第30話 妖精の力
一方窓の外、巨人との戦いでは嵐が吹き荒れていた。
先ほどまでの景色は消え失せて、一面が金属に覆われている。
巨人による破壊の後は隠されこの施設は守られた……はずなのだが。
それが今、物凄い速度で破壊されている。
魔王による魔法によって。
放たれた蛇が魔法陣を成し、俺の声に合わせて魔法が放たれる。
その数は10を超え、20に至ろうとしている。
多種多彩、そのどれもが上級。
周囲の魔力をたっぷりと吸って放たれたそれは、巨人を直撃し、その余波が周囲の壁を破壊していく。
巨人に大きな傷はない。
だが周囲の壁は……すでにボロボロだ。
「壊せとは言ったが、やりすぎだあの阿呆……!!」
師匠――ロアが柏手を鳴らす。
音が飛び回り、壊れた壁にぶつかる。
途端にそこから金属が生え、壁の穴を埋めていく。
だがすぐに別の場所が壊れる。
指を鳴らし手をたたき、彼の魔法を発動させる。
その度に体を目いっぱい動かし、俺への悪態をついている。
既に息は絶え絶えで、この場で一番疲労しているのは、彼かもしれなかった。
そんなロアに巨人が迫る。
魔王の砲撃に身を焦がしながらも、変わらない速度で空を駆け抜け、右手に生やした剣で切りかかる。
巨人も、ロアが要所だと気が付いているのだろうか。
だがその剣は、エリの一閃に阻まれる。
光の剣を吹き飛ばし、がら空きの胴にイオが銃撃を放つ。
着弾と同時、巨大な爆音が響き渡る。
先ほどからイオは銃弾を変えている。
鉱山で使用した炸裂弾。威力は高いが視界は塞ぐわ周囲にも影響出るわで封印していたのだが、今この場なら気にせず使える。
煙が晴れると、腹の表皮がえぐれた巨人の姿があった。
そこにすかさず魔法を叩き込む。
特大の蛇、特大の魔法。
戦ならば城門を吹き飛ばすための攻城魔術――雷術の砲撃だ。
放たれた魔法は、しかし巨人によって防がれる。
分厚い光の壁が奴の前に出現していたのだ。
そう、防いだ。
あの巨人が、はじめて防御をしたのだ。
命の危機だと認識した。
「攻めるぞ!」
「よし来た!」
ロアがもう摩擦で掠れ切った手を叩く。
何度目かの身体強化。ただし、何故かエリだけはその光を弾くようにかき消してしまう。
「なんで私だけ……!!」
それでも気合でエリの一閃が鋭さを増し、逃げそびれたやつの右足を切り飛ばす。
残った四肢をイオが撃ち砕く。
煙も晴れぬ間に、蛇の魔法陣が奴を取り囲む。
ここまで中身が露出したのは初めてだ。ならばここで決めきる――。
『――――』
だが奴は、自らの周囲に光を放つ。
破けた翼で体を包み込み、さらにその外側を黒い流動体が包み込む。
殻だ。
逃げ場も何もない、完全な防御形態。
そこから、奴は一切の動きを停止した。
慌ただしかった戦いが、ようやく動きを止める。
「あれは……」
「攻撃を止めた、のかな?」
「どうもそうらしい」
俺たちも動きを止め、荒れた息を整える。
この戦いが始まって初めての停滞であった。
「これは勝ったと言っていいのか? ロア」
「いや、まだだ。あれはまだ死んでない」
本を閉じたロアがふら付きながらやってくると、腰を下ろしたクアの背にしがみついていた。
見た目はあれだが、軟らかいからな……。
「……はっ!」
屈んだエリが跳びあがり、球体に向けて剣を振る。
だが伸びた刀身は甲高い音ともにはじき返されてしまう。
「ダメですね、さっきまでよりずっと堅い。あれを壊すのはとっても大変そう」
お手上げといったようにエリも構えを解いてこちらへとやってくる。
敵を目の前にしながらも、他のメンバーも戦闘態勢を止めて腰を下ろした。
自分たちの想像以上に疲労がたまっていたのだろう。
「ロアさん。あれが何かわかります?」
「いや、わからん。オレも別にあいつのことをよく知ってるわけじゃないからな。ここのことを調べてたら突然現れて、慌てて封印したんだ」
お前らが間に合ってくれてよかった、と大きく息を吐きながら言った。
