第26話 妖精とは
ヤマとは何者なのか。
彼女に出会ってからずっと考えていた事だ。
人間で言う幼児位の体型。
髪や花などの特徴はまんま木妖精だが、それ以外は良く解らん生物だ。
「え、妖精じゃないの?」
「外見はな。ただ、妖精に子供はいない」
人型三種族の一つ、妖精種。
彼らの最大の特徴は、その身体だろう。
人類――人間と獣人は肉で構成された肉体を持つ。
対して妖精という種は、魔力で編まれた「魔力体」と呼ばれる身体を有している。
その違いは色々とあるが、幾つか有名なものを上げるなら、寿命と外見の2つ。
まず、妖精種はとにかく寿命が長い。人間の大人とほぼ変わらぬ外見の成体で生まれ、老化という現象は殆どみられない。
そして肉体種との違いのもう1つは、外見的特徴が挙げられる。
彼らは自然の子である。それ故に、身体の一部に属した自然を宿しているのだ。
木妖精は花や葉、枝が身体のどこか――主に頭部に現れる。
土妖精は岩に似た構造物を肩や頬などに纏い、水妖精は全身に薄く水の膜を纏う。
その意味では、彼女たちは妖精だ。
妖精なんだが……。
「なら、なんでヤマたちは小さいんでしょーか?」
「それなんだよなぁ」
結局、わからないのはそこだ。
ルナを見てみるが、彼女も申し訳なさそうに首を横に振った。
「正直、私には判別がつきません。失礼ですがヤマさんの様な妖精は初めて見ます」
「そうなのですかー……」
「そうなんだ。こんなに可愛いんだけどねー」
ぐりぐりとエリに撫でられ気持ち良さそうにしているが、ヤマの視線は俺たちから離れない。
「……じゃあ、ヤマたちは、いったい……」
「……」
分からない。
それが、俺の正直な答えだ。
俺は別に学者でも何でもない。妖精の生態だって常識の範囲でしか知らない。
なにせ俺は、破壊することしかできない魔王なのだから。
ただ――。
「案内、してもらったからな」
「え……?」
無垢な善意に応えない程、愚かな魔王ではない。
それに何より、あんな強い眼差しで見つめられたら、何か言わなくてはいけなくなるではないか。
不安気に目を伏せるヤマに、腰を下ろして目線を合わせる。
「あくまで仮説で良ければ話そう。それでもいいか?」
「……っ、はい! ありがとうございます!」
「そこのウミとやらもこっちへ来い」
「……!!」
「……クア、頼む」
「ひっ!?」
相変わらず入り口で仁王立ちして睨んできていた水妖精をクアが連れてきてくれる。
さっきまでの威勢はどこへやら。やたらビビってるな……。こいつも見た目通りの子どもなのだろう。
「……水妖精ね」
「……水妖精ですね。やはり小さいですが」
彼女もまた水妖精の特徴である青い髪であり、その先端はほのかに発光した緑色に変わっている。
周囲には水の球のようなものが浮かんでおり、彼女自身も水の膜を纏っているようで、その身体はわずかに揺らめいている。
これは本来水の中で生きる水妖精が地上で活動する際に現れる特性で、不思議なことに肌や髪にに触れてもこちらが濡れることはない。
水も彼女たちの体の一部なのだ。
これもまた、生ける自然である妖精の特徴であった。
「ヤマ!」
「うみちゃん……」
クアに押されるようにやってくると、ヤマにぎゅっと抱きつき、こちらを睨む。
怯えながらもヤマを必死で護ろうとする意志を感じる。
ここに入ってしばらく経つが、他に妖精が姿を現す気配もない。
つまり彼女たちは、真の意味で唯一無二の親友といったところなのだろう。
……なんで2人だけ、しかもこの姿で……。
わからないことは多いが、それでも話せることを話すしかない。
「……それで?」
移動したのだから答えろというウミの視線に頷きを返して口を開く。
「まず、俺の予想ではヤマ、お前は木妖精でそっちのウミは水妖精だ……ちょっと、いやかなり小さくなってはいるがな」
「ちいさく……」
ヤマが自分の手のひらを見つめている。その手は小さくまんまるである。
「はいはーい、質問! 魔王様の言う通り、妖精は本来もっと大きいんでしょ? じゃあ違くない? それに、そもそも妖精種って滅んだんじゃないの? だって、自然はほとんど枯れちゃったじゃない。なら、そこで暮らす妖精も絶滅してそうだけど」
