第15話 戦闘個体
それから俺達はわき目もふらず鉱山を駆け上り、何とか入り口までたどり着くことができた。
足止めのお陰で最初の段階で竜は追ってきてはいなかったのだが、そんなことは気にもしない全力疾走であった。
「何とか逃げ切れたな……」
「そう、ですね……」
そのまま入り口前に倒れこむ。
八日間足場の悪い森を歩き通したこの身体でも、危機的状況の全力疾走は流石に堪える。
吹き抜ける風が心地よい。周りには魔物も動物もいないので少しは休めるだろう。
「流石にアタシも疲れたわー。ねえ、隣いい?」
「好きにしろ……」
イオと呼ばれた少女が俺の横に腰を下ろした。
突如現れたルナの同類。旅に出たと言う生き残りのうちの一人だろう。
それが、何故今ここに?
「ありがと。でもよかったわー、間に合って。まさかあんなのがいるなんてね」
「ええ、本当に……。イオがいなければ危なかったです。ありがとうございます」
ルナに比べて少し金色がかった髪色に、病的に白い肌は彼女と変わらない。
瞳は青く、体格の割にはやけに重そうな厚手の上着なども青と黒を基調に統一されている。
茶と灰色ばかりのこの場所では、不自然と言っていいくらいに浮いている。
「全然! 気にしない気にしない。居合わせたのはホントに偶然だもん。ラッキーだったわ」
そしてその表情は、快活な笑みを浮かべている。
動きも細かいし、ルナと違って感情豊かな奴だ。
こいつが特殊なのか、ルナがおかしいのか。
「そして――」
なんてことを考えていると、イオがこちらを見ているのに気が付く。
「アンタが噂の魔王様?」
ぐん、と顔を近づけてイオは問うてくる。
綺麗な瞳は、好奇心に満ちているかの様に輝いて見える。
「ああ、そうだ――」
「やっぱり! さっきの戦い、見てたわ。やっぱ強いねー」
「まあな……って近いな!」
答える前にどんどんと詰め寄ってくる。
更にもう一段階距離を詰め、腕にしがみつかれた。
こっちはまだ息が整っていないんだ。暑苦しい。
助けを求めてルナを見るが、
「この子はイオ。前に話した、旅に出た私の仲間です」
「戦闘用個体イオよ。よろしく!」
ひっついたまま、イオは笑みを浮かべる。
そういうことではないんだが……諦めよう。
俺はそれに頷いて応えると、彼女の横に置かれた物体に目を向ける。
「さっきの爆破はそれでやったのか?」
「そうだよー。大型銃で、狙撃と爆撃の二種類ができるんだ」
「ルナは長距離攻撃を得意とする個体で――魔王さま?」
イオとルナの答えを聞きつつ、俺は嫌な汗を流している。
この銃と呼ばれる武器に俺は見覚えがあるからだ。
俺の視線の意味に気が付いたのか、イオが満面の笑みを浮かべた。
「あ、そうか。これ、別名『魔王殺し』っていうんだ」
「……ほう、それはまたどうしてだ?」
「そりゃ、召喚した勇者が編み出したこの武器で、魔王様があっさり倒されたから」
「やっぱりか……」
通りで見覚えがあるはずだ。
あの忌々しい勇者の一人が使っていた金属を撃ちだす筒だ。
それが長い間進化を続け、今のイオの装備になったのだろう。
俺が相手にした時は、あれほど広範囲の岩壁を爆破し崩すほどの威力はなかったからな。
「魔王を倒した武器ってことで、この武器は世界中で作られるようになったんだよ。多分剣に次いで世界で二番目くらいには普及してた装備じゃないかな?」
「知らぬ間に広告にも使われていただと……」
どうしようもないことだが無性に腹が立つ。
城が博物館にされてたり、俺を殺した武器が世界中に広まっていたり。
つくづく俺という存在は世界にとって重大だったらしい。
しかも何が悔しいって、最終的な死因自体は銃ではない。あの剣士が持っていた聖剣だ。
そりゃ倒したことにした方が売れるんだろうが……。随分とまあせこいことをする。
からからと楽しそうに笑うイオから視線を外し、大きく息を吐く。
ルナとあまりにも違いすぎる性格の持ち主。
ここまで騒がしいのは久方ぶりで、走る以上に疲労感があふれてくる気がする……。
「しかし、まさかここにも植木屋みたいなやつがいるとはな……」
「私も初めて見ました。地下にもいるんですね」
「そうだな。植木屋……ややこしいからまとめて『修復者』とでも呼ぼう。そいつらはほかにもいると思っていいな」
考えれば当然のことだ。
森を直すやつがいれば、他を直すやつがいる。
世界に意思があるとして、自身をすべて森にするはずもない。地域に合わせた修復者がいるのだろう。
……海とか雪山とかは、行かないほうが良さそうだ。
「そうね。ここには何度か来たけど、アタシも見たのは初めてだった。でも見てたよ。魔王様、一度は倒していたでしょ」
「ああ。倒した筈だったんだがな……」
正直、最初に戦った時には普通の――いや、普通ではないが、獣竜にしか見えなかった。
それが倒してから再活性するかのように目覚め、修復者としての能力を発揮しだしたのだ。
もしかすると、普段は魔物の姿をしているのか?
