第16話 二人目の特異主
「おい、イオ。今……特異主と言ったか?」
俺の問いに、金髪青眼の自動人形は頷いた。
「ええ、特異主よ。アンタと同じ、今までこの世界に残った伝説上の存在たち。その内の一人と、アタシは出会った」
「どこでですか!? いえ、それよりも、誰ですか?」
喰い気味に身を乗り出したルナが、イオの肩をつかんだ。
長い間一人で特異主たちを調べていたルナにとって、とても重要な情報なのだ。
だが、イオは揺らされながら苦笑いを浮かべる。
「それが問題でね……わかんないの」
「「わからない?」」
思わず声がそろってしまった。
「そう、自分が何者か名乗らないし、怪しいからリヴラのことを教えるわけにもいかないしー。だから仕方なくしばらく一緒に生活してたんだけど……駄目」
やれやれというように息を吐いて首を振るイオ。
諦めというよりは、呆れに近い表情だ。
「それで? 諦めて戻ってきたのか?」
「それなのよ! そいつが急にアタシに命令してきたんだよね。『魔王が出たから探して来い』って」
「何……?」
わざわざ俺を探して来いと、特異主が告げたと?
離れた地から俺のことを感知したというのか……?
「それでリヴラまで戻ったんだけど、ルナはいないじゃない? どうしたもんかなーって探索してたら資料室にここの地図があったから、追ってきたってわけ」
「なるほど、それでここが……」
やけにタイミングがいいと思ったが、俺たちを探していたなら理解できる。
あれだけ轟音を出していれば、鉱山内部でもわかりやすかったことだろう。
「何者なのでしょうか、その方は」
「さあね。若い女で、特別力があるようには見えなかったけど」
高名な魔術師の類なのだろうか。
見た目からは実力を判断できない連中は何人か知っている。そういうやつほど――見た目を弄くれる能力があったり、見た目と実力が比例しないやつほど、厄介なのだ。
「それで、俺たちを連れていきたいわけか」
「そ。探して来いっていう位だから、アンタたちを連れていけば何か話してくれるんじゃないかなーとは思うんだけどね」
大きな息を吐き出しながらイオは言う。
心底面倒くさそうな様子だが、やはりルナに比べて感情が豊かだなこの娘は。
「そ、こ、で、魔王様!」
ルナがびし、と俺を指さした。
「アタシと一緒にきて、あの女と話をして? アンタならきっと、説得できるはずだから」
「……どうする、ルナ」
多分聞くまでもないが、一応伺いを立ててみる。
物凄く嫌な予感しかしないが俺たちのリーダーはルナだ。
「勿論、行きましょう。特異主の方がいるなら、ぜひ会ってみたいです」
……こぶしを握ってやる気満々だ。
行くしかないか。気が進まないが。
「一体どなたなのでしょうか? 錬金術師、それとも高名な魔術師でしょうか……」
さすが特異主研究家。既に想像というか妄想に耽ってしまっている。
できれば穏便なやつで頼みたいのだが……。
「じゃあ決まりだな。一旦リヴラに戻るか?」
修復者に襲われたとはいえ、結構な量の荷物を回収している。
そのまま運ぶのは手間だろう。
「通り道だしアタシは構わないよ」
「はい、戻りましょう。魔石は無事回収できましたので」
イオの了承も得られたので、まずは樹下都市へと戻ることにした。
***
リヴラへと向け俺たちは元来た道を戻っていく。
魔物もおらずのんびりとした道程だったのだが、問題が一つ。
「んふー、いい味だわー」
並んで進む俺たちだが、先頭を行くイオからゴリゴリと奇怪な音が聞こえてくる。
ルナとは異なり銃を背に括っている彼女は腰に荷物入れをつけており、そこから定期期になにかを取り出しては食べているようだった。
いや、ものを食べてて出る音じゃないぞ。
「おい、イオ。さっきから何を食べている?」
というか、こいつら食事は不要ではなかったか?
「んー? これ?」
振り返ったイオがちょうど手に持っていたそれを渡してくる。
思った以上にずしりとした重みがあって、青色の……
「さっきの鉱石じゃないか」
鉱山で嫌と言うほど見た石だった。
こいつ石を食ってたのか……。
「そうよー」
「いや、よく食えるな…というか食べて平気なのか?」
バリバリいってたから噛み砕いていたのだろうが、腹……それ以前に歯壊さない?
