12 もう少しだけ
12 もう少しだけ
尋問官はシロかクロかを判断する職業で、悪行に対しての裁きを下すことはできない。
この『犬』という文字は、有罪であることが明らかになり、これから裁きを受ける者という意味がある。
本来の司法手続きであれば、彼らはこのあと憲兵局に連行され、罪に応じた裁きを受けなくてはならない。
『有罪』のスキルは額にだけでなく、罪状をステータスに書き込む力もある。
そのため額をバンダナなどで隠したところで、ステータスをチェックされると簡単にバレでしまうんだ。
ちなみにではあるが、罪を清算すると、タトゥーは『犬』から『大』に変わる。
さらに余談ではあるが、有罪を下したことで俺はレベル4にアップしていた。
強制尋問の魔法陣が消え去ると、生まれたての3匹の犬たちはさっそく揉み合いはじめる。
「おい、なんだよコレ!? なんで俺たちまで有罪になるんだよ!?」
「当たり前だろ、お前たちだって喜んで襲ってたじゃねぇか!」
「そりゃそうだろ、なにやってもツィンのオヤジさんがもみ消してくれるっていうから……!」
「そ、そうだ! ツィンのオヤジさんに頼めば、この罪をもみ消してもらえねぇかな!?」
俺はいちおう教えといた。
「無理だよ。もみ消せるのは有罪が確定する罪までだ。そこから先は、有罪判定を下したヤツにしか取り消せない」
すると3匹の犬たちは、スライディング土下座をしながら俺のところに滑り込んできた。
「尋問官さま! ど、どうかお願いします! すっかり心を入れ替えましたので、今回だけは見逃してください!」
「そうです! 俺たちはツィンにそそのかされただけなんです! 本当はやりたくなかったんです!」
「テメェら!? 尋問官さま! お金ならいくらでも差し上げます! だから俺だけは許してください!」
俺の足元で、泣いたり媚びへつらったり仲間割れしたりと、人間の醜さを凝縮したような寸劇を見せてくれる3匹の犬たち。
「収賄の罪も追加だな」
俺が冷たく突き放すと、とうとう開き直ってしまった。
「くそがっ! 俺たちがこんなに頼んでるのに! 裁縫師ごときが調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「いい加減にしねぇと、朝のときみてぇにボコボコにして、力ずくで取り消させんぞ、ああんっ!?」
「いや、むしろやっちまおう! コイツを殺しちまえば罪が消えるはずだ!」
あきれるほど短絡的な思考で抜刀する犬ども。
尋問官というのは戦闘系のスキルを一切持っていない。
また本来は国家に所属する職業なので、職務中は護衛がかならず付いている。
尋問の魔法陣がある間は安全だが、それが消えたあと、逆上して襲い掛かってくる犯罪者から身を守るためだ。
だが俺は野良の尋問官なので、護衛は当然いない。
いるのかかわいい秘書だけなので、襲われたらひとたまりもないだろう。
犬どももそれをわかっているのか、まわりの冒険者が止めに入るより先に俺をやるつもりのようだ。
本物の犬畜生に堕ちてしまったかのように舌を出し、「ヒャッハー!」と蛮声とともに挑みかかってくる。
死を間近に感じた俺は、世界がスローモーションに見えていた。
どうすればいい……!? どうすれば、このピンチを脱出できる……!?
逃げるか……!?
いや、いまから走り出しても、背中をグサリとやられるだけだ。
ならば、迎え撃つ……!?
いやダメだ、尋問官で立ち向かったところで、真正面からグサリとやられるだけだ。
なにか……なにか、いい手はないか……!?
せめて、剣士になれれば……!
そこで俺はふと、レベル4にアップしたことを思いだす。
ステータスを頭のなかで思い浮かべると、ゲームでは見たことがない裁縫師のスキルが増えていることに気づく。
しかし迫り来る凶刃で、もはやスキルを吟味しているだけの猶予がないことにも、同時に気づかされていた。
もう、悩んでる時間はない……!
このスキルに賭けるしか……!
