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人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます  作者: 穴熊拾弐
第一章 蛇の魔王と自動人形
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第12話 東へ

 

 街を出た俺たちは、ルナの案内に従い魔石鉱山のある北東へと向かう。

 未だ周囲は碌に視界の通らない原生林なのだが、今日は霧が出ていないので見晴らしはかなりいい。

 その分魔獣と遭遇しやすいということなので気を付けなければならないが。

 

「しかしこの暑さは何とかならないのか?」

「年中この気候です、諦めてください」

「むう……」


 相変わらず、肌に張り付くような熱気を伴う空気が漂っている。

 以前のこの地方は乾燥した気候だったのだが、今は熱帯に近い環境になっているらしい。

 湿気と熱気、濃密な魔力濃度の三重苦でなかなかに気分が悪い。

 

「鉱山のある方は気温ももう少し落ち着くはずです」

「そうなることを祈るよ……」


 最初のころは気が付かなかった、鳥たちの鳴き声が響く中を進む。

 俺が主を倒せることがわかってからは、初めの時ほど警戒する必要もなくなったから進行速度も上がっている。

 今はかつての街道跡をまっすぐ進んで――む。

 

「ルナ、止まれ」

「はい?」


 森を歩いてしばらく、背後に気配を感じ振り返る。

 後方、崖の上からあの髭狼がこちらを見降ろしていた。

 リザードによってボロボロに食い破られた皮も治っており、銀の毛と光る触手が美しく揺れている。

 あれから大して時間も経っていないというのに、馬鹿げた再生力だ。

 

「襲ってくる気でしょうか」

「いや、敵意は感じないな。それに、勝てないのはわかっているはずだ」


 自身が負けた魔獣を簡単に殺した相手だ。

 いくら魔獣とはいえ、それくらいの知恵はあるだろう。

 狼は俺達が見つめていると、ゆっくりと後ずさり視界から消えた。

 

「なんだったのでしょうか……?」

「監視にでも来たのかもな」


 あの髭狼はこの辺り一帯の主だという。見てはいないが仲間たちも近くにいるだろう。

 俺達が害をなす存在かどうか見極めに来たのかもな。

 

「放っておけば寄ってこなくなるさ。行くぞ」

「わかりました」


 できればあの髭狼とは仲良くやっていきたい。

 ルナもこちらから手を出さない限り無害と言っていたし、それならしばらくはあの髭狼にこの辺りの主をやってもらいたいからな。

 

 

 髭狼との遭遇後は大した事件も起きず、俺たちは北東へと進む。

 陽が落ちると、開けた場所にテントを張って夜を過ごした。

 バックパックから取り出した白い箱をルナが放り投げたら空中で形を変えてテントになったのには驚いた。

 四人は寝転がれそうな広さで、床も分厚くて寝心地も良さそうだ。

 

 夜にはあの街で手に入れた品でルナが料理をふるまってくれて、食事の心配も必要なかった。

 文明とは素晴らしい。

 その点のみは、人類どもに感謝をしなければならない。

 まあ、素材は豆で、料理に使う燃料は俺の蛇なんだが。

 

 

 そうして歩きつづけていくと、全く変わらなかった状況に変化が表れ始めていた。

 気だるくなるほど蒸し暑い気候だったのが、気づけば冷えてきている。

 といってもまだ温い程度。だが、今までが今までだったので余計に心地よく感じる。

 こんな世界でも、否、この現状だからこそなのか、地域による気候の変化はしっかりと起きるらしい。

 

 そして植生に変化はなかったが、代わりに生態系の変化が顕著であった。

 蜥蜴やら狼やらの魔獣は消え、鹿や熊のような大型獣の類が増えている。

 幸いどれも大した脅威ではなく、蛇数匹で事足りた。

 また道中で幾つか森に飲み込まれた街の残骸も見かけたのだが、今は調べている時間はないと位置を記録だけしておいて先へと進む。

 

「随分と遠いな……」


 それでも既に八日目も真昼を過ぎ、未だ目的の場所にはたどり着けていない。

 

「足場も悪いですし、魔獣を警戒しながらですから。どうしても時間はかかってしまいますね」


 今も鬱陶しいほど茂る木々を光を帯びた鉈で切り落としながら進んでいる。

 この様子だと今日も適当な場所で野宿をすることになるだろう。まだ鹿の魔獣の肉が余っているので俺としては問題ないが。

 

「それにしたってもうすぐ到着するはずなのですが……あっ」


 野営の相談をしようかと思っていたら、ルナが地図から顔を上げて前へと走り出す。

 

「おい、何を――」


 いつ魔獣が襲ってくるかわからないから離れぬようにと、これまで話していたというのに。

 慌ててルナを追って走り出す。

 道を塞ぐ藪を越えると、長く続いた森が突如途切れ――開けた視界に出る。

 

「これは――」


 そこは、切り立った崖の上。

 眼下から先に映るのは、枯れた色の僅かな草地と、残りは岩、岩、岩。

 分厚い岩の大地が風と雨で複雑に侵食され道ができ、どうやって形成されたのか奇妙に飛び出て弧を描く岩の天井に囲まれた、岩の回廊。

 先程までとはまるで違う、荒涼とした灰色の岩石地帯がそこには広がっていた。

 

