第34話 リヴラの新たな日常
アルトから帰還し、ランバがやってきてから2週間が経過した。
彼と彼の所有する図書館の登場でさらなる騒動が起きるかとも思われたが、案外穏やかな日々が続いている。
「それではみなさん、今日も頑張りましょう。いただきます」
「「「「いただきます」」」」
リヴラ中央部。都市を貫く大通りの一角にある箱型の建物の中に全員が揃っていた。
だだっ広い伽藍堂だったその建物は、中央に20人は座れるだろう長大なテーブルが鎮座しており、入口とは真逆の壁にはこれまでの探索で集めた数多くの装置が並んでいる。
水を入れれば多種多様な飲料に変えてくれるものや、食料設備でとれた豆を突っ込めばなぜかステーキとして出てくる装置等……そう、調理器具だ。
恐らく倉庫として建てられただろうこの建物は、ルナによって食堂へと姿を変えていた。
少し前、正確には俺たちがアルトから帰還した日の翌日から、毎朝ここで食事をとるようになったのだ。
きっかけはヤマ。家を見つけて眠りにつく前、これからはみんなで仲良く食事をとるのだと満面の笑みで言った。
楽しみであると。
そんな彼女に首を横に触れる剛の者はこの都市には存在しなかった。
ルナとチビルナが、その夜のうちに此処を造っていた。ご苦労様である。
ただ昼間はそれぞれが別個に活動をするため、朝食だけは必ず全員でとるようにしている。
やってみると、ミーティングの代わりにもなるし、楽しく会話するのも悪くない。
皆も満足そうなので、人数が増えても続けていこうということになった。
先程のあの挨拶はエリたち勇者が広めたモノらしい。
俺たちの時代では神への祈りだったが、時代変われば色々と変わるものである。
「うめぇ……」
ちなみに、ここの食事に一番感動しているのはロアだったりする。
そもそもあまり料理文化が発展していない時代出身というのもあるが、追われていたために単独行動が長かった分、文明の味を一番堪能している。
チビルナとエリの活躍により、作れる料理の種類は加速度的に増している。
これからますます増えていくことを思うと、今日の探索も頑張ろうという気が出てくるものだ。
「何度食べてもこの味は素晴らしいですな!」
「ほんとだよ……起きて良かった……」
ランバもまた感激している組の一人だ。
ヤバいやつだと思っていたが、自己紹介以降は案外大人しいやつだった。
大体の時間は放浪図書館に籠ってリヴラが集めた資料を読みふけっているようだ。
そしてずっとルナの空き時間を利用して、二人で放浪図書館に籠って特異主調査などの研究を行っているらしい。
出てくるのは食事のときか、他のメンバーに用事がある時だけだ。
ロアと何か話し込んでいたり、ヤマたちに連れていかれて遊んでいるのを見かける。
なんなら食事でさえ図書館内で生成できるらしいが、ヤマの願いとあっては断れぬとこうして毎朝出てきている。
現状、見る限りはああして喜んでいるので問題はなさそうだ。
「魔王さまたちは今日も探索ですよね」
「ああ。今日の街には資料室があるから、また何か見つけたら持ち帰る」
「はい! お待ちしてます」
俺とエリ、イオ、クアの戦闘組はその間に周辺の探索を再開した。
目下の目的は、移動手段の確保。
大陸中を移動するために、長期間、長距離を渡ることができる手段が必要だ。
資料や資材集めはそのついで。
「今日は南東だっけ? もう魔獣の巣は懲り懲りなんだけど!」
「我儘言わない。魔獣の巣くらい直ぐに終わるでしょ?」
勇者様がなんか恐ろしいことを言っている。
俺がルナを連れて逃げ回った巣とかあったんだが……事実この女は何の苦もなく魔獣を屠っていたから何も言えない。
「……安心しろ、今回はその予定はない」
つい昨日は以前逃げ帰った腕鬼の巣にも向かい、その奥でかつての目的だった台車も手に入れたのだが、手に入れてみれば台車は単体で動くような代物ではなかった。それに所詮は山の中での資材運搬用。長距離の移動は不可能だった。
そうなると結局足はクアになってしまうので、大陸中を渡る長距離移動にはやはり向いていない。
大型の資材も運べるようにはなったから周辺探索はかなり捗るようにはなったのだが。
「でも、この辺り探しても見つかるのかなー。だって車とか見つけても使えないでしょ?」