見た目通りの年齢ではないだろうが、とにかく表情豊かだよなこの男。
「だからあれが何かはわからん。全く、よくわからん生き物だ」
「あれも植木屋とかと同じ仲間のかな」
「多分ね。性質はだいぶ違うけど……」
「植木屋?」
首をかしげるロアに、イオが植木屋――修復者の特徴を語る。
直ぐに合点がいったようで、あいつらかと何度もうなずいている。
「起源は同じもんだろうな。役割は違うが。お前らの言い方ならあれは解体屋か? あいつらの共通点は、強烈な源素で体ができていること。魔力を使う俺たちの魔法じゃ、どうしても堅い」
源素というものは初耳だが、大体意味は分かる。
兎にも角にも堅いのだということだろう。
だが奴を倒すにはどうにかしてあれを壊さなければならない。
攻略法はないかとずっと注視しているのだが、気になることがある。
「……似てるんだよな」
「何にですか?」
「一度だけ見た事があるんだ。植木屋が廃都市に森を生やしたところを。その魔力の流れに、似ているんだ」
自身にため込んだもの、それを吐き出すような力の流れ。
その手前の、自身の力を中で全速力でかき混ぜている圧を感じる。
「……それ、まずくない?」
ロアの呟きが聞こえた直後。
黒の球体に亀裂が走り、花開いた。
『――――』
そこにあったのは人型の巨人――ではなく、殻と同じような真っ黒の球体であった。
花弁は翼に変わり、球の表面は静電気のように光が揺らめいている。
わかるのは、その中でとんでもない量の魔力――源素が渦巻いていることと。
今にも破裂しそうにその大きさを増していることだ。
「……あれ、まずくない?」
ロアの声を聞く前に、蛇を全力で解き放つ。
間に合うのか、そもそもこれで防げるのかはわからないが、全員の視界を覆うように魔法陣を編み出していく。
ロアも慌てて魔導書を開き、エリとクアはイオを囲んで防御姿勢に入る。
そのどれもの反応が遅れ、それよりも早く球体が破裂しそうになった、その瞬間。
奴の漂う空間の真横の壁――ロアが覆った金属をぶち破って巨大な木の幹が現れた。
木は四方から球体にぶち当たり、そのまま全体を覆いつくしてしまった。
「何……?」
呆然とつぶやいた直後。
木の中でくぐもった爆音が鳴り、砕けた木が焼け、飛んでいく。
だがそれだけだ。
風が強く吹き荒れただけで、俺たちは全員が無事だった。
「今のは……」
つぶやく声をかき消すように、再び木が成長を始め伸びてくる。
そしてまた球体を包み込むと、今度は緑に輝き始める。
「魔法か!」
「でもいったい誰が……」
「見て分かれ! 木の魔法だぞ? あれは――妖精魔法だ!」
形ある自然を意のままに操る、人型種族が操る中でも最強の魔法。
それが、妖精魔法だ。
「妖精って……まさか」
咄嗟にルナたちの入った部屋を振り返る。
そこからは不思議な強さを持った光が漏れだしてきていた。
「そのまさかだ! これで部品が揃った!」
ロアが歓喜の柏手を鳴らす。
防御ではなく、強化の魔法が全員にかかる。
「源素はオレが。魔素はお前らが。そして空素はヤマとウミが使う。これで循環が出来上がる!」
木がぎちぎちに球体をとらえ、身動きをとれなくさせている。
ならば、速度を考えなくて済むな。
「今度こそ倒すぞ! エリ、イオ、穴を開けろ!」
「「了解!」」
防御用に放った蛇をまとめ上げ、極大の槍を練り上げる。
20匹にたっぷりの魔力を注ぎ込み、俺の二倍はあろうかという槍が出来上がる。
エリが全力の刺突で表皮を砕き、その穴をイオが拡げる。
上手く下側を開けてくれていた木の隙間から、表皮の消えた球体が露出する。
これで、もう終わらせる。
蛇の槍を解き放ち、今度こそ球を貫いた。
そのまま全てを中へと潜り込ませ、一斉に起爆させる。
轟音が鳴り響く。
木とともに黒い光が弾け飛び、先ほどまであった場所には鈍く輝く小さな球が一つ。
「あれが核だ! ぶっ壊せ!」
「――はい!」
そこへエリが再び跳躍。
輝く腕を振りぬき、全力の一閃を解き放つ。
