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人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます  作者: 穴熊拾弐
第一章 蛇の魔王と自動人形
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第18話 勇者

 

「勇者、ですか……?」

「ああそうだ。俺を殺すために異世界から呼ばれた四人のうちの一人……聖剣士様だ」


 アルマ、ハオ、マーク、そしてこのエリ――それが召喚された勇者たちの名前だった。

 ある日突然戦場に現れ、幾度となく俺の作戦を阻止した怪物たち。

 その顔を忘れる筈などない。

 特にこのエリは、俺に止めを差した奴だから記憶も鮮明だ。

 

 その勇者が何故ここにいる?

 人類は移住したはずだ。人類と共にあった勇者がそれに着いていくのが道理のはず。

 何より、自分たちの故郷なのだ。帰らない筈がない。

 それなのにここにいるというのは、一体何が目的だ?

 そもそも何故生きている? 1000年も前の人間だぞ!?

 

 蛇を構えながら、目の前の勇者を冷静に観察する。

 一挙手一投足、見逃すわけには――。

 

「すみません、その呼び方はやめてください……昔の記憶が……」


 だがエリは最初の顔は何処へやら、仄かに赤らんだ表情でほう、と息を吐いている。

 かつて俺を貫いた両手は構えられることもなく、自身の両頬を抑えて動かない。

 

 よく見れば彼女は帯剣すらしていなかった。

 初めて出会った時はやけに綺麗な上着にスカート姿であったが、今はかつては白だったろう麻のワンピースに焦げ茶色のエプロンドレス姿。

 俺からすれば見慣れた姿だが、ルナたちの服装と比べると古びているようにも見える。

 ただ、どう見ても戦闘用の衣装ではないのは確かだ。

 

 ……争う気はない、のか?

 拍子抜けした光景に呆けていると、イオが俺の横を通り抜け、勇者の傍に近寄っていく。

 驚き止めようとするが、そういえば一緒に暮らしていたと言っていたか。

 先の口調もある。二人は既に気安い関係になっているのだろう。

 

「というわけでね、魔王様、ルナ。こいつがあなたたちを呼んだ特異主。異世界から来た勇者サマよ」

「エリです。よろしく」


 そう言って、深々と頭を下げる。戦意なんてまるでない、無防備な礼であった。

 どうやら、本当に戦う気はないらしい。

 全く訳が分からない。が、とりあえずは安全なのだろうと判断して、蛇をひっこめた。

 

「ルナです。よろしくお願いいたしますね、勇者さま」

「はい。イオからよく聞いてたよ。あなたがルナさんなのね。会えて嬉しい」

「私もです! あの勇者さまに会えるなんて……いえ、それよりも!」


 頭を下げたのも束の間に、ルナがぐぐいとエリに詰め寄る。

 

「さっきのは一体……? 勇者さまは石像だった筈では……?」

「ああ、あれはそう見えるようにしていただけで、私はこの通り生身なの」


 手をひらひらと振って生身アピール(?)をしている。

 その一瞬で手刀を放ってこないかと恐ろしいのだが、ルナの信頼するイオが信用しているなら大丈夫だと蛇に伸びる手を堪える。

 

「それは一体どうやって――」

「えっとね――」


 そうして挨拶を交わしている二人を他所に、一人考えを巡らせる。

 まさか本当に勇者が待っているとは。図らずもルナの言った通りになってしまった。

 

 目の前にいる女は、外見も、声も、感じる魔力もあの時と何も変わっていない。

 正真正銘、本物の勇者エリだ。

 そして、目の前に広がるこの集落だ。記憶の通り、俺が造った時からほとんど何も変わっていない。

 勇者といい村といい、本当に長い時間がたったのか疑いたくなる光景であった。

 

「――魔王さま」


 呆けているうちに二人の話は終わったらしい。

 ルナの声に顔を上げれば、未だに笑顔のまま顔を逸らす勇者の姿がある。

 ……まあ、何があったかはこいつに聞けばわかるのだろう。

 

 つい先日殺された筈の相手とこうして対峙している。

 本当に、何でこんなことになっているのやら。

 大きく息を吐いてから、エリに言葉を投げかける。

 

「お互い色々あるだろうが、まず初めに聞いておくことは……お前、なんでここにいる? というか、なんでまだ生きてるんだ?」


 勇者とはいえ、こいつは人間の筈。

 長生きにも程があるだろう。

 ルナも俺の言葉にうなずく。

 

「そうです、人類は皆移住しました。生き残っていた勇者さまも一緒に……そもそも、貴方は魔王討伐後に行方不明になったと聞いています」

「何?」


 つまりこいつは、俺を殺した後にいなくなったということか?

 それが今、現れたと? 何のために?