「そうなんだよね。ヘリとかがあれば嬉しいんだけど」
「ヘリじゃ魔獣に落とされるに決まってるでしょ! もっと強いのがいいなー」
まだこの周囲全てを探索できているわけではないが、このまま探しても見つからないだろうというのが大方の予想だ。
そもそもが何かの乗り物でこの密林地帯を縫って移動するというのが無茶である。
可能な手段といえば、空を通るしかないのだ。
人類史末期には長距離飛行を可能とする車両が存在していたとエリやルナが言っていたから、その痕跡を見つけることが俺たち戦闘・探索組の課題となっている。
またそれに並行して、ルナとランバで移動手段になりうる特異主がいないかを探している。
図書館に所蔵された歴史書は本当に役立っているらしく、今まで知らなかった歴史が分かり素晴らしいのだと、ルナは会うたびに興奮して教えてくれる。
中々特異主について話せる相手がいなかったから、良いことだ。
良いことなのだが、頼むからこれ以上ヤバいやつは見つけないでくれよ……。
そしてチビルナたちによるリヴラ復興も順調だ。
一番の目玉は服の生産設備だったが、何故か好評だったのは、氷を食べるために細かく砕く砕氷機であった。
通りにあった店で見つけたものだったのだが、当時でも人気だったのだろう。
甘くした果汁をかけて食べると美味いらしく、皆が喜んで食べていた。
今もヤマとウミが嬉しそうに食べている。
もちろん服も喜ばれていた。エリなんかは拠点内では何種類も作っては毎日服装を変えている。
元々自身で服を作っていたヤマとウミが新しい服に着替え、わざわざ見せにきたりもした。
今までほつれたり葉を使ったりとちょっと痛そうな服を着ていたからな。
嬉しそうで何よりだ。
二人から始まった人類史の再生が、こうして団欒をできるくらいには形になった。
そう思うと、目覚めた意味はあったのかと。ほんの少しだけ思うのであった。
***
食事を終えて、装備を整えに自室へと戻る。
といっても自室にあるのは着替えとバックパックの用意だけ。
それ以外の装備は、『店』で受け取ることになっている。
「いらっしゃいませー!」
外に出ると、ヤマのにぎやかな声が聞こえてくる。
そう、ヤマはここでも店を始めたのだ。
どうやってかチビルナたちと仲良くなったヤマは、ルナより装備の支給窓口を任命され、毎日チビルナたちに物を渡している。
ヤマが来る前は各自がちゃんと管理していたから、余計な手間が増えただけなのだが……。
「ヤマ商店再開ですー」と満面の笑みで喜ぶヤマを見たら、何も言えなくなった。
「しきゅうひんですー!」
「ハーイ!」
ああしてチビルナたちも気にしてないし、効率化なんて今この世界では無用なものだ。
俺も店の前に向かい、チビルナたちの横……ウミの立つ窓口の前に立つ。
彼女は俺たちの装備担当窓口だ。
「いらっしゃい。今日は、どうする?」
「今日は屋内だから……発破装備と、いつもの鋸だな」
「わかった」
ヤマの手伝いをしたいという彼女の希望もあるが、実際はヤマがどんな装備を作れるか覚えられないかららしい。
相変わらず、凹凸だが仲の良いコンビだ。
「はいこれ。後、エリがさっき通り過ぎた」
「わかった」
待たせると悪いな。
ウミが用意してくれた装備を受け取って歩き出す。
いってらっしゃいと手を振るヤマに応えて、いつもの門へと向かった。
「待たせたな」
「いえ、私も来たばかりなので。……行きましょう」
今日は近場の調査なので、二人での探索となる。
湖上都市アルトまでの道のりでまだ調査できていない箇所がいくつもあった。
だから再度遠征をするのだが、今日はそのための資材集めだ。
目指すは、最近見つけた森に埋もれた集落。
植木屋によって再生されたこの密林地帯は、調べるたびに新しい集落が出てくる。
それぐらい視界が悪く、ルナによって設置された標識と地図がなければ未だに迷う時があるくらいだ。
恐らく元は住宅街。大したものはないだろうが、金属や魔力媒体などの残骸でも見つけられればそれだけで貴重な資材になる。
自然に還される前に、できるだけ回収をしておきたい。
俺とエリならもうこの辺りの魔獣は大した障害にもならない。
強いて言えばお互い最新の装備に精通していないから、一々資材集めの段階で手こずることだろうか。
