01 断罪
5作目です。悪役令嬢もの。
「セリーナ・ローゼンバーグ、今日この時をもって、わたしはおまえとの婚約を解消する!」
学院の卒業パーティーという記念すべき一大イベントにおいて、わたしは王太子であるエドワード様から婚約破棄の宣告を受けていた。その声は無機質で、わたしに対する一切の情も感じない。
顔から血の気が引き、指先が冷たくなっていくのを感じた。
王族や貴族が学ぶローズウッド学院の卒業パーティーは、社交のデビューの場でもあったはずだが、華やいだ会場は今や静まり返っていた。
「なぜ? なぜですか? エドワード様? わたしが一体何をしたというのですか?」
すがるような気持ちで、わたしは婚約者の名を呼んだ。親同士が決めた婚約とはいえ、わたしはエドワード様のことをずっと思い慕っていた。
「何をした、だと?」
けれど、エドワード様がその端正な顔に浮かべたのは軽蔑だった。
「セリーナ、君がエレノアにしてきた非道の数々、僕が知らないとでも思ったか?」
エレノア。下級貴族出身の取るに足らない女。ほんの少し光の魔法が使えるだけの忌々しい『聖女』。
わたしはエレノアの姿を求めて周囲を見渡した。すると彼女はエドワード様の後方で、何人かの学友たちによって護られるかのように囲われているのが見えた。
かろうじて見えたその表情には、悲しみが映っている。
「エレノアが! あの女がエドワード様を惑わしたからです! わたしという婚約者がありながら、エドワード様のお気持ちを惹こうとしたから、だから、わたしは……」
そうだ。わたしは悪いことなどしていない。婚約者として公爵令嬢として、出過ぎた真似をした下級貴族の娘に当然の報いを与えようとしただけだ。それの一体どこに非があったというのか?
「セリーナ。確かにエレノアは素晴らしい女性だ。わたしが目を奪われたこともあっただろう。しかし、誓ってわたしと彼女の間には何もなかった。彼女は分をわきまえ、わたしは君という婚約者がいることを忘れたことはなかった。なのに、君は勝手にわたしたちのことを邪推し、エレノアに酷い仕打ちの数々を行ってきた。国の宝であるはずの『聖女』に、だ。証拠は充分揃っている。これをわたしは許すことは断じてできない。この国の王太子としても、ひとりの男としてもだ」
ひとりの男として……やっぱり、わたしが思った通りじゃない。エドワード様の気持ちはわたしから離れ、エレノアに向いていたのだ。
「わたしは公爵令嬢として当然のことをしたまでです! そう思いますでしょう、皆さま?」
わたしは周囲を見渡した。わたしは公爵令嬢として、学院生活を通して多くの学友たちと親交を深めている。あんなぽっと出の下級貴族とは違う。学院のほとんどの者たちはわたしに味方するはずだ。
しかし……
周囲の者たちの視線は冷たかった。わたしが目を合わせようとすると、誰もが視線を逸らす。その中には『エレノアはセリーナ様からエドワード様を奪うつもりです!』と、わたしに告げ口してきた者たちも含まれていた。
わたしに味方する者はひとりもいなかった。昨日まであんなにわたしに親しくしていた人たちが、気まずそうに目を伏せている。
従者たちでさえ、物々しい雰囲気を察して、わたしから少し距離を置こうとしていた。
「おまえの周りの学友たちこそが、おまえの罪を一番よく知っている。ひとりも庇う者がいないというのも、いっそ哀れではあるがな」
エドワード様は衛兵たちに指示を出すと、そのまま身を翻した。
「エドワード様っ!」
わたしがいくら泣き叫ぼうとも、エドワード様は一度も振り返ることはなかった。
そして、衛兵たちに引きずられるようにパーティー会場から連れ出された。
──
王による裁きでわたしは死罪を宣告された。
聖女に対するわたしのちょっとした悪戯が、過度に誇張された結果だった。
2階からエレノアの頭めがけて鉢植えを落したり、お茶に薬を混ぜて飲ませようとしたり、ならず者を雇って誘拐を企てたり、偶然を装って馬車で轢こうとしてみたり、暗殺者に命を狙わせてみたりしただけなのに!
全部、未遂で終わったのだから、わたしは無罪のはずだ。こんな酷い裁きはない。神は死んだ。
わたしは毒による死を命じられた。絞首刑でないのは、身分が高い故の情けだと恩着せがましく言われた。絞首刑でも毒でも死ぬのは嫌に決まっている。
毒を混ぜたワインを突きつけられたが、もちろん、わたしに罪はないのだから拒んだ。
しかし、身体を拘束され、鼻をつままれ、息ができなくなって口を開いたところに無理矢理流し込まれた。舌を経由せずに喉に直接入っていったワインは不味くも無く美味しくも無く、ゆっくりと意識が遠のいていく。
幼いころから今に至るまでの記憶が脳裏によぎる中、わたしは深く反省したのだった。
わたしに足りなかったのは有能な部下だった、と。