もしくは魔物が強制的に変化させられている?
仮説はいくつか思いつくが、今この状況ではまともに考えられる気はしない。
後でじっくり考えてみることにしよう。
「倒せるだけすごいんだけどね。……やっぱり、アンタは本物の魔王様なんだね。ルナの研究は、正しかったのか」
「当然です。他の特異主も探しますよ」
「特異主、ね……」
そう言葉を切ると、イオはこちらを見つめてきた。
その瞳に先ほどまでの好奇心は消えていた。
「……ねえ魔王様。まだ人類を――いや、勇者のこと、恨んでる?」
そうして放り投げてきた問いは、まったく想像外のものであった。
……勇者? なぜこいつからその言葉が出る?
「なんだ、急に」
「いいから教えて? 世界を征服する夢を、突然異世界からやってきた人たちに邪魔されて、今はその尻拭いをしているアンタは、彼らを恨んでる?」
じっと見つめてくるイオ。
その瞳は揺れ、けれど何かを期待するように目線を外すことはない。
この揺れは不安か? つくづく、ルナとは違って感情豊かな奴である。
「……はあ」
再び空を見る。
陽の消えかけた空は黒く染まり始め、流れる雲が時間の流れを緩やかに教えてくれている。
吹き抜ける風が火照った身体には心地よく、地下からの音も途絶えて静寂があたりを包む。
そう、静寂だ。ここにはもう、騒がしい人類はいないのだ。
――なら、まあ、構わないか。少しくらい本音で話をしても。
「いや、別に恨んではいない」
「どうして?」
「そもそも、俺は人類すべてと敵対していた。たまたま俺を殺したのがあの勇者連中に過ぎなかっただけだ」
戦う相手一人一人を恨んでなんていられるか。
まあ、広告に使われたり俺の城を使われたりしたのは腹が立つが、それは俺が死んだ後の話だ。
「ふんふん、それで?」
イオが続きを促してくる。
続きがあるとわかっているような態度なのが腹立つが、まあいい。
「当時、俺の目的は半分は達成できていた。何人か殺し損ねたやつはいるが、人類殲滅が願いだったわけでもない。あそこで勇者に殺されて死んだことに、なんの問題なかったんだ」
「そうだったのですか……」
これにはルナの方が驚いた。
彼女は長い間俺のことを調べていたようだから、そのせいだろう。
だが、ルナが驚くということは俺のことはそこまで深く伝わってはいないらしい。
ならば良かった。
俺は世界を滅ぼそうとした魔王、それでいいのだ。
「じゃあ勇者のことはどうでも良かったのね」
「んなわけあるか」
殆どがまだ10代かそこらの幼い見た目のくせに、その辺の魔獣なんて片手で屠る化け物だぞ。
そんなのが四人で襲い掛かってくるなんて恐怖でしかない。
最初に襲われた後、慌てて複製体を用意したくらいだ。
あいつらがいなかったら、俺の目的は間違いなくすべて達成できていたはずだ。
そして、勇者がいなければ俺がこうしてここにいることもなかっただろう。
「ただ今となってはもうどうでもいいことだし、勇者一人一人を恨んではいない。それだけだ」
「……ふーん」
何故かにやにやと笑みを浮かべながら頷くイオ。
さっきからなんなんだ、こいつは。
「他には他には?」
「もういいだろう。十分休息も取った。さっさと戻ろう」
「えー! 魔王様、もっとー!」
駄々をこねるように腕を振るイオを無視して、俺は立ち上がる。
「そうですね。あの修復者が追って来ないとも限りませんから」
「ちぇー。はいはい、わかりましたよ」
ルナも合わせて立ち上がったので、イオも渋々といった風に従った。
こいつ、本当にルナと同じ生命体なのだろうか。
性格が全く違うのだが……。
「さて、それでこの後はどうするの?」
銃を背負いながら、あっさりと切り替えたイオがルナに尋ねる。
「リヴラに戻り、魔石を加工します。その後は、みんなの治療と再起動を試みるつもりです」
「ここにきてたんだもんね、当然か。じゃあ、また始めるのね?」
「……はい、そのつもりです」
イオの言葉に、ルナは意思を持って頷いている。
恐らくは、人類史収集作業のことだろう。
「んー、なら、アタシも協力しないとね」
「本当ですか? イオが一緒だと心強いです」
「へっへっへ、任せなさーい!」
胸をたたくイオ。
その動きに合わせて、肩にかけた銃がかちゃりとなる。
五月蠅い奴だが、あの遠距離砲撃が味方になるのは心強い。
だがその言葉に反し、イオが指を立てて待ったをかける。
「ただし、その前にアタシのお願いを聞いてほしいな」
「なんでしょう。私たちにできることであれば、なんでも!」
おい、安請け合いをするな。
こういうのはたいてい碌なことにならないのだから。
「じゃあ」
案の定、イオはとても嬉しそうな笑みで口を開く。
「アタシが見つけた特異主――そいつを何とかして連れ出したいの。協力して、ね?」
そして案の定、とんでもないことを口走ったのであった。