第10話 魔王さま充電中
世界を征服せんと人類を脅かした存在――蛇紋の王こと、元魔王。
そんな俺は今、ルナに連れられて都市西側にある建造物の中に来ている。
建物数軒分はある平べったい構造の建造物で、伽藍堂の中には巨大な機械が幾つか置かれているのが見える。
なんでもここは工房の様で、人類史で作られてきた便利な道具を再現することができるらしい。
材料と燃料の魔力さえあれば、解析してその通りに作ってくれるようだ。
職人の技術も人手も不要。しかも生産自体も数時間から長くて数日で済むらしい。
改めて思うが、これでよく滅んだな、人類。
ただ、ルナ一人では燃料となる魔石が採掘できなかったから長い間稼働していなかったらしい。
人手も足りていないし、あんな馬鹿でかい魔獣がうろうろしているところでは満足に資材も集められなかったのだろう。
そんな、放棄されていた場所になんで俺が連れてこられたかというと。
「やはり、この蛇さんがいれば工房が動きます! どおりであのとき工場が動いたわけです。これで魔石不足から解消されますね!」
「……ああ、そうだな」
俺の目の前で、ルナが興奮していた。
彼女の前に置かれた何やら巨大な金属塊――機械と呼ばれたその装置の一角に、ルナは俺の蛇を入れろといってきた。
言われた通りに魔力を吸わせた蛇を入れてみたら、急に装置が動き出し……今に至る。
「これで探索装備が作り放題ですよ! やりましたね魔王さま!」
「……そうね」
魔王の力、機械の動力扱いです。
流石にこんなの初めてで、なんかもう怒る気も起きない。
「これがあれば食料設備もすぐにできます」
「……それは助かる」
うん、今回は許してやろう。
ルナは俺の微妙な感情に気づくはずもなく、残っていた金属片を素材として何やら装備を作っているようだった。
「装備の消耗も気にせず探索ができます。植木屋が街を飲み込む前に全てを回収できるかもしれません……!!」
「……それはなによりだ」
装備、ね。
探索装備と言っていたか。俺の封印を解く際に使ったものや、食料生産施設を解析したあの白い箱もそれに含まれるのだろう。
原理は全く持って不明だが、あれらが量産できるなら確かに便利になる筈だ。
だが、そんなことよりも気になることがある。
「楽しんでいるところ悪いが、一ついいか?」
「はい?」
「この装置、動かしていいのか? 植木屋に見つかるのでは?」
俺の問いに一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、ルナはそのことですか、と装置から手を離してこちらに向き直る。
「それなら大丈夫です。ここは既に修復された場所として認識されているようで、このリヴラに植木屋がくることはありません」
「そんなことが……あるのか?」
上を見れば、天井は隙間なく絡み合う木の根が映る。
……確かに、これ以上生やしても効率は悪い、のか?
いや、効率とかあるのか? あれに。
よくわからない……。
「あの街も同じく修復された場所扱いです。なので、安心して探索準備を進められるのですよ。……そういえば、魔王さまに武器は必要ですか? 種類は少ないですが、武装の作成もできますよ」
「うん? 武装か……」
やはり、探索のためにはあの髭狼などの魔獣と戦う必要もあるらしい。
彼女はどう見ても戦闘に向いていないので、それは俺の役割だろう。
未来の兵器に興味はあるが、ルナの提案には首を横に振る。
「不要だ。武器ならこれがある」
俺は手首にいた蛇の紋を引き抜く。
真っすぐに伸びた蛇は、そのまま漆黒の刀身を持つ剣となる。
指で叩くと硬質な音が鳴る。そこらの金属よりも硬く、丈夫な装備の出来上がりだ。
「武器にもなるのですか……本当に便利ですね、その蛇紋」
「ああ、便利だぞ? 起爆できる投擲武器にもなるし、何よりいくらでも替えが効くのがいい」
あの勇者どもと戦っていた時は、一合で叩き斬られるから半泣きになりながら補充していたな……。
硬質化を解いて蛇を戻す。
場所も取らないのも良いところだ。
「これがあるから俺に武器は必要ない。お前の装備を作ればいい」
「……わかりました。では、もう少しお休みください。朝食をとってから探索に行きましょう」
そう告げると用は済んだと振り返り、装置をいじり始める。
……本当にただの燃料扱いしやがったぞこの娘。
何か言ってやろうかとも思ったが、余程装置が動くのが嬉しかったらしく、装置に浮かぶ光る台座を叩く指の動きは軽やかだ。
表情こそ乏しいが、その背中だけで彼女の喜びが嫌というほど伝わってきた。