イオがおかしいと声を上げる。その疑問はごもっとも。
世界の最期を知るルナや彼女にしてみれば、この二人の存在は異常に見えるだろう。
だが、ヤマたちのような存在も、現れる可能性もあると思うのだ。
「……妖精、滅んだの?」
「滅んだのではなく、一時的に消えただけではないかと思っている。妖精種に明確な滅びは存在しないと言われているしな」
「滅びがない? どういうことですか?」
今度はルナ。ヤマと同じような目をしてこっちを見ている。
どうもここに来てから、ルナの精神年齢が下がっている気がする……。
「妖精種は、我々動物とも植物とも違う。彼らは意思を持った自然の結晶であり、俺たちが見る人型の姿は、蝶で言う芋虫の段階に過ぎない」
先ほど成体と言ったが、それはあくまで我々から見た姿でしかない。
例えば木妖精。彼らは人間の数倍、個体によっては数十倍の時を優に生きる種族であるが、不死ではない。
明確ではないが、彼らにも寿命が存在する。
長い時を生きた後、彼らは死ぬときにその姿を樹へと変えるそうだ。
木妖精が姿を変えた樹はそれは美しく、生前その身に溜め込んだ魔力を大地に還すため、その周辺は豊かな土壌に変わるという。
そしてそこからまた、新たな木妖精が生まれるのだ。
樹より生まれ、樹に還る。その循環により、木妖精たちは生き、彼らの森は繁栄を続けていく。
それは他の妖精たちも同じ。土妖精は大地に。水妖精は水に還る。
だからこそ、彼ら自然破壊に怒るのだ。先祖と子を殺されるに等しいのだから。
「妖精は自然とともに生き、死んでいく。だからこの世界――正確には世界中の自然が再生されつつあることで、お前たち妖精が蘇るのはわかる。わかるんだが……」
「この大きさになってるのが、わからないと」
イオの言葉に、頷きを返した。
だって、今までの傾向ならむしろデカくなってなきゃおかしいだろ。
なんで妖精だけ小さいんだよ。意味わからん。
「……考えられる理由は、人類による魔力の枯渇だ」
だから、思いつく可能性を上げてみるしかない。
「俺は実際に見た訳じゃないが、人類史の末期には自然の殆どが消失したのだろう?」
ルナを見ると、頷いた。
そして自然を再生するために修復者たちが現れた。ここまでは事実と考えよう。
「なら、その時には木妖精たちの住処も殆どがなくなっていたと考えるのが自然だ」
「……魔王さまの考えが正しいと思います。最後には妖精種は世界中から姿を消したそうですから」
森は消え、湖は枯れた。土妖精たちのコロニーである岩山は残っただろうが、それも形だけ。やせ細った大地となっていた筈だ。
「だが今、世界は再生されつつある。妖精種は人型種族の中でも最も自然に近い種だ。なら、今の世界で一番最初に生まれる――再生される人型種族は、妖精なのではないかと思うんだ」
俺は別に生物の進化や誕生に詳しいわけではないから、ほとんど空想に近い想像なのだが。
「じゃあ修復者たちによって、木妖精たち妖精種も再生されてるってこと?」
「修復者が妖精まで再生するかはわからん。だがこの世界に再び人型種族が生まれるなら――きっと妖精たちが最初だろう、ということだ。……だが、それには大きな欠陥がある」
それは、修復者が世界の修復を「無理矢理」行っているということだ。
築いた文明を壊し、それを資源に強引に自然を作り出している。
この世界がどう造られたかなんて知らないが、明らかに正規ではない手順のはずだ。
「その結果、不完全な状態で妖精が生まれてしまった……そう俺は考える」
つまり、ヤマもウミも、妖精の幼体なのだろう。子供の木妖精という訳でなく、木妖精になる前の、未成熟な妖精種だと。
「ああ、なるほど……」
ルナが大きく息を吐く。
この世界を一番長く見てきた彼女もどこか納得する部分があったらしい。
一方、俺の話を聞き終えたヤマは俯いている。
話が理解できなかった……わけではないだろう。
先ほどから彼女は専門的な用語を除いて大体の話を理解できている。