彼女の姿が搔き消える程の凄まじい速度の一撃は確実に核を到達し――核は真っ二つに切り裂かれた。
『――――!!』
甲高い音が鳴り響く。
それは断末魔のようで、そのまま核も黒い光も消失していった。
「よし、今だ、嬢ちゃん!」
ロアが柏手とともに咆哮を上げる。
瞬間、周囲を包んでいた壁は砕け散り、再び銀の壁に包まれた『穴』に戻る。
ガラスの向こうのルナが腕を振り下ろすと同時。
足元から唸るような稼働音が響き、穴の側面に光が奔り始めた。
それは遥か上まで伸びていき――天井らしき部分に達すると、赤い光が点滅を始める。
「なになに、何が起きてるの!?」
混乱したイオがクアにしがみつく。
赤い回転灯とともに鳴り響くこの音は、警告音のように聞こえる。
思わず身構えるような音色だが、すぐさま何かが起きるわけではなさそうだ。
ロアが大きく息を吐いて、クアの上に腰を下ろす。
そいつは椅子じゃないぞ……。
「この穴の機能をルナが回復させたんだ。今まで噴きあがっていた魔力を止めてたが、今から逆流させるんだ。詳しくは後で話す!」
「そんなことが可能なんですね……」
「いや、何でできるかは知らん。だがあいつはやった。最高だ!」
喜ぶロアを尻目に、奥の部屋の方を見る。
我らがリーダーがやってくれた。
そこには喜びの表情――ではなく、焦った顔で部屋から飛び出してくるルナの姿があった。
「皆さん! 逃げて下さい!」
そして聞こえる、緊急事態を告げる声。
「循環のため、天井が開きます! ……湖水が一気に落ちてきます!!」
遥か天井から駆動音が聞こえてくる。
あれは確か、入ってきたときに聞いた音。
つまり、湖水を止めている入口が開いたものだろう。
「てことは水没するってこと!?」
泳げないイオが絶望の悲鳴を上げる。
例え泳げたとしても、上から降ってくる水塊の衝撃は、エリでさえ軽く潰れるものだろう。
「こちらへ、早く!」
ルナの声に従い、全員が彼女のいる部屋へと駆け出した。
だがそれとは逆に、ウミが外へと歩み出てくる。
いくら水と暮らす水妖精だとしてもあの落水は不味い筈だ。
しかしだれも止めるものはいなかった。
むしろ、部屋に入らなければならない筈の俺たちは足を止めた。
それほど、彼女に纏う淡い光が強く、その自信に満ちた瞳に魅入られたからだろう。
「大丈夫、ルナ。あたしに任せて。みんな、そばに」
僅かに水を纏った小さな少女は、しかしかつて見た妖精に匹敵するだけの風格があった。
幼さはそこにはなく、彼女の言葉に全員が従った。
「ヤマの次はあたし。……あたしは、水の妖精」
ウミがその手から青い光を解き放つ。
直後、真上から大量の水が降り注ぐ。
凄まじい量と勢いだったそれは、ウミの放つ光を受けてゆっくりと螺旋を描き、穴の中心部へと吸い込まれていった。
よく見れば水がそのまま落ちているわけではなく、穴に落ちる直前に、青の光に変わっているようであった。
「綺麗……」
巨大な質量の水は鮮やかな光に変わる。
そこに先ほどまでの荒々しさはなく、幻想的な光景が広がっている。
ルナの目が濡れたように揺れる。
涙は流れないはずだけれど、それでもこれは感動しているのだと理解できた。
「さ、これで大丈夫。帰ろう」
そう言って、ウミが腕を振る。
落ちてきている水の一部が球となって降りてきて、その一面が開いた。
それは来た時と同じような水のエレベーターだ。
ルナにヤマ、ウミ。
俺たちが巨人を倒すだけではない部分を、彼女たちが担ってくれた。
ここにいる誰かが欠けていたら、この勝利は得られなかった。
「……ありがとう。ヤマ、ウミ。お前たちは妖精だよ、間違いなくな」
「はいー!」
「……うん」
今はもう、普段通りの幼い姿だけれど。
彼女たちは力ある妖精なのだと疑う者はもういない。
文明ではなく、自身の持つ魔法の力で人類と渡り歩いた種族だ。こと自然の中で、彼らに勝る種は少ない。
「さあ帰ろう。さすがに疲れた」
長く続いた地の底での戦いは、ようやく幕を閉じたのだった。