12 謁見
謁見前に孤児たちを正式にわたしの従者にした。
国王の気まぐれで、万が一にも彼らを取り上げられるようなことがあってはかなわないからだ。
もっとも、正式に従者にしたところで、命令があれば従わなくてはならないだろうが、従者候補から従者に格上げしておいたほうが少しは抵抗になるだろう。
どうせ犬を始末させることはできなくなったし、従者候補にしておく意味もない。
正式に従者にしたら、リチャードらは泣いていた。
よくわからないけど、恐らく暗殺者を育成する教育方法が良かったのだろう。
やっぱり、持つべきものは先人たちの知恵だ。
とりあえず、従者たちに国王に会うための作法を覚えさせなければならないのだが、これはすぐに解決した。文献を読んでいたアリスが事前に作法を完璧に把握しており、他の5人も彼女から一度教えられただけで、あっさり習得することができた。
もう宙吊りにして勉強させる必要はなさそうだ。縄でぐるぐる巻きにして蹴り落とせないと思うと少し寂しい。
そして、国王に謁見する日を迎えた。
「あなたたちは従者候補ではなくなったので、サーはもう不要です。普通に話すことも自由です」
「サー、イエッサー!」
……理解していないのか、習慣になってしまったのか。まあ、そのうち慣れるだろう。
ただ、城の中で今のような返事をされたら、ちょっと恥ずかしい。
わたしは6人の従者と6匹の犬を連れて、国王に拝謁するために城へ赴いた。
──
前世では何度も城には来たことがあったが、そのときとは雰囲気が異なった。
何というか妙に視線を感じる。公爵令嬢とはいえ年若い娘が6人も従者を引き連れ、しかもその従者たちがそれぞれ犬を連れていれば目立たないはずがない。わたしだけでなく従者たちにも好奇の視線が注がれている。
孤児上がりの従者など、貴族たちにとっては面白い存在ではないだろう。今はお父様が先を歩いているおかげで変な事を言ってくる輩はいないが、わたしひとりで来ることになったら何を言われるかわかったものではない。
従者たちはというと、犬を連れて堂々と城の長い廊下を歩いている。あまりにも堂々としていて、わたしが不安になるくらいだ。何でこいつらは初めての城でもこんな平然としているのだろうか? 前世のわたしですら初めて城に来たときは緊張したものだが、彼らはまるで地獄でも見てきた勇者のように物怖じしていない。「他に恐れるものは何もない」と言わんばかりだが、どこでそんな度胸を身に付けたのだろうか?
犬たちも躾けられたもので、鳴き声ひとつあげずに、城を我が物顔で偉そうに歩いている。野良犬の出のくせに。
そして、国王の侍従たちに案内されて、わたしたちは謁見の間へと入った。
いるのは国王だけかと思ったが、王妃様と王太子であるエドワード様も一緒だった。
わたしがエドワード様と会うのはもう少し後のはずだが、ここでも前世との違いが出ている。
お父様を先頭にわたしたちは赤い絨毯を進むと、王の座る玉座から10歩手前で跪いた。
従者も犬もピタリと止まり、一糸乱れることなく綺麗に跪いた。犬は伏せの姿勢を取り、跪いているように見えなくもない。
「見事なものだ」
国王は感心したように言った。
「ありがとうございます」
お父様が頭を下げたまま答える。
「面をあげよ」
国王が許可を出したので、皆ゆっくりと頭を上げる。犬も伏せからお座りの状態へと移行した。
……どうやったら、犬をそこまで躾けられるのだろうか? 少し器用過ぎないか?
「ふむ、公爵の娘も美しいが、その従者たちも孤児上がりとは思えぬ顔をしている。犬もよく躾けられておるしな。ここまで訓練されている犬は初めて見るぞ。公爵の娘セリーナよ。孤児と野良犬を教育したのはおまえだと聞いているが、どのように育てた?」
久しぶりに見る国王の顔は意外と温和に見えた。前世でわたしが最後に見たときは、もっと冷たい人間だったような気がしたのだが。
「はい。孤児たちと野良犬たちの寝食を共にさせ、心を通わせ合うように指示しました。兄弟のような親子のような関係を築くようにと。さすれば、犬の成長と共に孤児たちも人間として成長します。孤児は従者としてふさわしい器量を身に付け、犬は人の話すことを理解できるようになるのです」
本当は従者たちを立派な暗殺者へと成長させるための生贄でした、なんて言えるはずもないので、適当にそれらしい理由を並べて誤魔化した。
「ほう、なるほどな。同時に教育することで相乗効果を生み出しているというわけか」
「左様でございます」
相乗効果? いずれ殺すつもりだったからそんなものは狙っていないのだが、そういうことにしておこう。
「しかし、よく躾けられた犬だ。わしもそういった犬が欲しいところだが……」
「差し上げます、6頭とも」
間髪入れずに返事をした。犬を引き取ってくれるなら万々歳である。わたしは犬から解放され、国王からは感謝をされる。良いことしかない。
従者たちは少し動揺しているようだが、国王命令では仕方あるまい。我慢しろ。
「……いや、兄弟同然に成長してきた者たちを引き裂くような真似はせん。無論、何の迷いも無く犬を差し出そうとしたおまえの忠誠には感謝するがな」
(感謝なんか要らないから、犬を引き取ってよ!)
なんて言えるはずもなく、
「ありがたきお言葉」
とわたしは答えた。
「そこでだ、公爵。どうであろう、おまえの娘とエドワードを婚約させるというのは」
え?
「ありがたい話でございます。しかし、エドワード様は如何でしょうか?」
「もちろん、わたしに異論はありません。このような素晴らしい令嬢と婚約出来て嬉しく思います」
エドワード様がわたしに微笑んだ。前世で婚約破棄を言い渡したあのときとは、まったく違う優しい表情だ。
もう一度微笑んで欲しいと願ったあの顔だ。
しかし……
よく見ればそこまで美形ではない。これならオスカーのほうが幾分マシなのではないだろうか?
わたしの中の年齢はとうに30を越えている。そのせいかわからないが、前世ほどのときめきをエドワード様に感じないのだ。何というか頼りない。わたしの従者たちと比べると全然鍛えられていない。あれ、こんな人だったっけ?
「セリーナよ、おまえはどうだ?」
突然水を向けられた。
「ありがたいお話でございます。これに勝る栄誉はありません。わたしで良ければ是非」
反射的に返事をした。何なら頬を赤らめて見せた。エレノアを見習った演技をずっと続けてきた賜物である。
元よりエドワード様との婚約は確定していた未来なのだが、前世よりも大分早い。
「まあ、婚約したのだから、その犬たちも一緒に連れて来てちょうだいね。今度城の中庭で遊んでみたいわ」
王妃様がうっとりと犬たちを眺めてた。
「ええ、わたしもその犬と触れ合ってみたいものです」
エドワード様も熱のこもった目で犬を見ていた。
……わたし、前世でもそんな目で見られたことない。
もしかして、この婚約って犬目当てか? わたしは犬のおまけか?
「実はわしも妃もエドワードも犬が好きでな。公にすると臣下たちからたくさんの犬が送られてくるかもしれぬので秘密にしておった。だが、セリーナも犬が好きなのなら話は別だ。城に来るときは犬を必ず連れてくるが良い」
「畏まりました」
あれ? そういえば前世で、わたしはエドワード様に犬が嫌いなことを言ったような気がする。ひょっとして、エドワード様はわたしの前では犬が好きなことを隠してた?
一方でエレノアは犬が好きで、よく野良犬とかにも餌をあげていた気がする。
まさか婚約破棄をされた一因は犬のせいか?