姿はあれだが、知能は決して低くない。
だからこそ、この話を聞いて何を思ったのか。それをしっかりと受け止めなければならない。
ゆっくりと顔を上げて、俺の顔をまっすぐに見つめる。
「つまりヤマたちは、妖精だけど妖精じゃない……」
「ああ。俺たちの知る木妖精ではない、とは思う。いわば新妖精だな」
この世界の有り様に適応した新種とでも言うべき存在だろう。
クアたち魔獣も、俺の時代とはまるで違う別の種ばかりだ。そりゃ人だって変わるのだろう。
「これが俺の答えだ……すまないな。望んだ答えではなかったかもしれない」
屈んで目線を合わせると、ぶんぶんと首を大きく振った。
「いえ、ヤマはヤマがなんなのかを知りたかっただけですのでー」
「……元々種族なんてどうでもいい」
ウミがきゅっとヤマの手を握る。
落ち込んだヤマを心配しているかに思えたが、よく見るとウミの手は震えている。
……もしかすると、彼女の方が不安を抱えていたのかもしれないな。
口調から成熟している印象を受けるが、ウミもまた生まれたばかりの妖精なのだ。
「ありがとうございました、まおーさま」
「いや、構わないさ。ところで、お前たちは今後もここにいるつもりか?」
この商業施設はなぜか稼働しているから、このままここで暮らすこともできるのだろうが、二人では寂しいように思える。
俺の問にもウミが首を横に振る。
「外に出てみたい……でもあたし、あんまり長い間水から離れられない。だからヤマには迷惑ばかりかけてる」
「そんなことないですよー。うみちゃんがいたから楽しいのです」
「ヤマ……」
できればそのまま一緒に戻れればと思ったのだが、リヴラには湖がないから厳しいか。
ルナを見れば、同じ気持ちだったのだろう。
握りこぶしをつくってふんふんと頷いている。
「つまりウミさんがすごせる水場があれば大丈夫ということですね! それくらいなら可能ですよ。二人とも、良ければ私たちと一緒に来ませんか?」
「ほんとーですか!」
両手を上げてヤマが叫ぶ。
だがその直後にしゅんと項垂れてしまう。
「でも、やっぱりだめです。ししょーが戻ってこないと……」
「ししょー? ……師匠か? もう一人いるのか?」
「はいー。わたしたちが起きたときにはもうここにいて、お世話してくれましたー!」
「その人は今どこにいるかわかる?」
エリがヤマを抱え上げて尋ねる。
その間に、俺たちは視線を合わせた。
突然の、探していた『もう一人』の出現。
恐らくその師匠とやらがこの都市の基盤式を活性化させているのだろう。
この二人の様子を見るに、妖精種ではない別の誰かのようだが……一体何者か。
「今はいない。あの人たまに戻ってくるけど、基本的にはずっと下にいる」
「色んなものをくれるんですよー。それでしょうひんをつくってるのです!」
「「下?」」
イオとルナの声が被る。
「そう、下。ここのずっと下にまだ階層があるんだって。あの人は穴って呼んでた」
「できればししょーも一緒に行きたいのです! でも、わたしたちは危ないから入るなって言われてて……お願いです。ししょーも連れてってくれませんか?」
「それは構わないが……」
師匠に穴、か。いきなり出てきた、それも恐らく危険な情報だが、気になるところも多い。
その師匠とやらは基盤式を起動させ、メンテナンスできるほどの技術と知識を持っている。
我ら一行は技術には詳しいが魔術には疎い。協力的かはわからないが、会ってみたい。
そしてこの下に広がる穴とやら……考えられるのは魔物の巣となった地下廃墟などだが、こんな大都市の地下にあるものか? そもそも、この下は水中では……。
考えていると、ルナが俺の袖を引く。
「ここの服飾施設は地下にあったそうです。穴と呼ばれる場所かどうかはわかりませんが、行ってみる価値はあるかと」
「……なるほど」
そういえば、すっかり忘れていた。
ここには服の生産設備を探しに来たのであった。それがついでに見つかるならむしろ行くべきだろう。
「では決まりだな。その穴とやらに行ってみよう。二人も、問題ないか?」
「もっちろん!」
