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人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます  作者: 穴熊拾弐
第一章 蛇の魔王と自動人形
22/79

第22話 主と魔王

 

 森の中に遺されていた廃教会。

 かつて世界中で信仰されていた樹神教の聖堂は、この一帯の主である髭狼の住処であった。

 彼についていく内に、魔獣の住処に誘われてしまったらしい。

 

「わ、私たちはあなたと戦う気は――」


 咄嗟に両手を挙げ震えた声でルナは言うが、言葉の途中で主が唸るように吠えた。

 それだけで、風圧を受けたように尻餅をつく。

 髭狼は殆ど動いていないというのに、情けないリーダーだ。

 腕をつかんで助け起こしてやる。

 

「しっかりしろ、大丈夫だ。こいつに戦う意思はない。見てみろ」

「――――」


 髭狼は唸りこそしているが、ルナを見たまま動こうとはしない。

 その横で揺れる髭は穏やかな橙色で、警戒している様子はないが……こいつはこいつで、呼んでおいて唸るのはどうなんだ。

 

「本当ですね……すみません、とんだ誤解を」


 呑気なリーダーはそういって髭狼に頭を下げている。

 

「あ、でも言葉は通じないんですよね」

「いや、伝わってるはずだ」


 これだけ大きく、長生きもしているだろう魔獣だ。知能は間違いなく高い。

 時に魔獣は、人を狩るためだけに人の言語を覚える。

 こいつがそうかは分からないが……。

 

「完璧にこちらの言語を理解しているわけではないだろうが、こいつらは狩りをする種だ。ある程度の仕草は伝わるだろう」

「なるほど……!!」


 もう一度頭を、今度は大げさに下げるルナ。

 あまりの勢いに主が少し驚いている。

 

「――――」


 ふと、髭狼がルナから視線を外し俺の方を見る。

 唸り声はまだ止んでいないから、決して俺らを歓迎しているわけではないだろう。

 態々敵対するだろう俺たちを呼んだんだ。何か理由があるのだろうか。

 

「……なんだ? お前、何か言いたいのか?」


 髭狼はじっとこちらを見つめている。その横に揺らめく髭は赤く光る。

 そのままにらみ合いが続いていた、その時。

 奥から甲高い鳴き声が聞こえてくる。

 それは、悲鳴のように聞こえた。

 途端に主は俺たちを無視して奥の寝床へと駆け出した。

 

「今のは……?」

「恐らくはさっきの――とにかく追うぞ」


 俺たちは視線を合わせた後、髭狼のあとを追った。

 ゆりかごの様に複雑に組まれた寝床を覗き込む主。その横まで並び出て、ゆりかごの中を覗き込んだ。

 

「もしかして、この方は主の子供なのでしょうか」


 そこにいるのは先も見た寝床で丸まって寝転がる小さな――それでもルナの倍はある髭狼。

 だがよく見ればその身体は苦しそうに動いており、ちらと見えた腹部は大きく裂け、傷口が変色してしまっていた。

 

「腹部に裂傷があるな。それにこれは、毒か? 腐っている様にも見えるが……」


 苦しそうに悶える小さな魔獣を見て、ルナに確認を取る。

 残念ながら、回復魔法は門外漢だ。傷は身体が勝手に直してしまうから。

 

「毒、でしょうか。……見てるだけでは何とも言えませんね」


 だが、決して触れることはしない。

 万が一触れれば、タダでさえ荒れている主と戦闘に発展しかねない。

 しかし、先ほどからやけに警戒していた理由はこれか。

 そして俺たちを連れてきたのも、この子供が関わっていたのだろう。

 

「何とかならないか?」

「治療自体は、リヴラに戻れば可能性はあります。最低限の医療設備は回収できていますし、燃料もまだあるでしょう。ただ、やはり原因がわからないと難しいですね。そもそも触れなければ治療もできません」

「それもそうか……。おい、お前」


 横に並ぶ髭狼へと振り向くと、ぶわりと赤く光る髭が波立つ。

 だが決して動かない。それは理解しているからだろう。俺たちが、こいつよりも力を持っていると。

 それは戦う力だけではない。治す――治療に関しても、同じだ。

 

「こいつを俺たちに見せてみろ。治療できるかもしれない」

「――――」


 本来なら、魔獣の子供を態々助ける必要はない。

 だが、こいつは別だ。事情はどうあれ、俺たちと戦わないことを選べる知能の高さを持っている。

 それにここで恩を売れば、後で必ず役に立つ。

 