「ああ、わかったよ」
まあ……役に立ったのならいいか。
「お前もほどほどにな」
そう告げて、食事をとりに畑へと向かった。
なぜか追ってきた犬ジカが突撃してきて痛かった。
そしてしばらく。
犬ジカたちの世話と俺の食事を手早く済ませ、俺たちはまた門の前にいた。
「ふふ、今日の装備はばっちりです」
ルナは昨日と同じバックパックに、何やらごちゃごちゃと装備を下げている。
昨日のものよりもひとつひとつがやけに大きい。相変わらず重くないのかと思うのだが、いつも通り軽やかに動いているのでわざわざ聞きはしなかった。
今日は話していた通り、森に呑まれたあの街を再度探索する。
完全に自然に呑まれる前に回収できるものはしておきたいということらしい。
しかし今回は俺にも試したいことがある。
「ルナ。出発前に確認だ。俺は今日、二つ確かめておきたいことがある」
「なんでしょう」
「まずは外の魔物と戦いたい。今の時代において、俺がどれくらい強いのか確かめておきたい」
俺の言葉にルナは頷く。
「わかりました。今ならば、微力ながら私もお力になれます。万が一はないでしょう。もう一つは?」
「これはできればだが……植木屋を倒せるか確かめたい」
「倒す……? 本気ですか?」
「ああ、一時的にでも殺せるのならできたほうがいい」
過去の人類も、魔法であれば一時的にあれを倒すことができたと聞く。
直ぐに別個体が現れたそうだが、緊急時にわずかでも時間を稼げるならば、できるかどうか試しておいた方がいい。
ここでは大きな選択肢となるだろうから。
「……わかりました。ただし、まずは魔獣を倒してからです。そして例え問題なかったとしても、私が許可した場合のみにしてください。勝手に戦われては困ります」
「勿論だ。では、行こうか」
ルナと二人で、また外への探索へと出発した。
忌々しい門を通り抜け、地上へと上がっていく。
思わず咽てしまうほどの濃密な魔力は相変わらずだ。
先ほど消耗した蛇の回復にはいいが、それ以外は息苦しくてかなわない。
「さて、魔獣はいるかな?」
「この辺りにはいませんよ。リヴラには魔獣除けが張ってありますから。ただ、それ以外は魔獣だらけです」
「……本当に大丈夫か、この世界」
濃密な魔力が漂う密林を進み、昨日訪れた街へと向かっていく。
今日も濃密な霧が周囲を包み込んでいる。この霧のお陰でリヴラは魔獣から守られているのかもしれない。
そんなことを考えていると、ルナが足を止めた。
「着きました。ここですね」
「何? ……ここが?」
歩き進めて数時間。
確かに森を抜けて開けた場所には出た。だがその中に昨日の岩山は何処にも見当たらず、今目の前にあるのは今まで通ってきた森とそう大差ない光景しか存在しない。
「ええ、間違いありません。ほらここを見てください」
そう言ってルナが直ぐ脇にある低木を手で避ける。
そこには岩というにはやけに滑らかで巨大な石の壁があり――建物の壁の残骸だと言うことが直ぐに分かった。
建物の真下から木が生えたのだろう。屋根はなく、代わりに瑞々しい程に鮮やかな葉を生やした樹が鎮座していた。
「これが、昨日の街か……信じられんな……」
ルナにここだと指摘されなければ絶対にわからなかっただろう。
人知れない山奥で古代の史跡を見つけたような、そんな錯覚を覚えるほどに。昨日見た都市は森に呑まれてしまっていた。
「これが植木屋の恐ろしさです。放っておけば、街は、都市はこうして消えていくのです」
「……理解したよ。充分に」
昨日まで廃墟の中までは木々は殆どなかったというのに、いくらなんでも浸食が早すぎる。
試しに近くの枝を折ってみると、断面からすぐに新しい枝が生え始めた。
植木屋は今も尚、街を呑み込もうと成長を続けているようだ。
「この調子なら数日もしたら街なんてなくなるのではないか?」
「いえ、早いのは最初だけです。数日かけて彼らは根を張り、蓄えていた自然を移植し街を飲み込みます。ですがその後は普通の自然現象と変わりありません。ゆっくりと時間をかけて周囲の自然と同化していくのです」
破壊を免れた壁を撫でながら、ルナは言う。
「最初の破壊を免れれば、こうして都市の一部は残ります。ここも数年はこのままでしょう。ただ、森の発生で壁や天井は問答無用で破壊されます。あの食料生産装置のような大型の機械はまだしも、本や家具といった小さなものは雨風や魔物に荒らされて、すぐに風化してしまうのです」
「だから急いで回収しなければならないと、そう言うことか」
「はい」
「……途方もないな」
