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人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます  作者: 穴熊拾弐
第一章 蛇の魔王と自動人形
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第4話 犬と魔王

 


 生暖かい感触が頬を撫でていた。

 ついでに、動物特有の生臭い体臭が漂ってくる。


「あんっ!」

「……」


 元気のよい鳴き声を放つそれは……犬だ。

 それが俺の肩に飛び乗って、べろべろと頬を舐めている。


「……」


 あれだけカッコよく出迎えられた、古の魔王こと、俺。

 それが絶賛、犬によって味見中である。


「……どうしてこうなった……」


 現在俺はリヴラとかいう真っ白い都市の北側、奥にあった草原地帯に来ている。

 ここ、森の下のはずなんだが……足を撫でるそれは、慣れ親しんだ草の感触。

 作り物ではない草地が木の根の下に生えているらしい。


 そしてなぜかここには10種類ほどの動物たちが呑気に生息しているらしく、そのうちの一匹に捕まったのだ。

 いきなり肩に飛び乗ってきて、匂いを嗅いできたと思ったら、これだ。

 これでも、昔は大陸中を相手に戦争とかしてたんだぞ、俺……。


「なんだこいつは……」


 改めて、肩に乗る謎の生き物を見つめる。

 見た目は茶色い短足の子犬だが、何故だか耳の後ろ辺りには牡鹿のような角が生えている。

 なんだこの生き物は。俺の時代にはこんなのいなかったが……。

 

 てかいい加減舐めるのを辞めろ……あ、こら、鼻を舐めるな!

 

「いい加減離れろ。というか、貴様は犬なのか鹿なのかどっちかにしろ!」

「おお、お見事です。その子は犬ジカという、人類史末期に好まれていた愛玩動物ですよ」

「名前そのまんま過ぎるだろう!」


 思わず叫びながら、犬ジカとやらの首根っこを捕まえて引きはがす。

 だるんとした皮をつかむと、嬉しそうに舌を出している。

 そこには敵意の欠片もない。

 

「おい、何だこいつは」

「ですから犬ジカと――」

「種族のことはどうでもいい。聞きたいのは、なんでここに生物がいるのかってことだ」


 この犬っぽい奴だけではない。

 辺りに散らばっているやつらはどう見たって生きている。

 

「世界は人類が生活できなくなる程、荒れたんじゃないのか?」


 この犬ジカとか、どう見たって過酷な環境を生き抜けたとは思えないぞ。

 

「ああ、そのことですか」


 合点がいったというように、銀髪少女が手を合わせる。

 俺から犬ジカとやらを受け取ると、手慣れた手つきで首元を撫で上げる。

 犬も気持ちいいのか、間抜けな顔で身を預けている。

 そこには野生のやの字も感じない。

 外に出たら半日で野垂れ死にそうだ。

 

「人類は確かに世界を荒廃させましたが、何もしなかったわけではありません。この世界に住んでいた自分たち以外の種も、移住する最後まで守っていたのです。なので、彼らのように何とか生き残った種はいるのです」


 ほんの少しでも、番でも生き延びれば、後はそいつらを起点に世界は元の姿に戻っていく、と。そう考えたのだろう。

 なにせ元凶である自分たちが消えるのだから。

 随分と身勝手な願望ではあるが、まあ事実自然は再生していた。正常に、かは知らないが。

 

「そして、今はそれを引き継いだ私たちが保護し、育てているのです。ね? 犬ジカさま」


 あんっ、と娘に同意するように犬ジカが鳴く。

 飼い主に似てアホ面だ――と思ったら角をぐりぐりとめり込ませてきた。意外と知能があるのか、こいつ……。

 

「何故育てる? お前の言う世界の再生とやらに関係があるのか?」

「もちろんです。私たちが作られた理由は、いつか人類がここに戻ってこられるよう、世界を再生することです。それはつまり、人類にとって都合のよい環境に保全・再生するということ。戻ってきて、ただの大自然が残ってました、では意味がないのです」

「……それはそうだな」


 俺の城はなくなっていたが。

 

「はい。ですので、我々は環境の再生と、人類史の保管を行うように義務付けられたのです」

「人類史の保管……ああ、そうか。家畜や愛玩動物も、人類史の一部ではあるか」


 というか、切ってもきれない深い関係であったはずだ。犬などは特に、古くからの人類のパートナーであった。

 そのパートナーに角は生えていないはずだが……。

 

「そういうことです。今朝までの分しか餌は置いてきてなかったので、彼らもお腹を空かせている筈です。毛並みも整えないと……すみませんが、少しの間ここでお待ちください」


