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17 エマ

 孤児院に来る前のことは覚えていない。

 気付いたら、そこにいた。院長の話では、あたしが赤ちゃんのときに孤児院の前で捨てられていたらしい。

 まあ、どうでもいいことだ。だって親になんて興味が無いし。

 それよりも、あたしは身体を動かすのが好き。建物や木に登ることが好き。走り回るのも悪くない。

 でもよく怒られる。


「エマ、じっとしていなさい」と。


 院長たちにも怒られたし、後から孤児院に入ったイザベルにまで怒られた。

 怪我をすると危ないから、というのが理由なんだけど、わたしは怪我をしたことはない……あんまり。

 ちょっと高いところから落ちることもあったけれど、そんなのはご愛敬だと思う。

 あたしは自分の身体を使って何かに挑戦したいだけだ。

 ただ、身体が大きくなってくると、段々物足りなさを感じるようになってきた。

 孤児院も屋根まで登ってしまったし、一番高い木も制覇してしまった。

 やることがなくなってしまった。


 そんなときに現れたのがセリーナ様だった。

 あたしはいつの間にか従者に指名されていたけど、そんなことはどうでも良かった。

 だってもう孤児院は退屈だったから。

 連れていかれた公爵家では、夢のような生活が待っていた。

 丸太でできた大きなハシゴとか、底なし沼とか、断崖絶壁の岩山とか、見るだけで胸がわくわくした。後は重たい荷物を持って走らされたり、森の中に投げ込まれた小さな宝石を探させたり、橋の上を走りながら魔法を避けたり、頭の上にタライを載せてバランスを取ったりと、毎日が体力の限界に挑戦しているようで楽しかった。

 しかも、あたしが楽しそうに訓練をクリアしていくものだから、セリーナ様はあたし専用のスペシャルな訓練まで用意してくださった。

 水の上に長い布を浮かせて、その上を走るというものだ。

 これは難しかった。何せ布に足を乗せた途端に沈んでしまう。

 沈む前に次の足を乗せなければならない。それを交互に素早く行うことで、布の上を走ることが可能になるのだ。あたしはこれができるようになるまでに、1週間もかかってしまった。

 出来たときはセリーナ様も喜んでくれた。


「すごいわ、エマ。さすがのわたしも冗談のつもりだったのだけど」


 セリーナ様の顔がちょっと強張っていたのは気のせいだろう。


 あと、セリーナ様は犬までくれた。元気な子犬だ。犬と一緒に運動するのも楽しかった。

 イザベルたちは何故か不満そうだったけど、あたしには何の不満もなかった。

 あ、違った。勉強は嫌いだった。あれは苦手だ。じっとしてなければいけないし。

 まあ、勉強さえなければ、もっと良かったんだけど、とにかくセリーナ様は最高のご主人様だった。

 いつも滅茶苦茶なことを言って、あたしを楽しませてくれる。

 中でも面白かったのが剣術の訓練だ。 

 公爵家に仕えている騎士さんが先生なんだけど、要はこの騎士さんを倒せるようになればいいわけだ。

 だけど、この騎士さんが強かった。元々は国でも最強クラスの騎士だったとかで、こっちの攻撃は当たらないし、向こうは簡単に攻撃を当ててくる。


「おまえには素質はある」


 騎士さんはそう言って、いつも色々剣の使い方を教えてくれた。そうやって剣術を覚えるのも面白かったけど、このままだといつになったら勝てるかわからなかった。

 だからあたしは考えた。剣が一本だと当たらない。なら剣を二本持てばいいのではないかと。

 だって、手はふたつあるのだから。

 わたしは練習した。時間があるときは両手に剣を持って素振りを繰り返した。

 もちろん最初は重かったし、同時に動かすのは大変だったけど、難しいから面白い。

 1年くらい頑張ったら自由に動かせるようになった。

 で、騎士さんに挑んだ。


「二刀流? 噂には聞いたことがあるが邪道だぞ?」


 騎士さんはあまり良い顔をしなかった。

 でも、いいんだ。邪道でもなんでも、あたしは早く勝ちたいだけなんだ。

 勝負が始まると、すぐに騎士さんに攻撃した。動きだけならあたしのほうが早い。

 いつも騎士さんは、その攻撃を的確で最小限の動きで攻撃をかわしてくるのだ。

 剣が一本ならね。

 でも、今は剣を二本持っている。ダンスを踊るようにタンタタンと両手の剣をリズミカルに振るった。

 騎士さんは見たこともないくらい険しい顔をして攻撃を防ぎ続けたけど、とうとう隙を見せた。

 あたしはそこに剣を捻じ込んで、首元に剣先を突きつけた。


「……参った」


 やった! とうとう、あたしは騎士さんに勝つことができた!

