第20話 妖精都市
突如浮上した次なる問題は衣服の確保であった。
「先にお伝えしておきますと、服はありません。それを作るための設備も」
ひとしきり頷いた後、ルナはそう告げた。
まあ、だよなあ。食事すらまともに作れなかったんだから、服飾の設備があるはずもない。
「いえ、衣類自体は一部回収したものが残っているのですが、それは大事な人類史ですし、何より数も多くありません。普段使いするとなると、もって一年かと。我々の衣服も自動で生成されるものなので予備もなく……」
「そっか……そうだよね。大丈夫、聞いてみただけ」
エリもわかっていたのか、そこからさらに尋ねようとはしなかった。
だがルナの方が、身を乗り出して話を続ける。
「ですが、次の目的としては丁度良いと思います! 衣食住は人類の生活の基礎と言えます。ならば、次に我々が目指すべきは衣服を生産する体制を作ることでしょう」
ただ人類史を集めるだけでなく、目標を作るべきだとルナは主張する。
服を作ることは、ただ着飾るだけではない。この世界で生きていくうえで大事な装備――防具の生産にも関わってくる。
何故か武器や工具の類は作れるのに、防具は一切作れなかったからな。
この街の技術、偏りすぎだろう。
「それはそうだろうが……作れるのか?」
食料はまだ良い。
種から作ることができるし、肉は外の獣たちを狩れば手に入る。
それを言えば皮なんかも手には入るが……。
ある程度勝手に育つ食料とは違い、服飾には明確な技術が要る。
「悪いが、俺には布も革も、作る技術も知識もないぞ」
「恥ずかしながら私も。というより、今後、私に生産性を求めるのはやめてほしいな」
この勇者、言い切りやがった。
人類がいなくなった数百年、何してたんだこいつは……。
イオを見たら、言うまでもなく顔をそらされた。戦闘個体だもんね。
犬ジカは嬉しそうにこっちを見なくていい。遊ばないぞ。
「もちろん、それもわかっています。ですのでそのための知恵を取りに行きましょう」
そう言って、ルナは地図を広げた。
わかられた……と落ち込むエリのことは見えていないのか、地図の一点を勢いよく指さした。
「ここから西に、世界最大規模の商業施設がありました。その中に、自前で衣服を生産、供給する設備があったと記録に残っています」
「じゃあ、次の遠征地はそこね」
イオの言葉に、ルナは頷いた。
「はい。湖上都市『アルト』、そこに向かいましょう!」
***
湖上都市アルト。
俺の居た時代、そこは妖精都市と呼ばれていた。
かつて、人間という種が生まれたばかりで、まだ大陸のごく一部のみに収まっていた頃。
世界を支配していたのは魔獣と、それに対抗できる強靭な肉体を持つ獣人たちで、大陸のほとんどは彼らの領域だった。
妖精たちも遥か昔より存在はしていたが彼らは生まれた場所から出ることはなく、自身の領域内で穏やかに暮らしていた。
今では信じられないが、後に大陸中に版図を広げる人間種も、当時は人型三種族の中で最も弱い存在だったのだ。
そんな時、人間は新たな棲み家を求め危険な大陸探索を実行した。
勇士たちが新天地を求め、魔獣や獣人たちの領域へと旅立っていったのだ。
当然、多くの若者たちが過酷な自然に呑まれて死んでいったが、ごく一部の者たちは他種族の住処へとたどり着き、勇敢なる彼らは讃えられ、友誼を得た。
そこから、他種族と交じり新たな人類領域を拡大していったという。
この大きな一歩が、世界全体での人型種族の融和の始まりだった。
「その内の一つが、内海とも呼ばれる世界最大規模の淡水湖『アルト』。当時は、水妖精の一大コロニーでした。そして、人類史末期には世界最大のショッピングセンターとして人気だったのです」
ルナによる人類史講座は、何時にもまして白熱していた。
少し前まで俺しか相手が居なかったのに、今や生徒数は三倍だ。
……まあイオは知っているのか退屈そうだが。
そんなこと全く気がつかずに、楽しそうにルナは続ける。
「水の妖精が作り上げた湖底の大都市。そこと地上を結ぶ海中エレベーターは、それだけを見に来る客もいたのだとか。何より、湖底都市で買った水着を着た湖底探索ツアーはそれはもう大人気で……!!」
「あー、ルナ? 大丈夫か?」
いつもより大分キャラが違う気がするんだが、こんなに喋る奴だったか?