「ようやくつきました。ここがラムニス鉱業地帯です」

「……驚いたな。こうも景色が変わるものなのか?」


 足元を覆っていた草原はぱたりと消え、下方へと崩れて斜面になっている。

 そこから先に、今まで広がっていた鬱陶しい位に鮮やかな緑色は殆ど存在しない。

 筆で境界線を引いたように、がらりと植生が、地形が変わっていた。

 元々極端な景色だったが、こうもハッキリと変わるのか。

 

「ここには植木屋はこないのか?」


 今までとは異なる開けた景色を眺め、周囲の様子を探っていく。

 思えば、ここにきて岩肌を見たのは目覚めた時の洞窟くらいだ。

 ほとんどが森に呑まれていたせいで、山や海はおろか、露出した土すらろくに見ていない。

 植木屋がいるのなら、こうはならないはずだが……ここには来ないのか?

 

「そのようです。彼らにも、テリトリーがあることはわかっています。何もかも森にしてたら、それこそ環境が滅茶苦茶になりますから」

「ああ、それはそうか……」


 ならばあの一帯は『森林地帯』であり、ここは『岩石地帯』というわけだ。

 どういう線引きで世界が環境復元をしているかはわからないが、ここに植木屋はこないらしい。

 

「……ならここに拠点があったほうが安全じゃないか?」

「植木屋からは安全でも、メリットも少ないですよ。ここは他の人類域からは離れていますから、探索するには不向きです」


 ここは大陸の東端、聳え立つ山々の向こうには大海が広がっている筈だ。

 大陸中央に近いリヴラと比べると、移動の点では面倒か。

 それに、とルナは続ける。

 

「植木屋は来ませんが、その分魔獣などは多いです。気をつけてくださいね」

「……了解した」


 確かに、ここの回廊は見ただけで複雑だとわかる。それにリヴラのような天蓋を覆う木の根のような防御壁もない。

 こんな開けた場所にリヴラを建てたとして、強力な魔獣でもいたらすぐに見つかって破壊されてしまうだろう。

 ルナがこれまで、仲間たちを再起動できずに眠らせていた理由もそれだ。

 はっきり言って、ルナ自身には戦闘能力がまったくない。装備を身につけたとしても、あの狼にも間違いなく勝てない。

 世界の修復を任されるには貧弱すぎるのだ。

 

「仕方ないではないですか。私は統括個体です。戦闘能力は付与されていません」

「お前はそうだとしても戦闘用の個体とかいなかったのか?」


 あの勇者どもの文明を受け発達した人類史最後の、最新の兵器であるルナたちが、そこまで弱いとは思えないのだが。

 俺の問いに、ルナは頷く。

 

「はい、勿論いました。でも、我々のほとんどは調査用、製造用個体でした。彼女たちは長期活動・調査が目的のため、武装は少なかったのですよ。それに――」


 言い淀むように、ルナは顔を伏せた。

 

「この世界に残される我々には、大した装備は残してくれませんでしたから」

「そう、か」


 しまった。不用意な発言だったらしい。

 言葉を探している間に、ルナは気にしていないように顔を上げる。

 

「あ、でも、全員が倒れたわけではないのですよ」

「何? ……ああ、あの筒の連中のことか?」

「いえ、そうではなくて。私以外にも生き残りはいるのです」

「そうなのか? リヴラにはお前しかいなかっただろう」


 こんな状況下で、他に行く場所があるとも思えないのだが。

 

「管理のためリヴラに籠りきりだった私のほかに、戦闘用個体の三体が生き残っています。ただ、その三体は今、長期遠征に出ているのですよ」

「遠征……それは、人類史収集のためか?」


 俺の問いに、しかしルナは首を横に振る。

 

「調査用、製造用個体のほとんどが倒れ、任務遂行が難しくなった時、残った私たちはそれぞれやりたいことをやることにしたのです」


 ルナは特異主の捜索を。

 戦闘用個体たちは、一人が生き残った人類がいないか他の地域へ捜索に、もう一人はいきたい場所があると旅立ち、最後の一人は武者修行の旅に出るとリヴラを出ていったらしい。

 

「……武者修行? この世界で?」

「はい。せっかくなら一番強いやつと戦ってみたい、と言っていました」

「……そうか」


 ルナといい、個性が豊かな連中だ。

 本当に作られた存在なのか? と疑いたくなるほどに。

 

「それが20年前のことです」

「……相変わらず、時間間隔がおかしいな。で、そいつらは?」

「それから一度も戻ってきていません」


 相変わらずの声色でそういうが、俯いた顔に張り付いた表情は見えない。

 生き残っている可能性は低いだろうが、それでも……。

 

「魔石を手に入れて、他の個体を修復したら、そいつらの捜索もしないとな」


 そうと決まれば、早速鉱山へと向かわなければな。

 ルナの下へ近づくと、そのまま抱え上げる。

 

「魔王さま、何を……」

「行く先に数体、猛牛のような魔物が見える。戦うのも面倒だし、飛び越すぞ」


 見通しが良いので念のため、蛇を周囲に放っておいた。

 森と比べて、位置関係がわかりやすいからその点はありがたい。

 戦闘を避けるためにも、さっさと移動した方がいい。

 

「行くぞ、ルナ」

「……はい、魔王さま」


 眼前に広がる岩の回廊へと、俺は飛び出した。


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