04 孤児院
「この子はリチャードです。父親は悪名高い荒くれ者で、度重なる暴力行為を罪に問われて牢獄に入っています。リチャードもしょっちゅう他の子に暴力を振るっていて、わたくしどもも手を焼いている問題児のひとりです」
院長は戸惑った表情を浮かべながら、リチャードを紹介した。
わたしと同じ年のはずだが一回り身体が大きい。褐色の肌に茶色い短髪のその顔は、見るからに粗暴そうだった。わたしたちのことを貴族とわかっているはずなのに、不貞腐れた態度を取っている。
素晴らしい逸材だ。父親も犯罪者という血統書付きである。今から鍛えれば将来は有望な暴力馬鹿に育つだろう。貴族とわかっていながら、反抗的な目つきで見ている頭の悪さもたまらない。わたしのために存分に力を振るってもらうとしよう。
「一人目はこの子にします」
わたしは即決した。
「えっ? 本当にリチャードでいいんですか?」
院長は困惑していた。こんな問題児を公爵のところに行かせてもいいものか、判断しかねているのだろう。
「おい、勝手に何を決めてるんだよ? 貴族だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ?」
リチャードは底抜けの馬鹿だった。普通、公爵家の令嬢にそんな口を利いてタダで済むわけがない。前世のわたしだったら畑の肥やしに変えていたところだ。実際、お父様が連れてきた従者たちが色めきだっている。
それをわたしは手で制した。
「リチャード。今日からあなたはわたしの従者になります。不満があるならかかってきなさい? 力にだけは自信があるのでしょう? 頭は弱そうだしね」
「言ったな、この野郎っ!」
わたしの挑発に乗って、リチャードはつかみかかってきた。まったく単細胞な子だ。訓練されてないから動きも雑である。
現時点では、ちゃんと護身術の訓練を積んでいるわたしの敵ではない。
身を沈めて攻撃をかわすと、がら空きになったリチャードの顎に掌底を入れた。そして、相手が立ち眩みを起こしたところで、すかさず股間を蹴り上げる。
「ごおおおぉっ……」
うめき声をあげてリチャードは地に伏した。
「どちらが上かわかったかしら? 負けたからには、わたしの言うことを聞いてもらうわよ?」
こういう輩は実力で上下関係をはっきりさせるに限る。
「では院長様、次の子を紹介して下さい」
悶絶するリチャードを横目に、わたしは院長に微笑みかけた。
院長は目を白黒させていた。
──
「オスカーです。男の子たちのリーダー的な存在なのですが、わたしたちには反抗的で、勝手に孤児院を抜け出したりして手を焼いています」
紹介された男の子は不敵な笑みを浮かべていた。綺麗な黒髪に切れ長の目。さぞかし女の子にもてるのであろう。何なら、わたしにも簡単に取り入ることができると思っているのかもしれない。
残念ながら中身のわたしは外見年齢+18才なので、子どもには興味がなかった。
そんなことを言ったらエドワード様も現時点では子どもなのだが、王太子と結婚できれば地位と名誉と権力が手に入るので比較にならない。付いてくるものが違う。
「この子の親は詐欺師か何かなのですか?」
外面を生かして言葉巧みに人を騙しそうな雰囲気があるが、親もその類だろうか?
わたしが院長に投げかけた質問を聞いて、オスカーは嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「いえ、父親が貴族で母親が平民なのです。それで色々あってここに……」
院長が言い淀んだ。
なるほど、よくある話だ。貴族が平民の娘に手を出して、子どもができてしまい、その扱いに困って孤児院に預けたと。オスカーも父親が貴族ということを知っているので、変に自信があるのだろう。
まあ、顔は良いし、貴族の娘たちを篭絡するのに使えるかもしれない。とりあえず確保だ。
「わかりました。では、この子も従者候補にします。貴族の子であろうが、平民の子であろうが、わたしのところでは等しく価値が無いことを思い知らせてあげるとしましょう」
わたしはオスカーの顎を人差し指でくっと上げた。この整った顔が苦痛に歪む姿を是非見てみたい。そう思うと自然と口の端が上がり、悪い顔になってしまう。
そんなわたしを見たせいか、オスカーは怯えた表情を浮かべている。失礼なヤツだ。あとで酷い目にあわせてやろう。
──
「ルイスです。事故で両親を失い、ここに来ました。ルイス自身もその事故のショックでなかなか心を開いてくれません。友達もできず、いつもひとりでいます」
院長から紹介されているにも関わらず、その子は俯いたまま顔を上げようとしなかった。
恐らく心に傷を負っているのだろう。