こうして見て、説明されれば嫌でも理解する。植木屋による文明破壊はどうしようもなく、圧倒的に効果的だ。
巨大なものは自身で壊し、木で潰せないような細かなものは魔物や気候が掃除する。もしこれが世界中で同時に起きているのならたった二人の俺らにはどうしようもない。
この街一つでさえ、全てを回収するにはいったいどれだけの時間がかかるというのか。
「大丈夫です。そのためにこの探索装備があるのですから」
呆然とする俺に、ルナはバックパックに取り付けていた四角い箱を取り出した。
「これで都市全体を順にスキャンしていきます。建物などの大型のものは走査してくれますから、私たちは崩れた建物から優先して中を調べていきますよ」
「わかった。お前について行くよ」
「はい! 必要なものが見つかったら指示しますので、魔王さまはどんどんバックパックに詰めてくださいね」
元より、探索に関してはルナに逆らうつもりもない。彼女が大丈夫だというのなら信じるまでだ。
ルナに従って、森と混ざり合った街を歩いて行く。
昨日は気が付かなかったが、周囲からは様々な音が聞こえてきていた。
家鳴りのような微かな破裂音に、何か硬いものが落ちる葉擦れ音。……この音は植木屋が生やした森が成長している音か。
それに混じって聞こえる鳥の鳴き声に、何か巨大なものが羽ばたく風切り音――。
「……っ!?」
咄嗟に見上げるが、そこには何もいなかった。……狼であのサイズだからな。何がいても不思議ではない。
「ああそういえば。植木屋の鳴らす音は、周囲の生物……特に魔物を引き寄せます。ご注意を」
「……了解した」
のんびり音を聞いている余裕はなさそうだ。
街を進み、僅かな輪郭だけを残して木と融合した建物へと入る。
落ちていた金属塊をルナが手当たり次第に拾い上げていく。
「これは炊飯釜ですね。こちらは魔導式の加熱包丁……ここはキッチンですね。回収回収」
ルナは次々に背中のバックパックにモノを放り込んでいる。
もう既に容量以上のものを入れているように見えるが、身軽そうに動き回っている。
あの鞄は収納用魔法具の類なのだろう。
また、ぶら下げていた装備の一つは触れたものを浮かせて動かせる魔法具のようだ。
金具のついたロープのようなそれを巻き付けると、そいつが発生させる浮力で対象を持ち上げるのだそうだ。
見るからに非力なルナには必要らしい。
他にも入り口を塞ぐ木を切り倒す工具も持ってきていた。
ルナが起動させると青白い光の刃が回転し、凄まじい勢いで木を切除した。
武器としても使えそうな、強力な工具の様だ。
動かすには俺の蛇が一匹必要なので、収支が見合っているかは怪しいが。
「この先に図書館があるようだが、行くか?」
ルナから預かった街の地図を見ながら確かめる。
道も辛うじてわかる程度だから判別も難しいが……。
「そこは既に探索済みです。紙は特に風化しやすいので、最優先で回収しています」
どうやらルナは特異主探しにここ十数年を使っていたらしく、周辺の町にある書籍は一通り確認・回収済みとのことだ。
十数年……。
毎度のことだが、時間のスケールがおかしい。
「なら次は――止まれ、ルナ」
「どうしまし……あれは」
先を行くルナを制止し、その前に立つ。
100メートル先の家屋の残骸から、大きな獣の背が見えた。
四足歩行の巨大なトカゲのような魔獣。
極彩色の鱗が目を引くそれは、確かアルリザードとか言ったか。
最も俺の時代のそれよりも数倍はでかいが。
「アルリザードですね」
「なんだ、名前はかわっていないのか。サイズは大分違うが……ん? あれは……」
低木をかき分けこちら側へと出てきたリザードの口には、昨日見た髭狼が咥えられていた。
「……主ですね。負けてしまったのでしょうか」
後から聞いたのだが、この世界は自然の一時的な枯渇と魔物の巨大化に伴い、極端に草食動物が減っているという。
草なんて大量に復活してるのに、勿体ない。
魔物たちは少ない獲物を取り合い、結果、より強力な魔物たちが厳選されているのだそうだ。
あの髭狼はしばらくここの主をしていたそうだが、森の発生により、獲物を求めてやってきたリザードに負けたのだろう。
「気をつけてください。あのリザードは雑食です。放っておけば、この辺りは食い散らかされます」
「雑食って、まさか家具とか魔法具とかを食うわけじゃないだろ?」
「……」
「……食うのか?」
無言で頷きが返ってくる。
飢餓のせいか知らんが、変な進化をしすぎだろ……。
「そうか。なら、倒さないとな」
そういう相手なら、腕試しにも丁度いい。
なにせここの主を倒したのだ。こいつを殺せれば、この一帯の魔物は敵ではないということだ。