 ……でも、明日からは何をしよう?


──


 騎士さんに勝った後、しばらく経って、あたしは正式にセリーナ様の従者になった。

 王様のところに行ったりしたけど、そんなことはどうでもいい。

 それよりも、湖に行ってサーペントとかいう蛇の魔物を倒す素敵な任務が待っていたのだ。

 さすがセリーナ様、いつもあたしを楽しませてくれる。

 サーペントを倒すためにみんなで一緒に訓練をしたけれど、あたしの役目はサーペントの頭の上に登って、その両眼に二本の剣を突き刺すことだった。なかなか難しそうで面白そうだ。

 あたしは早くサーペントが現れないか、毎日ドキドキしながら待っていた。


 湖に来てから1週間ほど経った頃、ようやくサーペントが現れた。大きい蛇だ。こんな大きな生き物は見たことがない。

 セリーナ様とイザベルが囮になって陸の上に誘い出し、そこをリチャードが背後から攻撃した。さらにアリスとセリーナ様が魔法で牽制して、オスカーは弓で攻撃を仕掛けた。回復役のルイスは待機だ。

 でも、サーペントの動きは結構素早くて、なかなか隙を見せない。

 あたしは慎重にその動きのパターンを見極める。

 そして、セリーナ様の魔法がサーペントの顔に正面から直撃した。

 爆炎でサーペントが視界を失った瞬間、あたしは走った。そして、サーペントの胴体に飛び乗って、ぴょんぴょんその身体の上を跳躍しながら頭部を目指した。

 着ている鎧は必要最小限のもので、しかもミスリル製だから軽い。身体の動きには何の支障もきたさなくて素敵だ。

 あたしはサーペントの頭部に着地すると、背中から抜き放った二本の剣をその両眼に突き立てた。

 途端に甲高い音みたいな声をあげて、サーペントは狂ったように暴れ出した。

 手が付けられない。あたしはさっさと剣を引き抜いて、そこから飛び降りた。


 その後もサーペントは手ごわかった。やっぱり身体は頑丈で、目は見えないけど攻撃がかすめるだけでも大きなダメージを受けた。

 まあ、ルイスが全部治してくれたけど。

 サーペントは必死に湖に戻ろうとしたが、方向感覚を失ってしまっているので上手くいかず、逆にセリーナ様の挑発にのって、さらに陸のほうへとおびき出されていた。


『でかくなりすぎて同じ蛇に相手にされないからといって、人間の女に手を出すなんて節操がないわ。しかも、聖なる力を持った相手じゃないと興奮できないんでしょう? 随分倒錯した趣味ね。貴族御用達のあらゆる要望に応える娼館でも紹介してあげようかしら? ミミズぐらいなら用意してくれるかもしれないわ?』


 わざわざ、古代語まで使って罵倒するセリーナ様はさすがだと思う。

 怒り狂ったサーペントは、セリーナ様の声が聞こえる方向の陸地に引き込まれた。

 しかし、こちらの攻撃もなかなか有効なものがない。

 でも、我慢比べには慣れている。何せあたしたちは毎年のように、精神と体力を同時に削るセリーナ様の24時間耐久訓練を受けている。

 それを考えれば、こんな戦いを続けることは大したことではない。


 あたしは戦い続けたが、武器のほうが先に悲鳴をあげた。鋼より高い強度を誇るミスリルの剣が、堅い鱗を何度も斬りつけるうちに使い物にならなくなったのだ。あたしは何回も剣を取り換えることになった。

 仲間たちも武器を頻繁に替えていたし、ダメージを受けた防具も付け替えていた。セリーナ様があらかじめ大量に装備を用意していなかったら、ひょっとしたら負けていたかもしれない。

 ルイスだけでは回復の手が足りず、樽で持ってきたポーションを浴びるように飲んだ。

 少しずつ少しずつサーペントの動きは鈍っていった。そして、12時間ほど戦ったところで、とうとうサーペントが力尽きた。

 アリス曰く、サーペントは最期に


『おのれ、悪魔め……』


 とつぶやいたらしい。

 うん、サーペントは間違っていない。セリーナ様は悪魔だ。

 こんなに美しく残酷で強い人間は他にいない。だから、悪魔なのだろう。

 あたしたちの仕える尊い悪魔様だ。

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― 新着の感想 ―
古代語聞き取れて理解してるから勉強も出来るじゃん!じゃん!
[一言] 元気な野生児かと思ったら、ある意味作中トップクラスのトンキチと言うかヤバイ子だった……
[良い点] 水の上の布を走った?忍者だ、忍者が爆誕した。 その内にどデカイ蝦ガエルなんかをテイマーして頭の上に乗ってそう。 [一言] セリーナ様の挑発の言葉、なんと言っても内容が間違っていないのが良い…
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