「はい、助けに行きましょう! ヤマちゃんたちの師匠」
ようやくエリが下したヤマのもとに行き、手を差し出す。
「約束しよう。穴に向かって、お前たちの師匠を探してくると」
「ほんとうですか! ありがとうございますー!」
小さな手を握って約束を交わす。
ウミを見たらそっぽを向かれたので、仕方なく立ち上がる。
「それで、どこへ向かえばいいんだ?」
「勿論、下」
そう言って、下を指差すウミ。
その先にあるのは、深い湖だけだ。
***
ヤマの店を出て、都市の奥へと進んでいく。
ウミ曰く、彼女たちの師匠がいつも穴に降りる場所があるという。
進む通路は広く、壁には大きく四角にくりぬかれた空間が規則的に並んでいる。
ルナが言うにはここにそれぞれの店舗が入っていたという。
幾つか物品が残っていそうな所もあったから、後でこっちも調べておかないとな。
歩きながら俺たちがやってきた目的をウミにも話す。
人類史を集めていると聞いたときはヤマが「はうわー」と驚愕なのかわからない叫び声をあげていたが、服飾の生産装置を探している理由を聞くと納得するようにうなずいた。
「服は大事です。いろんな色やもようがあってきれいです!」
「前に下で大きな、この辺りの店とは違うのがあった。あなたたちが探しているものもそこにあると思う。ただ……あなたたち、泳げる?」
なんでも、地下への道は封鎖されているらしく、ウミも水の中から見ただけらしい。
ルナの懸念通り、地下施設は大部分が浸水しているようだ。
「師匠が行ったという穴とは違うのか?」
「違う。穴はもっと下。あたしが言ってるのはここの下の階のこと……で、泳げるの?」
ウミの問いかけに、エリを除いた全員が一斉に下を向いた。
「……我々は耐水機能こそありますが、その……」
「重いから、沈んじゃうのよ」
イオが諦めろと言わんばかりに手をひらひらと振る。
ちなみに俺も泳げない。昔は泳げたのだが、この体になってからはダメになった。
蛇が水の中ではほとんど効果を発揮しないのだ。
誰にも言ったことはないが、俺を殺すために作られた弱点だと思っている。
決して溺れるのが怖いからではない。決して。
「魔法でなんとかできたりしないの、魔王様」
「んな便利な魔法あるか……」
俺にできるのは、攻撃魔法だけだ。
「物を浮かせる魔法はある。もしくは無理やり持ち上げるものもな。だが水中だとその制御は難しい」
何せ水は重く、生物のいる湖水となれば視界も悪いだろう。
強烈な出力と、精密な操作の両方が必要になる。
そして俺は攻撃しか能がなく、勇者は魔法が使えない。
「悪いが別の手段を探した方がいい」
「そうね。……次の特異主は魔法使いがいいわー」
それは同感だが、今は現実逃避をしている場合ではない。
「その師匠の使っている手段が使えればいいんだが……ルナ、他に水の中に行く道はありそうか?」
「お任せください。記録によれば一つ可能性のあるものが」
そう言って、ルナが魔力紙を広げ、地図を表示させる。
湖上都市と、水面下に伸びる塔のような構造物が表示され……その間を繋ぐ太い線が描かれている。
それを指差し、ルナが告げる。
「地下階へ直通するエレベーター。これを動かせれば大丈夫かと」
「エレベーター? 前言っていたここの名物だったか……使えるのか?」
「恐らく大丈夫です。ここのエレベーターは機械式ではなく魔導式だったようです。ならば動きます」
ですが、とルナは続ける。
「そのためには修理が必要になるかもしれません。その場合は少し時間がかかります」
「それも師匠とやらが直してくれてるといいんだが……」
「それはあたしもしらない」
兎も角、ものを見てみるのが早いということか。
なんでも水を箱形に固めて、その中に人が入って湖底へと沈んでいくのだという。
本来水の中に長時間潜れない人族が湖の中を見ることが出来るという、観光用の設備だったらしい。娯楽とはいえよく考えるものだ。
「へー! 凄い綺麗なんだろうなあ……」
「のってみたいですねー」
「でもさ、それで下に行っても地下は水に沈んでるんじゃないの?」