「この子、技術には目がないのよ。魔法と機械を融合させたアルトは、以前から行きたがってたの」
「……なるほど、それでか」
今も説明を続けているが、もう聞いているのはエリだけだ。
彼女は彼女でショッピングセンター云々は興味が無さそうだったのに、湖底都市の話が出た途端にあれだから現金なものだ。
「で、実際のところどうなんだ? その都市は今もあの説明通りなのか?」
「そんなわけないでしょ。何年前の話だと思ってるのよ」
当たり前のように切り捨てられた。
「移住直前には湖も殆どが枯れて、水妖精たちも居なくなってた筈よ」
「だが、森も鉱山も元通りだっだろ?」
ルナの話では、海も再生されつつあると言う。
ならば湖くらい復活しててもおかしくはないだろう。
「そりゃそうでしょうけど、まさか妖精種まで戻ってるって言うの?」
「それは、流石に断言はできないな。……ただ」
これまでの事を思い出し、浮かんだ考えを口にする。
「この世界は再生されつつある。一度失われた自然や、動物たちでさえあっさりと再生されている。なら、人間よりもずっと自然に近い存在である妖精種が生まれないというのは、どうも考えにくい」
植木屋たち修復者によって世界は再生されている。
だがそれはいったい何の基準で、誰のための再生なのか。
世界に意思はあると言われているが、俺はそれを信じていない。
そんなものがあるなら、人類なんてとっくの昔に滅んでいると思うからだ。
そうなるとだ。
人類を異世界に追いやるほどのこの大災害。それを起こせるとしたら、妖精なのではないかと、そう思っているのだ。
彼らが滅ぶ間際に起こしたもの。それが修復者たちであり、この世界がこうなった元凶だと。
「もしそのアルトが妖精たちの住んでいた都だったのなら、心して行った方がいい。俺はそう思う」
「……そんなに、危ないことかなあ」
イオは楽しそうに話す二人を見つめながら、そう言った。
油断しているわけでも、信じていないわけでもないだろう。
ただ、世界はもう少し優しいのだと、そう思っている表情だった。
人間に作られた戦闘個体なのに、イオは下手したら我々の中で一番人間らしい感情を持っていると、そう感じる。
「ま、なんにせよ準備するに越したことはないか。すぐに行くわけじゃないし、しっかり用意していこ?」
「そうだな。そうしよう」
どちらにせよ、今この時代は危険だらけなのは変わらない。
何が起きてもいいように、しっかりと準備をしておこう。
***
それからは、アルトへ向かうための準備期間に入った。
すぐに出発することも可能ではあったのだが、今までと異なり、アルトがあるのはルナもイオも訪れたことのない場所。
地図はあっても数百年前。修復者や魔物も何がいるかはわからない。
そんな状況に安易に突っ込むわけにはいかなかった。
そのためにまず俺たちは二手に分かれ、周囲の探索を行った。
イオとエリは鉱山地帯へ向かい、魔石の回収をしてもらっている。
これは俺たちが不在の間に必要な燃料集めのためだ。
ついでに、その道中の鉱山設備の物資収集も依頼した。
俺とルナは、引き続き周囲の街の探索。
これはそろそろ植木屋が動き出すかもしれないという理由のほかにもう一つ。遠征のために、あるものの回収を行う必要があった。
それは、移動手段。
物資をもって長距離を安全に移動する方法を手に入れるためだった。
今までの物資探索では、ルナの持つ『見た目のわりに容量の入る謎のバックパック』で素材を集めていた。
これまではそれで事足りたのだが、今回は資源と人類史両方の収集が目的の大遠征になる。
日帰りでも埋まる背嚢では、四人で担いでいっても足りない可能性がある。
何より、アルトは遠いのだ。
リヴラが位置するのは大陸南東部の南側。かつての魔王城やエリのいた集落はさらに南西。鉱石竜と遭遇したラムニス鉱業地帯はもう少し北側だが大陸では南東端と言っていい。
だがアルトの位置はその真逆。北西の大陸中央部に向かった先だ。俺のいた時代でも国境を二つは跨ぐ大移動となる。
その上ルナたちも未踏の地域となれば、入念な準備は必須だろう。
「それで、移動手段っていっても何を探すんだ? 道なんてないだろ」
思いつくだけで、馬車に竜車、後は鉱山地帯で見つからなかった自動走行車両だろうか。
どれにしたって、もう街道も残っていないこの世界で役に立つとは思えないが……。
「一つ心当たりがあります」
そういって、ルナは魔力紙を引っ張り出してくる。
映ったのは……写し絵か?
「当時の林業活動のために、浮遊する大型荷台があったそうなんです。伐採した木を多数置けて、道のない森を移動するための装置。これがあれば……」
「バックパックも複数乗るか。今の俺たちにぴったりなものだな。確かに、これがあれば荷運びの課題は解決しそうだ。……これがあった場所は?」
「ここから南東。ラムニス工業地帯のさらに南に林業が盛んだった街があります。そちらを目指しましょう」
「わかった」
次は南か。
また数日の遠征になるようだが、もう慣れたもの。
準備を済ませて、南へと出発するのだった。