「……」
だが、それよりも気になっていることがある。
流石に、エリが俺相手に緊張したりすることはなくなってきたのだが、ここ数日――否、アルトから帰ってからやけに悩んでいるようなのだ。
今も前を行く彼女は一言も発することなく視線をさ迷わせている。
それでも周囲の警戒は一切怠っていないあたりは流石勇者だが。
イオに聞いてみたが、彼女もはっきりとは分からないらしく明確な答えは得られなかった。
「頑固だけど、必要なことは必ず言うわよ。だから気長に待ってあげて」
とのことだ。そこまで不安にも思っていないようなので、エリの口から聞けるのを待つことにした。
幸い、この辺りなら危険もない。
のんびりとあたりの地形を記録しながら目的地へと向かっていった。
***
魔王たちが探索に出発した後のリヴラは、チビルナたちを筆頭に生産組の仕事が始まる。
ラムニス工業地帯で手に入れ、街中に敷かれた自動滑車装置に乗ったチビルナたちは都市各地に散らばっていき、各々が命じられた都市再建に勤しんでいく。
商店での仕事を終えたヤマとウミは、そんな都市内部を歩き回るのが最近の日課になっていた。
ウミの水路もまた急速に拡張が行われており、彼女が使う以外にも水の供給が必要な中央部と牧場や農地のある北側には既に開通している。
まだその二地区しか動けないのだが、この様子だと一月足らずで街中に水路が造られるだろう。
「楽しみですねー、うみちゃん!」
「うん。……ちょっと早くて、びっくりだけど」
ぽてぽてと歩くヤマに合わせて、ウミもゆっくりと水路を流れていく。
まだ目覚めて日の浅い彼女たちにとって、この地下都市での日々は目新しく新鮮であった。
見た事のないものがいっぱいあって、毎日景色が変わっていく。
ご飯は美味しく、みんなで仲良く食べるのはとっても楽しい。
二人にはわからないが、家族とはこんなものなのだろうと、そう思えた。
そんな二人が向かうのは、中央部を少し西に外れた区域。
そこはチビルナたちの工房をはじめとした、リヴラの生産を一挙に引き受ける工業地帯であった。
騒がしい音のする、相変わらずの白一色の建造物が並ぶ中を進んでいくと、突如鮮やかな暖色の布に覆われた半球状の住居が現れる。
リヴラでは珍しい暖色に驚くこともなく、木製の扉を開けて中へ飛び込んでいく。
大規模なテントのようなその建造物は、木で編まれた格子の壁に囲まれ、太い支柱と放射状に並べられた垂木が天蓋を覆う、不思議な幾何学模様を描いた内装をしていた。
床には魔獣の皮を鞣した敷物が敷かれ、しかし中心部だけは床ごとくりぬかれ、大きな窪みができている。
建物を中心から支える支柱が露出した大地から伸びているのだが、今そこには巨大な魔獣の死骸が括りつけられていた。
魔王が初めて対峙し、倒した魔獣アルリザード、その別個体である。
腹を真一文字に裂かれ、血を抜かれ、内臓まで露になったその姿を見上げている、少年と見まごうほどの小さな体躯が一つ。
「ししょー!」
「んー?」
音をたてながら走ってくるヤマにようやく気が付いたのか、部屋の主――錬金術師ロアが振り返る。
ここは彼がリヴラに来てすぐに作り上げた研究室であった。
支柱の周囲にははく製にされた魔獣と、そこから取り出された半透明の球体――ロアのいう核が筒状の装置に入れられて保管されている。
初めてその設備を見たエリは、こんなの錬金術師じゃないと嘆いていたが、ここは昔から変わらない彼の工房を再現したものであった。
「どうしたお前ら、今日は探検はいいのか?」
「今日はししょーのところに探検なんです!」
「だって」
「はいはい。邪魔すんなよー」
そういえばここ2~3日構ってなかったなと思いながらロアは頷いた。
この二人との出会いは本当に偶然だったが、思ったよりも懐かれたものである。
その内飽きて帰るだろうと、ロアは自身の作業へと戻った。
「核、調べてる?」
「ああ。この蜥蜴型は初めてだからな。蛇に持ってきてもらったんだ」
魔王のことを、ロアは蛇と呼ぶようになっていた。
そもそも魔王という称号だけで名前がないのだから仕方ないのかもしれないが、呼ばれるたびに魔王の表情が嫌そうに変化するのをウミは知っていた。
面白いから特に指摘はしないが。
