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裁縫師  作者: 佐藤謙羊
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02 はじめての裁縫は聖女服

02 はじめての裁縫は聖女服


 イモとミルクを半分こしたせいで、子猫はすっかり俺に懐いていた。

 ぽんぽこりんになった腹で俺のヒザに乗り、満足げに毛繕いをしている。


 手触りのいい毛並みを撫でつけながら、俺は、あることを思いだしていた。

 それは走馬灯の中で見た、前世の記憶。


「……『ソーイングデッド・オンライン』……」


 『ソーイングデッド・オンライン』。

 裁縫師が『死にジョブ』とされていたオンラインゲームだ。


 前世の俺はそのゲームにおいて、裁縫師を極めようとしていた。

 なぜかというと、服を作るのが好きだったから。


 ゲームでは俺以外に裁縫師がいなかったので、その道は苦難をきわめた。

 でも引きこもりで時間だけはあったので、寝食以外はひたすらゲームに明け暮れ、ついに裁縫師の最高ランクに到達。

 当時、他の人気ジョブでも最高位に達した者はいなかったので、歴史的な快挙といえたんだが……。


 最高ランクの称号と、最後のスキルを目にした途端、俺はショックで死んでしまった。

 理由はわからないが、おそらく称号とスキルの内容がよっぽど衝撃的だったんだと思う。


 それから俺はファッションデザイナーの名家の息子として生まれ変わり、ダサスという名前で16年間生きてきた。

 前世の記憶を取り戻したいまならわかるが、この世界は『ソーイングデッド・オンライン』によく似ている。


「人生を投げ捨てるほどにハマって、死因にもなったゲームのそっくりの世界に生まれ変わるなんて、運命ってのは皮肉なもんだな」


 ダサスとして生きてきた俺は、前世の反動からか服を作るのが嫌でたまらず、冒険者になりたかった。

 オヤジともよくケンカしたものだが、前世の記憶を取り戻したいまとなっては、服を作るのも悪くない気がしてきている。


 しかし俺がどう思ったところで、女神から与えられた職業には拒否権なんてないのも同じだ。


 他の職業につきたくても、その職業のギルドに所属していないとどこからも雇ってもらえない。

 職業ギルドに入ろうとしても、その職業スキルを持っていないと入れてもらえないからだ。


 しかも死にジョブである裁縫師は、この『サウンザンニールド帝国』においてギルドすら存在していない。

 裁縫師を与えられた者は、使い捨てになるのを覚悟で他の職の下働きを一生やるか、あとはのたれ死ぬしかないんだ。


「下働きとのたれ死に、どっちもごめんだ。こうなったら、ひとりぼっちでも服を作るしか……」


 不意に子猫が顔をあげて、抗議するように「フニャー」と鳴いた。


「なんだ、お前も手伝ってくれるのか? さっそく、心強い味方ができたな」


「ニャーン」


 子猫は立ち上がると、七色に輝く瞳で俺を見上げる。


「虹みたいな色の不思議な瞳だな。よし、お前の名前はジニーだ」


「ニャーン」


「気に入ったか? ……あ、そうだ、お前の服を作ってやろうか?」


 子猫の服はサイズが小さいので、裁縫スキルにおける素材の消費が少なく、そのぶん失敗時の損失も少ない。

 ゲームのコツを思い出す練習として、ちょうどいいだろう。

 ジニーも「ニャーン」と賛同してくれたので、俺はさっそく裁縫師のスキルを使ってみることにした。


 ゲームと同じなら、やり方は身体に染みついている。

 俺は、指切りグローブをはめている両手を前に出してつぶやいた。


「……我は紡ぐ、衣紋(えもん)の緒を……!」


 すると、目の前に白い光の筋が現われる。

 ジニーは「フニャ!?」とビックリして、ビー玉みたいな目を剥き出しにして固まっていた。


