05 教育
こうしてわたしは、院長ご推薦の問題児たちを次々と従者として指名していった。
そして最終的に、イザベル、アリス、エマ、リチャード、オスカー、ルイスの計6人が私の従者候補となることが決定。本人たちの意志は関係ない。
せっかく公爵家の従者になれたのに、喜んでくれる者が少ないのは残念だ。
わたしはそれ用にチャーターした馬車に彼らを詰め込んで、屋敷に持ち帰った。
院長は最後まで何か言いたそうだったが、問題児たちが一人残らずいなくなることに安堵しているようでもあった。
屋敷に戻ったわたしは、さっそく連れて帰った孤児たちを庭に整列させて宣言した。
「わたしは公爵令嬢にして、あなたたちの主となるセリーナです。これからは話しかけられた時だけ、口を開きなさい。わたしは女性ですが、男性よりもはるかに厳しくあなたたちを教育します。したがって、わたしに対して言葉を発するときは、前にも後にも『サー』をつけるように。ゴミ虫さんたち、わかりましたか?」
この言葉に6人がギョッとした表情を浮かべた。しかも、誰の返事もない。
わたしは魔法を唱えて、掌に火の玉を浮かべた。
「わかりましたか?」
「サー、イエッサー」
慌てて6人が返事をした。しかし、声が小さい。
「なんですか、その声は? わたしの心に届かないのですが? こんがり焼いてあげれば、良い声で鳴くことができるようになるのかしら?」
わたしは炎を大きく燃え上がらせて、掌を彼らに向けた。
「サー、イエッサー!!」
6人の声が屋敷の庭に響き渡った。良い感じである。
「あなたがたは長い訓練を耐え抜くことができたら、栄えある従者になれます。仕事内容はわたしのために命を捧げること、それだけです。
ただ、従者になるまでは、あなたたちは石ころも同然。世界で最底辺の存在です。人間ではありません。犬の糞のかけらくらいの値打ちしかない。
あなたたちは厳しいわたしを嫌うかもしれません。しかし、わたしを嫌うということは、それだけ成長できたということです。
わたしは誰にでも公平に厳しい。故にここには差別など存在しません。孤児でも犯罪者の息子でも娼婦の娘でもみんな平等に扱います。何故なら、わたし以外の人間には価値がないからです。そのわたしに仕えることができるあなたたちは、幸せな人間といえるでしょう。
しかし、従者にふさわしくない役立たずは排除する必要があります。排除は死を意味し、逃亡は苦痛を伴う死を意味します。ゴミ虫さんたち、わかりましたか?」
「サー、イエッサー!!」
彼らは顔を強張らせて、やけくそ気味に叫んだ。
わたしは孤児たちを訓練するにあたって、暗殺者を育成するための教育方法を参考にしている。
お父様の腹心に影働きをする者がいて、あらかじめ詳細に話を聞いておいたのだ。彼は一見して人の良さそうな執事だったが、その筋では有名な人間だったらしい。
わたしがその手の話をねだると、まるで孫にでも話を聞かせるように色々と教えてくれた。
例えば「サー」という男性に使う敬称を必ず用いるべきだと説いたのも、この執事だ。
「教導する者を必ずサーと呼ばせるべきなのです。それ以外はわたしは認めません」
うっとりと彼は言っていた。だから、わたしも「サー」という呼称を採用している。
多分、好奇心旺盛なお嬢様だとでも思っていたことだろう。まさか、幼い少女が聞いたことを実行するとは考えもしていなかったはずだ。
その執事は先代から仕えていたので、かなりの高齢となり、少し前に暇をもらって引退している。なので、今この屋敷に、わたしが従者たちを暗殺者のように鍛えようとしていることがわかる者はいない。
恐らくその執事がいたら「何を馬鹿なことを」と止められていただろう。しかし、彼が引退することは前世の記憶で事前にわかっていたから、このタイミングで実行したわけだ。
故にわたしの計画を邪魔する者はいない。家の者たちは、わたしが同世代の従者たちに対して、微笑ましい教育ごっこをやっているとでも思っていることだろう。
