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09 院長の来訪

「院長が我が家に来るのですか?」


 孤児たちがやってきてから1年程たったある日、お父様からホーリーヘイヴン孤児院の院長が屋敷に来ると聞かされた。


「そうだ、セリーナ。おまえが連れ帰った孤児たちが、ちゃんと役に立っているかどうか見たいらしい」


「役に立つも何も、彼らはまだ訓練中ですが?」


 飼育中の犬と情を深めた後、それを涙ながらに殺したときこそ彼らは一人前になる予定だ。

 わたしは毎日犬の襲撃に怯えているので、そのときが来るのを一日千秋の想いで待っている。

 

「いや、おまえはよくやっている。初めはどうなることかと思っていたが、今や彼らはうちの召使いたちよりも礼儀正しく、機敏に動けるようになっている」


 それはそうだろう。マナー違反には連帯責任で全員に罰を与え、動きが少しでももたつけば、やはり連帯責任で全員に罰を与えている。

 罰の内容はそのときのわたしの気分次第だが、大したものではない。

 鎧をフル装備させた上で川を泳がせるとか、森の中に放り込んで魔物を10匹倒すまで帰らせないとか、その程度のものだ。

 ただ、失敗したところで叱られる程度で済む召使いたちとは真剣さが違う。すでに従者としての動きや礼儀作法は、完璧なものになっている。


「別に良いですけど、今更連れて帰りたいと言われても困りますわ。少々厳しく躾けすぎて、孤児院に帰りたくなっているかもしれませんもの」


 元執事の話を聞く限りだと、非常に厳しく訓練すればするほど忠誠心が芽生えるらしいのだが、なかなかその兆候が見られない。「孤児院に戻りたい」と訴えられては厄介である。


「そのようなことにはならないだろう。おまえが一生懸命孤児たちの教育をしていることはわかっている。彼らもここから出たいとは言わないだろうさ」


 本当にそうだろうか?

 つい最近も、川にかけられた手すりの無い橋を渡らせて、そこを魔法で撃つという訓練をやったばかりである。橋から川に落ちたら最初からやり直しで、何度も何度も孤児たちを叩き落として楽しんだのだが、ちょっとやり過ぎた気もする。

 公爵家との力関係を考えれば、孤児院が引き戻すことは無いと思うが、それでもどういう訓練を行っているか他言されるのは考えものだ。

 少し釘を刺しておかなければならない。


──


 その日の朝、セリーナは孤児たちを並ばせて、いつものように話し始めた。


「ゴミ虫さんたち、今日はあなたたちにお客さんがきます。懐かしのホーリーヘイヴン孤児院の院長です。嬉しいですか?」


「サー、イエッサー!」


 6人は声を揃えて答えた。セリーナがそれ以外の返事を望んでいないことは学習済みである。実際のところ、嬉しいかといわれれば微妙なところだ。彼らはそれほど院長のことは好きではない。ただ、セリーナと比較すれば、どんな人間でも天使のように思える。


「優しい院長のところへ戻りたいですか?」


「サー、ノーサー!」


 戻りたいとは口が裂けても言えない。そんなことを言おうものなら、孤児院を通過して土に還されるかもしれない。


「そうですか。あなたたちが優しい院長よりも厳しいわたしのところにいることを望むのを、わたしは嬉しく思います」


「サー、イエッサー!」


 6人とも「厳しい」という形容詞に疑問を覚えた。そんな生ぬるいものではなく、「地獄のような」とか「悪魔のような」という形容詞に変えるべきだと思った。それでも躊躇せずに返事をした。少しでも間を置けば何をされるかわかったものではない。


「わたしはあなたたちのことを愛しています。あなたたちもわたしのことを愛している。これは素晴らしい関係といえるでしょう」


「サー、イエッサー!」


 あれが愛ゆえの訓練であるならば、セリーナに愛される相手は世界一不幸な人間だと全員が思った。

 恐らく命を捧げるぐらいでは済まされないだろう。存在自体を消されるかもしれない。


「この素晴らしい関係を裏切るようなことがあれば、わたしは非常に悲しい。あなたがたもきっと悲しいでしょう。そこで今日は『はい』と『いいえ』の返事のみで、院長の対応をすることを命じます。それ以外のことを話した場合は、笑ったり泣いたりできなくしてあげます。わかりましたか?」