ルナに待っていろと告げ、俺はリザードへと歩きだす。
腕から蛇を二匹放ち魔力を食わせておく。
俺の接近に気が付いたリザードが、髭狼を放り投げて咆哮を上げる。
地の底から揺さぶるような、魔力の込められたいい咆哮だ。
そのまま、俺へと一直線に突っ込んでくる。
すさまじい速度でドタドタと突っ込んでくる巨体は、大盾を持ってきても防ぐことは難しい。
圧倒的な巨体に、それに相応しい膂力と魔力。過去ならば間違いなく災害として恐れられているだろう。
だが、問題はなさそうだ。
待機させていた蛇を一つ、リザードへと放つ。
蛇は宙を泳いでリザードへと近づくと、魔物の表皮にするりと潜りこむ。肌に触れるほど接近したのではない。俺の肌に刻まれた蛇と同様、魔物の表皮に蛇の文様が刻まれたのだ。
しっかりと潜り込んだのを確かめ、指を弾き、蛇を爆破する。
「爆ぜろ、蛇」
爆発は、そのまま魔物の表皮で起きた。
空気抵抗も魔術障壁も許さない、文字通りのゼロ距離爆撃。
たっぷりと魔力を吸わせた蛇の爆破は、分厚い城壁さえも砕く。巨狼の牙も通さぬリザードの表皮も、蛇の文様があった場所を中心に大きく剥がれ落ちていた。
だが、まだ死んでいない。
魔物――とりわけ魔獣に分類される種には『皮下帯』という魔力と肉の混じりあった脂肪のような組織がある。
常時魔力が流されるそれは、天然の対魔力防御機構と化す。
再生の早い堅い外皮で物理を防ぎ、皮下帯で魔法を防ぐ。それが魔物と動物の決定的な違いであり、魔物を殺す際は、その両方を突破する必要がある。
このわけの分からない巨大生物のことだ。一日も経たずに表皮は回復するに違いない。だからここで殺しきる。
「――!!」
再び咆哮が上がる。今度は悲鳴だろうが。
走っていた途中で爆破を受けたリザードは態勢を崩し、滑るようにして俺の前にやってくる。
俺は浮かせていたもう一匹の蛇を掴むと、剣の形に固めてそのまま剥げて現れた皮下帯へと突き刺した。
硬化した蛇の刀身は、深々とリザードの肉に埋まっている。
これで、どちらも突破した。
「悪いが、ここには大事なものが多いらしくてな」
硬化を解き、突き刺した蛇をリザードの体内に入れ、そのまま爆破した。
くぐもった破裂音とともに魔物が跳ねた後、巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
「……問題ないな」
この辺りの主ともいえる魔物を倒した相手でも問題なく戦える。
それを確かめることができたのは大きい。
体も違和感なく動くし、蛇紋に不調もない。
俺の力はこの時代でも十全に通用するようだ。……悲しいことに。
本当に、ふざけた力だ。
「もう終わったのですか? ……本当に凄まじいですね、その力は」
「ああ。自分でもつくづくそう思う。それで、こいつは回収するのか?」
リザードの死体を指さし尋ねると、ルナは首を横に振る。
「遺体を回収する必要はありません。欲しいのは生体ですが……我々が確保しなくても、この世界には大量にいますから」
「ああ、確かに。じゃあ、放ってお――」
言い切る前に、風が吹き抜けた。
次の瞬間にはリザードの死体はなくなっており、少し離れたところに、それを咥えたあの髭狼がいた。
どうやら生きていたらしい。唸り声をあげ、こちらを睨んでいる。
胴の半ばまで伸びた髭は赤く発光しており、臨戦態勢であることがはっきりと伝わってくる。
このまま戦っても構いはしないが……。
「ルナ。あいつは放っておいて問題あるか?」
「ありません。肉しか食べませんし、自分の縄張りも出ないおとなしい主です」
「そうか。じゃあ、放っておこう」
あっちへ行けと手を振ってから、ルナと歩きだす。
もう力試しは済んだ。無駄に戦うつもりもない。
髭狼はしばらくはこちらを警戒していたようだが、俺たちが離れたのを見て、森の奥へと消えていった。
「あんなのがうようよしてるとは、恐ろしいところだな、ここは」
「はい。でも、魔王さまがいれば大丈夫ですね」
「当然だ。これでも元魔王だ。そこらの魔獣には負けん」
それこそ竜とかが出てきたらわからないが、その下等種のリザードなら容易い。
……この世界の竜は一体どんな化け物になっているのか。できれば出会わないことを祈ろう。
「……ありがとうございます」
「ん?」
「あのリザードには、多くの仲間が壊されましたから」
「……そうか」
その後もルナと街を周り、俺にとってはよくわからないものを大量に回収することができた。
満足げなルナを連れ、その日は拠点へと戻っていった。