 いきなり動物たちの世話をするというから何かと思ったが、俺ではなくこいつの仕事だったらしい。

 少なくとも封印から目覚めた魔王の最初の仕事が家畜の餌やりでなくて心底安堵している。

 

「ああ、わかった。さっさと終わらせてくれ」

「ありがとうございます。直ぐに戻ります。……みなさーん! ご飯ですよー!」


 動物たちを引き連れ近くにあった小屋へとかけていく娘を見送ってから、改めて周囲を見渡す。

 外周を柵に囲まれたこの牧場のような空間には、犬ジカの他にもいくつかの家畜と思わしき動物たちが思い思いに過ごしている。

 馬、牛、豚……大体見覚えがあるが、やはりどこか奇妙な部分がある。あの馬とか、羽生えてないか?

 

「合成でもしていたのか……?」


 俺の時代では新たな生命の創造は禁忌だった筈だが、時代が変われば倫理も変わるということだろう。

 現にその禁を破った存在である少女に起こされたわけで。

 危機が迫れば禁術でも歓迎される。よくある話だ。

 

 視線を柵のさらに向こうへと移せば、ここに来るまでに通ってきた建物の群れが見える。

 色んな時代の建物を寄せ集めた、張りぼてのような街。

 人類はどうやってか、地下にこんな巨大な都市を作り上げたらしい。

 

 世界を再生したいとあの娘はいうが……これと同じことをやれと言われても不可能だぞ。

 何せ魔王だ。破壊することしか能がない。

 

 だが、興味がないわけではない。

 というより、気になっているというのが本音だ。

 俺が死んだ後の世界に、知らない時代の技術……それは一体、どんなものなのだろうか。

 

「行ってみるか」


 銀髪娘が戻るまで時間もかかりそうだし、あの白い街を調べてみるか。

 建物をいくつか覗くだけなら、そう時間はかからないだろう。

 そう思っていると、右足を小突かれる。見れば犬ジカがブラシを咥えていた。

 短い尻尾がぶんぶんと揺れている。

 

「何だそれは? ……まさか毛繕いしろとでも?」


 あん、と声が返ってくる。やはりこいつ結構知能があるな……?

 ご機嫌に尻尾を振っている所悪いが、俺は都市に用がある。あの銀髪娘に頼め。

 無視して一歩進めると、素早く回り込んできた。

 

「……」


 もう一歩――回りこまれる。

 意地でも毛繕いをさせるつもりらしい。

 

「仕方ない……」


 諦めて腰をかがめた。


 幸い、この地下都市ならしばらく寝食は安心できそうだ。

 この呑気な生き物が生き残ってるくらいなんだからな。


 だから探索は、またの機会にしよう。

 犬ジカからブラシを受け取ると、その毛並みを撫でていく。

 

「おい、手を舐めるな。やりにくいだろうが」


 犬ジカに手を舐められる魔王の姿がそこにある。

 俺、つい昨日まで勇者と戦ってたんだけど……我ながら、情けなさすぎて泣けてくる。

 

「……驚きました。拒絶、しないのですね」


 いつの間にか戻ってきていたらしい、銀髪娘の声が聞こえる。

 振り返れば籠を抱えて目を丸くする少女がこちらを見ていた。

 

「あ?」

「あなた様は古の魔王なのでしょう? それが動物の世話をして……その、いいのですか?」

「やらせたのはこいつだからな。あと、俺を勝手に起こしてここに連れてきたのはお前だ」

「それは、そうなのですが……」

「……はあ」


 溜息を吐いて、犬ジカを撫で上げる。

 

「そりゃあ、流されもするさ。何せ、まだこれが夢なのかと疑ってるくらいだ」


 目が覚めたら人類が丸っといなくなってました、なんて信じられるわけもない。

 夢にしちゃあまりにはっきりとした濡れた手の感触は、そんな夢もあるだろうと納得ができるかもしれない。

 ちょっと……いや、かなり臭いけど。あるのかもしれない。


 だが、それ以上にこれまで見てきた光景は、俺の夢にしてはやけに空想じみていた。

 木の根をくり抜いた地下空間に、真っ白な都市を建てる? 夢でももう少しまともな街を見せるだろう。

 

「夢ならそれでいいし、これが現実ならば、ひとまずお前の言うことを聞いておけば生きてはいけるんだろ?」

「……それはもちろん、です。あなたは大事な、魔王さまですから」

「なら、精々役に立つさ」


 少なくとも、この世界のことを正しく把握するまでは。

 何せ、現状分かってる情報は、極端に少ない。

 行動を起こすにしても、もう少し待つ必要があるだろう。

 

