉も、もう尖ってはいなかった。


「うん」


 ジャミールはどことなく幸せそうな表情をしている。ドレスタ夫妻は微笑ましく息子を見ていた。ジャミールがスープを飲み終わるのと同じタイミングで電話のベルが鳴った。


「まあ、こんな時間にどなたかしら?」


 ロゼッタが席を立ち電話にでた。ジャミールはなぜだか胸騒ぎがした。


「もしもし、ドレスタです。ああ、こちらこそいつもお世話になっています」


 だが、ロゼッタはにこやかに応対している。それを見てジャミールの胸を過ぎ去った不安感は、すーっと引いていった。


「あ、はい。え?」


しかしロゼッタが急に声を荒げた。


「え?本当ですか?何かの間違いでは?」


 声が険しくなる。ジャミールはふたたび嫌な感覚に襲われロゼッタな声に神経を注いだ。母親の声はとても尖っている。


「はい……はい……」


と思ったら、今度は元気がなくなった。

 ロゼッタはしばらく話したあと暗い表情で電話を切った。ジャミールは慌てて母親の元に駆け寄った。





 空が曇っている。泣くのを我慢しているような雲だ。ジャミールは死んだ表情で立っていた。

 秋の冷たい空気が背中を押しつけた。どこからか枯れ葉が飛んできて、足元に落ちた。地面の草だけが鮮やかな黄緑色をしていて、違和感が残った。


 ジャミールは無意識に小さな草花を見つめていた。みんなが黒い服を着て手に花を抱えている。

 広い原っぱの真ん中に十字架や墓石が立っていた。その中の一つの墓石の前に大きな穴が空いている。ジャミールの心と同じだった。

 目に映るものが白っぽくかすんだ。小学校の同級生や先生、酒場のマスターやリチャードの友達たちが集まっていた。


 アンガスが泣き叫んでいる。リックがそれをなだめていた。リアとミッシェルはお互いすがりつくように泣いている。ジャンは悲しげに穴を見つめていた。キャロラインは姿勢を正して立ち、顔を下に向けたまま目を閉じている。

 ジャミールは微動だにせず、無表情で立ち尽くしていた。泣いてもいなければ、声を出すこともない。


 ひつぎが運ばれてきた。酒場のマスターが棺に向かって言葉を投げかけていた。彼も泣いているようだ。

 みんなも棺に群がりそれぞれ語りはじめた。棺は大きな穴に収められて、人々が順番に花を入れていく。リアとアンガスがなかなか棺から離れなかった。


 ジャミールは両親の真ん中に立ち、棺を眺めているのか眺めていないのかわからない表情で無言で穴の中に花を置いた。両親は何やら言葉を発していたが、ジャミールの耳には届かなかった。


 しだいに棺の周りは花でいっぱいになり、一人一人が順番にスコップで土をかけていく。ゆっくりと棺に土が被せられていく。最後の土をキャロラインがかけた。スコップを葬儀屋そうぎやに渡してキャロラインはそのまま両手で顔を押さえて座り込んだ。



「ぼくが先生を殺したんだよね……」


 ふいにジャミールがつぶやいた。


「そんなわけないじゃないか」


 バレンが小声で返した。


「……あの日ぼくが日誌を届けなければ先生は死ななかった」


 ジャミールは小さく震えた声で話す。


「落馬したのはジャミールのせいじゃないわ」


 ロゼッタが眉を細めて否定する。


「先生がぼくの家にこなければ馬に乗る必要もなかったんだ」


 ジャミールは手を握りしめて感情を殺しながら答える。


「ジャミール……」


 バレンとロゼッタは目を合わせて静かなため息を吐いた。キャロラインがみんなから声をかけられて立ち上がった。しばらく輪の中で話をした後、虚ろな目をしたジャミールと視線が合い、3人に近づいてきた。目が真っ赤だ。


「こんにちは、かわいい航海士さん。今日は来てくれてありがとう」


 彼女はハンカチを目に当て、髪をなびかせながら言った。


「ありがとうなんて……ぼくが先生を殺したのに」


 ジャミールは下を向いて答える。ロゼッタの顔がこわばる。キャロラインはそれを聞いておどろいた。


「いいえ。事故はあなたの責任じゃないわ。きっとあの人は左右も確認せずに大通りに飛び出したのよ。本当にバカね。だからお願い。殺した、だなんて言わないで」


 ジャミールは瞳に涙を浮かべている。


「いいえ、ぼくが悪いんです」


 彼はそう思い込むことでしか自分を許せないようだ。キャロラインはゆっくりとかがみこんだ。


「かわいい航海士さん。サニーレタス号の船長は本当にそう思っていると思う?」


 彼女の口調はやわらかだが、顔つきは険しくなっていた。


「もちろんです。……僕のせいで死んで……ぼくを恨んでいないわけがありません」


 ジャミールは途切れ途切れでも言葉をしぼりだす。同時に涙もあふれた。


 キャロラインはジャミールを強く抱きしめた。冷たくて震えている体は以前よりも小さく感じた。


「お願い。そんなこと言わないで。そんなふうに思わないでちょうだい。あなたはリチャードの顔を見た?口元が笑っていたのよ。痛かったはずなのに満足そうに笑っていたわ……それに希望も残してくれたの……」


 キャロラインはジャミールを抱きしめたまま涙を落とした。彼もそれに呼応する。


「満足なんてしていません……先生の未来をぼくが無くしてしまったんですから。リックやアンガスもこれを知ったら怒ります。ぼくのせいなんですから……」


 ジャミールの目からはいままでにないくらいの涙があふれだす。抱きしめられた腕の中で震えが増した。キャロラインの身体も小さく震えはじめた。


「ごめんね。航海士さん、本当にごめんね。私があのとき日誌を届けるのを止めておけば、こんなことにならなかったのよね。辛い思いをしなくてよかったのよね……リチャード……本当にごめんなさい」


 その言葉を聞いてジャミールの背筋に緊張が走った。


「キャロラインさんは何も悪くありません。僕が日誌を届けたから……」


 慌てて反論した。


「いいえ、日誌を返すのは日曜日でもよかったわ。それを私がとめなかったから……うっ……ううっ……」


 キャロラインはその場に泣き崩れてしまった。ジャミールはもうどうしていいかわからなくなった。彼女に強がる余裕はもうなくなっていた。バレンがジャミールの肩を抱き寄せた。


「ジャミール。人はいつ死ぬかわからないんだ。それが不意の事故だと、原因をつくったのは自分だと思ってしまうこともある。でもキャロラインさんをごらん。傷ついているのは君だけじゃないんだよ。もうわがままを言うのはおよしなさい」


 バレンがジャミールの耳元でささやいた。


「キャロラインさん。申し訳ない。うちの息子がわがままを言って。ただリチャード先生のことを好きだっただけなんです」


 バレンがひざをつき頭を下げて深々と謝った。キャロラインはその言葉を聞き、さらに泣き崩れた。


 ジャミールは呆然と眺めているしかできなくなった。木々を揺らす風がこのまま自分を吹き飛ばしてくれたら、と考えていた。辛そうに見ていたロゼッタがいてもたってもいられなくなりキャロラインの手に新しいハンカチを渡した。


「……ありがとうございます」


 しばらくしてキャロラインはハンカチで涙をふき、弱々しく立ち上がった。ジャミールには目をそらすことしかできなかった。





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