第14話 鉱石獣竜
人類の放棄した世界の東端。
その遥か地下深く。魔石鉱山は瀑布鉱脈にて。
俺こと蛇の魔王は、ここの主である巨大鉱石獣竜との戦闘に突入した。
「――――!!」
巨大鉱石獣竜がその巨体を生かして突撃を行う。
俺の数十倍はあろう質量で、瞬く間に距離を詰めてくる。
退くは危険。
止めるは面倒。
横に跳ぶ――は嫌な予感がする。
瞬時に竜の動きを見極め、俺はそのまま竜に向かって飛び込んだ。
「魔王さま!?」
ルナの叫びが聞こえるが、無視。
鉱石獣竜は前面だけでなく側面にも無数の石の棘がある。
あのリザードなどとは比べ物にならない程硬質なそれは、掠っただけでも大怪我だろう。
(爆破は鉱石を無駄にする……なら!)
腕から蛇を引き抜き、剣に固める。
進む先を斜めにずらし、突っ込んでくる竜の横を通り抜けるように跳んだ。
足から飛ばした蛇を丸めた魔法陣に足をかけ、棘の隙間を縫って進む。
すれ違いざま、突起の隙間に蛇を突きたてるも、堅い感触とともに弾かれてしまう。
「一本では無理か――む」
不意に、竜が腕を地面に突き立て、足を地面にたたきつける。
そのまま腕を軸に巨体が回転を始めた。
腕よりも太い尻尾、もちろんこれも鉱石だらけのそれが突進以上の速度で迫り、視界を埋め尽くす。
一方の俺は蛇の上に足をかけたままだ。
とっさに身体をかがめ、高く跳躍して迫る尾を飛び越えた。
そのまま尾は壁面にたたきつけられ、生えていた鉱石を粉々に打ち砕いていく。
俺達の鉱石が――!!
「勿体ないことを!」
いかん、時間をかけると鉱脈がダメになる。
あいつらにとっては餌だから、細かく破壊されようと構わないのだろうが、こちらはそれでは困るのだ。
剣の本数を増やしていって鉱石を壊すことなく貫通させるのが理想だったが、予定変更だ。
あの竜の頑丈さは把握した。多少強い攻撃でも周囲には問題ないはず。
だから――一気にぶち抜く。
「ルナ、通路の奥まで退避しろ!」
叫ぶと同時に、蛇を五匹取り出してすぐに繋げた。
そのままぐるりと円を作り、巨大な魔法陣を浮かび上がらせる。
空中の魔力を吸わせている時間はない。右腕に力を込め、陣に直接魔力をたたきこむ。
稲妻のごとき閃光とともに端から中心へと紋様が刻まれ、術式は組みあがる。
眼前の竜はようやく尾を抜き出し、こちらを振り返ったところ。
俺の前に浮かぶ魔法陣を見つけると、事態を理解したのかすぐさま咆哮を上げた。
だが、遅い。
「――吸え、蛇!」
叫びとともに腕を魔法陣へと押し込んだ。
同時に蛇を一匹、解き放つ。
それは魔法陣から発生した大魔術を喰らい――黒く弾ける稲妻をまとった巨大な蛇へと姿を変えた。
稲妻の如き発光。
直後、轟く雷鳴とともに、蛇が竜へと到達し、真っ黒な雷の爆発が巻き起こった。
「――――!!」
びくり、と竜の体が跳ねあがる。
体中の鉱石は黒く濁り、直後、粉々に砕けて散った。
「しまった、強すぎた……」
視界の中で消えていく鉱石を眺めながら息を吐く。
断末魔の絶叫は長く続き、雷の消失とともに竜は地へと倒れ伏した。
何とか勝てたか……。
右腕は強い痺れが出ており、しばらくは満足に動かせそうにない。
魔法が強力になりすぎて右腕まで焼かれてしまったらしい。
そこまで大量に魔力を込めたつもりはなかったのだが……やはり、ここの魔力量は異常だ。
おかげで魔力切れはしなさそうだが、今後威力調節は慎重にやらねば……。
力の入らない右腕を垂らしながら竜へと近づく。
纏っていた鉱石はほとんど砕け散っており、凸凹の激しい表皮は黒く焦げ付いている。
せめて少しは鉱石が残っていたら良かったのだが、仕方がない。
「魔王さま、無事ですか!」
ルナがこちらへとかけてくる。