「ほら、お前の分は終わりだ。これ咥えてとっとと帰れ。……で、次はどいつの相手をすればいい?」

「……あっ、はい。では次はあそこの禿鷲(ハゲワシ)馬を……」

「おいなんでそれ混ぜた? 人類は馬鹿なのか?」


 まあ、もう少し位はこき使われてやろう。

 目的を失った過去の敗残者には、それがお似合いだ。



***



「……なあ、こいつらが食ってるこれは何だ?」


 禿鷲(ハゲワシ)馬とかいう、相変わらずよくわからない生物(簡単に言えば翼の生えた馬だ)に餌だという四角い固形物を与えている時にふと湧いた疑問を投げてみる。

 

「それは家畜向けブロック餌です。こちらの禿鷲馬さんなどの草食の方には牧草を加工して作り、犬ジカさんなどの肉食の方には、畑から採れる豆を加工して与えています」


 先ほど娘が向かった小屋に、その生産設備があるらしい。

 彼女が運んできた籠には、赤と緑のブロックがたくさん積まれており、今は置かれた籠に動物たちが代わる代わる顔を突っ込んでは食べている。

 

「なんでもありか人類は……」


 肉まで人工的に採れるようになったなら、食料に関する多くの問題が解決されただろう。飢え死ぬ者なんていないような世界になっていてもおかしくはない。

 滅びる前の人類は、どれだけ豊かな生活を送っていたのだろうか。

 

「じゃあ、俺もその豆を食えばいいのか。人間に食えるものなんだろうな、それ」

「はい? どうして魔王さまが食べるのですか?」


 なぜか銀髪娘が首をかしげている。

 まるで俺に食事が必要ないと思っている顔で。

 

「いや、俺だって生物だ。飯を食わなきゃ餓死するぞ」


 その瞬間、娘が驚愕したように身体を仰け反らせる。


「そんな……。魔王さまって食事をとるんですか?」

「当たり前だろう!」


 思わず出した大声に、禿鷲馬が暴れ出し、俺の肩に乗った犬ジカが吠える。

 なぜかこの犬には懐かれてずっとこの調子だ。

 

「だってそんなこと絵本にはどこにも載っていませんでした」

「そりゃ絵本に悪の魔王が食事するシーンはないだろうが……待て。というか、お前の知識源絵本だったのか?」


 あれか、観光名所だからか?

 子供でも分かりやすく解説したものが唯一残っちゃったのか?

 衝撃の事実の発覚だと、銀髪娘は膝から崩れ落ちていた。

 

「魔王さまに食事が必要とは……。誤算でした……」

「それくらい考えればわかるだろ……というか、ないのか? 食事」

「ええ。我々に飲食は不要ですので」


 そう言って、銀髪娘は首をかしげる。

 そういえば、こいつは人間ではないのだった。

 食事がいらないというのも、比喩などではないのだろう。

 つまり、本当にここには食事の用意がないらしい。

 

「さっきの話に戻るが、その豆は人でも食べられるのか?」

「害は無いはずですが、好んで食べた人類はゼロかと」

「……そうだろうな」


 後で食べさせてもらったが、人が食べるには少し味が薄すぎた。

 食べられなくはないが、これからずっと食べ続けるとなると、流石に厳しい。

 

「ちなみになのですが、ひょっとして魔王さまは睡眠もとるのですか?」

「ああ、もちろんとるぞ。……って、まさか、部屋の用意もないのか」

「いえ、それはあるのですが、なにぶんここに人型生物が来るのは初めてでして。勝手がわからないのです」


 どうしましょう、と娘が頭を悩ませている。

 

 ……こいつ、大丈夫か?

 今更ながらついてきたことを後悔し始めている。

 勝手に起こされたのだからどうしようもないのだが……。


 しばらくじゃれ合ってくる犬ジカに構っていると、娘ががばっと顔を上げ。

 

「では、食料を作る必要がありますね!」


 ぽん、と手を叩きながらそう言った。

 やることが決まった、と喜ぶその目はきらきらと輝いている気がする。……何故だろう、なんか嫌な予感がする。

 あまり聞きたくないその先を、一応聞いてみる。


「作れるのか?」

「今は作れません。なので、()()()()()()()()必要があります」

「……どこに?」


 問いかけに、彼女はすっと指を指し示す。

 その向かう先は、当然の如く――木の根が敷き詰められた天井だった。


「勿論、外にです。人類史再生のための最初の作業――食糧生産設備の回収と再生、それを行いましょう!」


 こうして、早速俺たちの人類史復興作業が始まるのであった。


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