第3話 ようやく現状を知りました
それから俺たちは都市の中で腰を落ち着け、銀髪娘の話を聞くことにした。
彼女が何故俺を起こしたのか。今この世界で何が起きているのかを知るために。
まず彼女が語り始めたのは、俺が殺された後に何が起きたのか、であった。
彼女曰く、人類はやりすぎた。
魔王という世界最大の危機を乗り越え、勇者という異界の資源を手に入れた人類には、大きな変革が訪れたという。
その中核にいたのが、俺を殺した勇者どもだ。
奴らはこの世界には存在しない知識を持っていた。
例えば、遥か地下から魔力を使わずに水を吸い上げる技術。魔法ではなく熱で、蒸気で物を動かす方法。指一本で人を殺せる兵器への発想――より正確には、何故それらが実現可能なのかの原理。
湯水のごとく湧いてくるその異界の知識により、世界は著しい発展を遂げたのだそうだ。
恐らく数百年はかかるはずだった発展を、ほんの短期間で奴らは成し遂げた。
それは、とても心地よい時代だったのだろう。
瞬く間に世界は変わり、昨日までの苦労が一切なくなっていく。
人々は喜び、賛同し――いつしか歯止めが利かなくなった。
きっかけは、恐らく恩恵の枯渇。
世界の技術水準が異界の勇者の知恵に追いついたのだ。
奴らは知識こそあるが、発明者でも魔術師でもなかった。
俺が見た彼らは殆どがまだ幼さの残る少年少女。自ら創り出すということを知らなかったのだ。
故に、そこから先は未知の領域。
世界中の国家が、天才どもが躍起になって技術を生み出そうとしただろう。
それはいわば、武ではなく知で行われた群雄割拠の時代。それもすぐに争いに発展するのだが、そのあたりは長いそうなので省略された。
大事なのは、その結果。
数百年にも及ぶ開発競争の末――世界の資源である魔力が枯渇したのだ。
世界の遥か地下深部には根源魔力と呼ばれる、世界が作りだすエネルギーが流れている。
そこから幾つかの過程を経て、うすーくなった魔力が表層に出てくるのだが……進歩しすぎた人類はそれでは足らず、大本から吸い上げることを画策する。そのための技術は、勇者たちが教えてくれていた。
その試みは成功し、成功したために残っていた僅かな魔力の一滴まで吸いつくされた。
だが、それは人から血液全てを抜くのと同じ。流れるものがなければ、新たな血液は作られない。
もう一度言う。人類はやりすぎたのだ。
草木は急速にやせ細り、海すら枯れ、唯一元気なのは、新鮮な魔力を求めて彷徨う魔物たちくらい。
文明に頼って鍛える努力を怠った人類が、魔物どもに勝てるはずもなく。
世界はそのまま滅びるはずだった。
だが、そこで一つの救済方法が告げられる。
それは――。
「異世界に逃げちゃえばいーじゃん、です」
「……は?」
長い説明に若干薄れていた意識が、間抜けな声に覚醒する。
異世界に移住……確かに最初にあった時にそんなことを言っていたな。色々あってすっかり抜けていた。
娘は俺の態度が癪に触ったのか、どこかから取り出した銀の棒で俺を指す。
「ですから、異世界へと移住したのです。当時の人類、その殆どが」
改めて言われても、意味がわからない。
「……魔王さま?」
「いや、すまん。あまりにもふざけた話過ぎて、理解が追いついていないだけだ」
何度聞いても、そう簡単には理解できない。
世界を支配したあの人類がこの世界を捨てるなど。
だがその理由は今この少女に聞いた。そこを疑う必要は今はない。
「移住、移住な……それは、確かに一番わかりやすい解決方法かもしれない。だがどうやって異世界に行ったんだ? そもそも勇者ども呼んだのも、偶然だったんだろう?」
確か、魔法の実験で偶然でかい穴が空き、そこから出てきたのが人間――しかも規格外の強さを持った――だったという話だ。
話を聞く限りは、一方通行だったようだが。
娘は、その時代のことは良く知りませんが、と前置きをした上で続ける。