「そこは大丈夫です。こちらで式をいじることで水の中をある程度自由に移動できるようにします。そうすれば、都市の中を探索できるでしょう」
そして水に沈んでいようと、ルナの技術なら解析が可能とのことだ。
これで水中探索の目途が立った。とはいえ、まずは師匠の捜索が優先だろう。
それからしばらく歩き、商業施設を奥へと進んでいく。
その間、ヤマは俺たちにひたすら質問をしてきた。
俺たちが出会った経緯。
外の世界はどうなっているのか。
好きなもの、得意なこと、衣服について。
思い付くものは何でも、口から溢れるように言葉が出てきているようだった。
その対応を他の三人に任せて、俺とウミは少し前を並んで歩く。
案内役のウミはヤマの方を気にしつつも黙って進んでいる。
「お前は何か聞かなくていいのか?」
「別にいい。ヤマが何でも聞くから、あたしまであなたたちに詳しくなった」
「ははっ、それは確かに」
ヤマの声は良く響く。つられて他の3人の声もどんどん大きくなって話のほとんどはこちらまで聞こえている。
ヤマは本当によくしゃべる。好奇心もあるのだろうが、それ自体が楽しくて仕方がないというように。
だが、それを聞くウミも嬉しそうだ。彼女の場合は、ヤマが喜んでいることがうれしいのだろう。
本当に、唯一無二の相棒なのだろう。
「安心しろ。あいつもお前も、おかしなことは何もない」
「……」
「というよりは、生物に正解なんてないんだ。今こうして生きている姿が、お前たちの正しい姿だ」
「……何、それ」
不満げな声でウミが言う。大分打ち解けてくれてきていると思うが、まだ信用されきってはいないらしい。
だが、生物は変化していくものだ。
例えば俺の時代の人間と、ルナの生まれた時代の人間は間違いなく違う生命体だと俺は思う。
「俺を見てみろ。かつて人間だったが、体を弄られてよくわからん存在になった。だが、俺は俺だ」
種族・魔王とでもいえばいいのだろうか。
他に誰もいなかろうと、造られた存在だろうと、俺は俺でしかない。
「この環境で生まれたのがウミとヤマなら、お前たちがこの世界の妖精なんだ。二人しかいない、特別な存在だぞ?」
「何、それ」
帰ってきた言葉は同じだけれど、少しだけ笑っているような、そんな気がした。
ふと、ウミが俺の方を見る。
「……ね、修復者って、倒せる?」
「ん? そうだな……」
修復者。世界を直して回る怪物たち。
今まで遭遇したのは二体、植木屋に鉱山の竜のような何か。
鉱山のあれを倒したのかどうかは判断に困るところだが、どちらにせよ答えは決まっている。
「場所さえ整っていれば殺せる」
一度戦ってわかった。あれは歪ではあるが生物だ。生きてるなら、必ず殺せる。
まあ、倒しても復活するらしいが。そっちまでは知らん。
「すごい自信」
「なにせ、元魔王だからな。戦いなら任せろ」
「そ。じゃあ師匠をお願い、魔王様」
「……なぜその話で師匠が出てくる?」
「え、だって……」
そう言ってウミが外を指さす。
頼む、と願う間もなく、その瞬間に俺たちを影が覆った。
「ここにもいるの。その修復者」
「■■■■■――――!!!!」
瞬間、響き渡る重低音。
穴の底から響くような長く、震える大気の波動。
そして見上げた俺たちが見たのは、施設の遥か上を横切る巨大な影。
しばらくの時間をかけて通り過ぎた後、近くで爆発が起きたような音が轟いた。
空にバチりと光がはじけ、直後、水の弾ける音が続く。
何かが水上に飛び上がり、再び水中に戻ったのだろう。
それだけで、あの轟音。凄まじい質量をもつ存在であることがわかる。
「今のは……」
「あれはここの主ですー! ししょーは『カイソ』って呼んでました」
「カイソ……」
「というか、何でここに修復者がいるのよ!」
イオが悲鳴に近い声を上げる。
「ひょっとしてここの水はあいつが?」
「そのようですね……!! 直ぐに戦わなければ、都市が……!!」
「それは大丈夫。ここは安全」
「何? ……ああ、そうか。基盤式か」
改めて天井を見上げる。
そこにはゆっくりと回転する巨大な魔方陣がある。
