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裁縫師  作者: 佐藤謙羊
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08 いちかばちかの火炎魔法

08 いちかばちかの火炎魔法


 いちかばちかやってみよう、手を前に出し、あの言葉を唱える。


「……我は紡ぐ、衣紋(えもん)の緒を……!」


「裁縫をなさるんですか? でも、いまでなくても……」


「ニャーン?」


 まるで双子のように目を丸くするシャレオとジニーに向かって、俺はウインクを返す。


「いや、いまじゃなきゃダメなんだ、いいから見てろって」


 俺はいつもより手早く針を動かし、最短記録を更新する勢いで服を縫い上げた。

 黒い布をベースに、赤い糸の刺繍で差し色を入れたローブだ。


「よしできた、『見習い猫火炎魔術師の服』……!」


「ねっ……ねこかえんまじゅちゅしさん、ですか!?」


 前代未聞の職業に、シャレオは噛むほどに驚いていたが、ジニーはさっそくできたての服に向かって飛び込んでいた。

 それまで着ていた白いローブは衣装ケースの中に吸い込まれていき、空中で素の姿になったあと、シャキーンと黒いローブを装着。


 スタッと着地したジニーは、魔術師らしいクールな顔つきになっていた。

 しかも顔つきだけでなく体毛の色まで白から黒に変わっており、どこからどう見ても立派なマジシャン猫。


「わぁ……! かっこいいです! ジニーさん!」


 シャレオがたまらない様子で抱き寄せると、ジニーはふくよかな胸のなかでクールなドヤ顔をキメる。

 おいジニー、ちょっとそこ代われ。

 と言いたいところだったが、これからジニーには大いに働いてもらうので大目に見ることにした。

 作戦はこうだ。


「ジニーが火炎魔術師とわかったら、トレントデッドはジニーを集中攻撃してくるだろう。動き回りながら魔術は使えないから、俺がジニーを守りつつトレントデッドに特攻する。ジニーは火炎魔術の射程距離になったらブチかますんだ」


「ニャーン!」


「あの、わたくしはなにをすればよろしいでしょうか?」


「シャレオはこの岩陰から応援だ」


「おうえん、ですか?」


「そうだ、あとは救護班でもある。傷付いたら戻ってくるから、そのときは治癒を頼む」


 救護班と聞いて、シャレオはがぜんやる気を見せた。


「かしこまりました、シャレオにおまかせくだいっ!」


 メンバーとのコンセンサスが取れたところで、俺はジニーを抱っこする。

 しかし抱っこしていると剣が振りづらいので肩に乗せてみたんだが、なんだか不安定。

 ためしにジニーを腹ばいにさせて頭の上に乗せてみたら、ニット帽みたいにいい感じでフィットした。


「うふふ、かっこいいダサスさんがジニーさんを頭に乗せると、とってもかわいいです!」


 キモいとはさんざん言われたことはあるが、かわいいなんて言われたのは前世も含めて初めてだ。

 ……って、いまひょっとして、かっこいいって言った? ウソでしょ?


 思わず尋ねたくなったが、


『えっ? そんなこと言ってませんよ? わたくしがかっこいいと言ったのはジニーさんで、ダサスさんはこれっぽっちもかっこよくありません。というか、どのツラさげてそんなことおっしゃってるんですか?』


 なんて返しをされたら、ショックのあまり自らすすんでアンデッドになりに行くかもしれないのでやめておく。

 というかそろそろ隠れている岩も限界に近づいてきたので、俺は覚悟を決めた。


「よし、いくぞ、ジニーっ!」


「ニャーン!」


 勢いよく岩を飛びだすと、数メートル先にはハロウィンのカボチャみたいな顔を浮かべた悪魔の木が俺たちを見下ろしていた。


 ついに出てきたかと、ムチのような枝が地面を叩くと砂塵が舞い上がり、俺たちを包んだ。

 決戦にふさわしい緊迫したムードが漂いかけたが、ほっこりするような黄色い声援によってすぐに打ち消されてしまった。


「フレー! フレー! ダサスさん! がんばれがんばれジニーさん! ファイト、おーっ! ファイト、おぉーっ!!」


 後ろをチラ見すると、岩の横で両手を広げ、ぴょんぴょん飛び跳ねているシャレオの姿が。

 応援しろとは言ったけど、まさかそんなガチ応援をしてくれるなんて……。


 しかし、勇気100倍。

 俺は剣を構え、雄叫びとともに砂地を蹴った。


「うぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 うなりをあげてスイープされる枯木のムチは、想像以上の圧力があった。