大丈夫、という前に頭をつかまれ、あちこちを撫でまわされた。
「……重大な損傷は見られないようですね。良かった……」
「当たり前だ。これでも元魔王だぞ」
まあ、今回はちょっと危なかったが。
俺の言葉に、ルナは僅かに眉尻を下げた。
「はい、そうですね。でも、ご無事で何よりです」
「この程度の奴に負ける程寝ぼけちゃいないさ。……ただ、ちょっとやりすぎたな。せっかくの鉱石がこれでは……」
「いえ、倒せただけで十分ですよ。それに鉱石ならまだいくらでも残っています。……こちらを」
そう言って、ルナはバックパックから手のひら大の鉱石を取り出して見せてきた。
「魔王さまの戦いの余波で崩れてきたこの鉱脈の石です。見てください。これなら純度もサイズも十分です」
「おお、ということは……」
「ここの鉱石を採集すれば目的は達成です」
「そうか……それは良かった」
安堵の息が漏れる。鉱石が無事見つかったこともそうだが、それ以上にもうこの坑道を歩き回る必要がないということに。
薄暗いわ、魔獣はいるわで碌な場所ではなかったからな。
さっさと必要数を集めて戻ろう。
だが、進もうとしたところをルナに止められてしまう。
「私が鉱石を集めますから魔王さまは休んでいてください」
「何? 鉱脈を掘るんだろう? 俺も……」
言いかけた言葉はルナの手に遮られる。
「魔王さまと竜がほどよく壊してくれたので大丈夫です。……その間に魔王さまは腕の治療をしてください。右腕、使えないのでしょう?」
「……気づいていたか」
「観察が私の本分ですから。この程度のことに気が付かないほど、低性能ではありませんよ?」
そう言ってルナは駆けていってしまう。……今、笑っていなかったか?
というか段々と俺の扱いが適当になっていないかあの娘……。
最初の恭しい態度は何処に行ったのやら。
「……まあ、いいか」
確かにここの主だろう竜は殺したのだ。しばらくは安全の筈。
ならばお言葉に甘えて休ませてもらおう。
近場にあった大きな結晶へと近づいて腰かけた。
天井を見上げれば、深い青の光が揺らめいている。
深海の底に腰かけているような錯覚を覚えるその景色は、視界を全て埋め尽くす魔石の鉱脈だ。
爆破によってこの鉱脈を崩したら、文字通り青の瀑布となって降り注いでくるのだろう。
だからここは瀑布と名付けられたのだろうと、ぼんやりとそう思う。
泡にならない息を吐き出して、少しだけその美しさに浸る。
リザードや他の魔獣相手とも違う、久しぶりに思い切り力を行使した戦闘だった。
格は低いがそれでも竜相手を一撃。複製体になってもこの蛇紋の脅威は変わらないようだ。我ながら、本当に恐ろしい力を得たと思う。
だが今この時代はこの力が必要なのだろう。
でなければこうして目覚めた意味もない。――そう、信じて。
ガン、と響いた音に顔を上げれば、向こうでルナが鉱石に採掘道具を振り下ろしているところだった。適当なサイズに砕いて集める気なのだろう。
ルナの腰の高さくらいはある結晶だ。……砕くとはいえバックパックに入るのか? あれは。
「……手伝うか」
お陰で腕の痺れもなくなった。
化け物らしく肉体労働に勤しむとしよう。
重たい腰を上げて、巨大結晶と格闘するルナの下へと歩いていった。
***
そのまま鉱石を集めていってしばらくが経ち。
巨大結晶を四つ回収したところでそろそろ十分だろうと手を止める。
俺のも含めた二つのバックパックに分けて詰めていたのだが、一向に埋まる気配がない。
先の人類史探索の分もこの中だというのに、どれだけ入るんだこの鞄は。
「なあ、ルナ。あと容量はどれくらい――」
そう思い、尋ねようと顔を上げたところで違和感を覚える。
何だ? さっきと景色が違う……?
