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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Nの作品

Crazy passion for……

作者: SSの会

「今日も可愛いよ。いつもありがとう。大好きだよ。生まれ来てくれて感謝だ」


「……なんだこれは」


 いつもと同じ一日だったはずだ。


 学校終りにミカちゃんとタピオカキメて、ビックエコーで乃木坂メドレーして、JRを乗り継いで地元のたい焼き屋で買い食いしながら帰宅し、さあ家の無線LANでユーチューブに繋いで、バーチャルユーチューバーをラジオにして宿題終わらせるぞ! と意気込んで居間に入ったその時、妹が奇行に走っていた。


「可愛いなあ、可愛いなあ、きっと将来は町一番の美人さんだぞー」


 妹が戸を開けた冷蔵庫に首を突っ込みながら某かを愛でていた。

 今が真夏なら冷蔵庫に頭を突っ込みたくなる気持ちも分かるが、今はコタツの位置取り争奪戦に命を燃やす二月頭である。


「何してるの?」


「ぎゃっ! お姉ちゃん! お姉ちゃんには関係ないでしょ! あっちいって!」


「いや一丁前に反抗期してるのは同じ道を歩んできた姉として微笑ましくスルーしたい所存ではあるが、流石の私も冷蔵庫に頭突っ込みながら某に愛の言葉を囁いた経験はない故に、普通に怖いんだが……なに? 冷蔵庫に雪の精霊でも住み着いてた?」


「は? 雪の精霊? 何言ってんの? 頭湧いた?」


「締め上げるぞ愚妹がよ、冷蔵庫に話しかけてるあんたに言われたくないんだが」


 問い詰めると、妹は冷蔵庫から数枚の板チョコを取り出した。

 チョッコレート、チョッコレート、チョコレートは……MORINAGA♪ のテーマソングで有名なやつである。

 その梱包紙にはマジックペンで『ちーたん』と書いてある。


「もしかしてソレに話しかけてたの? こわ……頭湧いてるじゃん」


「あれぇ? お姉ちゃん高校生なのに知らないのー? チョコレートに優しい言葉を投げかけるとね、美味しくなるんだよ!」


「……」


 あれか、水に優しい言葉をかけ続けると綺麗な結晶を作る的な、あれか。


 中学生にもなってそんなオカルト化学を信じ込んでそれをチョコレートに転用している妹を微笑ましいと見るべきか、頭湧いてるんじゃないの? と一蹴すべきか悩ましい所ではあるが、当の本人、見たところ目がマジである。


 それと同時に、あることに気が付いた。


 そう、今月はバレンタインデーである。


「誰かにチョコあげるつもりなんだ?」


「そうだよ! アキラ君にあげるの!」


「誰それ? 彼氏?」


「……ううん、片思い」


 いじらしく答える妹の面はまさに恋する乙女である。

 恋は盲目と言うからに、確かにオカルト化学にすがってしまう気持ちも分からんでもない。要は作り手が込める愛情の派生みたいな行動だったのだろう。


 チョコレートか……今年は、私も作ろうかな?

 丁度、好きな人もいることだし……。




 * * *




 その日の夕飯。


「お母さん! 手作りチョコの作り方教えて! あのねー、トリュフチョコが作りたいな!」


 母特製の大ぶりの唐揚げを頬張りながら、妹は母にそう言った。


「あらあら、夢ちゃんも男の子にチョコレートを渡すお年頃になったのねぇ」


 おっとりとした糸目にでけぇおっぱいをくっつけた、二児の母らしからぬ色気を纏った人妻が、娘の成長を喜ぶように両手をくっつけて微笑んだ。


「そうか、夢もそんな年頃か! まあ俺は毎年のバレンタインより毎日のバランタインだがな! ガハハ!」


 その隣で係長の癖に立派な部長っ腹を携えたハゲチャピンが、十二年ものをロックで傾けていたが、なんかムカつくので姉妹揃って無視を決め込んだと同時に、このハゲチャピンには例えチョコが余っても絶対に渡さないと心に決めた。


 是非ともこのハゲチャピンには綺麗な言葉を投げかけたウイスキーによって綺麗な結石を尿管に作って頂きたい。


「じゃあ次の日曜が丁度十三日だし、その日に一緒に作りましょう。玲ちゃんも一緒に作る?」


「いや、私は一人で作れる」


「本当かしら? 玲ちゃん昔、鍋に入れたチョコを直に溶かそうとして、丸コゲのチョコを涙目で隠そうとしてなかったかしら?」


「そ、そんな昔のことは忘れた!」


 まあしっかりと覚えてますけど。鍋底にこびり付いたチョコだったものがいくらスポンジで擦っても落ちないので、普通にバレましたけど。


 でもまあ、あれからブランクあるし、やっぱ私も教えて貰おうかなー……なんて。

 母の美味しい唐揚げを嚥下しながら、そんなことを思った。




 * * *




 こうして迎えたバレンタイン当日。


 生徒は愚か教師さえもワンチャンあるんじゃないだろうか? とソワソワしてしまう、男も女も滑稽な輪廻(ワルツ)を踊るバレンタインがやってきた。


「私達ズッともだよ」と友チョコ交換するレズ二人に、「これ義理だからねー」とイケメン男子にだけチョコを配る上位カースト女子に、「バレンタインってなんだ? 二月と言えば節分と天皇誕生日だろ? 天皇陛下ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」と負け惜しみなのかガチの右翼なのか分からないオタク君に、「クラス全員分作ってきたんだ……はいどうぞ♪」とヘアピンで前髪を止めた男性ホルモン行方不明のメス男子。十人十色皆違って皆バカ。迫る期末テストの存在も忘れて、歓喜も憎悪もないまぜのお祭り騒ぎである。