俺は肩に手を当て、ロングコートの肩口を掴んだ。
思いっきり引っ張るとコートが脱げ、マントのように翻る。
スローモーションのなかで、俺は見ていた。
口をあんぐりさせている周囲の冒険者たち、手を口に当てて驚くシャレオ、毛を逆立てるジニー。
そして、ヒツジかと思って襲い掛かったら、中身はオオカミだと知ったような、犬どもの顔。
俺はそのガラ空きのどてっ腹めがけ、渾身の一撃を叩き込んだ。
「パワァァァァァ……スラァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッシュ!!!!」
剣士のレベル4スキル『パワースラッシュ』。
野球のバットをフルスイングするような、力まかせの横薙ぎ斬りで、敵を吹き飛ばすスキルだ。
裂帛の気合いとともに振り抜くと、犬どもは身体をくの字に折って吹っ飛んでいった。
「ぎゃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」
車に轢かれた犬みたいな悲鳴とともに窓ガラスに激突。
それでも勢いは殺しきれず、窓ごとブチ破って外に飛び出していく。
しかし、誰もそのあとを目で追おうとはしない。
誰もが、ぜいぜいと肩をいからせる俺を見ていた。
「な……なんだ、いまの……!?」
「尋問官が、瞬きのあいだに剣士になったぞ……!?」
「もしかして、スキルか……!?」
「でもあんなスキル、見たことねぇぞ……!?」
俺も今日、初めて見た。
発動していたのは、裁縫師のレベル4スキル『早着替え』。
衣装ケースの中にある服に、瞬時に着替えることのできるスキルだ。
いちかばちかやってみたのだが、思いのほかうまくいってよかった。
ホッとひと息ついて呼吸を整えようとしたが、
「よ……よかった……!」
胸に飛び込んできたシャレオによって、鼓動はさらに跳ね上がってしまう。
シャレオは力いっぱい抱きしめてきて、泣いているのを隠すように俺の胸に顔を埋めていた。
「ご無事でなによりです……! ダサスさんが襲われたときは、心臓が止まるかと思ってしまいました……!」
俺はもうそれが当然の儀式であるかのように、頭をなでなでする。
顔をあげたシャレオは結い髪がほどけ、メガネがずれるくらいに顔をくしゃくしゃにしていた。
涙をぽろぽろとこぼし、えぐえぐとした涙声ですがるように言う。
「も……もう、こんなムチャはおやめください……! ダサスさんが襲われたことと、クエストのことはまだしも、わたくしが襲われたことは、わたくしがガマンすればすむことですから……!」
「むしろ俺にとっちゃ、それがいちばんの罪だよ。シャレオを襲うなんて、絶対に許せなかったんだ」
「そ……そんな……! いけません……! わたくしなんかのために、ダサスさんが危険な目に遭うなんて……!」
「ニャニャーン!」
例のにゃあにゃあわぁわぁが、ついに俺に向いてしまった。
俺はまたふたりをナデナデして、なだめながらギルドの外に出る。
スイングドアをくぐると、さっそく衛兵に捕まった犬どもが、数珠繋ぎに縛られて連行されているところだった。
衛兵たちは容赦なく、その尻を蹴り上げている。
「こんな罪人が隠れてたとはな! しかも逃げようとするなんて、とんでもねぇヤツらだ! 罪状からいって、死ぬまで強制労働は間違いねぇだろう、覚悟しとけよ!」
「ぎゃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」
夜の街に、ふたたび断末魔がこだまする。
ふと気づくと、シャレオは今回の報酬が詰まった袋を俺に差し出していた。
「あの……こちらをぜんぶ、受け取ってください!」
「いいよ、シャレオがもらったものだろう?」
「そういうわけにはまいりません! トレントデッドさんをやっつけたのは……!」
またスイッチが入りそうだったので、俺はすかさず言った。
「じゃあ、その金で晩メシをおごってくれないか?」
「お夕食……ですか?」
「ああ、俺はもう腹ペコなんだ」
するとシャレオはくすりと笑う。
「ふふっ、かしこまりました。わたくしがお支払いいたしますから、たくさん召し上がってくださいね」
俺はもう少しだけ、もう少しだけ彼女といっしょにいたくて、初めて誰かを食事に誘った。
夢のようなひと時を、もう少しだけ続けられそうだ。
「じゃあ、行くか!」
「はいっ!」「ニャーン!」
俺たちは、揃って夜の街へと消えていった。
ひと区切り付きましたので、このお話はこれにて完結です!
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