25 リセット
「わたしの友達が七曜になったら凄いでしょう?」
君は無邪気に微笑みかけ、僕の頭は真っ白になった。
この国トップの7人の魔法使いに推薦された? 僕が?
「いくら他に友達がいないからといって、唯一の友人を魔法使いの頂点に推薦するんじゃない!」
そう口から出かかったけど、何とかこらえたよ。
公爵家の無茶ぶりにも程がある。君は本当に周りの迷惑を考えた方が良い。
研究はそれなりに評価はされていたものの、僕自身は駆け出しの研究者に過ぎなかったからね。
本当はそんな称号は荷が重すぎるから辞退したかったんだ。
でも、やらざるを得なかった。その頃、聞こえてきたセリーナの評判はかなり酷いものだったから。
「ローゼンバーグ公爵の令嬢がローズウッド学院で権力をむやみに振りかざしている」
「令嬢は国の宝である聖女様に嫌がらせをしている」
「令嬢の我儘には婚約者である王太子様も困り果てている」
学院を卒業していた僕にはどうすることもできなかった。
ただ、「実力の無い個人的な友達を七曜に推薦してきた」なんて悪評を追加するわけにはいかなかったんだ。
それで僕はこの『レコード』と並行して研究を進めていた『リセット』という魔法の完成を急いだんだ。
『リセット』は対象の死と共に発動し、時間を巻き戻して初めからやり直すという時間の魔法。しかも、一度目の人生の知識を持ったままという特典付きだ。特典を付与しなければ、同じ結末を辿るだけの無意味な魔法となってしまうからね。
ただ、この魔法は人ひとりを対価にする必要があった。それも「対価になる」という意志が必要となる。誰でも良いわけじゃない。
むしろ、これでも効率を最大限に上げた結果なんだよ。人ひとりで世界を変えられるのだからね。実際は世界を書き換えているんだけど、『人に人生をやり直させる』と魔法の目的を矮小化し、世界に誤認させることで成立させているんだ。
七曜の選考会までの数ヶ月の間、僕は寝食を忘れて研究に取り組んだ。
3年も飛び級でローズウッド学院に入ったときよりも大変だったよ。
父親や学院時代の友人、同僚の研究者にも協力してもらった。
みんな親身になって手伝ってくれたよ。「おまえも大変だな」って同情してくれてね。
僕とセリーナの長い付き合いのことは、みんな知っていたから。
君の悪評もたまには役に立ったわけだ。
そうして、何とか『リセット』の基礎理論の発表が選考会に間に合い、僕は七曜に選出された。
理論のみだけど、これは画期的な魔法だったんだ。『レコード』と併せて評価されたんだと思う。共に世界の理に働きかけるような研究理論だったからね。
公爵家の働きかけもあったかもしれないけど、僕はほっとしたよ。
セリーナは間違っていなかったと、少なくとも人を見る目はあったんだと、世に知らしめることができたと思ったから。
でも、君は学院の卒業パーティーで罪に問われたんだ。聖女の殺害未遂という名目で。
僕も初めはそこまで深刻に受け止めていなかったんだ。君は何といっても公爵令嬢だし、罪に問われたとしても重たいものにはならないだろうと思っていたからね。
もちろん、君がしたことは許されないことだし、ある程度の贖罪は必要だったと思う。
ところが、君に下された判決は死罪だった。
何故そうなったのかはわからない。公爵家の影響力が落ちたのか、思った以上に聖女が重要な人物だったのか、もしくは君の素行が悪過ぎたのか。
何にせよ、僕の見込みは甘かったというわけだ。
僕はもっとセリーナと正面から向き合うべきだった。嫌われてもいいから、喧嘩してでも君を正すべきだったんだ。後悔してもしきれないよ。
だから、僕は監獄塔に幽閉された君に会いに行ったんだ。
「わたしは悪くない!」
「七曜でしょう! 魔法でわたしを助けて!」
「何でみんな、わたしを見捨てるの?」
面会した君はみっともないくらい泣き叫んで、自分の非を一切認めようとはしなかった。3才のときのわがままなお姫様のまま、何も変わらず大きくなってしまったみたいだった。
そういうところだよ、セリーナ。君のその有様を見たら、助けに来た白馬の王子様だって、そのまま通り過ぎて他のお姫様を探しに行ってしまう。
でも、僕は正義の王子様じゃなかった。君に心を囚われた悪い魔法使いだったんだ。
見張りがついていたから、大したことは言えなかったけど、僕はこっそり落ちていた君の髪を拾った。
そして、僕の引き出しにも、子供の頃から拾い集めた君の髪があったんだ。
儀式の触媒とするには十分な量の、ね。
あとは……君が処刑される前に僕が儀式を執り行うだけだ。
その結果、僕は初めから存在しなかったものになる。誰も覚えていないし、誰も知らない。世界を改変するにはそれくらいの対価が必要というわけだ。
君は悪い公爵令嬢として知られていたけど、僕はそこまで悪くはなかったと思っている。そんな風に思っているのは僕だけかもしれないけどね。
だから、もう一度人生をやり直せば、君も少しはマシになるんじゃないかなって期待しているんだ。
だって、人間は年齢を重ねれば落ち着くものだろ?
