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02 フィーネ・アマービレというヒロイン





 エリス・カルマートには天敵が存在する。


 二回目の王立学園初登校日を迎えたエリスは校門に入ってにすぐに、きらきらと輝く美少女と出会い、そのことを思い出した。


 天敵の名はフィーネ・アマービレ。

 すべての祝福が降り注いでいるように眩しく、それでいて親しみやすい雰囲気を醸し出している、淡いピンク色の髪のふわふわとした少女。制服の白い上着も胸元の青いリボンもスカートもよく似合っていた。

 美しいと言うより可愛らしい少女で、派手さはないのになぜか人目を引き付ける。


(ああああ、やっぱり出会いますのね!)


 もちろん一回目も出会った。その時も目が合い、眉をひそめ、目を逸らした。あまりにも眩しくて見ていられなかったからだ。


 エリスはフィーネに背を向け、逃げるようにその場を去った。逃げるようで癪だが、何よりも関わりたくなかった。


(ええ、ええ! よく覚えていますとも……)


 初めて会ったこの日から、このフィーネがとにかく気に入らなかった。特別なものは何も持っていないのに、世界の寵愛を一身に受けているように輝くこのフィーネが。

 数日後には高位貴族の友人たちと共に彼女をいじめていた。


「――どうして野ネズミがこんなところにいるのかしら」と。


 フィーネは元々は子爵家の庶子で、正式に娘として迎え入れられたので貴族令嬢ではある。でなければ貴族だけのこの学園には入学できない。


(あの女に謝るのはプライドが許さない……いえ、わたくしは誰にも謝りたくない! わたくしはカルマート公爵家の娘なのですから!)


 そもそも何もしていないうちから謝る必要なんてない。なので無視して素通りする。

 いじめを始めてからのフィーネの本音は知っている。



『つらい……苦しい、さみしいよ……どうして私が……』



 その本音を聞くたびにとても満足したのだが、泣いているフィーネにエリスの婚約者であるアルウィンが声をかけたことで、ふたりは距離を少しずつ縮めていってやがて惹かれ合っていった。

 エリスはそれが気に入らなくて更にフィーネをいじめた。アルウィンの注意が何度もあったにも関わらず。むしろそれがあったからこそより苛烈に。

 そしてあの卒業パーティの婚約破棄宣言に繋がることを、いまのエリスはよく知っている。


 前回でエリスは学んだ。人の本音が聞けてもいいことは何もない。不幸になるだけだと。

 ――せっかく妖精からプレゼントされた魔法だが、今回の一生では一度も使うつもりはない。

 いまのエリスの目標は、一日もはやく婚約解消をしてもらって、領地に引きこもることだった。


(わたくしはもう人が怖い……)


 本音を隠して笑って近づいてくる人たちが。

 人の顔の裏と表が。見えるからこそ怖かった。







 エリスが関わらないようにしていても、フィーネ・アマービレはよく目立つ。特に人目を引く要素はないのにも関わらず。それが運命であるかのように。


 エリスが不干渉を決め、関わらないようにしているのにもかかわらず、フィーネはひと月もしないうちに貴族の女子からいじめられていた。

 それもエリスの友人を自負する高位貴族女子たちから。


「きゃあっ」


 エリスは運が悪いことにその悲鳴をたまたま聞いてしまった。

 何事かと校舎の影に行き、その光景を見てしまった。

 エリスの友人たちが四人揃ってフィーネを取り囲んでいるのを。

 フィーネが地面に座り込んでいるのは突き飛ばされたからだろう。周囲には教科書やノートまで散乱している。


 無視しようと思ったが、前回の罪悪感のようなものが湧いて出て、思わず前に足を向けてしまった。


「何をしていらっしゃるの」

「エリス様。大したことではございませんわ。こちらの方に令嬢のマナーというものを教えて差し上げようとしただけですわ」

「そう、熱心なこと。でもこのようなやり方は少し、好ましくありませんわね」

「で、ですが……」


 止めに入ったのが公爵家のエリスと見て、令嬢たちは戸惑うように何やら言い訳めいたことを言って自分たちを弁護する。

 マナーを知らない。婚約者のいる男子生徒に色目を使っている。教師に媚を売っている。どれもこれも聞きなれた文句ばかり。


「あなた方がお友達思いなのは存じておりますわ。立派な淑女であることも。ですがここは学び舎なのですから、お互いへの不満はまずは話し合い、間違いは許し合いながら、高め合いましょう?」