 枝といってもプロレスラーのラリアートのような太さで、いまのレベルで直撃したら一撃死もありうる。


 かわすのにも限界があるし、かといって剣でガードして力負けするだろう。


「ならば……!」


 俺は眼前に迫った枝を、斜めに傾けた剣で受け止める。

 ギャリッ! とつばぜり合いの音とともに刀身を枝が滑っていき、火花が舞い散る。


 剣士のレベル2スキル『ソードパリィ』。

 敵の攻撃を受け止めつつ、体勢を崩さないように受け流すスキルだ。


 直前でレベルアップしたのは僥倖だった。

 このスキルが無ければ、いまごろは吹き飛ばされていたことだろう。


 トレントデッドのほうも、攻撃に使える枝が1本しかないという点も幸いした。

 ソードパリィにはわずかではあるがクールタイム、スキル再使用のためには時間をあける必要がある。

 2本の枝で連続攻撃されていたら、いまごろは……。


 身を低くして、剣を顔のあたりに構え、降り注ぐ枝攻撃を受け流し続ける。

 受け流しているとはいえ衝撃はすさまじく、骨が軋むみたいに痛んだ。


 めちゃくちゃ重くて堅ぇ……! ムチみたいにしなるくせに、まるで石みたいだ……!

 枝でこんなに堅いってことは、本体はどんだけなんだ……!?


 銅剣なんかが通用する相手じゃないのは明白だった。

 もはや頼みの綱は、ジニーの火炎魔術だけ。


 俺は少々傷付いてもかまわないが、ジニーがやられたら一巻の終わりなので必死だった。

 そしてトレントデッドもジニーが火炎魔術師だとわかったのだろう、死に物狂いの表情でムチの雨を降らしている。


 かすった枝が俺の身体に血のシミを浮かび上がらせていく。

 ダメージが蓄積しているのか、視界がじょじょに赤く染まっていった。


「い……いけません! それ以上ダメージを受けたら死んじゃいます! 戻ってきてください! ダサスさん!」


 死の灰が吹雪のように吹き荒れ、俺の身体が冷たくなっていくのがわかる。

 冬山にいるように歩みが鈍っていく、しかし俺はぜったいに立ち止まらなかった。


「さ……させねぇ……! 死んでもお前を倒すっ……! 命にかえてもジニーを! そしてシャレオを守るって決めたんだ……! お前みたいな枯木に、俺の大切なヤツらを好き勝手させてたまるかっ……!」


 しかし、その意志とは裏腹にもう意識は途絶えかけている。

 トレントデッドの根元まであと数歩というところなのに、足が埋まって動かない。


 砂塵は血風(けっぷう)となり、俺の命が花びらとなって散っているかのようだった。


 あ……あと少しで、射程なのにっ……!

 こ……こんな所で……終わって……たまる……かっ……!


 ゴミ溜めでチンピラどもに殺されかけたときは、もう死んでもいいって思ってた……!

 だけどいまは、生きたい……! メチャクチャ生きてぇっ……!


 だって……作りたい服が……! 着て欲しい服が……! いっぱい……あるんだっ……!


「うがぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 俺は最後の力を振り絞って足を踏み出そうとした、が、もうとっくにすべてを使い果たしていた。

 ぐらりと身体がゆれ、白い砂が迫ってくる。もはや踏みとどまるだけの意志もない。


 お……終わっ……た……!


 ブッ倒れる直前、俺の頭上からにゅっと何かが突き出てくる。

 それは、ジニーのアゴだった。

 直後、俺は死の淵から強制帰還させられるほどの衝撃映像を目の当たりにする。

 しかも、砂被り席で。


「ニ゛ャ゛ァ゛ァ゛ァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!」


 百獣の王、いや千獣の王のような咆哮とともに、ジニーの口から爆炎が放たれたのだ。

 それはまさに地獄の業火と呼ぶにふわさしく、トレントデッドを一瞬にして火だるまにしていた。


 あれほど猛威を振るっていた枝は燃え尽き、本体の岩のような樹皮もボロボロと崩れ去っていく。


「オ……オォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!?!?」


 トレントデッドは身をよじらせ、断末魔の唸りをあげる。

 やがてそれすらも風にまぎれ、灰の山となって消えていった。


「か……勝っ……た……! ……むぐっ!?」


 今度は俺がムギュッとなる。

 いつのまにかそばに来ていたシャレオが、俺を抱き寄せていたからだ。


「ううっ……! ダサスさん……! ダサスさんっ! どうして、あんなムチャをされたんですか……!?」


 それよりも早く治癒をと言いかけたが、顔を埋め尽くす感触が想像を絶するほどに心地よかったので黙っておく。


 は……花みたいなメチャクチャいい匂いがする……! ここは天国なの……!?

 やぱ天……! やぱ天っすよ、シャレオさんっ……!


 さっきまでは死んでたまるかと思っていたけど、いまなら死んでもいいと思った。

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