03 冒険者デビュー
03 冒険者デビュー
ゲームに出てくるようなデザインの聖女の服を作って着せたら、聖女のスキルを使えるようになるなんて……。
「こんなの、ゲームには無かった効果だ……!」
そしてゲームに出てくる服を作ったことで、俺はいまさらながらに気付いてしまった。
「俺の服……ダサっ!」
俺だけじゃない。この世界の人々はみんな初期装備みたいな服を着ている。
男も女も、老いも若きも、富める者も貧しい者もみなワンピース。
裕福なものは宝飾を身に付けているが、服だけは無課金ユーザーみたいな有様だ。
昨日まではそれが当たり前だと思っていたが、記憶を取り戻したいまではすさまじく異様に感じる。
武器や服飾品はゲームと同じくらいバリエーションが豊富なのに、服だけはなぜワンピース一択なんだ……?
その疑問の答えは、すぐに思い当たる。
「まさか……この世界に、裁縫師がいなかったから……?」
ゲームでは、裁縫師が服を作り上げるとそれがベースとなり、ファッションデザイナーが量産して世界に広める。
ファッションデザイナーは服のベースを作り出すことはできず、裁縫師の服をアレンジしてオリジナリティを出すことしかできないんだ。
そのかわり、服の量産能力ではファッションデザイナーのほうが圧倒的に上となっている。
裁縫師がオーダーメイドのプロなら、ファッションデザイナーは既製品のプロという感じで住み分けがなされているんだ。
そんなところまでゲームと同じなんてなんだか変な感じもするが、そう考えるといまの、国民総無課金ユーザー状態にも納得がいく。
しかし、そんな歪なパワーバランスとなってしまった世界で、俺はどうやって生きていけばいいんだ……?
「とりあえず、俺の服も作るか……。こんなダサい格好のままじゃ、頭がおかしくなりそうだ」
幸い、生地ならたくさんある。
生産職の初期は失敗が多いから、素材を多めにもらえることになっているんだ。
「……我は紡ぐ、衣紋の緒を……!」
しかしゲームで鍛えた俺には失敗などありえない。
それから数時間ほど掛けて、俺用の服を縫い上げた。
「できた……! 『見習い剣士の練習着』……!」
剣士の練習着を選んだのは、もしかしたら俺もこの服を着たら剣士になれるかもしれないという期待からだ。
さっそく路地裏で着替えてみると、力が湧いてくるのを感じる。
それはプラシーボなんかじゃなかった。
だって服を着た途端、さらなる驚くべき変化が訪れたからだ。
「剣士の初期装備である、銅剣が出てきた……!? まさか、武器まで付いてくるなんて……!?」
期待に胸を膨らませながら腰の剣を抜刀し、構えを取る。
鈍色に輝く剣を軽くひとふりすると、風を切り裂くほどの鋭さがあった。
それだけで俺は、完全なる『見習い剣士』になれたことを実感する。
「すごい……! 太刀筋が、ぜんぜん違う……! これが、女神から与えられし職業が持つ力なのか……!」
俺は冒険者に憧れていたので、オヤジの目を盗んでは剣や魔法の練習をしていた。
いくら練習しても、人形を相手にするのがやっとの大根斬りしかできなかったんだが、いまならモンスターも切り倒せそうだ。
裁縫師になったことで絶望に打ちひしがれ、身体の奥底でくすぶりかけていたワクワク感が再び燃え上がるのを感じる。
「そうだ、この力を試してみよう! もしモンスター相手に通用するのなら、俺は冒険者になれるかもしれない!」
俺の決意に賛成するように、足元にいたジニーが「ニャーン!」とジャンプして俺の肩に飛び移った。
「そうだ、俺はひとりじゃない! 頼もしい聖女もいるから、ケガしても怖くないぞ! よぉーし、街の外に出発だ!」
「ニャニャーン!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『職業授与の儀式』は、このサウザンニール帝国の『マジハリの街』で行なわれる。
マジハリは辺境に位置にしているのだが、儀式の聖堂はここにしかない。
この世界で生まれ、幼くして死ななかった人間は、生涯でかならず一度はこの街を訪れることになる。
かくいう俺も、地元から転移魔法を使ってこの街にやってきた。
大通りは都会から来た若者であふれているのだが、俺がチンピラどもに襲われたみたいに、儀式を受けて成人したついでにハメを外そうとする輩が後をたたないという。