「勿論! これは、アタシのエネルギー補給なの」
「イオは銃弾生成に必要な金属や魔力を鉱石から直に採ることができるのですよ」
ルナからの補足もあって、何故食っているかは理解できた。
絵面は酷いが、単体で弾薬を補給できるのは恐ろしく便利だ。
便利だが……。
「……ひょっとしてお前、俺たちに会う前に飯を探してたのか?」
「あ、ばれた?」
へへ、とイオが笑う。
「最近補給出来てなかったから、深部に行く前についでにね」
「イオはあそこの鉱石が好きでしたものね」
「好みとか、あるんだな……」
相変わらずデタラメな連中だ。
そんな下らないことを話ながら、リヴラへと戻っていく。
野営の際はルナに見張りを頼むことが多かったが、イオも加わったことでより安心して任せることができた。ただ、相変わらず燃料に蛇は毟られるが。鉱石とったんだからもういいじゃない……。
そして道中の魔獣ともかなり楽に戦うことができた。
何せ遠距離戦の出来るイオが加わったのだ。蛇で表皮をはがして、後はイオに任せれば皮下帯を貫いてくれる。
世界中に普及した武器というのは誇張でも何でもなく、堅い外皮さえなければ一撃でそこらの魔獣は撃ち抜くことができるようだ。
殆ど接触することなく倒すことができ、おかげで魔獣の素材も大量に集めることができた。
そしてまた数日かけて、森林地帯へと戻ってくる。
爽やかだった気候はまたじっとりと纏わりつく大気へ戻り、同時に視線を感じる。
離れた場所から、あの髭狼がこちらを伺っているのがわかる。
良かった、まだ無事だったか。
……あいつも、魔石とか食うのかな。
持っていた魔石の一つを、髭狼の方へと放り投げ――お、咥えた。
そのまま髭狼は走り去り、そのあとを小さな気配がついていく。
群れを抱えているだろうと思ったが子供がいたのか。
今度は狩った魔獣を渡してやろう。
そう思い、先を行く二人を追ってリヴラへと向かった。
***
そのまま、何事もなくリヴラへと到着した。
「早速、鉱石で魔力補給をしましょう!」
「犬ジカちゃん久しぶりー!」
入口から降り立った途端、ルナを無視してイオが駆け出した。
どうやって察知したのか門の横には禿鷲馬に乗った犬ジカが待機していた。
ヒシっと抱き合う一人と一匹。べろべろに舐められているが、本人は嬉しそうだ。
そいつらの首根っこを捕まえて、都市中央部にある大きな建物に入る。
そこはこの都市の動力部にあたるらしく、地下へと掘られた異様に広い窪みの中には巨大な円筒がいくつも並んでいる。
入ってすぐに、ルナがせっせと鉱石を装置に詰めていく。
製錬とかしなくていいのかとも思うのだが、今更か。
「……では、いきます」
石を入れてすぐ、その装置から全体へ光が走っていく。
円筒から伸びる細長い筒にも光は満ちて、天井や床のあちこちへと伸びていく。
装置が動き出したのだろう。
これで止まっていたリヴラの機能が復活したのならばまた作業が捗るだろう。
「……動いてます。動いてますよ、魔王さま!」
そう言ってルナは装置の奥へと駆け出して行ってしまった。
幾重にも巡った配管の隙間からぴょこぴょこ白い頭が動いているのが見える。
「これも、あれも……やっと、やっと……!!」
装置の轟音に紛れて何を言っているかは分からないが、慌ただしく、そして嬉しそうに駆け巡っているのだけは分かった。
「あんなに生き生きしたルナ、久しぶり」
不意に、イオが呟いた。その顔はべとべとである。
「そうなのか?」
「あの子達が動けなくなって、補給も碌にできなくなってからは酷く落ち込んでたの。かと思ったら、特異主の研究に没頭しだしてね。殆ど出てくることもなくなったわ。だからしばらく離れてたんだけど」
良かった、とそう言ってほほ笑む。
心配していたのだろう。特異主を見つけたというのも、偶然ではないのかもしれないな。
「これからは側にいてやれ。あいつも喜ぶ」
「ええ。……アンタのおかげ。ありがとうね、魔王様」
「何もしてはいないさ、まだな」
まだ何も成してはいない。
失ったものを少しだけ取り戻せただけだ。
「魔王さま、イオ! こちらは準備完了です!」
向こうで嬉しそうに手を振るルナを見て、二人で笑い合う。
まずは、特異主を探しに行くとしよう。