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アカイロ  作者: E・陽炎
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ユウグレ

気づけば、そこに立っていた。


目の前には赤い、とても赤い夕陽。


下を見る。

所々に綻びが見られる、コンクリートの床。


「屋上、かぁ」


俺は口に出し、両手を軽く動かす。手を握ったり開いたりしてみる。

……感覚は、うん。ある。


学校の屋上、夕方の風景。

そして、この感覚。


「小説とか漫画なら、ここで告白とかされる、ってのが定番なんだけどなぁ」

苦笑し、歩き出す。

とりあえず、落下防止フェンスまで行ってみるか。


あぁ、夕陽が綺麗だなぁ。


そんな風にぼんやり考えていた所だった。


「あれは……」


一部分だけ空いているフェンス。

その外側に、どこか見知った人影。

長い黒髪に、すらりとした肢体。

横顔だが、その顔に見覚えがあった。


「あさ、ぎり?」

朝霧 遥。クラスメイトの1人。

直線的な関わりはあまりないが、彼女はちょっとした有名人なため、知っていた。


「何でそんなとこに。というかあいつ、何を……!?」


ぼやきかけたところで、あるものが目に入る。


脱ぎ揃えられた、靴。


その上に置かれた白い封筒。


自殺。


そんなフレーズが脳裏に横切る。


「……っ?!」

彼女の体が、揺れる。


そして、

「きゃっ……」

「はは、間一髪、だ」

気づけば、彼女の腕を掴んでいた。

立っていた位置からそれなりの距離があったものの、何とか朝霧が落下するのを防ぐ事ができた。


「遠見、くん?」

きょとんとした表情のまま、彼女が呟く。

「危ねぇよ、こんな、とこで」

息が上がる。緊張と、急に動いた反動が遅れて訪れていた。


「どうしたの、こんな所で?貴方、夕陽を眺めながら物思いに耽るタイプでもないでしょう?」

「どうしたの、って。こっちが聞きたいぞ……とりあえず危ないから、こっちに来いよ?」

腕を引き、朝霧の体をこちらに引き寄せる。

きょとん、とした表情の彼女はされるがまま移動し、屋上の床に座り込む。


「っはぁ。それで、どうしたんだよ?こんなとこで」

軽く呼吸を整え、俺は朝霧に向き直った。

「こんなとこで、あんな、状況……」

「自殺でもするかと思った?」

「っ?!」

彼女の言葉に、整いかけた息を飲み込む。

「そりゃあ、あんな状況なら」

「ふふ、驚いてる、驚いてる。貴方、そんな顔もするのね?」

くすくす、と笑う朝霧。

その表情を見て、俺は軽く脱力する。

「心配、してくれた……のかしら?普段は他人に興味無さそうな顔をしてるのにね」

「……クラスメイトだからな。心配くらい、する」

「それだけ?クラスメイトじゃなかったら、心配してくれないのかしら?」

「……訂正、多分そうじゃなくても心配くらい、する。目の前で人に死なれるなんて」

「あら、そうなの、ね」

俺の言葉に、朝霧は少しだけ苦笑した。

「貴方にとって、私が特別な存在であることを……少し期待したのだけれど」

「なんだよ、特別な存在って。そもそも俺たち、そんな接点ないだろ」

確かに、接点はない。

話したことだって、数回だ。

「これでも私、周りから見初められる事が多いのだけれど?このご時世、ラブレターを戴けるくらいに」

「自慢かぁ?単純に、お前のメールアドレスやらLINEのID聞けないから手紙になるんだろ?」

「あら、それもそうね。皆さん、恥ずかしがり屋なのかしら?」

「貴方に興味ありません、って声に出して言っちまうからだろ……そんな奴に聞きたくても聞けない、でも思いは伝えたい、って奴らがいるんだろ」

「ふふ、だって、事実だもの」

悪びれる様子もなく、彼女は笑う。

そして、

「そこまで有名なのかしら、私って?」


容姿端麗、頭脳明晰。

どこか気品を感じさせる彼女は、正直憧れの的、というやつだ。

お近づきになりたい、あわよくば付き合いたい、そう思う男子も少なくない。

しかし、勇気を振り絞り、告白してしまえば、

『貴方に興味がありませんので』

と、にべもなく断られる。とんだ高嶺の花、という訳だ。

クラスどころか、学校中で有名な話、である。

なにせ、義妹からも、

『朝霧先輩、また告白されたんだって。凄いよねぇ~』、と夕飯の話題にされるくらいだ。昨年、同じ学校を卒業した義姉は、

『朝霧?あぁ、いたっけな、そんな奴。あたしもあんまり興味ないから、よく覚えてないけど』

と、あまり興味ないらしいが、それでも名前くらいは知っているくらいだ。


「うちの義姉と義妹ですら知ってるくらい、お前は有名なの。そりゃあ、同じクラスの俺にも色々聞こえてくるさ」

「遠見先輩と、美貴さん、だったかしら。へぇ、あの方たちも私のことをご存知なのね」

「……むしろ、何で俺の身内を知ってるんだよ」

「あら?有名よ?貴方がたも」


遠見 梓と遠見 美貴。

俺にとって義理ではあるが、姉と妹にあたる。

もっとも、暮らしはじめて10年以上経つのだ、姉弟、兄妹仲は悪くない。


「ふふ、遠見くんって、意外と話しやすいのね」

「なんだよ、唐突に。別に普通だと思うし、クラスにはもっと話しやすい奴もいるだろ?」

友人の数人が頭に浮かぶ。

中には話術に長けた奴も、いたはずだ。


「貴方が、私に興味ないから。興味がないから下心もない、だから話しやすいんでしょうね」


朝霧は軽く目を伏せ、呟いた。


「いや、まぁ。興味がない、っていうと冷たく聞こえるんだが……」

頭をかく。個人的には、そこまで他人に興味ないつもりも、ない。

しかし、

「疑問はあるよ、朝霧」

「何かしら?」

「お前、何で」

自殺なんて。

そう言いかけて、



―――世界が、割れて、崩れ始める。


ガラガラと、音を立てて、端から崩れ落ちる。


「ほんとうに、」


朝霧が立ち上がる。


「どうして邪魔をしたのかしら。全く、興ざめだわ」


彼女のものとは思えない、冷たい声。


「あさ、ぎり」


意識が遠退く。


あぁ、今回はここまで、か。


まぁでも、これで彼女の自殺は―――『無くなった』はずだ。


「どうして、貴方なの」


か細い声。

涙が混じった、朝霧の声。



なぁ朝霧。

本当は、死にたくなんてなかったんだろ?


言葉には出せず、俺は意識を手放した。



―――――夢は、醒める。

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