部屋の中心に立つロアが見上げる魔獣の体内には、まだ核と呼ばれる器官がついたままであった。
完全に魔力は抜けていないのか僅かに光を帯びているように見える。
「……やっぱでけえな。魔力濃度の問題なのかねえ」
ロアが錬金術師と呼ばれる所以、それがこの核に対する研究、その理解であった。
この世界の生物の体内には必ず存在する、心臓や脳に並ぶ中枢器官。
その機能は『魔力の循環と変換』。外部から取り込まれた源素は核によって変換され、生体活動に適した魔力に変換される。
この核によってその生物が使える魔力の総量は決まり、個々人が扱える属性も変化する。
大きさ、色、形――それらを調べることで、その生き物の魔力的な性質を読み取ることができるのだ。
「そんなに大きい? どれも、同じに見える」
「そりゃ今生きてる連中は同じだよ。オレの時代に比べたらって話だ」
彼がいつも首にかけている金の首飾りには三つの核が埋め込まれている。
全て彼のものではなく、かつて生きていた他人の核。そしてその大きさは吊られた魔獣の核の半分にも満たない。
当時の竜種などの超大型生物でようやくあのサイズといったところだろう。
どれだけこの時代の魔獣が肥大化し、凶悪になったかがよくわかる。
「そんだけこの世界がおかしいってことだよ」
「ふーん……」
「興味ないなら聞くなよー」
明らかな生返事に笑いながら、そろそろいいかとロアは吊り下げていたアルリザードを下ろして近くの台に乗せる。
血抜きならぬ魔力抜きが終わったので、核の摘出を行うためだ。
ここ数日の彼の関心は魔獣の核の性質調査にあった。
手当たり次第核を調べてはその記録を取っている。
眠りにつく前から変わらないその習慣を、ロアは目覚めてからも続けていた。
……本当ならばもう意味のないことかもしれないが、それでも続けてしまうのは、変わらない自分の性質なのだと嫌でも理解できてしまう。
どれだけ時間が経とうとも、人というのはそう簡単に変われないものなのだと、ロアは小さく自嘲の笑みを浮かべた。
「ねえししょー」
「ん? どうした、ヤマ」
チビルナから貰った手術器具で摘出を続けるロアに、ヤマが声をかける。
「その核って、とっても大事なんですよねー?」
「そうだぞー」
「核がないと、みんないきられないんですよねー?」
「ああ、そうだぞ」
「でも、エリさんは核がないんですよねー? なんででしょー」
その言葉に、ぴたりとロアの腕が止まる。
マナホールでの戦いの中で、ロアの補助魔術が一切かからなかった勇者エリ。
彼女は異世界からの来訪者であり、その世界には魔法が存在しないという。
つまり、核という器官がそもそも存在していないのだ。
「……なんでだろうな。生物としては、あり得ない筈なんだがなー」
「不思議ですよねー」
「なー! 一度調べてみたいんだよなー。……解剖しちゃ、ダメかな?」
そう言って、解体用のナイフを煌めかせてロアは笑う。
「ダメに決まってる」
「そうかー。一回頼んだんだけど断られたしな」
「……師匠、だからエリさんに避けられてる」
いつもの朝食の際、魔王とエリはロアから離れて座っていた理由が分かったウミであった。
「え? 俺避けられてるの?」
「……気づいていない、重症ね」
「ししょー、じゅうしょー?」
「うるせえ! じゃあお前らを解剖してやるかー!」
「きゃー!」
ナイフ片手にばたばたと走り出すロアに、喜声を上げてヤマがテントの外へと飛び出していった。
そのまま戻って来ることなく、外からウミを呼ぶ声が聞こえてくる。
「ったく、元気な奴だよ。おいウミ、呼んでるぞー」
「うん。……研究、頑張って」
「おう」
右手をひらひらと上げて、解体されたリザードの前へと戻っていく。
ここに来てから、師匠はずっとこの部屋での研究を続けている。
まるで何か急いで知らなければいけないことがあるかのように。
それは、多分だけれど私たちのため。
出会ってからずっと優しい保護者である彼の意図をくんで、ウミもヤマを追ってテントの外へと飛び出していった。
その姿を尻目に、ロアは切除したばかりのリザードの核へと視線を向ける。
「……これ、やっぱそういうことだよなぁ。どーすっかなー」
未だ光を帯びている核を見つめて、稀代の錬金術師は深く、大きなため息を吐いた。