「時間がないのは見ればわかる。だから――」


 言い終わる前に、髭狼は跳んで部屋の入り口部分まで退いていった。

 赤く光る髭が揺れてはいるが、そこで動きを止めてこちらを睨みつけている。

 

「これは、許可が下りたということでしょうか」

「そういうことにしておこう。急いで調べよう」

「はい!」


 ルナは背負っていたバックパックから、少し厚めの板のような装置を取り出した。

 

「これは、生体情報を調べる調査装置です。周辺の魔獣調査に使う目的ですが、その危険性や魔力などを調べることが可能です。例えば、毒性も」


 ルナは装置を機動させ、子供の体を調べていく。

 装置には子供の体と、よくわからない文字列が浮かび上がっている。これがその危険性の情報なのだろう。

 

「……これは、アルフウスロの毒爪です」


 画面から目を離すことなく、ルナが告げる。その口調は重い。

 初めて聞く名前だ。

 

「魔獣か?」

「いいえ、人類史末期に現れた大型の虫です。廃金属を体に取り込んでいて、爪は錆びた金属の様なものに覆われています。自身より大きな動物を捕食するため、爪に麻痺毒の植物を擦り込む習性があり、それで裂かれるとこういった症状が出るようですが、この辺りにもいたとは……」


 虫……間違いなく、そいつも巨大化しているだろう。

 この辺りに生息しているなら討伐が必要だが、それは後の話。

 

「この毒であれば中位の治療魔法が効きます。弱っていますが、魔獣の子供なら耐えられるはずです」

「毒……となると破癒か」


 治療魔法には二種類あり、肉や骨の欠損を直す治癒の魔法と、毒や呪いを破壊し消滅させることで結果的に治療する破癒の魔法がある。

 前者はいいが、後者には受ける側の体力が必要になる。瀕死の相手に使えば、それがとどめになることすらある。

 それを狙って、呪術の類は本命の呪いと衰弱の魔法の重ね掛けで行われることが多い。治療のための体力すら残さないように。

 体力とかそういった要素をすべて無視して『復元』する魔法もあるそうだが……その使い手は有史以来数例の希少種だ。この世界に残っているとは到底思えない。

 

「ですが、今ここにその手段はありません。私は魔法が使えませんし、リヴラにある私たちの修復装置ならあるいは……」


 魔石で再稼働させた、あの装置のことだろう。

 ルナたち自動人形には、治癒も破癒も効くらしい。ごく一部分を除いて、人間に限りなく近づけて造られているそうだ。

 それを使えばあるいは……。一か八かの可能性にかけてリヴラに急ぐしかないか。

 

「間に合うか?」


 目の前の子供はどんどんと弱っているように見える。

 どれだけ魔獣が頑丈でも、長くは持たないだろう。

 

「急ぐしかありませんね。運ぶにはあの主さんも説得しないとですが……わっ!?」


 直後、ルナが視界から消える。

 見上げれば主が戻ってきていたようで、ルナの服を後ろから咥えて彼女を運び始めてしまった。

 

「ぬ、主さん……? 何を――っ!?」


 慌てふためくルナを他所に主は周囲に並べられていた金属塊の方へと近寄り、その手前でルナを放り投げた。

 どすんと音が鳴って地面が僅かに揺れる。

 あいつ、意外と重いんだよな……。人ではありえない重さには一体何が詰まっているのか。

 案の定何の怪我もなく起き上がったルナは、何が起きたのかと周囲を見渡している。

 

「一体何ですか……って、これは!」


 放り投げられた場所のすぐ横には先程から見えていた金属塊。

 ようやくその存在をきちんと認識したのか、ルナが驚きの声を上げる。

 

「これは……破癒の装置ではないですか! こっちは治癒装置です!」


 駆け寄ったルナが、装置を調べ始める。

 リヴラにあった円筒型の機械に似ているが、こちらはあれよりも一回り大きい。

 この子供でも入るサイズだろう。

 ……なるほど。こいつが俺たちを呼んだ理由はこれか。

 以前魔石を与えたことを覚えていたのだろう。

 俺たちならこの装置を使えると、そう思ったのかもしれない。

 しかし――。

 

「これで治せるとわかっていたのか? 一体どこでそんな知識を得たんだ、お前……」


 俺の言葉に、髭狼は見つめ返してくる。

 反応はそれだけ。当然か。

 まだ安心できる状況ではない。

 その考えを肯定するように、ルナが首を振った。

 