さて、聞いた話によると、罵詈雑言を浴びせてストレスを与え続けることが、良い暗殺者を育てるコツだそうだ。
もちろん、10才の子どもたちに酷い言葉を投げつけるのは、わたしの本意ではない。
本当はわたしはこんなことはしたくないのだ。しかし、崇高な目的のためには心を鬼にしなければならないこともある。
何故だろう、口元が緩んで仕方がない。
──
話は少し遡る。
わたしは常々お父様から
「好きなものを買ってあげるよ?」
と言われていた。前世でも現世でもだ。
前世ではドレスや装飾品、美術品など色々買ってもらった。
けれど、現世ではあまり物をねだったりはしていない。服や宝石など、結局何の意味もなかったことを死んだときに悟ったからだ。
「力が無ければ生きていけない」。それこそが真理だ。
お金が不要というわけではない。むしろ、前世よりも必要になる。
例の執事から聞いた話によると、暗殺者を育成するには特別な施設がいるらしいのだ。
丸太で出来た巨大な障害物、進むのが困難な泥沼、断崖絶壁の岩山等々、それはもう色んな物が必要らしい。
しかし、我が公爵家の庭は広大ではあるが、当然そんなものはない。無い以上は造るしかない。
そこでお父様に相談した。
「今度連れてくる従者たちを教育するために、庭にちょっとした物を作りたいのですけれど宜しいでしょうか? 少しお金もかかってしまいそうですが……」
お父様は笑って請け負った。
「お金のことは気にしなくていい。おまえの好きなようにしなさい」
何て優しいお父様。
……というわけで言質は取った。早速わたしは建築関連の職人と人夫たちを招き入れると、どんなものを作るのか指示した。
「あの、お嬢様。この垂直で大きなハシゴのようなものは高過ぎて、人が落ちると死ぬと思うのですが……」
職人が恐る恐る質問してきた。
「落ちるヤツが悪いのよ。かまわないわ」
「指示通りの泥池を作りますと、深過ぎて底なし沼になり、人が完全に沈んでしまうと思うのですが……」
「沈む前に渡り切ればいいのよ。問題無いわ」
「このサイズの岩で岩山を作りますと、落石が起こった場合、人が跡形もなく潰れると思いますが……」
「落石を避けられない人間なんて要らないのよ。ちょうどいいわ」
このような建設的な話し合いの結果、出来上がったのが従者用の訓練施設である。
天高くそびえるハシゴなどで構成された丸太の障害物、沈んだら二度と浮かび上がることの無い泥沼、無数の岩を積み重ねて出来た巨大な岩山等々、実にお金がかかった。お父様がお金持ちで本当に良かった。
「……セリーナ、君は随分変わったお金の使い方をするね」
請求書を見たお父様は、頬をピクピク震わせながら笑っていた。
──
実は、かの執事は少し誇張してセリーナに訓練施設の話をしていた。本当はそこまで手の込んだものではなかったのだが、面白さを優先させて話を盛っていた。
ところがセリーナは「それなら自分はもっと凄いものにしよう」と、聞いた話よりもさらにスケールアップさせたものを設計した。
その結果出来上がったのが、『悪意』がコンセプトの非人道的なテーマパークであった。
「あなたたちのために作ったのよ!」
セリーナが喜色満面で、自分がプロデュースした訓練施設を孤児たちにお披露目した。
彼らは呆然とその巨大で凶悪な障害物の数々を眺めている。
(まさかこれに挑戦しろというんじゃないだろうな?)
孤児たちの表情はそう物語っていた。ただ、運動が好きなエマだけが嬉しそうにしている。
「じゃあ、とりあえずハシゴから登ってもらおうかしら」
セリーナは、一際目立つ丸太で出来た巨大なハシゴを指差した。一番上から落下したら骨折程度では済まないのは明らかだ。
「サー、あの月に行こうとして途中で作るのを止めたような巨大なハシゴは、誰か登ったことがあるのでしょうか、サー」
思わずオスカーが質問を投げかけた。ちゃんと人間が登ることができる代物なのか確認がしたかったのだ。できれば安全性も。
「無いわ。あなたたちが初めてよ」
回答は無慈悲だった。
こうして彼らの地獄は始まった。