暗殺者は心配性
カノンが高熱を出して寝込んでから今日で2日目だ。今夜は仕事の依頼が入っている。
朝まではかからないだろうが、苦しんでいる彼女を置いて行くのは気が引ける。
ターゲットについては調査済みだし、今夜でなくても始末はできる。
それならば…仕事は後日でも…。
濡れたタオルを彼女の額に乗せ、ひとまず客人用の檻を出た。
まずはアイツを呼ばなくては。…想像しただけで気が重い。
ヤバい男ではあるが、医者としての腕は確かだ。腕は確かなんだ。くそ、2回言ったぞ。
「ハッハッハー!呼ばれた気がしたから来ちゃったよ!どう?ジルも一発打たない?女の子が心配だからって仕事休もうとか、この心配性!」
「…挨拶ついでに注射打とうとするな」
「え?暗殺者なのに注射が苦手とかウケる―。じゃあ近々、ケガする予定とか死の淵を彷徨う予定ある?」
「・・・・・・・」
やはり会いたくなかったこの闇医者ことジャン。
男にしてはやや長めな銀髪をサイドで結い、眼鏡の奥に見える緑色の瞳はいつも淀んでいる。
細身の体に白衣を纏い、幾つもの注射器を仕込んでいる危ない男だ。
まあ、俺も暗器を仕込んでいるから他人にとやかく言える立場でもないのだが…。
いや、やはり注射器は駄目だ。ジャンの打ち方はトラウマものなのだ。そして目がヤバい。勘弁してくれ。
「…とりあえず、彼女を診てくれ」
無駄に疲れを感じつつ、カノンの元へ案内すると、ジャンはガックリと肩を落とし、盛大にため息を吐いた。
「何が気に入らない?」
「だってさ、ただの睡眠不足と疲労でダウンしてるだけだよ?彼女のオーラで分かるよ?つまんない!」
オーラでわかる?そんなこと言うのは怪しい占い師くらいじゃないのか?もしや俺の知らない闇医者の隠語だろうか?
そんな隠語?に気を取られていたら、彼女に点滴を打とうとジャンが酔拳のような構えをしていた。
どうしてそうなった?もっとまともな打ち方があるだろう。痛くないようにとか変態とバレないようにとか。
「いいか?大人しく、穏やかに。落ち着いてやるんだ」
そう告げながら、俺はジャンの首にナイフを当てる。
「ちょっと!物騒だね。これから針を刺すっていう楽しい時に!」
「物騒なのはお前の思考だろう。いいから早くやれ」
「落ち着けとか早くとか、焦らしプレイなの!なんなの!」
”オリジナルブレンド点滴”なるものを受けた彼女は、数時間後には熱も下がり、穏やかに眠っていた。
―――仕事を終えた俺は、足早に彼女の居る客人用の檻へ向かう。
目覚めた途端「檻ガールデビュー!」と叫び、彼女が驚喜した時、俺は本気で頭を抱えた。
ジャンの点滴がまずかったのだろうか。次、会ったら後ろから刺してやりたい。
そして「檻ガール」ってなんだ?深く考えずに彼女を保護してしまったが、もしやどこかの組織の人間だったという可能性もあるのではないだろうか?
それならば彼女が何も持たず、記憶まで失っていることにも納得できるような気もする。
…不穏なことを考えるのは俺の悪い癖だ。暗殺者たるもの常に冷静でなくてはならない。
とりあえず、今夜はもう寝よう。そして彼女には、念のため明日も寝ていてもらおう。
俺の心の平穏のためにも。
一刻も早く眠れるようにナイフの数を数えながら目を閉じた。