 かくいう私もそんな聖バレンタインの亡霊に踊らされている哀れな女の一人であった。


 通学カバンの底にあるのは、ラブレター付きの手作りチョコ。


 綺麗な色紙を巻いてリボンで留めたガチ仕様である。


「……やり過ぎた」


 妹がでかいハートの型のチョコに、ホワイトチョコペンで『アキラ君だーいすき』と正気を疑う文字を書いていたので、ついつい私も正気を失い、気合を入れたラブレターまで封入してしまった。


 このご時世にラブレターって……恥ずかし過ぎるだろう。

 万が一振られたら恥ずかしさで死にたくなるし、昨晩想像以上に出来上がったチョコの完成度の高さにアドレナリンがドバドバで、ラブレターになんて書いたか半分くらい覚えていない次第である。

 昂ぶったテンションのあまり、韻を踏んだポエムとか書き綴ってしまった記憶が薄らとあるのは確かだ。


「ねぇねぇ、玲はチョコあげないの?」


「ほわえきゅわあっ!?」


 意識外からクラスメイトにして親友のミカちゃんに肩を叩かれ、変な声を出してしまった。


「いや、別に、私そういうの興味ないし」


 つい二秒前に「ほわえきゅわあっ!?」なんて声出した奴が、どれだけクールを装ってもなんの説得力もないことは、ミカちゃんのニヤニヤとした目を見れば分かる。


「で、誰にあげるの?」


「……ひ、秘密だもん」


 例えミカちゃんでも、それだけは口が裂けても言えなかった。


「そっか。じゃあ玲の方から言えるようになったら教えてね! 私協力するから! じゃ、はいこれどーぞ」

「……レズチョコ?」


「友チョコだよもー」


「すぐホモとかレズとかそういう話に持ってくと、オタクがバレるぞー」と忠告してくるミカちゃんからチョコを受け取り、私はそれをぎゅっと胸に抱き込んだ。


「ごめんねミカちゃん、私お返しなくて」


「いーよーいーよ。じゃあ今度タピオカ奢って」


「ん、分かった」


 ミカちゃんからのチョコレートをそっとカバンにしまい込むと同時にチャイムが鳴り、先生が教室にやってくる。


 やはり、私の本命チョコレートは渡せそうにない。




 * * *




 約束通りミカちゃんにタピオカを奢って家に帰ると、制服のままこたつに潜り込み、うつ伏せに倒れ込んでいる妹がいた。


「制服がシワになるから着替えなよ」とか「ちゃんと手洗いうがいした?」と咎めようとしたが、突っ伏した妹の頭の上に、ラッピングされたチョコレートの箱が乗っているのを確認し、概ねの事情を把握した。


 妹の向かい側に腰を下ろし、冷えた体を温める。


「渡せなかったんだ、アキラ君って子に」


「……ん」


「私もだよ」


 コトン、と未開封のチョコレートをこたつの上に置いた。


「お姉ちゃんも?」


 その時初めて妹が顔をあげ、頭頂部に乗っていた箱がこたつの上に落ちた。

 こたつの上に、思い人に届くこと叶わなかった可哀想な愛の結晶が重なり、私と妹は顔を合わせてお互いざまあないねと、揶揄と憐憫を含んだ笑みがアハハと重なる。


 昨晩丁寧にラッピングにかけた時間の半分以下の勢いで、乱雑に包み紙を破ると、ラブレターを回収し、残りのチョコを妹に差し出した。


「食べる?」


「じゃあ、あたしも」


 妹も同じようにビリビリと梱包を破り捨て、でっかいラブを露出させた。


 妹製のチョコをガリガリと頬張り、既にタピオカが収まった胃袋にカロリーをブーストさせる。くどい位に甘い、とびきりの愛の味がした。


「あんたさ……チョコに優しい言葉かけ過ぎ。甘すぎなんだけど」


「お姉ちゃんのはビター過ぎ。澄ましてないでもっと本音を出さないと、好きな人は振り向いてくれないよ?」


「生意気な」


 こたつの中で妹の足と触れる。別段気にすることもなく、型に流して固めただけの、甘すぎるチョコをガリガリと貪った。


 ふとミカちゃんからチョコを貰ったのを思い出し取り出すと、可愛らしい付箋にラメの入ったカラーペンで、『これからも友達だよ玲!』と一文が書いてあった。

 そう、女子高生が女子高生に自分の思いを伝える時は、こんくらいの文量が丁度良いのだ。私はポケットの中に突っ込んである、ミカちゃん宛てのラブレターを握り潰し、ミカちゃんからのチョコを頬張った。



「それ友チョコってやつ? あたしも食べたい!」



「絶対ダメ」

 ここまで読んでいただきありがとうございます。


 この作品はSSの会メンバーの作品になります。




作者:N


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