真夜中の蝶子さん:2023.1/7 AM2:30-2:55
悲鳴が綺麗な夜だこと。
それにしても、あれね。道徳の授業で教わらなかったのかしら。
夜の学校に忍び込んじゃいけませって。
あらいやだわ。
この子たち、別に忍び込んだ訳じゃないわね。
お招きさしあげたのよ。
私が。この偉大なる蝶子様がね。
寝る前にメールを開いた子だけが、この夜に招かれる。
え? マルウェア? 失礼なこと言わないでよ。呪うわよ。
アドレスは私の名前。タイトルは『舞踏会のご招待』。耽美で素敵。
送るのは満月の夜。でも毎月じゃないの。愛逢月の満月の夜。
しかも晴れた夜でないとダメ。だって、気が乗らないから。
ほら、月がないとわたしの羽根が映えないじゃない?
満月の屋上でね。わたしは子供たちを待つの。
みんな夢見心地。
体育館に全員が集まったところで、華麗に天井から舞い降りる。
わたし。エクセレント。
校舎から出れたら逃がしてあげる、との宣言から始まる舞踏会。
音楽はもちろん、子供たちの悲鳴。華麗に優雅に高らかに笑いながら、わたしはゆっくりと追いかける。ええ。今夜もまた舞踏会よ。
え? 襲われた子はどうなるかって?
あらいやだわ。失礼ねえ。食べないわよ。ただ、『大切なもの』を貰うだけ。それと、わたしの主食は恐怖だから、ちゃんと摂るの。まあ、『大切なもの』は記念品ね。
例えば友達との遊び時間。例えば次の年に貰えるはずのチョコレート。でも一番多いのは脚力ね。足がクラスで一番遅くなる。
でもそれだけ。なんてわたしは優しいのかしら。
しかもね。たったそれだけで、子供たちはわたし、蝶子の美貌を目に焼き付けることができる。
素敵過ぎない?
ということで、今夜もまた……。あらあら。
みんな足が速いわねえ。でも悲鳴は素敵だし、ちゃんと涙はリノリウムの床に落ちるし私はそれを舐めるわ。
うーん。美味!!!
でも、ゆっくり味わっていたら、あらかた逃げちゃった。
校舎を出られたら、もう追いかけられないの。残念。
でもね。ちゃんとした仕掛けがある。
ほら、私の主食は恐怖でしょ。でも、一番カロリーが摂れるのは、絶望。
わたしはがぜんやる気を出す。
ドレスのスカートをたくし上げて、タンゴのステップを踏むわ。
ほらほら。ただの廊下が下駄箱に。
もちろんこれは幻影。儚い蜃気楼。
最後の一人が逃げ込んだ。うふふ。
扉に手をかけて、やった!! 外だ!!! って顔ね。
残念。あなたはまだ校内よ。玄関ルームの広さを思い知りなさい。
私はいたいけな子供に胸を張る。
鼻先から大きく満月の校舎の空気を吸い込み、絶望を……。
あら?
これ、違うわね。
絶望じゃないわね。ちょっと違う。体育館の時みたいな、ええと。困惑?
「あら。どうしたの? 遠慮なく怖がっていいのよ。ほら。あなたまだ校内だし。絶望なさいな」
「あの……」
しゃがみ込む私に、男の子は戸惑う。小学4年生くらいね。可愛らしい声だわ。
私は微笑み、黒い蝶の羽根をパタパタとさせて、首を傾げる。
「どうしたの? 遠慮なく言ってごらんなさい? 何を言ってもあなたは奪われるけど。そして絶望するけれど」
「鼻毛、出てます」
「え」
「鼻毛、出てます」
顔面が沸騰するかと思った。
私は両手で鼻を押さえ、押さえるだけじゃ足りなくて、うずくまったわ。
恥ずかしいわ。
恥ずかしいわ。
恥ずかしいわ。
気が付いたら、男の子は逃げちゃってて、私は……。
もちろん、そうよ。冷静に、あくまでも優雅に、ね。
化粧室に向かったの。もちろん、エチケットのためにね。