あれに強固な防御魔法が組み込まれているのだろう。
最初の轟音と閃光は、水中から飛び上がったナニカが、結界に弾かれたものだったのだ。
「そ。だからこことその下は安全。師匠がたまに戻ってくるの、その《《せいび》》をするためだって」
その言葉を聞いて、イオたちもようやく落ち着きを取り戻す。
よくよく考えれば、修復者が襲ってくるならこの商業施設が無事で済んでいる筈がないのだ。
……何かの弾みで結界が途切れれば、巨大質量の怪物が突っ込んでくるということでもあるが。
「穴までは大丈夫でも、ここから出るときには戦う必要があるかもしれないわね」
ようやくいつも通りに戻ったイオがそう言った。
水の修復者か……。蛇は効きづらいだろうから、今のうちに対策を考えておかなければ。
「でも、皆さんが来ましたのでだいじょーぶです!」
クアの上で両手をいっぱいに広げてヤマが叫んだ。
「ししょーが言ってました! もうすぐわたしたちを助けてくれる人が来るって。そしたら皆さんがほんとに来たんです」
だから大丈夫だと、ヤマは言う。
「こうも言ってた。もうすぐここに『カイソ』たちが集まるって」
「何? ……そうか、だから植木屋が二体もいたのか!」
街を食わずにただ歩いているだけに見えたのも、ここを目指していたというのか。
先程のカイソもそうだ。この場所を必死に壊そうとしているように見える。
それほどのものがこの下にはあるというのか?
そして、師匠とやらは修復者が集まることも、俺たちが来ることも見越していたというのか。
「その師匠というのは何者なんだ? 人間か? 獣人か?」
「さあ? でもあたしたちよりはあなたに似てた。師匠はもっと小さいけど」
「小さい? まさか子供なのか? それとも女?」
「ううん、男。ただ背は高くなかったってだけ」
「そうか。何か分かりやすい特徴はあるか?」
「髪が長くて、色は……あれくらい?」
近くのくすんだ鳶色の壁を指さした。
「後は大きな首飾りをいつもしてた。師匠が何かするときは、光って浮いてた。それが一番の目印」
そうなると魔術師だろうか。
ともあれわかりやすい特徴で何よりだ。
そいつは絶対に見つけて話を聞かなければならない。この事態がいったい何なのか。なんで俺たちの接近を察知できたのか。
色々と聞かなければならないことがある。
もしも修復者の位置がわかるのならば、その方法もだ。
「お前たちの師匠は必ず見つける……約束だ」
「そ。期待しないで待ってる」
「やくそくですよー!」
その後カイソが現れることはなく、無事に目的の場所までたどり着いた。
そこは大きな空間が広がっていた。商業施設入口と同じように、塔の内部のような吹き抜け構造になっている。
吹き抜けは数階上の天井まで続いており、上まで続く螺旋階段がかけられている。もう半分は崩れてしまって使えそうにないが。
さらに広場となる中央部分には水で満たされた大穴が開いており、縁が綺麗な金の紋様で装飾されている。これが、エレベーターとやらの入口らしい。
ルナが近づき、その縁に触れる。
彼女の手から光が奔ると、目の前に円盤状の魔方陣が浮かび上がった。
このエレベーターの構造式なのだろう。
「……これは」
それをしばらく眺めた後、こちらへと振り返る。
「エレベーターは問題なく稼働しています。しかも、私が行おうとした改良もすでに行われているようです」
心配は杞憂に終わったらしい。
師匠が穴に降りるのに使ったのだろう。なんにせよ時間を取られずに済んでありがたい限りだ。
ただ、とルナは続ける。
「この魔法式は見た事がありません。新しい……いえ、古い? 独特過ぎて、全てを理解できているかはわかりません」
「ええ? それ、大丈夫なの?」
「はい、安全性は間違いないかと。書いてありますし」
「……書いてある?」
「はい。魔法式の下に、メッセージが書かれています」
そう言って、そのメッセージを指示した。
『これを読んだ者へ
ウミがここまで案内したのなら信用できる。これを使ってさっさと下まで降りてこい』
……だそうだ。
これは、下に行くのが楽しみになってきた。