表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人類は移住しました 残され者たちは世界再生の旅に出ます  作者: 穴熊拾弐
第一章 蛇の魔王と自動人形
1/79

第1話 残された者たち


 燃え盛る炎の中、俺は自身を貫く金属の感触を味わっていた。



「これで終わりです、魔王……!!」



 正確に、そしてあり得ないほどの剛力で心臓部を穿たれ、行き場を失った血が背中からあふれ出る。

 代わりに凍える程の感触の異物が体中に流れていく。


 俺の身体を貫くそれは、人の知恵を結集して作り上げられた必殺の聖剣(ひとふり)

 俺を殺すためだけに作られたそれは、確かにその能力を発揮しているらしい。

 流し込まれた毒により、自身を形成する魔力が異常な速度で抜け落ちていくのを感じる。

 

 苦節30年。

 “魔王”と呼ばれるようになってからは僅か二年ほどだが、俺の生もここまでということか。

 

 力を蓄え、世界を知り、手はずを整えた。

 人類どもの裏をかき、圧倒的な戦力差も無視して頭だけを叩き潰す。

 それが一人ぼっちの魔王にできる唯一の勝ち筋で、俺はそれをやり遂げた。

 統率を失えば人類などただの有象無象。俺に敵などいない――筈だった。

 

 だがその全てを、たった四人に潰された。

 別の世界から対抗手段を呼んでくるとか、そんなの有りか?


 流石の魔王も他の世界のことなんて知らない。

 なんだあの金属飛ばしてくる筒は。

 感知もできず、一撃で障壁を突き破ってくる音速の物理兵器とか対処できるわけないだろう。

 その上本人たちも馬鹿みたいに強く、虚しい抵抗の結果、今こうして貫かれている。



 

 ……とまあ、二年費やした俺の計画は、僅かひと月で塵となり消えていった。俺も、間もなくそうなるだろう。

 

 ああ、城が燃えていく。

 別に俺が建てたわけでもないが、長いこと務めていた場所が消えていくのは少しだけ寂しい気持ちが湧いてくる。

 

 だが、タダで負ける俺ではない。ちゃんと次善の策は用意してある。

 俺が死んだとしても、その記憶、人格を地下深くにある我が複製体に転送するようになっている。

 時間が足りず中身はまだほとんど空っぽだが……まあ時間はたっぷりある。

 ゆっくり取り戻せばいい。

 もう、魔王なんてものは懲り懲りだ。目覚めたらのんびり余生でも送るさ。

 

 悪い魔王は討伐されてめでたしめでたし……。

 それが、お互いにとって一番な筈だ。

 わざわざ異世界から連れてこられた目の前の少年少女たちには悪いが……ああ、人を殺すなんて初めてだったんだろう。

 俺を刺し貫いた手が震えてしまっている。

 

「……ありがとう。感謝する」

「……え?」


 せめて、これが罪ではないと。

 そう伝えたかったのだけれど――駄目だな。

 意識が遠のいていく。

 

 しばしの別れだ。くそったれな世界。

 せめて次はもう少し、穏やかな日々を――。



***


 

 長い、長い時が過ぎた。

 

 僅かながらにもたげる意識。

 重たい思考が緩やかに晴れていくのを感じる。

 ここは……複製体を入れておく装置の中か。

 

 どうやら、目覚めの時が来たらしい。

 一先ず、自分がまだ生きていることに安堵する。

 

 金属製の卵型装置の中で、柔らかな緩衝材に包まれるようにして複製体は安置されている。

 まだかすれた視界の中で感覚だけを頼りに右手を開いて閉じる……問題なく動く様だ。こうして思考もできている。今のところ、目立った問題もない。

 正直不安だらけだった意識の転送は、上手くいったようだ。

 

 次は、魔力量の確認。

 目覚めた直後に魔物に殺されました、では話にならない。

 覚醒時には力を十全に発揮できるよう地下深くを流れる濃密な魔力――根源魔力を吸うように仕込んでいた。

 故に、今の俺は封印前の能力を取り戻して……いないな。どういうことだ?


 戻った力は精々二割程度だろうか。全盛期には程遠い。

 にもかかわらず魔力吸収は止まっており、こうして目が覚めた。

 

 となれば、考えられる理由は一つ。

 我が身に危機が迫った際の、強制覚醒。

 魔力を放って周囲を探知する。残存魔力は心許ないが、装置の周りくらいは探れるはずだ。

 

 ……なるほど確かに、何かが装置の目の前にいる。しかもこいつ、俺を起こそうとしている。

 装置に施された防護封印が既にいくつか破られているのを感じる。

 なんだ、あの四人か? 人類に見つかったのか!?

 こっちは寝起き。しかも劣化状態だ。間違いなく殺される!

 

 ずん、と装置が揺れる。

 何か強い力で打ち抜かれているようで、鈍い音と振動が伝わってくる。

 堅牢に造った筈の保護装置がかたかたと頼りなさげに揺れている。

 物理的な外壁も、魔術的な障壁も、お構いなしにまとめてぶち抜いているらしい。

 嘘だろ、どれだけ時間かけたと思ってるんだ!

 

 対抗手段は――あるにはある。だが外にいるのがあの勇者たちだったら絶対に効かない。だって既に一度殺されているのだから。

 ならばどうする? そんな準備はしていない!

 

 そんなことを考えてる間に最後の障壁が破られる。

 こうなったらもう、やるしかない。

 せめて勇者の一人や二人道連れにしてやろう。よしかかってこ――

 

 直後、耳を劈く轟音が響き、目の前で封鎖壁が弾け飛んだ。

 

「――――っ!?」

 

 重たい金属壁がぶつかり跳ね回る轟音に、いまだ霞んでいた視界が完全に覚醒する。

 ようやく冴えた目が捉えたのは、こちらを覗きこむ銀髪の少女の姿だった。

 その手には、極太の杭のついた見た事のない武器を握っている。


 あれで俺の封印解けたのか? 嘘だろ?