良い感じだ。こういう闇を抱えている人間は心の隙間に付け入りやすい。放っておいても、そのうち勝手に宗教とかに救いを求めていくタイプだ。
今のうちにしっかり教育すれば、わたしに忠誠を誓って火の中でも水の中でも飛び込んでいってくれるに違いない。
「わかりました。この子もわたしが引き取りましょう」
「えっ? この子は何も悪いことをしているわけではありませんよ?」
院長が驚いている。この人は何を言っているのだろうか? 別にわたしは悪人を求めているわけではない。優秀な下僕になれる人材を求めているだけだ。
ルイスもわたしの従者になれるとは思っていなかったようで、不思議そうな顔をしている。
「大丈夫、何も心配いらないわ。わたしはあなたのことを必要としているのだから」
わたしはルイスの肩にそっと手を置いた。すると彼は小さく頷いた。よし、契約成立だ。
「問題無いようですね。では次にいきましょう」
院長は何故か気の毒そうにルイスを見ていた。
──
「次の子はイザベルです。母親は娼婦で病で亡くなりました。頭が良くて綺麗な子なのですが、独善的なところがあって、人を陥れるようなことばかりするのです。時には大人まで被害に遭うこともあり……」
そう言って院長が紹介したのは、綺麗な青い髪をした少女だった。10才にして、すでに妖艶な雰囲気を醸し出している。彼女は怯えたようなふりをしながらも、こちらを探るような目で見ていた。
典型的な企みごとが好きな女だ。人を陥れて、それを安全な場所から傍観するようなタイプ。頭は良くても、それを悪い方向にばかり使う。
ロクでも無い人間だが、不意打ち、騙し討ちは得意そうだ。使える手駒になれるだろう。
「この子も従者にするわ」
わたしが院長に告げると、イザベルはびくりと身体を震わせた。
「あの、わたしなんて何の役にも立たないと思いますが……」
今にも泣きそうな顔。消え入りそうな声。これでは確かに物の役に立ちそうもないように見える。
が、それらはすべて芝居だ。前世で18年、現世で10年、女として生きてきたわたしにはわかる。この手の女は人を騙すためなら、涙すら自由に流せる。
恐らくイザベルは本能的に危険を察知して、わたしの従者となることを回避しようとしているのだろう。
そういう部分も含めて、申し分ない資質である。こういう人材をわたしは求めていた。
「あら、イザベルはお母さんみたいに娼婦にでもなりたいの? 素敵な将来の夢ね」
わたしの言葉に、先ほどまでのイザベルの儚い表情は一変し、顔を歪ませて激しい怒りを見せた。この世のすべてを恨んでいるかのような顔だ。ぞくぞくする。その顔が見たかった。
「良い顔ね。わたしの従者にふさわしいわ」
悪鬼の形相でにらんでいるイザベルの耳に、わたしは顔を寄せた。
「頭の良いあなたならわかると思うけど、これは決定よ。公爵家に逆らうとどうなるかわかっているわよね?」
ある程度目端が利きそうな子は、権力の持つ意味を知っている。
わたしの脅迫に彼女は悔しそうに顔を背けた。
「院長様、次の子をお願いします」
院長は何か起きているのかわからず、おろおろしていた。
──
「あそこにいるのがエマです」
院長が指差した先には、孤児院の石壁にへばりついている女の子の姿があった。猿みたいにすいすい壁を登っている。
「活発と言いますか、それを通り越えて危険なことばかりしている子です。運動はよくできるのですが、わたくしどもでは手を持て余し気味で……」
「わたしの従者にします」
これも即決である。素晴らしい運動神経だ。危険な任務もこなしてくれるであろう。
そういうわけで、本人が壁をよじ登っている間にエマはわたしのものとなった。
院長も何かを諦めたようで、エマには知らせもせずに、すぐに次の子のところへと歩みを進めた。
──
「アリスです。本が好きな子なのですが扱いに困っています」
だんだん院長の説明が雑になってきた。この際、公爵家に引き取ってもらいたい子どもを紹介し始めている感がある。
赤みがかった髪をしたアリスは大人しそうな子だったが、わたしのことをじっと見ていた。
「困る? 何故ですか?」
「孤児院には本が少ないんですよ。だから、字が書いてあるものなら何でも読もうとするんです。例えば人の手紙とか日記とか何でも」
なるほど厄介だ。しかし、勉強熱心なのは悪いことではない。
「アリス、魔法を勉強する気はあるかしら?」
「……あります」
無感情にアリスは答えた。本当にやる気があるかどうかは不安だが、肉体系ばかり集めても仕方がないので、こういった子も必要だろう。魔法使いにでもなってくれたら儲けものである。
「じゃあ、この子も頂こうかしら」
取り繕うのも面倒くさくなったので、服でも買う気軽さでアリスを従者に決めた。