 光の筋はファスナーのように開き、中の暗黒空間から針と糸、そして布がふわふわと出てくる。


 このファスナーみたいなのは、裁縫師の初期スキルのひとつ『衣装ケース』。

 魔法のアイテムボックスの一種だが、生地や服などの、服飾関連のものしか入れられないという制限がある。


 さらに左右のグローブからは針が出てきて、そのあとに糸がにょろにょろと続く。

 これは裁縫師の初期装備である『ソーインググローブ』。


 このグローブの中には針や糸だけでなく、ハサミやメジャーなどの裁縫に必要な道具が詰まっているんだ。


「チンピラどもに奪われなかったのは、不幸中の幸いだったな……」


 俺はひとりごちながら、指揮者のように手指を動かす。

 眼前に浮かんでいる白い生地を指のハサミでスパッと切り裂き、触手のように針と糸を操って空中で縫い上げていく。


 裁縫師が死にスキルだと言われているゆえんは、この『裁縫』スキルが異常なまでに難しいからだ。

 ゲームでは操作性が敏感すぎて、服を作るどころか、ハサミで生地を切ることも四苦八苦させられる。

 ちょっとでも力加減を誤るとハサミや糸があらぬ方角にすっ飛んでしまい、まわりにいる人を殺傷してしまうこともあるんだ。


 おかげで慣れるまでは、ゲーム内で何度もPK扱いされて捕まった。

 同じことをこの世界でやらかそうものなら、投獄のうえに処刑は免れないだろう。


 しかし前世の記憶があるおかげで、俺の針さばき自分でも惚れ惚れするくらい流麗だった。

 裁縫上級者でもまる1日はかかるであろう猫用の服を、わずか1時間ほどで縫い上げる。

 まるでベテランのピアニストが、毎朝の日課としている曲を奏でるかのように。


「できた……! 『見習い猫聖女の服』……!」


 裁縫の途中あの子のことを思いだしてしまい、ついゲームに出てくる聖女の服っぽく仕立ててしまった。

 ジニーはそれが自分のために作られたものだとわかったのか、空中でクルクル回っている服めがけてピョンと飛び跳ねる。

 すると空中合体するようにジニーと服が合わさって、かわいい猫聖女のできあがり。


 スタッと着地したジニーは瞳の色こそ変わっていなかったが、なぜか体毛が真っ白になっていた。

 ゴロゴロ喉を鳴らしながら、俺のヒザに戻ってくる。


「よしよし、喜んでくれたみたいだな」


 頭を撫でてやろうとしたところ、ある違和感に気づく。

 身体の内に生まれたほっこりとした感覚が、尋常ならざる心地良さを持っていることを。

 まったく同じ感覚を、俺は数分前に味わっていた。


「こ……これは……!? 聖女の『治癒』……!?」


 まさかとは思ったが、俺の身体に残っていたアザと痛みがみるみるうちに消えていく。


「う……うそだろ、ジニー!? お前は、マジで聖女だったのか……!?」


「ニャーン?」


 喉を鳴らしながら、不思議そうに俺を見上げるジニー。

 その頭上に、ステータスウインドウが現われた。


「あ……そうだ、裁縫師が作った服を誰かに着せると、そのステータスが見られるようになるんだった」


 ちなみにステータスが見られる度合いは、被服者が服の製作者にどれだけ好意を抱いているかによる。

 俺はジニーにすっかり気に入られているみたいで、いろんなステータスを見ることができた。



 名前:ジニー

 種族:レインボーキャット

 年齢:生後4ヶ月

 性別:不定

 身分:ダサスの従獣

 職業:聖女(服飾効果)



「服飾効果……!? もしかして俺の服の効果で、ジニーは聖女になったのか……!?」


「ニャーン」


 ジニーは立ち上がり、俺のグローブにくっついていたイモのカケラをペロッと舐める。

 すると革の表面が、ワックスを掛けたみたいにピカピカに輝きはじめた。

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