03 従者選び
「おまえと同じ年回りの従者だと?」
お父様は困惑した表情を浮かべた。無理も無い。赤子に子守として年若い者を付けることはあったが、子どもに子どもの従者を付けるなんて聞いたことがない。しかし、若くなければならないのだ。
「そうです、お父様。この屋敷にはわたしと同じ年頃の人がおりません。召使いたちは良くしてくれますが、わたしと同じ年齢の者たちを側におきたいのです」
「ふむ……」
お父様はしばし考え込んだ。
「では出自のしっかりした子どもたちの中から、しかるべき者を選んで……」
実にお父様らしい無難な選択である。しかし、それはわたしの望むものではない。
そんなまともそうな人間など、わたしには必要無いのだ。
「いえ、お父様。わたしは恵まれない者たちの中から自分で選びたいのです。そう、例えば孤児院でひもじい思いをしている子どもたちのような」
わたしが必要としているのは、飢えた狼のような人間である。世を恨み、人を妬み、底辺を這いつくばって生きているような者たちだ。ついでに拷問を受けても口を割らないような、鋼の精神を持っていることが望ましい。
そんな連中に今から教育と訓練を施し、わたしの優秀な下僕とするのだ。
わたしの命令なら例え王族でも躊躇なく殺害し、その場で自害できるようになってくれれば最高である。
「孤児院の子どもなど……そのような汚らしく卑しい者を、我が屋敷に入れることなどできぬぞ?」
さすがの温厚なお父様もこれには抵抗があるようだ。それはそうだろう。何が悲しくて、薄汚れた子どもを公爵家の屋敷の中に入れねばならないのか。
ただ、わたしは将来起こるであろう聖女との闘争に備えねばならない。彼らは言わば使い捨ての駒だ。身分が低ければ低いほど望ましい。その点、親がいない孤児は後腐れが無くて、うってつけと言えるだろう。
「お父様、例え生まれが卑しくても、彼らとて同じ人間です。きちんとした教育を受ければ立派に成長することができると思うのです」
そう、子どもは可能性の塊である。例えば今からきちんと暗殺技術を覚えさせれば、将来は立派な暗殺者に成長することだってできるはずだ。
「うーむ」
お父様は悩んでいるようだ。周囲の召使いたちは騒めいている。半数くらいは屋敷に孤児が来るのを嫌がっているが、残りの半数は興味がありそうだ。まったく呑気なものだ。おまえたちがもっと謀略とか暗殺ができる人材であってくれれば、こんな苦労はしないで済むというのに。
お母様はちょっと嫌そうな顔をしているが、いつものように何も言わない。
「お父様、何卒わたしに人として成長する機会をお与え下さいませ。恐らく失敗することもあるでしょう。しかし、彼らと共に人生を歩むことで、得られるものも大きいと思うのです」
わたしは成長しなければならない。あのにっくき聖女を今度こそ打倒するために。二度と前世のような惨めな敗残者となってはならないのだ。可能であれば今すぐ息の根を止めてやりたいところだが、エレノアの父親の領地はとんでもなく辺鄙なところにあるため、さすがに今は手が出せない。
教育中にうっかり孤児が死んでしまうような失敗もあるかもしれないが、そのときはまた追加を調達してくれば済むことだ。立派な暗殺者とかに成長した彼らと共に歩む人生は、得られるものが大きい。例えば王妃の座とか、この国とか。
「孤児たちに教育の機会を与えようというのですね!」「何という立派な志なのでしょう!」「慈悲深い。まるで聖女様のようだ!」
召使いたちは、わたしの言葉に感動していた。そう、わたしは慈悲深い。捨てられた子供たちに立派な役割を与えようとしているのだから。
「セリーナ、おまえがそこまで考えているとは思わなかったよ。わかった。わたしが手配しよう。孤児院に連れて行ってあげるから、そこで好きなだけ子どもを選ぶと良い」
「ありがとうございます、お父様!」
わたしはお父様に抱き着いた。本当に嬉しい。これでようやく将来の戦力を得ることができる。
──
数日後、わたしはお父様と共に馬車に乗って孤児院に向かった。
公爵家の屋敷は貴族街の奥にあり、途中で他の貴族たちの屋敷の側をいくつも通り抜ける。
その中のひとつにわたしは見覚えがあった。前世でも見ている景色なのだから当たり前ではある。
しかし、その見覚えのある屋敷が誰のものであるのか、さっぱり思い出すことができないでいた。
どこにでもありそうな、恐らくは下級貴族の屋敷だ。
「お父様、あの屋敷はどなたのものですか?」
わたしは馬車の窓から指を指した。
「レイヴンウッド子爵の屋敷だよ。代々優秀な魔法使いを輩出することで知られる家柄だ」
まったく聞いたことがない名前だった。何かの勘違いだろうか?