「幸い、その時の門が残っていたそうです。彼らを逃がさないために封印してあったようですが、解くのは簡単だったみたいですね」
「偶然空いたものは、閉じ方も分からなかったと? ……勇者ってのはとことん常識外れな連中だな」
「魔王さまの恨みは置いておいて……ともかく、世界が生存不能な程に荒廃した時に、別の世界に繋がる穴があったら、どうしますか?」
「そりゃあ、行くだろうな」
しかも、行き先は世界を発展させた英雄の生まれ故郷だ。
当時の人類どもにも慣れ親しんだ世界が広がっていることだろう。
「はい。ですので『こんな使い果たした世界とはおさらば。新しい世界に旅立つぞー!!』……となったわけです」
「だから、人類は移住した、か」
「はい。記録では当時生き残っていた人類のほぼ全員が移住を選択。指導者とともに、異世界に消えていきました」
ほぼ全員? そんなことがある筈が……いや、考えてみれば当然なのだろう。
詳しくは知らないが、この世界はちょっとした長話をしているだけで死ぬ危険があるような状況だという。
好き好んで残った奴など、ほんの一握りだったのだろう。
「ちなみに、残りの連中は?」
「わかりません。少なくとも生き残りはいないと思われます。……何せ、大分昔のことですので」
これも、納得がいく。
だが、まだ足りない。結局のところ、俺はまだ肝心なところを聞いていないのだ。
「そうだな。俺が気になるのは、それだ」
何故ならば、ここに至るまでに通ってきた場所は文明なんて欠片も残っていない原生林だったのだから。
繁栄した人類の都市もなく、自然が枯れ果ててもいない。
さっきまでの話と、辻褄があっていないのだ。
それは、つまり。
彼女の告げた話よりもずっと――途方もなく長い時間が経ったということになる。
だから聞かねばならない。
「俺が死んでから、どれくらい経った?」
「少なくとも、1000年は経っているかと」
「……ははっ」
思わず乾いた笑みが漏れる。
まさか1000年ときた。想像より桁が一つ多かったぞ。
「せめて、100年だったらなあ……」
「そうすれば、城は残ってましたね。観光資源ですが」
「……」
人形みたいな見た目をしておきながら、さっきから表現豊かな奴だ。
そう、次はこいつについて聞かねばならない。
「それで? そんな有り様の世界でお前は一人何をしてるんだ。いや、何をするつもりなんだ?」
先程こいつは『生き残った人類はいない』と言った。ならば、こいつは何なのか。
問いかけにまっすぐこちらを見つめ返し、少女は告げる。
「私たちはこの世界を旅立つ人類によって造られた自動人形です。彼らが去ったこの世界を、本来の姿に再生することが、私に与えられた任務です」
「……オート……?」
耳慣れない単語に首を捻る。その反応に驚くように口を開けて、銀髪娘は直ぐに納得したように手を叩く。
「魔王さまの時代にはない概念でした。……簡単に言えば、私たちは人工的に造られた人間なのです」
「人を造った……? 思いっきり禁呪じゃないか」
「それだけ緊急事態だったということです」
彼女の言葉通りではあったが、まさか本当に人類ではなかったとは。
しかも世界を滅茶苦茶にした自分たちは異世界にとんずらし、残ったこいつ一人に世界の再生とやらを任せたと。
いくらなんでも無茶ではないか?
魔獣すら碌に倒せなさそうな体躯だが……まあ、今はいい。
急ぎ把握したかった事は分かった。一先ずこれが最後の質問だ。
「それで、その人造人間とやらがこの俺に何をしろと? わざわざ起こしたんだから、やることはあるんだろ?」
「勿論です。そうですね、まずは――」
待ってましたと言わんばかりに、娘がうなずいた。
何せ、この魔王をわざわざ起こしたのだ。
俺にしか成せない困難が待っているのだろう――。
「動物たちのお世話をします」
自信満々に、娘はそう告げた。