(わたくしが言えることではないのですけれど)


 自己嫌悪に陥りながらも、いじめ現場を解散させた。令嬢たちはそそくさとその場を去っていく。

 別にこれで令嬢たちに嫌われても構わない。どうせ表面上だけの付き合いだ。心の内で嫌われても、令嬢たちは身分におもねる。


(家柄と王子の婚約者という立場だけがわたくしの価値ですもの)


「フィーネさん。よかったらこれを使ってください」


 エリスはフィーネにハンカチーフを渡す。

 贖罪ではない。いまだって、フィーネに謝るつもりはない。ただ、彼女の手や、スカートや足が汚れてしまっているのが痛々しかった。それだけだ。

 フィーネがどんな表情をしているのかも興味はない。

 エリスも令嬢たちと同じように、そそくさとその場を去った。誇りだけは忘れずに。







 学園の図書館二階の隅の席。本棚に囲まれて他人からはあまり見えない、日当たりのいい席。そこがエリスのお気に入りの場所だった。時間がある時はひとりでここに籠り、静かな空気の中で読書を行う。

 端から見れば孤立した公爵令嬢で、実態もそのとおりだった。距離を置き、距離を置かれた孤高の存在。


「やあ、エリス」


 昼休みの平穏を、とても快適な状態を乱したのは、柔らかな響きの親しげな声だった。

 エリスは手の震えを必死に抑える。

 何事もなかったかのように表情を整え、振り返る。そこにはきらきらと輝く王子様がいた。


「あら、アルウィン様。いかがなされましたか?」


 王国の第一王子アルウィン。金髪青眼のまだ少し幼い貴公子。数年後には立派な青年になることをエリスはよく知っている。そうなった彼から嫌悪の目で見られるようになることも。

 アルウィンはとても親しげにエリスの座る机の横に来る。

 エリスは読んでいる途中の本に視線を戻した。視線を逃せる場所があってよかった。エリスはいまだにあの冷たい目が忘れられない。

 エリスを断罪した時の、あの氷のような目が。


「なんだか、ずいぶん雰囲気が変わったね」

「そうでしょうか」

「元気がないみたいだけど、何かあったのかい?」


(あなたに断罪されました)


 前回の人生では、婚約者であるアルウィン王子には最後まで魔法を使わなかった。

 そして最後の最後に――……



『――君には心底うんざりだ。人の心がわからないものを、王家に迎え入れられるはずがない。消えてくれ。二度と僕の前に現われるな』



(アルウィン様にそう言わせてしまったのは、わたくし……)


 本音を聞くことができるのに、人の心がわからないと言われた。

 本音とはなんなのだろう。本当の心とは? 人の心とは?

 エリスにはまだわからない。

 立ち上がり、深く頭を下げる。


「……わたくしのことはもう、いないものと思ってください。わたくしはあなたにふさわしくありません。婚約も解消してもらうようにします」

「エリス?」

「それでは、失礼します」


 俯いたまま踵を返し、走り出す。階段を駆け降りて図書館から飛び出し、植込みの茂みに身を隠す。

 心臓がばくばくしている。息が上がっている。呼吸が漏れないように、必死で膝を抱えて丸くなる。

 やっと言えた。

 これでもう、あの恋愛に振り回されることはない。


(フィーネさんとお幸せに!)


 人の本音を聞けば聞くほど心が歪んで、立場に乗じて人に辛く当たって、いいことなんてひとつもなかった。

 今度は平穏に暮らせるだろう。

 エリスは嬉しさとほんの少しだけの寂しさを覚えながら、くすくすと笑った。目尻から一筋の涙を零しながら。


 本当は、好きだった。

 大好きだった。もっともっと幼い子どものころから。

 だから、前回は最後の最後まで魔法を使えなかった。本当の心を聞くのが怖かったから。

 だがもうそんな心配をする必要はない。

 終わったのだ。この恋は。




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滅びの王国の錬金術令嬢 script?guid=on
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