おかげで街の治安は良いとはいえず、特に儀式のあった日は、前世でいうところの渋谷のハロウィンみたいな有様だ。
バカ騒ぎする集団をよそに、俺は街の外門へと向かう。
衛兵に尋ねてみようとしたら、その前に答えが返ってきた
「モンスターはどこにいるかって聞きたいんだろ!? 外に出りゃ、そこらじゅうにいるよ!」
どうやら、冒険者の見習いとなった若者たちは地元に戻るのを待ちきれず、この街の外で腕試しをするようだ。
みな考えることは同じみたいだな。
街は高い塀で囲まれているのだが、一歩外に出ると見晴らしのいい草原に出た。
まだ昼過ぎのせいか、ピクニック気分でモンスターを狩るパーティがそこらじゅうにいる。
草原にいるのは『ラビッツバサ』。
背中に翼が生えたウサギのようなモンスターで、強さはレベル1程度。
はばたいての『飛びかかり体当たり』をしてくるが、予備動作が大きくかわしやすい。
戦闘職になったばかりの者たちにとっては、ちょうどいい初陣相手のようだった。
あちこちで剣撃や火の玉が飛び交い、ラビッツバサの断末魔が響いている。
おかげで草原だというのに、街の中みたいな賑やかさ。
どうやらここは人気の狩場のようで、草原の真ん中あたりには露店まで出ていた。
しかもよく見ると、まわりにいるのはパーティばかりで、単独なんてひとりもいない。
どいつもこいつもリア充感あふれるヤツらばかりで、ウサギ一匹倒すだけで「うぇーい!」とハイタッチして大盛り上がりしていた。
「なんだか、夏の海水浴場にひとりで来たみたいな居心地の悪さを感じるな……」
声を掛ければもしかしたら仲間に入れてもらえるかもしれないが、そんなことできるわけがない。
だって、俺はぼっちなんだから。
しかも、今世だけじゃなくて前世もぼっちだったんだから。
なんてひとり苦い思いを噛みしめていたら、肩のあたりから声がした。
「ニャーン」
「おっと、もうぼっちじゃなかったな。とりあえずここはやかましいから、もっと静かなところに行くか」
「ニャーン」
俺はジニーと会話しながら街道を歩く。
街からすこし離れたところに森を見つけたので、あそこなら良さそうだと足を踏み入れてみた。
森は街道ほどではないが、道が整備されていて歩きやすい。
しかも道に沿う木の枝は伐採されており、樹冠で陽の光が遮られることなく見通しもよかった。
「人の姿も草原にくらべるとほとんどないな。あとはモンスターがいれば……」
見回しながら、より人のいなさそうな森の奥へと歩を進めていると、道端で草を食んでいるウサギの後ろ姿に出くわす。
ウサギは俺に気付くと、ハッと振り向く。鋭い鋭角が、陽光を受けてギラリと輝いた。
コイツは『ラビッツノ』。額に真っ直ぐな角が生えたウサギのようなモンスターで、強さはレベル2程度。
ツノによる『飛びかかり突き』を得意としており、初期装備では油断ならない相手だ。
実戦デビューの相手としては少しハードだが、奴さんはお尻をふりふり、やる気になっている。
「なら、やるしかないか……!」
腰の銅剣を引き抜くと同時に、ラビッツノは地を蹴って飛びかかってきた。
俺は剣士の初期スキルである、『クロスブレイド』を放つ。
「やっ、はっ!」
真横への払い斬りのあと、上段からのまっすぐな斬り降ろし。
剣士の型の基本形である、横切りと縦切りを組み合わせた連続斬りだ。
俺の初めての戦闘スキルは、ちょうど飛びかかってきていたラビッツノにクリーンヒット。
ラビッツノは真一文字の剣閃に顔を切り裂かれ、続けざまの面打ちで地面に叩きつけられていた。
「ギュッ!?」
断末魔とともに俺の足元でゴムマリのように弾むラビッツノ。
コロコロと転がって、そのまま動かなくなる。
俺は自分のしたことがにわかには信じられなくて、じっと手を見た。
子供の頃、畑を荒らすラビッツノを村人が退治しているのを見たことがある。
罠に掛けたところを多勢で取り囲んで、棍棒で何発も殴らないと死ななかったのに……。
「剣士のスキルだと、一発なんて……!」
剣士となってモンスターを倒すことは、幼い頃の俺の夢だった。
裁縫師を与えられたときはそれも無理なんだと絶望していたのに、まさかこんな形で叶うなんて……。
「ひゃっほーっ! 裁縫師、最高じゃないか! よぉーし、この調子でガンガンいくぞっ!」
「ニャーン!」
俺が拳を突き出すと、肩の上のジニーも肉球を突き出してくれた。