01 死に職、裁縫師
01 死に職、裁縫師
「手塩にかけて育てた息子が、『裁縫師』とは……。金の卵を温めていたと思ったら、まさか死んだ卵だったとはな」
俺は、晴れの日にすべてを失った。
それは、16歳の『職業授与の儀式』でのこと。
儀式は聖堂で行なわれ、女神ヤーンの像に触れることにより職業を授かる。
その後に、職業ごとの初期装備を聖堂主からもらい受け、職業ギルドに加入する手続きを行なう。
最後に記念品として、紅白のふかしイモと支度金の入った紙袋を受け取って終了。
流れだけ見ると入学式か卒業式のようだが、この世界においては親ガチャ以上に重要とされている。
この人生最大のイベントにおいて、俺は特大級のハズレを引いてしまったんだ。
そう、『裁縫師』……。
裁縫師は魔法職の一種だが戦闘職ではなく、針と糸をチクチクやって服を作る生産職である。
裁縫師はギルドすら存在しない職業で、この世界では『死に職』とされていた。
この職業に決まった途端、俺は親から勘当を言い渡されてしまう。
俺の家は有名な『ファッションデザイナー』の家系で、俺もファッションデザイナーになることを義務づけられていた。
ファッションデザイナーは一生の安泰が約束されるほどの花形職のひとつで、同じ生産職でも裁縫師とは対極の存在である。
俺はあっさり、家族を失った。
そしていま、命をまでも奪われようとしている。
「あっ、いたぞ! あいつが裁縫師だ! 逃がすな、やっちまえ!」
失意で街をさまよっていると、儀式に居合わせていたチンピラどもに襲われてしまった。
なぜならばギルドに入っていない人間など普通はおらず、成人祝いのハメを外す相手としては最高の標的だったからだ。
儀式でもらった支度金や食料を奪われ、さんざんボコボコにされた挙句、ボロ雑巾のようにゴミ溜めに捨てられる。
俺はとうとう、行き倒れのホームレス同然となってしまった。
誰からも助けてもらえず、路地裏にブッ倒れたまま生死の境をさまよう。
赤く染まった瞼の裏に過去の記憶が映し出され、鼓動にあわせてゆっくり明滅していた。
「これが……走馬灯ってやつか……」
俺が生きた16年間、映像にしてどのくらいの時間眺めていただろうか。
それがふと、見覚えのない内容に突入していることに気づく。
「なんだ……これ……?」
俺は死にかけていることも忘れ、その映像を凝視していたのだが、
「……た……大変っ!?」
ふと、外部からの声に我に返る。
それは、若い女の声だった。
俺は声の主を確かめようとしたんだが、さんざん殴られて腫れあがっているせいか瞼が開かない。
そのため音で探るしかなかっあんだが、女は俺の前にしゃがみこんでいるようだった。
「いますぐ治させていただきますね! 職業をいただいたばかりで、うまくいくかわからないのですが……」
緊張するようなその声のあとに、一生懸命な声がした。
「い……いたいのいたいの、とんでいけーっ!」
直後、冷えきっていた俺の身体が温かい光に包まれる。
春の日差しのようなポカポカした感触で、すぐにそれが聖女の初期スキルである『治癒』だということがわかった。
「すみません、わたくしはまだ未熟ですので回復効果はゆっくりです。治るまでの間に、お顔のほうをお拭きさせていただきますね」
布のような感触があてがわれ、「ふきふき」という声とともに拭われる。
顔にへばりつき、固まっていた血や泥が、どんどんキレイになっていくのが感触でわかった。
これも聖女の初期スキルのひとつ、『清拭』だ。
瞼の腫れもひいたので、ゆっくりと目をあけてみると……。
そこには、天使がいた。
光の輪のようなキューティクルを頂く金髪、まばゆいほどの白い肌。
控えめなのに整った顔立ちで、星のように輝く青い瞳と、桜の花びらのような唇が美しい。
聖女らしい純白のワンピースを着ていたのだが、俺にかまったせいで汚れてしまっていた。
しかしそのことに気づいても、彼女は嫌な顔ひとつせず、むしろ目が合うとニッコリ微笑んでくれる。
「よかった、気づかれたようですね」
俺にはもうなにもないと思っていたが、最後に残っていたあるものを奪われたことに気づく。
同時に、恋と地獄は落ちてから気づくものであると、このとき初めて知る。
魂を抜かれたように見とれている俺を、彼女はさらに気づかってくれた。
「あっ、お腹が空かれておりますか? では、こちらをお召し上がりになってください」
そう言うと彼女は、儀式で配られていた紙袋を俺のヒザの上に置く。
礼を言うのは俺のほうなのに、ぺこりと頭を下げてから立ち上がった。
「人を待たせてありますので、そろそろ失礼させていただきます。悪いこともあるかもしれませんが、きっといいことがありますから、元気を出してくださいね」
彼女は春の嵐のように突然現われ、春風のような花の香りを残して去っていった。
俺は言葉も無いまま、その背中を見送る。
掛けてもらった治癒の効果は途中で切れてしまい、身体には中途半端にアザと痛みが残った。
聖女になったばかりの少女のスキルだと、こんなものなのだろうか。
でも立ち上がれるくらいには回復したし、何日もなにも食べていなかったことも思い出せた。
空腹に急かされるまま紙袋を引き裂くようにして開けると、中からカラフルなふかしイモ2個とミルク瓶が転がり出てくる。
しかもそれだけじゃなくて、支度金の入った麻袋まであった。
てっきり金だけは抜かれているものだと思ったんだが、彼女は儀式で配られた紙袋をそのまま俺にくれたらしい。
でも、なんで俺なんかに……?
それに聖女ってのは普通、同じパーティのメンバーか、金を払った相手にしか治癒をしないはずなのに……?
しかしいまは考えている余裕なんてない。
落ちたイモをひっ掴んで口に運ぼうとしたが、
「ニャーン」
ふと、鳴き声に手が止まる。
見やるとそこには、生まれて数か月しか経ってなさそうな子猫がいた。
「捨て猫か」
毛の色が灰色だったのですぐにわかった。
灰色の毛の猫は不吉とされていて、生まれてもすぐに捨てられるんだ。
野良猫とは違い毛並みがキレイだったので、捨てられてそれほど経ってないんだろう。
俺の両手には貴重な食料であるイモがふたつ。目の前にはいかにも腹を空かせてそうな捨て猫。
悩んだ挙句、断腸の思いでイモを転がしてやった。
「……やるよ。捨てられたもののよしみだ」
子猫は毛糸玉で遊ぶみたいに、てしてしとイモを叩いていたが、やがて食べられるものだとわかるや、はぐっと食らいついていた。