ほんの一瞬の違和感。それが、じわりじわりと確信へ変わる。
目の前の淡い鉱脈の光。蛇の放つ光を受けて揺らめくそれが、数を増しているのだ。それはつまり――。
「石が、生えてきている……?」
つい先ほど竜に砕かれたばかりの石が、再び形成されつつあるのだ。
慌てて先ほどルナが砕いた結晶に目を向けると――砕かれた根元から何かが弾けるような音とともに光が伸びてきているのが見えた。
植木屋に呑まれた街で見た、手折った枝が再生するのと同じように。
「魔王さま、これを見てください……!!」
ルナが俺の袖を引く。
見れば、ルナが使用していた真っ白な金属でできたピッケルのような採掘道具が鉱石に呑まれつつある光景があった。
「……」
「どうやら、鉱石が復活した理由はこれみたいですね」
ひきつった顔でルナは告げる。
あっという間に、採掘道具は鉱石へと呑まれ砕く前の巨大結晶へと変化していった。
文明が一瞬で自然に飲まれる。その変化には、見覚えがある。
「まさか、ここにいたのか? その、植木屋みたいなやつが――」
言い終わる前に、背後から岩の砕ける音が響き渡る。
慌てて振り返るとそこには起き上がった竜がいた。
――生きていたのか?
しかし、その姿は先ほどまでの竜とはまるで違うもの。
鱗に覆われていたはずの巨体は漆黒で塗りつぶされ、輪郭は滲んだようにあやふやだ。
まるで黒い靄に憑りつかれたかのようなその異形は、恐らく顔と思われる先端部を引き裂くように開き、咆哮を上げた。
「――――!!」
地の底から響くような極低音は大気を、瀑布を揺らす。
そしてその体から瘴気のごとく黒い何かが噴き出し始めており、俺とルナは互いの顔を見合わせた。
「なんかわからんが、不味くないかあれ!」
「まずいです! 急いで脱出しましょう!」
ほぼ同時にそう言って、頷きあうと通路へと全力疾走を開始した。
だが、どうやら逃がしてくれる気はないらしく、鉱石改め瘴気と化した竜は俺たちへと体の向きを変える。
奇しくも、先ほどと同じ状況だ。
――人間が竜相手に逃げ切れるわけはない。
しかも相手は竜より余程得体のしれない異物。何をしてくるかまるで分からない。
……仕方ないか。
やるしかない、俺が蛇を出そうとした、その時。
「そのまま走って!」
突如聞こえた声とともに、破裂音が響く。
それは俺らでも竜でもなく、洞窟の天井に炸裂し、爆発を起こす。
広範囲に起きた爆発は天井にまで張り付いていた鉱石をことごとく落下させ、そのすべてが俺らと竜の間に衝突し土ぼこりをあげる。
何かわからないが、助かった!
「急ぐぞ、ルナ!」
「はい!」
全力疾走で、通路まで駆け抜けた。
「そのまま止まらないで、出口まで行くよ! ついてきて!」
「助かる!」
いつの間にか先行していた謎の人物が、こちらを見てそう言った。
響く咆哮を背に、ようやく煙から抜け出した俺達は、その人物を見る。
(……? そう言えば、こいつは誰だ? 人か……おお!? 人か!?)
俺たち以外の何者かの存在にようやく気が付き、パニックになる。
だが、ルナはそうではなかったらしく、けれど驚いた表情で先を走るその人物を見つめていた。
「生きていたのですね、イオ!」
「そっちこそ、無事で良かったよ、ルナ」
そう言って振り返ったその人物は、良く見ればルナに良く似た小柄な少女であった。
青い衣装を身にまとい、身長ほどの長さもある大型銃を持っていなければ、だけれど。