「ダメです。故障しています」


 箱につながれていた線を持ち上げ、断面に触れている。

 それは引きちぎられたようにずたずたにされていた。

 

「この装置は単体ではなく、ここにある他の機械と複合して使用されていたようなのです。それが、全て故障しています……」


 長い時間が経っており、地下とはいえこの場所はこいつ以外の多くの魔物や生物たちが過ごしていただろう。

 その過程で壊されたのか、人類が放棄された時には既に機能低下していたのかはわからないが、使えないのが今ここの事実。

 ……最初の街で機械が動いたのはもしかするとかなり幸運だったのかもしれない。

 いや、俺にとっては不運だったのだが。

 

「となるとリヴラに向かうか?」

「……いえ、この装置を見てわかりました。リヴラにあるものでこれより大型の破癒装置はありません」


 俯きながらルナは言う。

 リヴラの管理者が言うなら、そうなのだろう。

 

「……では、無理か?」


 つぶやくように言った言葉で、教会内に殺気が満ちる。

 できないと言えば、今ここで殺されてもおかしくはない。

 気づかれぬように腕に蛇を集めていく。気は進まないが、殺されてやるわけにもいかないのだ。

 だがそんなことに気づかないルナは、無防備なまま地面の方を向いている。

 

「――私は、私が」

「……? ルナ?」


 聞こえてきたのは、微かな呟き。

 けれど、はっきり力のこもった声として、確かに聞こえた。

 

 その、次の瞬間。

 ルナの身体から、青白い光が立ち上り始めた。



***


 

 私は目覚めてからずっと、失ってばかりの日々を過ごしてきました。

 最初の記憶は、薄暗い円筒の中。開かれたポッドから出て、同じく目覚めた仲間たちと見つめあったのを今もハッキリと覚えています。

 

 世界を再生せよ。人類史を収集せよ。

 

 意識の奥に刻まれたその使命のために、私たちはリヴラの外へと旅立ちました。

 幾つかの街を調べ、そこで得た知識や調査結果をもとにリヴラに文明を再現していきます。

 どれも私たちの意思ではなく、頭に刻まれたやるべきことをこなしていただけでしたが、不思議と充足感がありました。

 

 けれど、順調だったのは最初だけ。

 ある日の探索中、あの巨大なリザードに調査隊が襲われました。

 数名が喰われ、残りもほとんどが破損した状態で帰還。修復装置で眠りにつきました。

 

 そこで、私たちに目を付けたのでしょう。

 リザードや他の魔獣がリヴラ周辺をうろつく様になり、多くの仲間が破壊されました。

 回収できなかった子たちも多く、一部しかみつからなかった個体もいました。

 

 それでも、私たちは調査を止めることはしませんでした。

 だって、それしかこの世界にいる理由を知らないのだから。

 

 ある日、調べていた途中の街が植木屋に飲み込まれました。

 仲間の一部が巻き込まれて、未だ見つかっていません。

 回収すべき人類史も失われました。

 

 多くの仲間を失いました。

 たくさんの人類史が消えていきました。

 いつしか私たちはたった四人になって。

 その間にたくさんの時間が過ぎていきました。

 

 助けられないこと。間に合わないこと。

 私がこの世界で活動してきてからずっと、その壁に阻まれてきていたのです。

 

 仕方ないことなのだと、私はそれすら思考することはできませんでした。

 ただ無為に、失ってきたのです。

 

 そもそも、目覚めた時には手遅れだったのでしょう。

 世界は人の手を離れて恐ろしい手法で再生を始めていました。

 この過酷な世界で生き抜くには、私たちは弱すぎたのです。

 

 最後は、残った三人の仲間もいなくなりました。

 そうして、私はリヴラに残る最後の一体となったのです。

 それからずっと、停滞の時を過ごしていました。

 このまま、私もこの都市も、誰にも知られることなく静かに朽ちていくのだと、そう思っていました。

 

 ――でも、でも。

 ようやく歩みだすことができました。

 

 魔王さまに出会えました。

 魔石を手に入れ、仲間たちの修復も開始しています。

 再びイオに出会え、とっても強い勇者さまも仲間に加わっていただきました。

 

 仲間も人類史も、取り戻すことができ始めているのです。

 

 

 だからでしょうか。

 今、私の中で、ずっと同じ言葉が繰り返されているのです。

 