ただ、わたしは後ろ髪を引かれるように、馬車がそこを通り過ぎるまで、じっとその屋敷を眺めていた。
連れていかれた先の孤児院は、予想よりも立派なところだった。
修道院に併設されている建物は歴史のありそうな石造りで、広々とした中庭も備えている。
一歩敷地内に足を踏み入れると、子供たちが中庭で遊んでおり、笑い声や歓声が響き渡っていた。庭はきちんと手入れされており、鮮やかな花々や香り高いハーブが咲き誇っているではないか。
あれ? あんまり殺伐としていない?
何で楽しそうに生活しているの? 親がいないのだから、もっと悲哀に満ち溢れた生活をしていて欲しいのだけれど。
建物の入り口には古い木彫りの扉があり、その上に孤児院の名前が刻まれていた。
──ホーリーヘイヴン孤児院──
中に入ると長い廊下が広がっていて、壁には子供たちの描いた絵や手作りの装飾品が掲示されていた。廊下の両側には子供たちの寝室があり、ベッドが整然と配置されている。
わたしの想像では、一切れのパンを巡って子どもたちが血みどろの争いを繰り広げている地獄のような場所だったのだが、思ったよりもまともでがっかりした。
「ようこそ、ローゼンバーグ公爵、それにセリーナ様」
孤児院の中でわたしたちを出迎えたのは、院長を務めている太った初老の修道女だった。いかにも包容力がありそうな優しそうな人物である。わたしとしては、金切り声で子どもたちを叱り飛ばすような陰湿な人であって欲しかった。
大丈夫だろうか、この孤児院は? ちゃんとまっとうに道を踏み外した子供たちはいるのだろうか?
「このたびは孤児の中から従者をお選び下さるとのことで、その寛容な試みにわたくしは感謝しております」
公爵家に仕える従者は勤め先としての待遇は良く、本来ある程度の身分や教養が必要である。それを孤児から選ぶというのだから、院長が感謝するのは当然と言えた。まあ、わたしの従者の待遇はかなり過酷なものになると思うけど。
「公爵家に仕えるのにふさわしい子供たちをこちらであらかじめ選んでおきましたので、どうぞこの子たちの中からお選び下さい」
そう言うと、院長は後ろに控えていた子どもたちをわたしたちに紹介した。
少し緊張しているようだが、彼らは小綺麗な恰好をして、子どもらしい澄んだ表情をしている。
「ようこそいらっしゃいました、公爵閣下、セリーナ様」
練習してきたのか、わたしたちに対する挨拶も様になっていた。ある程度の礼儀作法も教え込まれているのだろう。
……違う。わたしが求めているのは、こんな連中ではない。
もっと暗黒面に堕ちていないと困るのだ。エレノアを目の前にして、突然良心を取り戻されたらたまったものではない。何せあの聖女ときたら、街のならず者たちが涙ながらに改心してしまうような難敵なのだ。わたしとしては、やさぐれた顔をして庭の隅っこで虫を殺して遊んでいるような子どもが欲しい。
「院長様、お気遣いは大変ありがたいのですが、わたくしと致しましては、子どもたちを自分の目で見て選びたいのです。ですので、できれば他の子も紹介して頂けると嬉しいのですが」
わたしは言葉を選んで丁寧に要望を伝えた。前世であったら「余計な気遣いと脂肪を持て余してらっしゃるのね」くらいのことは言っていただろう。
「なるほど。では他の子どもたちも紹介させて頂きます。どのような子をお望みでしょうか?」
気を悪くした様子もなく、院長は朗らかに対応してくれた。
「そうですね。力が強くて乱暴な子ですとか、悪知恵が働いて人を騙してばかりいるような子ですとか、動物を顔色ひとつ変えずに殺せるような無慈悲な子とかが望ましいですね」
「えっ?」
院長の笑顔が引き攣った。