「私」と外来人・春
妖怪は人間からの恐れがないと存在できない。だから妖怪は人間を襲う。この世界では常識だ。しかし、人間がいなくなれば、それでも妖怪は存在できない。だから最低限の人間の数は
確保する。そのために作られた掟が「人里の人間は襲ってはならない」というもの。
人里の人間に危害が加われば、博麗の巫女が飛んできて気概を加えた妖怪を完膚なきまでに叩き潰す。だから妖怪は人里の人間には手を出せない。
これが人間と妖怪、お互いが存在していける仕組み。
人里内ではにこやかに談笑していながら、人里外では食うか食われるかの命の駆け引き。
それが幻想郷。
私の生きる世界。
私だってそう。
私は人食い妖怪。
その名の通り、たくさんの人間を食ってきた。
全ては自分への恐れを集めるため。
全ては自分の存在を保つため。
それが私の生き方。
これまでも。これまでも。
今日だって、そのはずだったのに。
「食べ物を食べた後は手を合わせてご馳走さましなくてはダメでしょう!」
「まずそもそもいただきますもしていないでしょう!」
「確かに今までと違う環境に戸惑うことはわかるけど最低限のルールぐらい!」
ガミガミガミガミガミガミ。
「…」
なんで私は正座までさせられて説教されているんだろう。
まさに、食べようとしていた人間に。
ホント…なんでだっけ…
始まりは、「例の家」に新しい人間が入ったという噂を聞いた事だ。
「例の家」というのは、里の外にある割と新しめの一軒家のこと。
里に外来人がやってきたときに、里の人間は外来人をそこで暮まわせる。
ようするに厄介払いだ。
新しい人間の世話をするのも面倒、里のしきたりと幻想郷について説明するのも面倒。
じゃあそこで暮らしてもらって、適応力があれば里に入れてやり、適応力がなければそこで妖怪に喰われて死んでもらう、ってこと。
そこまでするか?って思うけど、これはあくまで人間の世界の話。
私たち妖怪にとっては関係のない話だし、むしろ食料を提供していただいてありがたい制度だ。
実は私、外来人を口にするどころか、見たことすらもない。
(どんな外見しているのかな、食べたら違う味がするのかな、おいしいのかな)
想像するたびに期待が膨らんでいく。
これまでも外来人が入ったという噂はあって、それを聞くたびに私も向かうんだけど、もうすでに喰われているか、退治するか逃げ切るかしてもう家にいないことばかりで悔しい思いをするばかりだった。
「次こそは絶対私が一番槍で行ってやる‼︎」
出遅れるたび、そう思っていたので今日もその噂を聞いて直ぐに「例の家」に向かったんだ。
「おぉ、いる…生きてる…やったぁ…!」
確かに人がいる。
見たことのない服を着ているので、あれが外来人で間違い無いだろう。
ついに一番を取ることができた!
決めるぞ歓喜のガッツポーズ。
みたか幻想郷の妖怪ども。
今回は私の勝ちだ。
ところでだ。
(あの人何やってんの?)
さっきからその外来人は家から樽を運び出しては家の裏に捨てて、を繰り返している。
あっ、転んだ。
中身がぶちまけられる。
(って、あれ全部肉じゃない!勿体無いなぁ)
あれだけの量、そうそう食べられる機会はない。
(…ぐぅ。)
なんだろう。
元からお腹は空いていたのだけど。
少しぐらい、少しぐらいご相伴にあずかってもいいじゃないか。
そうだ、あれを食べるのはあの中身を平らげた後でもいいでしょ?
後ろから一気に人間を齧る計画を変更して、まず普通に近づいて、信頼させる計画に変更。
早速実行しようではないか。
「おにいさん、それ、食べてもいい?」
家の前で待ち伏せし、思いっきり営業スマイルをかまして話しかける。
気持ち悪いくらいの猫なで声が出た。
外来人は、しばらく呆けていたけど、もう一声かけると、私を家の中に招き入れた。
なんだ、ちょろい。
これなら、食べる時も楽勝だね。
家の中は割と狭めだった。
いや、狭いというのは少し違う。
見れば壁は奥の方に見える。
家を狭くしているもの。
「これ…全部樽じゃん…」
すごいだろ、妖怪対策だぜと外来人は胸をはる。
違うよこれは呆れているんだよ、お兄さん。
こんなに肉を詰めたところでいつかは果てるってば。
まぁ、これも全部今日で意味なくなるんだけどね。
外来人は、早速鍋を用意して囲炉裏に火をつける。
もう準備はできていたようで、そのうち醤油と鶏の香ばしい匂いが鼻に流れてくる。
中身は味噌鍋か。
外来人の分に加えて私の分も振り分けられる。
遠慮せず食べな、と言われるがまま、箸が伸びていく。
では早速、いただきます。
(久しぶりのご馳走、かな)
そういえば、火が通った料理を食べるのは久しぶりだった。
最近は木の実や猪肉をそのまま食べるばかりだった。
鶏肉が喉にするりするりとつぎつぎと流れ込んでいく。
「お兄さん、おかわり!」
外来人は、困ったような、嬉しいような顔をしておかわりを注ぐ。
しょうがないじゃない。
こんなにも美味しいんだもの。
…結局お腹いっぱいになるまで食べてしまった。
外来人曰く、3日分らしい。
さらに食後の水飴もバッチリ完食。
これも割と煮込んであって甘くて美味しい。
久しぶりのご馳走でした。
よっこいせ、と食事を片付けようと立ち上がる外来人。
でも、私の食事は終わっていない。
味噌鍋、水飴ときて、最後の〆はアンタ。
そのために今日はここまできたんだから。
完全に後ろを向いた外来人。
それじゃあ、いつも通り闇を纏って。
人間さん、いただきます。
あーん。
そこから先のことは、これから一生忘れることができないだろう。
妖怪としての恥である。
私が、まさにアイツに!