頼むから逆恨みして、聖女を殺そうとか思わないでくれよ?
聖女っていうのは、あれはあれで大変な役割を背負わされている人間なんだ。
僕の存在をかけて君の人生をリセットするんだ。聖女みたいになれとは言わないから、少し悪いくらいの公爵令嬢で留まって欲しい。
さて、そういうわけで君が処刑される頃には、僕のことは綺麗さっぱり覚えていないだろう。
でもね、やっぱりそれは少し寂しいと思ったんだ。
僕は君のためにすべてを差し出す。そこに悔いはない。
それでも、君にだけは僕のことを覚えていて欲しいんだよ。
そのために『レコード』を使う。奇跡的に一冊だけ作成できたアーティファクトを私信に使うだなんて、他の研究者たちには怒られそうだけどね。こんなものよりも大切なものが、僕にはあったってことだ。
君はやり直した人生で王太子様と幸せな結婚をするかもしれないけど、たまにでいいから僕のことを思い出して欲しい。
僕はセリーナと一緒に公爵家の書庫で本を読んだことは忘れられないよ。
ローズウッド学院に無理矢理入れられたり、七曜の推薦枠にねじこまれたりと、僕の人生は君のせいで色々大変だったけど、そのおかげもあって、僕はここまで頑張れたんだ。
君がいなかったら、僕は少し優秀な魔法使い程度で終わっていたんじゃないかな?
ちょっとだけ感謝しているんだ。ほんのちょっとだけね。
それじゃあ、お別れだ。
セリーナ、好きだったよ。君の幸せを祈っている。
──
わたしは自室で『レコード』を読み終えた。それなりに厚みのあった本の割には、文章が書いてあるページは半分にも満たない。
めくってもめくっても、それ以上彼のメッセージは現れなかった。
いかなる干渉も受け付けない本は、わたしの涙すらも弾いて、本の表面を流れ落ちた。
もちろん、『レコード』を読んだところで、マリウスのことを思い出すことはできない。
「そんな人がいたような気がする」程度のものだ。
ただ、わたしの心の穴を、彼の存在はすっぽりと埋めてくれた。
お父様以外のもうひとりの面会人、わたしが魔法をすんなり習得できた理由、見つからない本、おぼろげな友人の思い出……
記憶にないはずのマリウスの眼差しが脳裏に浮かぶ。わたしのことを純粋に想う瞳、それは従者たちがわたしを見る目と重なった。
前世でも、わたしには誰もいなかったわけではなかった。たったひとりでも、想ってくれていた人がいた。
何故わたしはそれで満足せずに、多くを求めようとしたのだろうか?
愚かだった。
わたしは王妃になりたかっただけで、王妃になってやりたいことなんて何もなかった。
それなのに王太子の婚約者の座に固執して、たったひとりの大切な友人を失ってしまったのだ。
マリウスが自身の存在を捧げてまで救う価値は、わたしには無い。
取り戻さなければならない、この世界にマリウスを。
魔法は対価を要求する。であれば、マリウスの代わりのものを世界に捧げればいい。
代わりの人間をひとり用意するなど、たやすいことだ。
 