 魔法の魔の字も感じない、武骨な金属塊じゃないか。

 いや、それで貫かれたら間違いなく死ぬだろうが……この装置をつくるのに何か月かけたと……。準備した時間と労力を思うと泣けてくる。

 

「……まさか本当に起きるとは」


 腹が立つ言葉が聞こえてくるが、無視して少女を改めて見つめる。

 目の前の少女に見覚えはない。勇者でも、俺が戦ってきた人類の誰でもない。

 他に人影はなく、どうやら一人で来ているようだった。

 ここは魔王城の遥か地下深く。人間では到底到達できない地の底にあるというのに。

 

 呆然とする俺に対し、少女は手にした装置を放り捨てた。

 こちらを攻撃するつもりはないという意思表示だろう。

 息を吐き出して、目の前に立つ少女へと目を向ける。

 

「……俺を起こしたのは、お前か」

「はい。頑張りました」


 ニコリともせず、少女は言う。

 小さく丸っこい顔に、頬の当たりまで伸びた髪は輪郭に沿う程度の長さ。

 光を受け輝く銀髪に碧眼。透き通るような白い肌。地下深くの穴倉に入ってきたにも関わらず、白と青を基調とした貫頭衣には一切の汚れがない。

 

 周囲には先ほど投げ捨てたもの含めて用途不明のガラクタが散らばっているが、目の前にはやはり、どこか人間離れした、どう見ても人型の少女が一人だけ。

 

 勇者が待っているわけでも、軍隊が取り囲んでいるわけでもない。

 ……こんな展開も、全く想像はしていない。

 

 ただ、ひとまず脅威はなさそうだと、封印装置から降りて少女の前に立つ。

 目の前まで来ても少女は構えもしない。武器――かは分からないが、唯一の装備品もとっくに捨てている。本当に戦う意思はなさそうだ。

 だからこそ分からない。こいつの目的は、一体何なのか。

 

「お前は誰だ? 何が目的だ? まさか一人で俺を倒しに来たのか」


 聞くのも馬鹿馬鹿しい俺の言葉に、少女はゆっくりと首を傾げる。

 

「倒す、ですか。いえ、そんなつもりはありません」

「……そうなのか」


 想像通りで安心したが、ならば何故ここに?

 そもそもどうしてこの少女は俺のいた場所を知っていたのか。

 疑問は山ほど浮かぶ。一つ一つ確認していくしかないだろう。

 

 ふと、少女は一歩近づいてくると、俺の顔を下から伺うように見上げてくる。

 

「体調はいかがですか。気分が悪いなどはありませんか?」

「いや、特にないが……」


 魔力は足りないが、生きる分には問題ない。

 そういう意味では複製体は完璧に機能していた。

 そう、術式にも装置自体にも何の問題もなかったのだ。

 おかしいのは魔力が回復していないことと、このわけのわからない状況だけだ。

 

「それは良かったです」


 そう言って頷く少女は相変わらずの無表情。

 だが、弾む声色からは本当に喜んでいることが伝わってくる。

 あんな物騒な封印の解き方をしていて……と思うが、見方を変えればこいつは攻撃するつもりもないのに俺の封印を解いたのだ。

 となれば、そうしなければならない理由があったのかもしれない。

 こいつが誰かはわからないが……少なくとも敵ではなさそうだ。

 

「では、目覚めて早々申し訳ないのですが、私に付いてきてもらえませんか? 現状について、説明が必要と判断します」

「……そうだな、それは必要だ」


 怪しい。怪しすぎるのだが、無理やり封印を破られた以上、こちらは従うしかないだろう。

 頷いて、歩き出す少女について行く。

 周囲のガラクタは気にも留めず進んでいるが、いいのだろうか。

 尋ねる前に彼女は進んでいくので、諦めて俺自身も歩き出した。

 彼女の歩く方向には人一人がようやく通れるほどの上り坂が真っ直ぐ続いており、外に通じているのか、数十メートル程先には光で溢れている。

 

「一つ聞きたいのだが、今世界はどうなっている? 人類はどうなった?」


 ……ん? なんで外に通じているのだ。

 ここは人の手では到達不能な程の地の底だ。眼前の少女が気軽に掘れる場所ではない。

 ましてや、数十メートル掘るだけで外につながることなどありえないはずなのに――。

 

 おかしなはずなのに、足は止まらない。

 どんどんと光は強さを増していく。目覚めたばかりの目にはあまりに強い光に視界は焼かれ、否応なしに目を細める。

 それでも歩を進める耳朶に、少女の声が響く。

 

「はあ、人類ですか。それなら……」


 先に外へ出ていた少女は俺の言葉に振り返ると、一切そうは見えないが、困惑した口調で告げる。

 その目の前までたどり着き、ようやく光に慣れた目を開く。

 

 逆光の中に立つ少女。

 その後ろにはどこまでも広がる青い空と、やけに巨大な樹があって――

 

「とっくに異世界に移住して、誰もいませんが」

 

 その枝葉に絡めとられるようにして、文明の残骸が――より正確にはかつての我が居城、その破片が生い茂っていた。




読んでいただきありがとうございます。

ファンタジー世界のポストアポカリプス風SF…?というごった煮みたいな作品ですがお楽しみください。

良ければブックマーク、評価をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] ≫長い、長い時が過ぎた。 ≫目覚めの時が来たらしい。 ≫我が身に危機が迫った際の、強制覚醒。 ≫何か月をこれにかけたと……。 「何か月」は何処で掛かったんでしょうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