 ルナの言葉に首をかしげていたエリだが、俺の目線に気が付くと姿勢を正して頷いた。

 

「そうですね、一つずつ説明します。こちらへ」

「あっ、エリ、ちょっと! その家は――」


 エリは淡く微笑むと、立ち話もなんだからと近くにあった家へと俺たちを招いた。

 木造の質素な一軒家。

 奥に設置された暖炉には火が灯っており、普段から使用しているのか、服やら本やらが散らばっておりやたら生活感がある。

 ……生活感、ありすぎないか。というか、汚い。

 

 咄嗟に止めようとしていたイオがため息を吐く。

 

「はー、やっぱり掃除できてない。出るときに片付けとけって言ったでしょ」

「……汚くないよ?」

「アンタからすればね! ったく、家事もできない癖によく勇者なんて名乗れるわよね」

「……うるさい。勇者関係ないでしょ」

「そうねー。ただのダメな奴よね」

「くぅ……っ」


 相変わらず砕けまくったイオの言葉にまた顔を赤らめるエリ。

 その表情は見た目相応だが、ルナの話が事実ならこいつ1000歳超えてるんだよな……。

 それだけの時間を生きても人間らしさが残っているものか、と場違いな疑問が浮かんだ。

 

「ほら、アタシが片付けとくからさっさと説明しちゃいなさいよ」

「わかってる。……私の方が年上なのに」

「年長者は自分で片付けるのよ。このダメ勇者」

「……」


 頬を膨らませて不満を口にしている彼女は、とてもそうは見えないが。

 促されるまま、暖炉の前に半円を描くようにして腰かけた。

 

「内装も変わってないな」


 何も聞こえなかった事にして、とりあえず見たままの感想を呟く。

 目の前の勇者もまた、何事もなかったかのような神聖な微笑みを浮かべて目を閉じている。

 ……瞼が震えている気がするが、気にしないでおこう。

 

「この村の最初を私は知りませんが、そうだと思います。壊れたら直して……その繰り返しでしたから。あっ、でも素材は常に新しいものを使っていたので、見た目より快適ですよ?」

「わざわざ元の姿を残したのか。なんでまたそんなことを?」


 人類史が発展したのなら、もっと便利な形があったと思うのだが。

 

「そもそも外の情報があまり入ってこないのもありますが……残したかったそうですよ、このままの姿を。あなたが、気付けるようにって」


 だから護りました、と勇者は微笑みを浮かべて言った。

 その笑みには、どこか人間離れした、超然とした雰囲気があった。

 先ほどのやり取りとこの汚い部屋がなければ、神性を感じてしまうかもしれないほどに。

 

「……」

「魔王さま?」


 一瞬見惚れてしまっていたのを、ルナの声で我に返る。

 

「……悪い、話を戻そう。お前は俺を殺した後、行方不明になったと、そういうことだな?」

「はい。間違いありません」

「そして、お前はこの村を修繕していたと。何度も」

「……はい」


 ルナ曰く、俺を殺した後に行方不明になったというエリ。

 この集落もまた、人類に見つかることはなかったという。

 ならば、示す答えは一つだろう。信じがたいことではあるが。

 

「もしかして、お前はずっとここに――この村にいたのか」


 俺の問いに、エリは頷く。

 

「ええ、はい。あなたの言う通り、私は人類の下を去ってからこの村に身を隠していました。あなたを慕った彼女たちと一緒に」

「……そうか」


 やはり、そうなのか。

 戦い、殺された記憶しかない俺には信じられないことだが。

 魔王が造った村を、勇者が護っていたと、そういうことなのか。

 

「幸い、私は転移の影響で不老となりました。それに私自身、身を隠す必要もあったので、ここを利用させていただいたのです」


 なるほど、勇者は不老か。これで疑問の一つが解けた。

 あれだけの力をもって不老長寿とは、まさしく怪物だな……。

 では次の質問に移ろう。そして、これが最も大事な確認だ。

 

「この村をどうやって見つけた?」

「ああ、そうですよね……ええと、なんと言ったらいいのか……」


 途端に言い淀むエリ。何やら手を擦り始め、視線も落ち着かない。

 妙な反応だ。後ろめたさや悪意を感じないが、何か不都合でもあるというのか。

 

「さっさと言いなさいよ焦れったい。魔王様を追っかけて来たんだって」

「ちょっと、イオ!」


 真っ赤になって叫ぶエリだが、イオは知らんぷりで片付けを続けている。

 一緒に暮らしていた時の光景が眼に浮かぶ。毎日喧嘩していたに違いない。

 だが、今何と言った? 俺を追ってきた?