「サーイエッサー!」


 笑ったり泣いたりできなくするというのは、どういうことなのか想像もつかなかった。しかし、セリーナはやると言ったらやる人間である。感情の無い人形のような顔をして呆然と立ち尽くす自分たちの姿を想像し、彼らの背筋に冷たいものが走った。


──


 公爵家を訪れた院長は感激していた。

 久しぶりに会った問題児たちが、想像以上に立派になっていたからだ。彼らはきちんとした身なりと礼儀作法で、院長をもてなした。たった1年で人がここまで変われるものかと、院長は驚きを隠せなかった。

 特にイザベルとオスカーは、注意すればその10倍くらい屁理屈を言ってくるような厄介な子だった。それが今はこちらの質問に対して、優しく微笑んで「はい」と「いいえ」の必要最低限の返事しかしない。あの口から先に生まれてきたような子たちがだ。


「イザベル、元気ですか?」


「はい」


 イザベルはにこりと笑って答えた。

 孤児院にいたときなら「孤児院にいるのに元気がある? 面白い冗談ですね。棺桶に入った死者に『ごきげんよう』って挨拶するようなものですよ?」くらいのことは言っていた。

 綺麗な子だとは思っていたが、身なりが整えられ、優雅な姿勢と動作を身に付けた彼女はまるで貴族のご令嬢のようである。


「オスカー、ここでの生活に何か問題はありませんか?」


「いいえ」


 オスカーが礼儀正しく頭を下げた。

 以前なら「孤児院に問題が無い部分があるとでも? まずは金持ちの両親が欲しいな。後は外出する自由だ。そうじゃないと、ここは控えめに言って子供用の監獄みたいだ」などと言って、修道女たちを困らせていた。

 今の彼は品のある立ち振る舞いをしていて、まるで立派な紳士のようだった。もともと顔は良かったのだが、そこから子供っぽさが抜けて、思わず見惚れるような艶めかしさが出てきている。


 リチャード、ルイス、エマ、アリスに関しても、かなりの成長が見られる。

 リチャードは大きな身体と粗暴な性格で、姿勢も態度も悪い子だったが、今はまるで頭に何か置かれているかのように、背中をピンと張り、綺麗な姿勢を保っている。

 その大きな身体は孤児院にいたときのような怖さはなく、まるで騎士のような頼りがいを感じさせた。

 ルイスも太っていた身体が、たった1年で信じられないくらいスリムになっていた。どうやれば、そこまで痩せることができたのか想像もつかない。太っていたときは気付かなかったが、その人好きのする優しい顔はオスカーほどではないにせよ、女の子の目を惹きそうである。

「どうやったらそんなに痩せられたの?」と聞いたら、困った顔をして笑っていた。

 エマもアリスも自分の興味がないことには何もしないような子たちだったのに、ちゃんと貴族に仕える人間として、立派な立ち振る舞いができていた。

 あの1秒としてじっとしていられない子と活字中毒者が、だ。


「本当に素晴らしいわ。うちの問題……いえ、なかなか指導することができなかった子たちが、ここまで素敵な従者になるなんて想像もできませんでした。セリーナ様は本当に見る目がおありなのですね」


 院長の称賛に対して、セリーナはスカートをつまんで優雅な礼を返した。

 さすがに様になっている。彼女に比べれば孤児たちもまだまだといえるだろう。


「これだけ教育が行き届いているなら、あちこちの貴族からも従者として欲しがるところは多いでしょうね。今後もホーリーヘイヴン孤児院の子たちを教育して欲しいものですわ」


 辞去する際に院長が上機嫌で言った。

 セリーナは笑顔を返したが、

(そんなにいっぱい暗殺者は要らないのだけれど)

 と心の中で考えていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まるでブラック企業の経営者とその社員みたいなやりとりですが、少なくとも訓練が子供たちの心身の成長に大きく寄与している点が大きく違いますね。 [一言] 命がかかった非常事態、眼前の敵を前に愛…
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