表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

真夜中の蝶子さん:2023.1/7 AM2:30-2:55

 悲鳴が綺麗な夜だこと。

 それにしても、あれね。道徳の授業で教わらなかったのかしら。

 夜の学校に忍び込んじゃいけませって。

 あらいやだわ。

 この子たち、別に忍び込んだ訳じゃないわね。

 お招きさしあげたのよ。

 私が。この偉大なる蝶子様がね。


 寝る前にメールを開いた子だけが、この夜に招かれる。

 え? マルウェア? 失礼なこと言わないでよ。呪うわよ。

 アドレスは私の名前。タイトルは『舞踏会のご招待』。耽美で素敵。

 送るのは満月の夜。でも毎月じゃないの。愛逢月(しちがつ)の満月の夜。

 しかも晴れた夜でないとダメ。だって、気が乗らないから。

 ほら、月がないとわたしの羽根が映えないじゃない?


 満月の屋上でね。わたしは子供たちを待つの。

 みんな夢見心地。

 体育館に全員が集まったところで、華麗に天井から舞い降りる。

 わたし。エクセレント。


 校舎から出れたら逃がしてあげる、との宣言から始まる舞踏会。

 音楽はもちろん、子供たちの悲鳴。華麗に優雅に高らかに笑いながら、わたしはゆっくりと追いかける。ええ。今夜もまた舞踏会よ。

 

 え? 襲われた子はどうなるかって?

 あらいやだわ。失礼ねえ。食べないわよ。ただ、『大切なもの』を貰うだけ。それと、わたしの主食は恐怖だから、ちゃんと摂るの。まあ、『大切なもの』は記念品ね。

 例えば友達との遊び時間。例えば次の年に貰えるはずのチョコレート。でも一番多いのは脚力ね。足がクラスで一番遅くなる。

 でもそれだけ。なんてわたしは優しいのかしら。

 しかもね。たったそれだけで、子供たちはわたし、蝶子の美貌を目に焼き付けることができる。

 素敵過ぎない?


 ということで、今夜もまた……。あらあら。

 みんな足が速いわねえ。でも悲鳴は素敵だし、ちゃんと涙はリノリウムの床に落ちるし私はそれを舐めるわ。

 うーん。美味(ティスティ)!!!


 でも、ゆっくり味わっていたら、あらかた逃げちゃった。

 校舎を出られたら、もう追いかけられないの。残念。

 でもね。ちゃんとした仕掛けがある。

 ほら、私の主食は恐怖でしょ。でも、一番カロリーが摂れるのは、絶望。

 

 わたしはがぜんやる気を出す。

 ドレスのスカートをたくし上げて、タンゴのステップを踏むわ。

 ほらほら。ただの廊下が下駄箱に。

 もちろんこれは幻影。儚い蜃気楼。

 

 最後の一人が逃げ込んだ。うふふ。

 扉に手をかけて、やった!! 外だ!!! って顔ね。

 残念。あなたはまだ校内よ。玄関ルームの広さを思い知りなさい。

 私はいたいけな子供に胸を張る。

 鼻先から大きく満月の校舎の空気を吸い込み、絶望を……。


 あら?

 これ、違うわね。

 絶望じゃないわね。ちょっと違う。体育館の時みたいな、ええと。困惑?


「あら。どうしたの? 遠慮なく怖がっていいのよ。ほら。あなたまだ校内だし。絶望なさいな」

「あの……」

 しゃがみ込む私に、男の子は戸惑う。小学4年生くらいね。可愛らしい声だわ。

 私は微笑み、黒い蝶の羽根をパタパタとさせて、首を傾げる。


「どうしたの? 遠慮なく言ってごらんなさい? 何を言ってもあなたは奪われるけど。そして絶望するけれど」

「鼻毛、出てます」

「え」

「鼻毛、出てます」

 顔面が沸騰するかと思った。

 私は両手で鼻を押さえ、押さえるだけじゃ足りなくて、うずくまったわ。

 恥ずかしいわ。

 恥ずかしいわ。

 恥ずかしいわ。


 気が付いたら、男の子は逃げちゃってて、私は……。

 もちろん、そうよ。冷静に、あくまでも優雅に、ね。

 化粧室に向かったの。もちろん、エチケットのためにね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