外来人に飛びかかったそのタイミングで!
アイツは急に持っていた食器を落として、「あーっ」と叫びながらしゃがんだのだ!
思わず「えっ」と声が出る。
もちろん私の口はアイツの頭を捕らえることはなく。
私は、高く積まれた肉樽に頭から突っ込んだのだった。
そして現在。
正座させられ、外来人に説教をくらっているというわけだ。
いやちょっとは抵抗したよ‼︎
恥は捨ておけと言うし、そのまま食ってやろうとそれからも飛びかかったけど。
アイツ!全部避けるんだもの‼︎
なにあの人間‼︎外来人ってみんなそうなの⁉︎
飛びかかるのにもそのうち疲れてしまって、結局お説教を受け入れている。
我ながら情けない。
なんであんな簡単な動作の予測すらできなかったのだろう…
思えば浮かれすぎていたのかもしれない。
簡単に獲物が手に入ると思っていたわたしが悪かった。
説教はまだ続いている。
内容は頭に入ってこないけど。
あぁもう、情けなさすぎて涙が出る!
こんな事、絶対にみすちーやリグルにはいえないよ…
ごめんな、言いすぎたね、と声がかかる。
やっと終わったかぁ。
やれやれと立ち上がる私。
「…!」
ふと頭に手が乗せられた。
どうやら撫でられているらしい。
(…)
なんともいえない気分だ。
誰かに撫でられたことなんて…
……
…
あぁもう!恥ずかしいなぁ!
さっさとこの汚い服とか洗わなきゃ!
「帰る!」
高々と宣言して戸へ向かう。
外来人が呑気にもどこへ向かうつもりなんだと声をかけてくる。
…こいつめ!
「適当だよ!いつもそこらへんで寝てるんだから!」
吐き捨てる。
妖怪のことをなんだと思っているんだ。
戸を開ける。
外はもうとっくに暗くなっていた。
手を掴まれる。
「しつこいなぁ!離してよ!」
手を振って離そうとするけど、外来人は離すどころか力を入れてくる。
この、これくらい、私の力なら振りほどける…!
『ダメだそんなこと!君みたいな可愛い子が外に出たら!』
…へ?
今、なんて言ったんだ?
腕から力がスゥっと抜けていく。
可愛い…?私がかわいいって…
『今日からここに住め!今日からお前も家族だ!』
な、
なななななななな、
「いいい、いきなりなにを言っているんだ!」
そんな事、そんな事…!
予想外の方向からパンチが飛んできて心が対応できてない!
一緒に住むって!家族って!
その…そういうことじゃない!
アイツはずっと何かくっちゃべってるけど、なにも聞こえない。
『どうかな、二人で住まないかい?』
とどめにこの一言!
外来人ってみんなこうなの⁉︎こんなにぐいぐいくるものなの⁉︎
でも、コイツ…私の目をまっすぐ見て離さない…
本気なんだ!
あわあわわわ…!
もう頭がなにも回らず、私はただ頷しかなかった。
なにやってんだろ…
そして外来人、アイツと私の二人での生活が始まった。
やっぱりというかアイツと一緒に住んでいるが、結果的に良いことはたくさんあった。
食事時になれば美味しい料理が出てくるし、寝床はあったかいし、毎日お風呂に入ってあったまれる。
生活の快適度合が上がって、前みたいに適当にぶらぶらしていた時よりははるかに暮らしやすい。
あれからアイツ…この外来人を喰おうとは何度も試みた。
けど、飛びかかる度になにかと避けられて…あぁもう!
プライドがどんどん削られていく。
でもいつかはこいつだって、いや、こいつを喰ってやる!
季節はもう春。つくしは目を出し、春妖精が飛び回って春を伝えて回っている。
ある日アイツが『花見に行かないか』と言ってきた。
多分私とあんなことやこんなことをしたいに違いない!
そもそも私は妖怪でこいつは人間。
わかっているのだろうか。
確かにあの夜は、パニックになってなにも考えられなかったけど、今度はパニックになんかならないもの!
「いいけど!これぐらいで私が堕ちると思わないでね!美味しいお弁当が食べたいだけなんだから!」
高らかに宣言しておく。
私は真宵の妖怪、ルーミア。
人間なんかに心を許したりしない!
外見とは裏腹に心が成長しきっているようでやっぱりどこか外見相応のところがある妖怪さん。