 力を失っていた身体が不思議と動き出しました。

 俯いていた顔を上げて、主のお子さんの眠るゆりかごを見つめます。

 身体は私よりも大きいですが、まだ幼い命です。

 それがまた、目の前で失われそうになっています。

 今までと同じように。

 

「おい、ルナ?」


 ここでまた、足を止めていいのでしょうか。

 私は、この主さんのお子さんも、護るべき人類史なのだと思うのです。

 だって主さんは助けてくれました。そして、リヴラ一帯を守ってくれているのを知っています。

 

 それを無視して、この命を見殺しにして。

 私は世界を再生したと、本当に言えるのでしょうか。

 

 ――いえ、いえ。

 そんなことは、決してあり得ない。

 ここに治療手段はない? 相手は魔獣?

 それはそうでしょう。聞かれなくても分かっている。でも、そんな思いよりもずっと先にあるのは。やっぱりこの言葉なのです。

 

 ――私は、もう二度と、立ち止まりたくはない!

 

 だから、私は……いえ。私が、やらなければならないのです。

 絶対に、この装置を直してみせましょう。

 そして、この命を救ってみせましょう!

 

 それが人類史の再生を任じられた、私の役割なのですから。



***


 

 不意に立ち上がったルナが、はっきりとした声で告げる。

 

「――私に任せてください。魔王さま、髭狼さん」


 ルナの瞳が青く光る。

 虹彩の周囲には魔方陣が浮かび上がり、ぐるりと回転を始めた。

 関節部にも光が灯り、身体の周囲に白の魔方陣が現れる。

 

「私は、人類史の保管・復元を任された統合個体です。装置が壊れているというのなら、直してみせます」


 そう言って小さな白い箱を取り出した。

 手のひら大のそれをルナが掲げると、箱は空中で分解し幾つかの部品に分かれると同時に破癒装置の周囲を――それだけではなく、教会内部まで広がり青白い光が奔る。

 すると装置の断たれた部分から光が集まり始めそれが何かを形作り始める。

 あれは……装置のかつての姿なのだろうか。

 同時に、小狼の眠る場所に積まれたものからもいくつか光るものが現れ始める。

 

「この教会は、一種の医療施設だったようですね。破癒だけではありません。色んな治療設備がここに集まっていたようです。……良かった」


 敷いたバックパックの上に小狼を移すと、ルナが髭狼を見た。

 

「少しだけ時間を下さい。必ず、治して見せます」


 その目を見て、髭狼の殺気が消える。

 

 ……今の一瞬で、何が起きたのかはわからない。

 だが、それでも、ここまでルナが感情を見せるのは初めてで、それが何よりも頼もしいと感じるのであった。

 

「もちろんだ。任せたぞ、リーダー」

「はい! それと、魔王さま!」


 時間がないと寝床へ駆け出したルナが、振り返らずに叫ぶ。

 

「この装置を稼働するためには魔石と資材が足りません! リヴラへ戻って回収を」

「わかった。そっちは任せろ」


 時間は残り少ない。一刻も早く戻らなければならないが、幸い足ならある。

 

「おいお前。協力してもらうぞ」


 隣に立つ髭狼に触れて、俺は笑った。



***


 

 ルナ一人を教会に残し、俺と主は外へ出た。

 万が一のために蛇はいくつか残しておいたから、多少ならば魔獣が来ようが追い払える。

 流石にもうリヴラの場所は覚えたから、俺だけでもたどり着けるだろう。

 魔石と、ルナが希望した資材を回収するために髭狼に乗って移動することにした。

 

 こいつの足なら半日もかからず戻ってこられるはずだ。

 だがその前に……。

 教会のすぐ外で俺は蛇に魔力を込める。

 高く、強く。右腕を突き出すと同時に空高くへと蛇を解き放った。

 黒い帯を残しながら蛇は上がり、空中で強烈な光を放ちながらぐるりと円環を成した。


「――放て、蛇」


 空中に敷いた巨大魔法陣が、北へと向けて極大の魔法砲撃を解き放つ。それは眩い程の線を残し、空を果てまで駆けていった。

 今の俺に放てる最大射程。威力は捨てた、ただの眩しい光を鉱業地帯のある北へと向けて解き放った。

 これで、あいつらに場所と事態は伝わるはずだ。


「よし、行くぞ主。お前の願いだ。全力で頼むぞ」

「――――!!」


 咆哮を上げる髭狼に飛び乗り、直後全速力でリヴラへと走り出した。




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