 

「……ああ、もう。イオの言う通りです! 殺してしまった後、貴方のことを調べたんです」


 観念したようにそう告げた。

 その言葉にルナが首をかしげる。

 

「魔王さまのことをですか? 勇者であるあなたが?」

「ええ、だっておかしくないですか? 魔()という割には一人だし、最初以外に虐殺行為もしていない。なにより、貴方の出自を知るものがあの国には誰もいなかった」

「それは……」


 事情を知るルナが俺の方を見る。

 言っていいのかという彼女の逡巡を、エリが手で遮った。

 

「大丈夫。大体の事情は調べました。勇者ですから、色々と融通は効いたので。お陰でやり過ぎて疑われて、逃げる様に国を出たんだけど……分かったことがいくつかありました」

「やりすぎたって……」


 勇者が人類に狙われるとか、一体どこまで潜り込んだらそうなるんだ。

 若干引いている俺のことには気づかず、エリは指を順に立てていく。

 

「一つは、貴方が望んで魔王になった訳じゃないこと。もう一つは、あの城には貴方に慕い着いてきた人達がいたこと。そして……」

「この村のこと、か?」


 答えはせず、頷きを返すエリ。

 彼女が不老であり、この村を守ったのは理解した。だが、ここに辿り着いた方法がわからない。

 少なくとも、人類の側を調べてこの村が見つかるはずはない。

 警戒を強める俺の目線に、彼女は首を横に振って応える。

 

「安心してください。村に関して人類は何も知らなかった。だから探しました、自力でね」


 幸い、不老だから、とエリは笑った。

 

「自力で……?」

「世界中歩き回ったんだって。ほんと力業よねー」


 呆れたイオの声が聞こえてくる。いつの間にか部屋は殆ど片付いているようだった。……手慣れている。

 

「それは……どれくらいかかったのですか?」

「流石にもう覚えていませんね。でも、間違いなく十年は経ってたと思います」


 人類に追われながらそれを成し遂げたのか。

 碌に知らない、望んでもいない召喚された世界で、おそらく同胞にも追われながら。

 それは決して楽な道ではなかっただろう。

 

「……そんな顔をしてくれるのですね。やはり、貴方は世間が伝える魔王とは違いますね」

「お前も、俺を殺したときとはえらい違いだな」


 俺と戦っていた時のこいつは正義のためと、義憤に燃えていた。

 出会う度にお前は悪だと、叫んでいたのをはっきりと覚えている。

 

「ごめんなさい。帰るためには必要だと言われてたの。それに、ソラウスのことも」


 ここで無実だと教えてもらったのだけど、と笑みを浮かべて勇者は続ける。

 

「だからあなたを倒したの。でも、都に戻った時にはゲートは壊れたと、そう言われた」


 実際には勇者たちがやってきたゲートは生きており、人類はそれで異世界に脱出したという。

 だから俺を倒す必要なんてなかったし、壊れてもいなかったはずだ。

 その事を告げると、エリは驚きもせず頷きを返してくる。

 

「それも後から知りました。……勇者の一人、マークは物理学者で、私たちのいた世界の知識が豊富だった。彼をどうしても帰したくなかったみたい」


 私たちはそのおまけ、とエリは笑った。

 ルナから聞いた、魔王討伐後の世界の発展。その中心にいたのは間違いなくこのエリたちであった。

 だがそれを彼女たち自身が望んでいたのかといえば、どうやら違うらしい。

 こいつらも、俺も、等しく人類に使われただけだということか。

 

「これが、私がこの村にいる理由です。……信じてもらえましたか」


 そう言って、エリがこちらを見る。

 縋るようなその視線に、思わずため息をついてしまう。

 つい先日俺の腹を貫いた人間とはとても思えない。それほど、時間が経ったということなのだろうか。

 

「安心しろ、そもそも恨みはない。俺もお前も必要だからやっただけだ。そうだろ?」

「……はい。ありがとう、魔王」


 だがもう、すべて終わったことだ。

 魔王になった時点で、人並みの幸せなんてものを願うことはなくなった。

 あいつらを助けたのも、彼らがそれを望んでいて、俺にそれができたからだ。

 

 そして今は、魔王が世界を再生するなんて馬鹿げたことをやっている。

 これも同じだ。ルナがそれを望んでいて、俺にはそれができそうだったから。

 元からないこだわりはとうに消え去った。主に、俺の城が生えているところを見た時に。

 

 その結果、長い時を経て勇者と魔王がこうして対面しているわけだ。

 全く、運命というのはよくわからない。

 

「いいさ。それに、これからは色々とやってもらわなきゃならん」


 この現状、一番足りないのは人手だ。

 広い世界を探索しなければならない中で、勇者という戦力はとても貴重だからな。

 使えるものは何でも使う。だよな、ルナ。

 ルナもぶんぶんと首を振っている。

 

「勇者様が仲間になっていただけるなら、それこそ百人力です!」

「事情はイオに聞いてわかっています。勿論、あなた方に協力します」


 笑みを浮かべて、エリは快諾した。

 壁に立て掛けてあった見覚えのある剣を手に取り、彼女は立ち上がる。

 

「大和エリ。遥か昔に召喚された、勇者です。特技は剣術に、力仕事なら任せてください」


 こうして、二人目の特異主が仲間に加わった。

 なにせ俺を殺した相手だ、その能力はよく知っている。

 

「よろしくお願いしますね、勇者様!」


 少しずつ、俺たちの目標は進んでいるようであった。


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